はせさん治

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はせ さんじ
はせ さん治
本名 長谷 弘夫
(はせ ひろお)
別名義 はせさんじ、はせ・さんじ
生年月日 1936年1月2日
没年月日 2002年3月8日(満66歳没)
出生地 日本の旗日本東京府
死没地 日本の旗 日本東京都豊島区
民族 日本人
ジャンル 俳優声優
活動期間 1963年 - 2002年

はせ さん治(はせ さんじ、1936年1月2日[1] - 2002年3月8日 本名:長谷 弘夫 はせ・ひろお)[1]は、日本男性俳優声優。所属事務所は青二プロダクション九プロダクションフリー東京府(現・東京都)出身[1]

来歴・生涯[編集]

芸名は名字の長谷と「馳せ参じる」(大急ぎで参上する)から。長男は同じく俳優声優長谷有洋

江戸家猫八(3代目)門下。声優としては1970年代から1980年代にかけて、東映動画制作のアニメに数多く出演、名脇役として活躍した。晩年は長男に先立たれ、さらに肺癌を患うという苦難に見舞われるも闘病を続けながらテレビ・舞台等でも活躍を見せた。

後述の通り、『ひらけ!ポンキッキ』には顔出しして出演。パンチョ加賀美、TBS版『トムとジェリー』のナレーターを務めていた谷幹一と共演し、高い評価を得ていた。

2002年3月8日、肺癌のため東京都豊島区の病院で死去。66歳没。

2006年7月28日 - 30日、妻、長谷妙子を座長とし、劇中で本人の録音音源を使用した追悼公演が新宿でシアターBRATSにて行われた。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

1963年

1965年

1966年

1968年

1969年

1970年

1971年

  • アパッチ野球軍(コウモリ)
  • ゲゲゲの鬼太郎(第2作)(子泣き爺〈代役〉、夫、藁男、作業員、丸毛)

1972年

1973年

1974年

1975年

1976年

1977年

1978年

1979年

1980年

1981年

1982年

1983年

1984年

1985年

  • ゲゲゲの鬼太郎(第3作)(白山坊、さとみの父、人魚のボス、半魚人、ひでり神、グレムリン、毛目玉、倉ぼっこ、えんらえんら)
  • はーいステップジュン(野々宮啓一郎)

1986年

1987年

1988年

1989年

1990年

  • 三丁目の夕日(鈴木則文、ナレーション)
  • もーれつア太郎(×五郎)

1992年

1994年

OVA[編集]

1987年

  • X電車で行こう

劇場アニメ[編集]

1966年

1967年

  • サイボーグ009 怪獣戦争(船員)

1976年

1980年

  • サイボーグ009 超銀河伝説(006/張々湖)

1981年

1983年

1984年

1985年

1986年

1996年

吹き替え[編集]

特撮[編集]

人形劇[編集]

テレビ番組[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『声優名鑑』、590頁、成美堂出版、1999年、ISBN 978-4415008783
  2. ^ ノンクレジット
  3. ^ はせ三治名義。