スピリチュアリティ

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スピリチュアリティスピリチャリティ: spirituality)とは、人間に特有な心理的あるいは精神的活動の総体または任意の部分を指す用語であり、多様な意味を持つ[1]。個人の内面における奥深く、しばしば宗教的な感情および信念と関連があるという認識が広く持たれている[2]。スピリチュアリティの意味や、用語として使用する際の理論的および実践的文脈は、分野やテーマによっても相当に異なる[3]。英語のspiritualityに当てはまる日本語はないため、文脈によって霊性霊的精神世界精神性精神主義宗教的など様々に訳されるが、意味の限定や誤解を避けるために、カタカナ書きまたは英語で表記されることも多い[3]宗教学社会学文化人類学心理学、人の幸せ生活の質(QQL)、医療、ターミナルケア(終末医療)などにおける重要な概念として研究されている[4]が、日本人にはなじみのない概念であり、日本語で明確に説明できないこともあり、日本では一般における認知度はあまり高くない[5][6]

霊性や精神世界に関わる意味では、日本ではスピリチュアルともよばれる[7]。自然界の法則を超えた神秘的・超常的なものごとである「超自然」(スーパーナチュラル)もスピリチュアルと形容されることがあるが、スピリチュアリティは個人の内面あるいは個人を通して見出されるものであり[8]、スピリチュアリティと超自然は異なる概念である。

また、人間の肉体が消滅しても霊魂は存在するとする思想・信仰「心霊主義」(スピリチュアリズム)とも異なる。

概要[編集]

スピリチュアリティとは、人間に特有な心理的あるいは精神的活動の総体または任意の部分を指す用語である。合意された特定の意味・定義はなく、日本語訳も一定ではない。様々なスピリチュアリティの意味や定義は、場合によっては互いに矛盾している[1]。文化的運動を指す場合には「霊性」という訳語が当てられることが多いが、生活の質(QOL)や健康について語る際にこの訳語を採用すると、特定の側面(特に宗教的意味)が強調されすぎてしまい、誤解を招きかねない[4]。哲学者・教育学者の西平直は、スピリチュアリティには4つの位相を区別することができると述べている[4]。宗教的生活としてのスピリチュアリティ(→第一の位相)、価値観としてのスピリチュアリティ(→第二の位相)、実存性としてのスピリチュアリティ(→第三の位相)、「大いなる受動性」としてのスピリチュアリティ(→第四の位相)である。鳥取大学安藤泰至は、スピリチュアリティは「宗教」と「世俗(非宗教)」、「宗教」と他の「宗教」の間の媒介概念となることで、現代社会の宗教状況におけるの様々な局面を同時に照らし出す「時代のことば」になっていると指摘している。

スピリチュアリティは、個人の内面における奥深く、しばしば宗教的な感情および信念と関連があるという認識が広く持たれている[2]。必ずしも特定の宗教に根ざすものではないが、宗教とスピリチュアリティが深い関係で結ばれていることは否定できない[4][1]。従来の宗教に替わるような新しい自己=霊性探究の運動における一種のスローガンとしても用いられ[3]、近年の欧米では、Spiritual but not religious(SBNR、信仰を持たないが霊性は信じている)という人々も増加している[1]

「霊性」は、三省堂大辞林では、宗教、特にカトリック教会における宗教心のあり方やその伝統を指す用語として紹介されている[9]。元々spiritualityは、religiousness(信心深さによる敬虔な行為)などと同じ意味で使われていた[3]。霊性、霊的といった、宗教性と重なり合いつつも異なる意味での使用は、1960年代に米国で始まった対抗文化・ニューエイジ運動に起源があるとされ[4]、内面探求への欲求の広がりを受け、欧米ではおおむね1980年代以降に意識的・意図的に用いられるようになった[3]。外来語として入ってきた日本では1990年代に「精神世界」への関心がブームとなり、スピリチュアリティという言葉も使われるようになった[4][3]

