スーフィズム

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スーフィーの回旋舞踊

スーフィズムصوفية‎, Sufism)とは、イスラーム教神秘主義哲学である。

歴史[編集]

スーフィズムとは、9世紀から10世紀頃、官僚化したウラマーたちの手によってイスラーム諸学が厳密に体系化され始めた頃、コーランの内面的な解釈を重視し、スンニ派による律法主義・形式主義的なシャリーアを批判した初期のイスラーム神秘主義思想家たちが、虚飾を廃した印として粗末な羊毛(スーフ)の衣を身にまとったことでスーフィーと呼ばれたことに由来すると言われる[1]。 スーフィー達は、しばしばウラマーたちの批判の的になった。

初期のスーフィーたちは人里離れた場所で隠遁生活をしつつ個人個人で神秘的修行を行っていたが、神との合一を果たしたスーフィーが現れると人々から聖者として尊ばれ、その恩恵に与ろうと修行者が集まって集団的修行を行うようになり、次第にスーフィー教団として組織化・大衆化が進められるようになった[1]

最初期のスーフィーとしては、ジュナイド英語版バーヤズィード・バスターミー英語版ハッラージュ英語版などが知られる。

批判されたスーフィー達の中にはイスラーム哲学の大家であったガザーリー1058年 - 1111年)やイブン・アラビー1165年 - 1240年)がいた。しかし、スーフィズムはイスラム世界において定位置を得るようになる。

12-13世紀には、アッバース朝の首都バグダッドを拠点とする、アブド・アルカーディル・アルジーラーニーに始まるカーディリー教団スフラワルディーに始まるスフラワルディー教団などの教団(タリーカ)が台頭し、周辺各地へ伝播した。

アフマド・ヤサヴィー1103年 - 1166年)がテュルク語タリーカとして知られるヤサヴィー教団トルコ語版ロシア語版ドイツ語版YasaviyyaYeseviye)を設立。

フワージャ・ムイーヌッディーン・チシュティー1141年 - 1230年)によってチシュティー教団が設立され、ファリードゥッディーン・ガンジュシャカル英語版1173年 - 1266年)らのインド・スーフィー思想の影響を受けると、スーフィズムはその後イスラームの大きな潮流となり、後にチシュティー教団はインドのイスラム化において大きな役割を果たした。

三大スーフィーのサナーイー1080年頃 - 1131年頃)、アッタール1136年頃 ‐ 1230年頃)、ルーミー1207年 - 1273年)らの影響によりコンヤを中心地にメヴレヴィー教団が設立され、アブドゥル・ハーリク・グジュドゥワーニー英語版バハー・アッディーン・ナクシュバンド英語版らの影響によりブハラを中心地にナクシュバンディー教団が設立された。

14世紀のイルハン朝時代にクルド人サフィー・ウッディーンサファヴィー教団英語版を興し、16世紀初頭にはサファヴィー朝を開いた。

同じく14世紀にマーハーン英語版(現ケルマーン州)のスーフィーとシャー・ニーマトゥッラー・ワーリー英語版ニーマトゥッラー教団英語版を興した。

1380年頃、ティムールがホラズムを征服すると、サマルカンド出身のスーフィー、マウラーナー・マリク・イブラーヒーム英語版とその後継者のワリ・サンガと呼ばれる一族はチャンパ王国マジャパヒト王国など東南アジアのイスラム化に大きな役割を果たした。

17世紀にはナクシュバンディー教団の影響が広がり、馬来遅フフィー教団(老教)や、18世紀には馬明心ジャフリーヤ教団英語版(新教)が設立され、回民蜂起を起こすなど、清朝末期の新疆回族東トルキスタンドンガン人の歴史に大きな影響を与えた。

18世紀の西サハラではクンタ家英語版カーディリーヤ英語版が組織された。

19世紀にはコーカサス戦争を主導したミュリディズムが組織された。

教団[編集]

今でも多くの教団(タリーカ)が活動しており、ジャラール・ウッディーン・ルーミーが創始したメヴレヴィー教団などがこのスーフィズムを信仰している。しかしトルコ政府はメウレヴィー教団の活動を禁止している。開祖の教えに戻れと主張するイスラーム原理主義の勢いで、異端的な要素(ギリシャ哲学ヒンドゥー教等)の有るスーフィズムは影を潜めている地域もある。一方で、近代市民社会を作り上げるための寛容なイスラーム・リベラルなイスラームの思想の源流として注目されても居る。

