竹田玄洋

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竹田 玄洋(たけだ げんよう、1949年3月7日 - )は、任天堂代表取締役専務、統合開発本部・本部長。

人物[編集]

1971年静岡大学工学部電気工学科卒業後、三洋電機に入社。1972年、任天堂に入社。2002年5月に代表取締役専務に就任した。

1975年アーケードメダルゲームEVRレース』を開発。任天堂社内では横井軍平よりも早くゲームデザインに携わったクリエイターで、名実共に任天堂最初のゲームデザイナーとなった人物である[1]

レーザークレー、アーケードゲーム等を開発したほか、ファミコンスーパーファミコンの時代には、カセット内に埋め込む特殊チップや、カートリッジに電池によるセーブデータのバックアップシステムを組み込むバッテリーバックアップシステムの開発を担当(これがなかったら『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』は、まだふっかつのじゅもんのままだった)。竹田の開発したファミコン用ROMカセット等に使う特殊チップMMC(メモリ・マップ・コントローラ)の導入によって、『ゼルダの伝説』、『メトロイド』、『光神話 パルテナの鏡』等、より複雑かつ精密なゲームをこなす能力が備わった。

NINTENDO6464DDニンテンドーゲームキューブWiiの設計開発責任者を担当しているなど、任天堂のハードウェア製作の中核を担う人物の一人だが、アーケード版の『パンチアウト!!』などソフトウェアの開発も行っていた。NINTENDO64では、宮本茂と共に、3Dスティックも開発。Wiiでは宮本茂らと共に、Wiiリモコン、センサーバーも開発。Wiiチャンネルの「毎日新しい」というコンセプトを提示、Wiiモーションプラスの提案も行った。

経歴[編集]

主な代表作[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 社長が訊く『PUNCH-OUT!!』