主流文化における広がりは、1998年に世界保健機関(WHO)が新しく提案した健康定義に、spiritualという言葉が含まれていたことに始まる[10][4]。スピリチュアリティはこれを契機に主流文化においてもある種の市民権を獲得し、アカデミズムの世界でも注目されるようになった[4]。現在でも、宗教学社会学文化人類学心理学、人の幸せ生活の質(QQL)、医療、人の終末期における重要な概念として研究されている[4]

語源・背景[編集]

スピリチュアリティ(英語:spirituality)の語源はラテン語のスピリトゥス(spiritus)に由来する[11]。このラテン語は、呼吸する・生きている、霊感を得る、風が吹くなどの意味を持つ動詞スピロー(spiro)に基づく[11]。スピリトゥスは、呼吸や息、いのち、意識、霊感、風、香り、霊や魂を意味する[11]。このスピリトゥスは聖書の歴史のなかで、主にギリシャ語のプネウマの訳語となっており、プネウマはヘブライ語におけるルーアハおよびネシャマーに対応している。旧約聖書において、ルーアハは始原のエネルギーであり、神との関わりのなかで、神に従って、新世界を創造するダイナミズムを有するものであり、ネシャマーは神の命の息であり、物質で造られた体にネシャマーが入れられたことで、人は命ある存在となった[11]。聖書における風、息、人間の霊、神の霊といった表現は、一つの存在の中にある本質的なもの、その存在を生かすもの、自ずと発散してくるものを意味している[12]。哲学では、「物質に依存せず、時間と空間に左右されず、合成されたものではない、真・善・美にかかわる行動原理」と考えられてきた[12]。現代英語のspiritは、精神、心、霊魂、聖霊、生気・活気などと訳される[6]。「life and consciousness not associated with a body」(肉体に関連付けられない命や意識)と解説され、肉体との二元論的な意味合いとなっている[1]。また、ラテン語のスピリトゥスは、ギリシャ語のプネウマ同様、もとは呼吸、血液等と同一視され、「生命の原理」と考えられていた[12]

医療において「スピリチュアル・ペイン」という言葉が知られるが、病や死の接近によって生きる意味や目的が脅かされて経験する苦痛のことで、生きる上での原理に関わる傷み、実存的苦痛、自己存在への苦悩、全存在的苦痛を意味する[12][13]。心霊現象による苦痛を指すわけではない。

「霊性」は宗教や文化によって異なるため、スピリチュアリティという言葉の背景も一様ではない。日本語の「霊」は、自然物の威力・霊力(「ち」と読むもので、おろち(蛇)、いかずち(雷)等)、祟りなすたましい(「りょう」と読むもので、いきりょう(生霊)、おんりょう(怨霊)等)、たましい(「たま」といわれるもの)といった意味がある[1]。日本の 「霊」には自然界を含めてあらゆる「霊」が含まれるアニミズム的なものであり、一神教におけ二元論的な霊(spiritus)とは意味が異なる[1]

日本におけるスピリチュアルの訳語の変遷[編集]

医療においては、1980年代までは「spiritual needs」を「死について話すことの必要性」と捉え、「spiritual」を「宗教的」と訳すことが場合が多かった[6]。これは当時、キリスト教を想定して「spiritual」を理解し、患者の「spiritual needs」に応えるのはキリスト教の聖職者の役目だと見なされていたためである[6]。その後1980年代後半になると、仏教の立場からの意見も聞かれるようになり、日本人にとっての「spiritual」な側面について注目され、「宗教的」に加えて「霊的」という言葉が用いられるようになった[6]。1990年代になると、あえて訳さずそのままの英語表記または「スピリチュアル」とカタカナ表記されるようになった[6]

定義・理解[編集]

スピリチュアリティという言葉には、共通に認められる定義や意味はない。それぞれが関心に従って機能的な定義を与え、あいまいな部分を切り落とそうと試みるが、各分野における用法は独立したものではなく、相互に影響を与え合っており、それ故に曖昧さが残り続ける[3]

最も根本的なものとして、宗教との関係のあいまいさが挙げられる。両者の関係として、安藤泰至は次の4つをあげている。

  1. 「スピリチュアリティ」を「宗教」を含んだ広い概念としてとらえる。
  2. 重なる部分はあるが、とりあえず区別できるとする。
  3. 「宗教」のひとつの本質的な要素として「スピリチュアリティ」をとらえる。
  4. ふたつは別のものとする。

