カーエアコン

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カーエアコンとは、自動車に装備されているエア・コンディショナーである。

概要

自動車用コンプレッサーの一例

初期の車載エアコン装置は、カーヒーターカークーラーといったかたちで独立して制御されており、温度調節の機能はほとんど存在しないことが一般的であった。

冷媒に不可欠なコンプレッサーの駆動は基本的にエンジンにより行われる。一部のハイブリッドカーなどでは、エンジンが稼動している時間を短くするためにコンプレッサーの駆動をモーターで行っていたり、コンプレッサーのプーリーにモーターを内蔵したものもある。暖房はエンジンを冷却した冷却液(冷却水、クーラント)を室内のヒーターに導き、熱交換している。一部の電池式電気自動車では、原動機の廃熱を利用できないために電熱線でヒーターコア内の水を温めて発熱する暖房を用いている。

利点

カーエアコンの冷温風、とりわけ冷房サイクルを通して供給される乾燥した送風により、フロントガラスやサイドガラスの霜取りや曇り取り(デフォッガー/デフロスター)を行う機能も持たせられている。

欠点

冷房の場合はエンジンの回転でコンプレッサーを稼動させるため、エンジンの負荷が増え、加速が鈍り、結果燃費も悪化する。馬力換算では数馬力から十数馬力のロスとなる。コンプレッサーを作動させる際にはアイドリング回転数を何割か上昇させるアイドルアップが行われるため、AT車の場合にはクリープ現象もより強力に働く。 普通車の場合、1kW~3kW(1~4馬力)程度の負荷が掛かり冷暖房能力としては3kW程度である。[1] [2]

歴史

カーエアコンの歴史はアメリカ車ドイツ車において、第二次世界大戦以前から始まった。

アメリカ車

アメリカにおける初期のカークーラー

アメリカ車においては早くは1930年代にはミスト散布の原理を用いたカークーラーの導入が始まり、1939年にはパッカード製自動車においてコンプレッサーを用いた冷房装置が採用された。この時代のコンプレッサー式カークーラーはトランクをほぼ丸ごと占有するほど巨大なものであったため、戦前はあまり普及しなかった。

同時期の1938年、ナッシュ・モーターズen:Weather_Eyeの商標で、エンジン冷却水を室内のごく小さなラジエーターに導入することで温風を生む温水式ヒーターを世界で初めて自社の自動車に搭載する。ナッシュは家電メーカーのケルビネーターと合併、ナッシュ=ケルビネーターとなり、戦後の1954年にen:Nash Ambassadorのオプションとして設定されたAll Weather Eyeは、温水式ヒーターとトランク内蔵型コンプレッサー式カークーラーを一つにした世界初のカーエアコンシステムであった。このAll Weather Eyeはナッシュ=ケルビネーターの後裔アメリカン・モーターズの正規オプション品となっただけでなく、瞬く間に競合製品が多数開発されるヒット商品となり、その後のアメリカ車に置けるカーエアコンシステムの代名詞的存在となった。その後、アメリカ車は1950年代から1960年代に掛けてかなりの割合でクーラー・ヒーターを含むカーエアコンの導入が行われることになり、現在に至っている。

ドイツ車

ドイツ車においては黎明期のポルシェフォルクスワーゲン・ビートルなどの空冷式エンジンの車種においてマフラーの熱を室内に導入するヒートエクスチェンジャーの導入が始まり、自動車におけるヒーター装備の嚆矢となった。特に、自動車用空冷エンジンの主流となったブロワーファンによりエンジンブロック内部に大量の冷却風を取り込む強制空冷式エンジンにおいては、冷却風の一部を車内に導入するベンチレーターを装備してヒーターの代用とする例もあった。このような空冷式エンジン車のヒーターはエンジンの廃熱を効率よく利用できる反面、エンジンの回転数や外気温によっては十分な暖房効果が得られにくく、シリンダーキャブレターなどの接合状態があまり良くない場合には、温風に燃料やエンジンオイル、あるいは排気ガスの臭いが混ざる場合があることが欠点であった。