各地域の教団として以下のものがある。

その他、軍閥がある。

教理と修行[編集]

スーフィズム教団間を統括するような教理体系は現れなかったが、おおむね一致する教理として次のようなものがある[1]。つまり、創造者である神と被創造物である人間の内的な繋がりを仮定し、強い愛の力によって両者の隔たりを消滅させ、精神的合一を目指すというものである。

スーフィーの修行は階梯にたとえられ、神の与えてくれる心的状態(アフワール)を経験するとひとつ上の段階に移行できる。すべての階梯を登り切ると忘我の境地に至り、霊知(マアリファ)と真理(ハキーカ)と呼ばれる高い意識を永続的に得られると考えられた。

スーフィズムでは禁欲的で厳しい修行を行う。 修行法は様々だが、もっとも重要な行はズィクルと呼ばれる祈祷句を読み上げる儀礼である[2]。神に思念を集中し一心不乱に連祷することでファナー(消滅・消融)と呼ばれるトランス状態に入り神秘体験をする。

ファナーに入るために音楽や踊りも盛んに用いられた。たとえば、白い布状の服を身につけて一心不乱に回る、回旋舞踊(セマー)と呼ばれるものを行い、神との一体化を求めた。スーフィーは導師の指導の下、決められた修行(マカーマート)を段階的にこなし、準備を進める。最終段階では、雑念を捨て去り一心に神の事をのみ考え、神と合一したという悟りが訪れるのを待つ。この境地に至った者は、時として聖者に認められ、崇拝の対象となった。

音楽[編集]

スーフィズムに影響を受けた宗教歌謡としてパキスタンカッワーリーがあり、著名な演奏者としてヌスラト・ファテー・アリー・ハーンがいる。

イスラーム聖者廟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 田中 1990, pp. 59-61.
  2. ^ 高橋圭『スーフィー教団:民衆イスラームの伝統と再生』 <イスラームを知る> 山川出版社 2014年、ISBN 9784634474765 pp.6-13.

参考文献[編集]

  • 赤堀雅幸・東長靖・堀川徹編 『イスラームの神秘主義と聖者信仰』 東京大学出版会〈イスラーム地域研究叢書〉7、2005年。
  • 中村廣治郎 『イスラムの宗教思想 ガザーリーとその周辺』 岩波書店、2002年。
  • 中村廣治郎 『ガザーリーの祈祷論 イスラム神秘主義における修行』 大明堂、1982年。
  • 井筒俊彦 『イスラーム思想史 神学・神秘主義・哲学』 中公文庫、1991年、2001年。(初版は岩波書店、1982年)
    • 『井筒俊彦著作集』(全12巻 中央公論社、1992年 - 1993年)にも所収。
  • ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール 『イスラーム神秘主義聖者列伝』 藤井守男訳、国書刊行会、1998年。
  • イドリース・シャー 『スーフィー 西欧と極東にかくされたイスラームの神秘』 久松重光訳、国書刊行会、2000年。
  • ガザーリー 『誤りから救うもの』 中村廣治郎訳、ちくま学芸文庫、2003年。
  • R.A.ニコルソン 『イスラムの神秘主義 スーフィズム入門』 中村廣治郎訳・解説、平凡社ライブラリー、1996年。(初版は東京新聞出版局〈オリエント選書〉3、1980年)
  • R.A.ニコルソン 『イスラーム神秘主義におけるペルソナの理念』 中村潔訳、人文書院、1981年
  • ラレ・バフティヤル 『スーフィー イスラムの神秘階梯』 竹下政孝訳、平凡社〈イメージの博物誌〉16、1982年。
  • シャイフ・ハーレド・ベントゥネス 『スーフィズム イスラムの心』 中村廣治郎訳、岩波書店、2007年。
  • オリヴァー・リーマン 『イスラム哲学への扉』 中村廣治郎訳、筑摩書房、1988年、ちくま学芸文庫 2002年。
  • ティエリー・ザルコンヌ『スーフィー イスラームの神秘主義者たち』 東長靖監修、遠藤ゆかり訳、創元社(知の再発見双書)2011年
  • 田中多佳子「カッワーリー:南アジアのスーフィーの歌」、『儀礼と音楽 I』、東京書籍、1990年ISBN 448775254x

関連項目[編集]

外部リンク[編集]