ある特定の立場からのスピリチュアリティの理解やその概念には、1~4の見方が複数混在している場合がある。「宗教」をある箇所では「人間の宗教性」とし、別の個所では制度的・文化的な意味での「宗教」と捉えるなど、異なった次元において「スピリチュアリティ」と対比されるためである。安藤泰至は、医療においては2の捉え方が多いが、その重なりをどの程度とするかは、日本とキリスト教圏(特に英語圏)では大きな差があり、キリスト教圏においては重なりは大きいと述べている[3]。日本では伝統宗教の影響が小さいため、「スピリチュアリティ」と「宗教」との重なりを小さいものとし、意識的に宗教と距離を置いた形で専門職によってスピリチュアリティ概念が提唱されている。この場合、「生(や死)の意味の目的の追求」といった側面が強調され、「超越的次元の存在、自覚」のような宗教に近い側面は面に出さない傾向が強い[3]。これは、オウム真理教事件以降の宗教のイメージの低下が影響している[3]

4つの位相[編集]

哲学者・教育学者の西平直は、スピリチュアリティには4つの位相を区別することができるとしている[4]。この4分類に含まれないさらに詳細な位相もあるとしている[4]が、煩雑になるため本記事では触れない。第三と第四の位相は、経験の内奥に潜在する実存性や個人を超越した存在を仮定するもので、トランスパーソナル心理学などでしばしば採用される[4]。この二つの位相には、何かしら実証ないし反証不可能な命題が含まれている[4]

第一の位相[編集]

第一の位相は、世界保健機関(WHO)の健康定義に代表される、身体的、心理的、社会的領域と同一地平にあって、それらとは区別される第4の領域としてのスピリチュアリティである。Carroll, M. M. が、「合体的アプローチ」(integrated approach)として言及したモデルでもある。

1998年に世界保健機関(WHO)で新しい健康定義が提案された。以下が提案された健康定義である。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well being and not merely the absence of disease or infirmity.

「健康とは,完全な身体的、心理的、スピリチュアル及び社会的福祉の動的な状態(静的に固定されていない状態)であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」

提案された定義では、dynamicとspiritualという部分が新たに追加されている(この提案は現在まで保留されている)。spiritualの追加は、人間の尊厳の確保や生活の質(QQL)を考えるために、必要かつ本質的なものだという観点から提案されたと言われている[14]

世界保健機関(WHO)は、スピリチュアリティを、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚な現象を超越して得た体験を表す言葉である[5]と捉えている。

世界保健機関では健康定義の改正に備え、スピリチュアリティの領域を測定するための尺度SRPB(Spiritual, Religion, and Personal Beliefs スピリチュアル、信仰、個人的信念)を作成した。この尺度は世界保健機関が開発した生活の質(QOL)の尺度であるWHOQOL-100に準拠して構成され、SRPB領域として8つの側面を新たに設定した[4]

  1. 絶対的存在との連帯感(Connectedness to a spiritual being or force)
  2. 人生の意味(Meaning of life)
  3. 畏怖の念(Awe)
  4. 統合性と一体感(Wholeness & integration)
  5. 内的な強さ(Spiritual strength)
  6. 心の平穏/安寧/和(Inner peace/ serenity/harmony)
  7. 希望と楽観主義(Hope & optimism)
  8. 信仰(Faith)

名古屋女子大学の真鍋らは、8つの側面からも心理的領域の側面を除くと、残された側面には魂(soul)、内的な(霊的な)強さ、信仰という一定のキーワードが含まれており、これらが経験される生活領域は宗教である指摘している[4]。ここで述べられる宗教生活は、伝統的な宗教における祈りや儀式への参加だけでなく、絶対的存在を自覚し、それとの結びつきや交流により人生の意味を確認できるような経験を目的とした諸活動がなされる生活領域をすべて含んでいる。文化現象として現れた様々な運動の中でも、オカルト霊感神秘体験瞑想チャネリングといった、絶対的存在との接触や交流を目的とする活動もここに含まれる[4]。スピリチュアリティが宗教的生活であるとすれば、地域や宗教によって大きな差があると考えられるが、実際WHOの健康定義の改正に積極的だったのは宗教活動が生活に根付いているイスラム圏やアフリカ諸国の代表だった[4]