ドイツの空冷車には地域によっては初期のアメリカ車と同様にミスト散布式カークーラーが装備される場合もあり、その後1960年代から1970年代にかけてカーエアコンが装備されるようになっていった。

日本車

日本車で温水式ヒーターを初搭載したのは1955年の初代トヨタ・クラウンであった。1958年に登場したスバル・360にはヒートエクスチェンジャー形式のヒーターが装備された。この時代までは冷房は走行風による外気導入、暖房はヒートエクスチェンジャーという構成が主体であった。

サンデン製"ロータリー"カークーラー。室内側ダッシュボード吊り下げ式ユニット。1970年代に普及した後付けカークーラーの代表的な形態である。

1970年代に入ると、排ガス規制への対策から2ストローク機関から4ストローク機関への転換が進んでいき、同時に冷却方式も空冷から水冷へと移り変わっていった。強制空冷エンジンと異なりエンジン冷却ファンの冷却風を直接利用できないため、従来のベンチレーターと並行してブロワーモーターの装備も進められることになった。この時代のヒーターは足下のみから温風が出るセミエアミックスタイプのヒーターが主流であった。

この時期と同時にメーカー(販売店)オプションとしてカークーラーの導入が進められた[3]

このカークーラーは構造そのものは現在のカーエアコンの冷房装置とほぼ変わらぬものであるが、現在の車ではダッシュボードの内部に配置されているエバポレーターやブロワーモーターといったクーラーの構成部品が一体化されており、これをグローブボックスの位置にはめ込むか別の筐体としてダッシュボード下に吊り下げるというものであった。こうしたタイプの吊り下げ式カークーラーは必ずしも自動車部品メーカー[4]の手により生産されるものばかりではなく、一般の家電メーカー[5]が主体となって開発された後付け品も多数存在した。

今日のようなヒーター・クーラー双方からの風を混合する温度調節機能を備えたカーエアコンは、1970年代後半から1980年代に一般化した。しかし、1980年代の大衆車はカーエアコンは販売店オプション扱いのものがほとんどで、この時代のカーエアコンは送風温度を手動で微調整するマニュアルエアコンであり、この時代の一部車種には室内温度センサーや日射センサーによって室内の温度を自動調整するオートエアコンは、一部のスポーツカーや高級車に装備されるに留まっていた。

冷媒

カーエアコンはフロン12(R12)が冷媒として用いられてきたが、1990年代に入るとフロンによるオゾン層破壊が環境問題として取り上げられた影響で、R12からR134aへの切り替えが行われた。先進国での製造禁止が法制化された影響でR12ガスの入手が困難となった事から、パッキン類やレシーバータンクの交換を行った上でR134aへの転換を行うレトロフィットや、従来のR12エアコンにそのまま投入可能な代替R12ガスといった製品が広く普及していくことになった。 2013年1月からはGWP:150以下の冷媒の使用を義務付ける欧州連合(EU)の法律を順守するためにHFO-1234yfへの切り替えが始まったが、ダイムラーなど一部のメーカーはHFO-1234yfが可燃性ガスで衝突時などに引火しやすい点を問題視し、R134aの使用を続けている。

脚注

  1. ^ Impact of Vehicle AirConditioning on Fuel Economy Tailpipe Emissions and Electric Vehicle Range
  2. ^ 電気自動車用エアコンシステム - デンソー
  3. ^ ただしスズキ製軽自動車においては、360cc級の2ストロークエンジンへのカークーラーシステムの導入も行われた。古くは1971年の3代目LC10 II型フロンテおよびフロンテクーペからオプション搭載が始まり、用途上の問題から2ストローク機関を最後まで採用し続けたジムニーにも、初代第3期SJ10から吊り下げ式カークーラーがオプションとして登場した。最終的にジムニーは2代目第1期SJ30の途中からフルエアミックスのカーエアコンに切り替えられた。
  4. ^ 日本電装サンデンヂーゼル機器日本ラヂヱーターなど
  5. ^ 日立製作所ナショナル三菱重工業など

関連項目