コーチング

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コーチング(coaching)とは、人材開発の技法の1つ。対話によって相手の自己実現や目標達成を図る技術であるとされる。相手の話をよく聴き(傾聴)、感じたことを伝えて承認し、質問することで、自発的な行動を促すとするコミュニケーション技法である。理論体系はないため、対話手法も含め、既存の心理学カウンセリング等の理論・技法を借用して構成される。内容は事業者によって異なる。

コーチング(coaching)の語幹である英語コーチ(coach) という単語語源は、ハンガリーコチ(kotʃ) 地方で製造された馬車が優れていたことに由来し、今日でも乗り物の類がコーチ(coach)を付けた名称で呼ばれることは多い。類似音の単語は広く大陸欧州の各言語でも馬車や乗り物類の意味で用いられている。

19世紀ごろ、イギリスオックスフォード大学の学生の間でアルバイト家庭教師を意味するスラングとしてこのcoach が慣用され、やがて「指導する」という意味の動詞が派生して、名詞の意味にも取り込まれた。17世紀の中ごろから馬車宿を指す俗語としてコーチング・インが使われることがあったが、ここでのコーチングは指導の意味からきている。

概要[編集]

コーチングはカウンセリングの質問技法[1]の中の未来質問や具体化質問など、狭い領域に絞り込んだ目的思考の質問[2]をビジネスライクに行うことに特徴がある。また、クライアントへの「助言・力づけ・援助」[3] をクロージングとするカウンセリングと異なり、コーチングはそれらを「承認」に代える。

カウンセリングや心理療法は、提唱者や研究グループの名前が冠せられたり、礎となった理論仮説や理念・信念を表出した名称が付与されるが、コーチングの場合は日本でもアメリカでも自己啓発セミナーと密接な関係があること、成功哲学マルチ商法と親和的であること[4]以外、詳細な出自・経緯は明らかとなっていない。

歴史[編集]

日本では、アメリカの自己啓発セミナー"est"の後身である"forum"(現ランドマーク・エデュケーション)が、1985年に日本に進出した当初から勧誘プログラムなどの受講者に対して、勧誘のコミットメント(やる気)を引き出し、いつまでに何人勧誘するといった言質をとるためのコミュニケーション手段としてコーチングの手法を用いていた。ただし、コーチングという英語名称ではなく、「コーチすること」と訳していた。また、"Lifespring"系自己啓発セミナーの"ライフ・ダイナミックス"は社員をアメリカに派遣して、社員向けのトレーナーズ・セミナーでコーチングのノウハウを取得させていた[5]

一般向けのセミナーとしてコーチングの普及が図られたのはアメリカでもそれほど古くはなく、1992年の"Coach U"(別名: Coach University)、1994年の"Coachville"(邦名: コーチヴィル)と[6]、同年に設立された"International Coach Federation"(邦名: 国際コーチ連盟)によってである[7]。いずれも、元"est"の社員で同社のファイナンスを担う企業の経営者だったトーマス・レナードと言う同一人物によって創設され、もっぱら資格セミナーとして提供された[7]。トーマス・レナードは、1992年に設立された"CTI"(Coaches Training Institute)の創業にも深く関わっている[8]

日本では、1997年に"Lifespring"系の"iBD"の別会社である"コーチ21"(現コーチ・エィ)が[9]、2000年にはアメリカCTIの支援を受けた"CTIジャパン"が[10]、最初期のコーチング・セミナー会社として開業した。2000年代に入ったアメリカでは、コンサルティングやインストラクティング、ときにカウンセリングの事業所を新規開業する際、既存事業者との差別化を図るためにコーチングという名称が安易に使われるケースが出現し、そうした英語圏の混乱もともに日本に波及した。

影響[編集]

アメリカでは、子育て等の理由で在宅ビジネスを求職する消費者に対してコーチングの詐欺的な商法が横行し、連邦取引委員会(FTC)が悪質な事業者を社名と個人名をあげて摘発・公表するとともに[11]、2013年1月に消費者情報としてコーチングの詐欺的商法に関する注意喚起を行った[12]。日本では瞑想を軸に据えた大規模な自己啓発セミナーを主催し、個人コーチングに結びつける手法の事業者が脱税で刑事告発されている。

近年はコーチングに対するイメージの悪化から、傾聴・質問・承認を軸としたほぼ同じ内容のものを「アクティブ・リスニング」や「アクション・ラーニング[13]」という名称で提供する事業者が現れている。いずれも英略が"AL"であり、文部科学省中央教育審議会が、小・中・高等学校の学習指導要領に盛り込むことを検討し、同大学教育部会においても審議している異質の概念「アクティブ・ラーニング(英略:AL)」と極めて紛らわしいため[14][15]、日本ではすでに教育現場で混乱をきたし始めている[16]