西平は、第一の位相におけるスピリチュアリティを宗教性の位相であるとしている[4]

第二の位相[編集]

全人格性としてのスピリチュアリティであり、身体的、心理的、社会的の領域に分けられてしまった人格に統一性を与えるものとして位置づけられる。これはCarroll, M. M.の統一的アプローチ(unifying approach)に当たるものである[4]現象学派心理学(phenomenological psychology)のDavid N. Elkinsらの視点からの定義がその特徴をよく表している。彼らは定義を行うにあたって、次の仮定を示している[15]

  • 仮定1. 人間の経験の中にはスピリチュアリティとしか呼びようのない次元がある。
  • 仮定2. スピリチュアリティは人間的現象であり、潜在的には誰にでも起こりうる。
  • 仮定3. スピリチュアリティは宗教と同じではない。
  • 仮定4. スピリチュアリティを定義し、それを評価する方法を開発できる。

この仮定では、スピリチュアリティは人間の経験であり,人間現象であるとされている[4]。この仮定に基づき、文献調査と宗教関係者へのインタビューを行い、スピリチュアリティとしか呼びようのない経験の次元をリスト化し整理し、次のような定義にたどり着いた。スピリチュアリティとは「超越的次元の存在の自覚によって生じる存在・経験様式のひとつであり、それは自己、他者、自然、生命,至高の存在と考える何かに関する一定の判別可能な価値観によって特徴づけられる」[4]

さらに彼らは,スピリチュアリティを9つの要素から成る多元的構成体として再定義し、それぞれの要素を測定するための尺度を開発している[4]

  1. 超越的次元の存在: 超越的次元、すなわち何かしら「見えない世界」の存在を信じ、それと繋がることで力を得ていると感じる。
  2. 人生の意味と目的: 人生には意味があり、存在には目的があると確信している。
  3. 人生における使命: 生への責任、天命、果たすべき使命があると感じる。
  4. 生命の神聖さ: 生命は神聖であると感じ、畏怖の念を抱く。
  5. 物質的価値: 金銭や財産を最大の満足とは考えない。
  6. 愛他主義: 誰もが同じ人間であると思い、他人に対する愛他的感情を持つ。
  7. 理想主義: 高い理想を持ち、その実現のために努力する。
  8. 悲劇の自覚: 人間存在の悲劇的現実(苦痛、災害、病気、死など)を自覚している。そのことが逆に生きる喜び、感謝、価値を高める。
  9. スピリチュアリティの効果: スピリチュアリティは生活の中に結実するもので、自己、他者、自然、生命、何かしら至高なる存在等とその個人との関係に影響を与える。

Elkinsらの定義は、スピリチュアリティは宗教的活動として顕在化するのではなく、幅広い領域での生活経験に潜在的な影響を与えるもの、すなわち価値観(value)として捉えている[4]

第三の位相[編集]

人間の根源にある「生きる意味」の自覚に関わる実存性としてのスピリチュアリティ[4]

第四の位相[編集]

「聖なるもの」や「大いなるもの」との出会いやつながり(あるいは一体感)によって、自分が「生かされている」ことを実感する、「大いなる受動性」と呼ばれるもの[4]

各人の定義[編集]

以下、いくつかのスピリチュアリティの定義を列挙する(順不同)。

魂を養い、霊的側面を発達させるプロセスおよびその結果[11]
  • 看護学科 長山正義
人間に特有な心理的あるいは精神的活動の総体。
人生の危機に直面して「人間らしく」「自分らしく」生きるための「存在の枠組み」「自己同一性」が失われたときに、それらのものを自分の外の超越的なものに求めたり,あるいは自分の内面の究極的なものに求める機能[6][16]
市井の人々の日常生活における体験、信念、態度および価値観の反映された多様な心理的変数であり、それは人々にとって必ずしも自覚され意識されているとは限らない「潜在因子」である[5]
どんな状態でも自分をよしとでき、生きることに根拠を与えるもので、人間存在の根源を支える領域である。これには宗教性が含まれている[11]
人間の核となるものであり、精神と身体とを結合させるものである。精神とは区別して用いられ、精神、物質、あるいは肉体を包括するもの[11]
  • スピリチュアルケア研究 三澤久恵
個人の生きる根元的エネルギーとなるものであり、存在の意味に関わるものであり、ゆえにその有り様は、個人の全人的状態、すなわち、個人の身体的、心理的、社会的領域の基盤として各側面の表現形に影響をおよぼす[11]

