レジナルド・フィサメィ
| Reginald Fils-Aime | |
|---|---|
| 生誕 | 1961年3月25日(52歳) アメリカ合衆国 |
| 職業 | President & COO, Nintendo of America Inc. |
レジナルド・フィサメィ(Reginald Fils-Aime、1961年3月25日 - )は、米国任天堂(Nintendo of America)の社長(President)兼最高執行責任者(COO)。通称「レジー」(Reggie)。
米国のゲーム産業においては、EAのピーター・ムーアに並んで著名な人物である。『ゼルダ』と『バイオハザード』のファンである[1]。退職後の夢はビーチにスキューバダイビングの店を開くこと。ハイチ系アメリカ人。
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来歴 [編集]
1961年3月生まれ。両親はハイチからの移民、父方の祖父はハイチ軍の将軍で1950年にクーデターに参加し民主政府を打倒した。母方の祖父も軍事政権の高官。レジーの両親はこうした祖父母との相性が悪かったため、米国に移民した。父親は元機械工[2]。 ニューヨーク・ブレントウッドのBrentwood高校を卒業後、1979年にコーネル大学に入学[3]。1983年に応用経済学の学士号を取得。
任天堂入社までの来歴 [編集]
大学卒業後、P&Gに入社。ピザハットに転職、管理職として活躍し、Bigfoot PizzaやBig New Yorkerといったヒット商品を生んだ。ビールで有名なギネス社、自転車販売のDerby Cycle Corporation、中華料理チェーンのPanda Expressと移り、営業管理職としてキャリアを積んだ。テレビ局のVH1時代には上級副社長を務め、低年齢層からの高い支持を受けることに成功した。
任天堂時代 [編集]
2003年12月、米国任天堂の営業担当上級副社長に就任、米国・カナダ・南米での営業活動全体を率いた。2006年5月25日、君島達巳に代わって最高執行責任者(COO)に昇進、アメリカ人として初めて米国任天堂のトップに立った。説得力のある話し方などから個人的人気を集め、WiiのコードネームであるRevolutionをもじって「Reggielution」という言葉も生まれた[4]。
家族 [編集]
1回離婚、子供3人。子供の1人はデューク大学の学生。あとの2人はフロリダ州在住。Stacey Sannerという女性と長く交際している。
受賞歴 [編集]
- Clio Award
- AICP award for Advertising Excellence
- Silver Edison from the American Marketing Institute
- 2 Gold EFFIEs from the New York American Marketing Association
- Named one of the "Marketing 100" by Advertising Age in 1998
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- Reggie Who?, from FastCompany.com, a corporate look at what Fils-Aime adds to Nintendo.
- Surfing The Blue Ocean: Fils-Aime On Nintendo's Expanding Market, from Gamasutra (February 9, 2006)
- The Nintendo Reggie-Lution, from IGN (May 13, 2004)
- GameCube Advanced outdated biography
- San Jose Mercury News GDC 2007 Interview
- N'Gai Croal's Level Up GDC 2007 Interview Part 1
- N'Gai Croal's Level Up GDC 2007 Interview Part 2
- MTV E3 2007 Interview
- GamePro E3 2007 Interview