また、コーチングという呼び方はスポーツ界でも用いられることがあるが、スポーツのコーチはルールや身体機能を含む知識教育(ティーチング)はもちろん、技術指導やアドバイス、試合での指示・命令、メンタルケア、スポーツマン・シップ教育を始め、ときに人選やフォーメーションなどの監督機能、マネジメントやプロデュースなどのフロント機能も担うのに対して、"コーチング"は『指導するのではなく、質問を中心とした対話によって相手の目標達成を図るコミュニケーション技術』とするため、スポーツ用語にも混乱をもたらしている。

コーチング技術[編集]

市販の書籍などには「傾聴」から始まってさまざまな質問の仕方などが載っているが、教科書に書いてあるままの質問を投げ続けるだけではコーチングにはなりえない。経験と心理学に関する素養などに基づいて、適切な分析と判断を行った上での質問でなければ、本来の効果は期待できない。

コーチングの基本[編集]

コーチングの基本とされているものの中からいくつか列挙する。

モチベーション (動機)[編集]

これがなければ学習効果は決して上がらない。 自ら学ぶ、自ら問題を解決する、という姿勢を作り出さなければならない。

観察(傾聴)[編集]

すべての人間に個性があり、理解が早い人も遅い人もいる。個人の能力をそれぞれ伸ばすためには、同じ課題を与えても結果は異なることを前提とし、個人に対する観察、把握、分析が必須である。

コミュニケーション(質問)[編集]

表情や動作などの非言語によるコミュニケーションを含め、コーチングを行う上での基本。 自分の主張だけをしたり、あらかじめ用意されたテキストや質問を読み上げるだけでは、コーチングにはならない。

考える力(承認)[編集]

コーチングを受ける側に、考えて自ら問題を解決する力をつけさせるのが、コーチングの最終的なゴールとなることを忘れてはならない。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ カウンセリングは「ラポールの形成」や「傾聴・共感」を重視するとともに、広範かつ重層的な質問技法を有し、クライアントへの関与目的やカウンセリングの進行状況に合わせて適宜・適切な質問を選択的に行う。
  2. ^ GROWモデルと呼ぶコーチング・セミナー会社が多い。
  3. ^ クライアントの内発的・自発的な行動変容や既成概念の打破を惹起するために、助言は基本的に行うべきでないとする考え方から、必要に応じて指示的・教育的な助言も行うべきであるとする考え方まで、カウンセリングの各種アプローチや目的によって、見解や関与態度・手法が最も分かれる部分である。
  4. ^ この分野ではアンソニー・ロビンズが第一人者として知られている。; アンソニー・ロビンズ コーチング
  5. ^ 『コーチングの技術』 講談社現代新書 (2003年3月) ISBN 4061496565
  6. ^ 日本のコーチ・エィがライセンス契約を行い会員制有料サイトの名称として利用している; コーチヴィル(ABOUT US)
  7. ^ a b Thomas J. Leonard, Bio - 「Coachville」ホームページ; トーマス・レナードは2003年に主に発展途上国向けの"International Association of Coaches"という団体も設立している。
  8. ^ About CTI, History - 「CTIアメリカ」ホームページ。
  9. ^ 沿革・歴史 - 「コーチ・エィ」ホームページ。
  10. ^ CTIジャパンの歩み - 「CTIジャパン」ホームページ; 日本人だけの運営となったのは2002年からである。
  11. ^ Business 'Coaching' Marketers Agree to Settle FTC Charges. FTC(Federal Trade Commission).
  12. ^ Consumer Information. FTC(Federal Trade Commission).
  13. ^ 用語使用者によって意味にバラツキがあり、コーチングと重なるのは「『質問会議』を主体にした学習でコーチをつけることが前提となっている」とする事業者である。
  14. ^ 「アクティブ・ラーニング」とは、生徒や学生同士でディスカッションディベートなど主体的・協働的・能動的学習を行うこと。学習指導要領諮問―「アクティブ・ラーニング」とは?. 明治図書
  15. ^ 初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問). 大学教育部会の審議のまとめについて(素案). 文部科学省。
  16. ^ 混乱の原因は文部科学省の国立教育政策研究所などの教育機関に負うところも大きい。アクティブラーニング実践フォーラム2016.