学術的研究[編集]

スピリチュアリティは宗教学、文化人類学、心理学、代替医療などが相互に関連しあう分野である。[要出典]

宗教学や宗教社会学の分野では、島薗進などの宗教学者の研究も古くから注目を集めてきた。近年では、「宗教と社会」学会スピリチュアリティ研究プロジェクトの代表研究者である弓山達也樫尾直樹などとスピリチュアルデザイン研究所を中心とした研究グループをスピリチュアリティ学派と呼ぶことがある[誰によって?]。また、非宗教分野での擬似宗教的な実践としてのスピリチュアリティへの関心は、非宗教分野での研究者からも広く注目[誰によって?]されるようになっている。

さらに、磯村健太郎の著書『〈スピリチュアル〉はなぜ流行るのか』がある。心理学の面からの取り組みとして、ユング心理学の河合隼雄[要出典]、トランスパーソナル心理学の諸富祥彦らがいる。

スピリチュアル[編集]

現代の日本では、「スピリチュアリティ」と「スピリチュアリズム」(心霊主義)を柱とする物事を広く指すことばとして、スピリチュアルという言葉が使われる[7][17]

この意味でのスピリチュアルは、「精神世界」を概ね受けついだ言葉である[7]。精神世界は、1970年代以降ブームとなったアメリカの対抗文化「ニューエイジ」における思想の多くの部分を含む日本のジャンルである[7]。「ニューエイジ」は主に「精神世界」の名で日本に広まり、その後「スピリチュアル」と呼ばれるものにほぼ受けつがれた[7]。そのため、日本におけるスピリチュアルという名詞の意味は、キリスト教におけるスピリチュアルとはかなり異なる。

ただし、現代日本の「スピリチュアル」には、「ニューエイジ」のエコロジー、自然志向、平和主義など社会性の高い領域は含まれず、個人におけるご利益など現世利益的側面が強い[7]三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有元裕美子は、現代日本の「スピリチュアル」には、狭義では癒し、セラピー、補完・代替医療食事療法を除く)、占星術東洋思想古代文明、超自然現象などがあり、広義では哲学心理学宗教学民俗学人類学、また宗教、日本的霊性(先祖崇拝巫女イタコノロユタ陰陽道など)も含まれるとしている[7]。また、「精神世界」に含まれる潜在能力開発(自己啓発)、ニューサイエンス疑似科学オカルト宇宙人UFOなどは狭義のスピリチュアルには含まれないとしている[7]

有元は、限られた人の中で愛好されていた「ストイックできまじめな"精神世界"」が、おしゃれで「やさしく明るい"スピリチュアル"」に作り替えられた結果、社会的需要の高まりとあいまって、昨今のブームにつながったのではないかと述べている。忙しい現代では様々な苦難や悲しみから素早く回復することが求められており、「ゆっくりと根本的な回復」ではなく「たとえ表面的にでも通常の生活がおくれる程度まで、『効率的に癒されたい』」という需要が発生する[7]。自ら試行錯誤し答えを得るのではなく、専門家による効率的なプログラムやプロによる高度なサービスにより、短時間で人生の正解を手に入れることが求められるのである[7]

スピリチュアルを商材とするビジネスは、「スピリチュアル・ビジネス」と呼ばれ、市場規模は正確に不明であるが、1兆円ほどといわれ(2011年時点)、拡大傾向にある[7]。有元は、スピリチュアル・ビジネスは健康産業、娯楽産業、コーチングまたはコンサルティングなどの多角的な側面を持つ産業分野であり、目に見えない力を扱うため、常識を超えた解決方法が見つかるかもしれないという期待感を抱かせるという点に最大の魅力と強みがあると指摘している。商品に期待される主な価値として、次の3点をあげている[7]

  1. 努力することなく、それまでの人生をガラッとリセットして全く違う本来のすばらしい自分になれるという変身願望。
  2. 透視能力を備えた専門家の肯定的な言葉や静寂、香り等によってもたらされる深い安心感とリラックス、神秘体験
  3. 超越的な非日常の中で遭遇する特別な自分や特別な人生が与えてくれる、人生や自分の存在の意味付け、優越感。

スピリチュアル・ビジネスは、自身の霊的成長や心身の鍛錬など自己啓発的な用途は少なく、ヒーリングや瞑想古武術などの教室、オーラソーマなどヘビーユーザーが比較的多いもので若干みられる程度である。マーケットの主な関心は、開運や心身の不調の改善など現世利益と実益に関わる用途である。(有元は調査から、健康オタクとスピリチュアル・コンシューマーの特性は重複するところが多いと述べている。)スピリチュアルやスピリチュアル・ビジネスでは、パワーストーンオーラソーマフラワーレメディホメオパシー、アロマ商品といったヒーリンググッズ、サイトから配信されるエネルギーを与えるという映像や音楽、瞑想の誘導支援を行うWebヒーリング・オーディオヒーリングなどの関連商品の占める位置が大きい[7]。ニューエイジは物質主義を敬遠して精神性を重視する文化として日本に導入されたが、それを受けついだ日本のスピリチュアルでは、物質的な豊かさの実現や人間関係改善の手段としてスピリチュアリティを用いるという現象が起きているのである[7]

またメディアで霊能者が「力がある土地」として紹介した場所「パワースポット」に、開運などの目的で人が押し寄せており、一部で町おこしにも利用されている[18]。パワースポットして境内の一部を紹介された神社では、本殿に礼拝せず「パワースポット」のみ訪れる人も多いなど、既存の宗教や現地との軋轢も起こっている[18]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g スピリチュアリティの考察 長山正義 大阪市立大学看護学雑誌 第4巻 (2008/03)
  2. ^ a b PDQ®がん用語辞書 霊性
  3. ^ a b c d e f g h i j 越境するスピリチュアリティ 安藤泰至 Japanese Association for Religious Studies
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y スピリチュアリティとQOLの関係に関する理論的検討 真鍋顕久・古屋健・三谷嘉明 名古屋女子大学紀要56(人・社)41〜52 2010
  5. ^ a b c スピリチュアリティの認知の有無と言葉のイメージ 緩和ケア病棟の看護師、一般病棟の看護師、一般の人、大学生の特徴 小薮智子、白岩千恵子、竹田恵子、太湯好子
  6. ^ a b c d e f g 日本人高齢者のスピリチュアリティ概念構造の検討 54P
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n 有元裕美子 著 『スピリチュアル市場の研究: データで読む急拡大マーケットの真実』 東洋経済新報社 2011年
  8. ^ スピリチュアリティの興隆をどう捉えるか? 島薗進
  9. ^ 三省堂大辞林 霊性
  10. ^ この健康定義の試案は現在(2015年)まで保留となっている。
  11. ^ a b c d e f g h 「スピリチュアル」の意味―聖書テキストの考察による一試論― 13P
  12. ^ a b c d スピリチュアルペイン3 中二階
  13. ^ スピリチュアルペイン ターミナルケアと家族の愛
  14. ^ 健康の定義について 日本WHO協会
  15. ^ Elkins, D. N.; Hedstrom, L. J.; Hughes, L. L.; Leaf, J. A.; Saunders, C. (1988). "Toward a Humanistic-Phenomenological Spirituality Definition, Description, and Measurement". Humanistic Psychology 28 (5-18): 8. doi:10.1177/0022167888284002. 
  16. ^ 窪寺の定義はスピリチュアリティを論じるうえで、しばしば引用されている。
  17. ^ 英語名詞のspiritualにこのような意味はない。
  18. ^ a b 「不可視なものと対話するということ 対談 鏡リュウジ×若松英輔」「中央公論5月号」 中央公論新社、2015年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]