ビックリマン

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ビックリマンは、1977年から発売されているロッテチョコレート菓子。おまけとしてシールが封入されており、特に「悪魔VS天使」シリーズは1980年代から1990年代初頭にかけて大ブームを起こし、アニメなど様々な関連商品を生み出した。

本体となる「ビックリマンチョコ」は、ピーナッツ入りチョコレートウエハースではさんだものである。発売当初は30円、2012年の復刻版『ビックリマン伝説』は84円で発売されている。

シール[編集]

最初期[編集]

1977年に発売された際には「ドッキリシール」という使って悪戯を行えるというコンセプトシールが封入されていた。背景が透明で、本物らしく似せたコンセント、キスマークなどの写真がシールになっており、壁などに貼って遊ぶことが推奨されていた。その後1985年までは「立体ドッキリシール」「ウッシッシール」「マンギャシール」「まじゃりんこシール」などとマイナーチェンジを繰り返していた。

直接のシリーズ関連はないものの、コンセプト的には同じくロッテより発売されていたはりはり仮面シリーズを前身とする。

悪魔VS天使シール[編集]

ブームとなった「悪魔VS天使」シールは1986年から開始された。シールの種類は天使と悪魔とお守りの3枚1組で各12種ずつあって、2ヶ月ごとにバージョンチェンジがなされていった。悪魔は寒色系の地味な色合い、お守りは透明なシール、天使はキラキラと光っており、悪魔の4分の1の割合しか封入されていない希少度の高いシールだった。また、1箱(40個入り)に1、2枚しか入っていない、更に貴重なヘッドというレアシールが存在した(通常ならば1個に1枚のオマケシールだが、極稀に、2枚入っている事もあった)。

ビックリマンシールは発売された翌年から小学生を中心に大ブームを引き起こし、毎月の販売数は1300万個にのぼり、出荷金額は1000億円を超えた。カネボウフーズの「ラーメンばあ」や「ガムラツイスト」、明治製菓の「仰天人間バトシーラー」など、他の幾つかのメーカーからも類似品が多数販売されたが、追随を許さなかった。

ヒットの要因は、シールにストーリー性とゲーム性を取り入れたことにある。一見駄洒落ばかりに見えるキャラクターの名前と、神話創世記を匂わす密度の高いストーリーが魅力的であった。シリーズが進むにつれてキャラクターがパワーアップするという手法も、ユーザーのコレクター魂を引き起こすのには十分であった。

また、シールの裏にはさまざまな文章が書かれており、アニメ漫画などの原作が無いにも拘らず、お菓子の中だけで独自のストーリーが展開されていった。これは前例の無かったことである。たまに暗号めいたものがあったりと、シール1つで、まるで読書のように行間を読ませる手法も、人気の大きな要素であった。

ブームの広がり[編集]

このビックリマン人気にいち早く目を付けたのが、小学館であった。ビックリマンは、まず講談社の『コミックボンボン』が1つの話題として取り上げ、翌月に小学館の漫画雑誌『月刊コロコロコミック』で話題を取り上げた。

その後『コロコロ』と同社から発行している『小学三年生』でビックリマンの特集を組み、漫画の連載も始めるようになった。そこでビックリマンシールの開発者反後四郎(現・ロッテ商品開発部部長)がマントと角帽という学者風の姿をした「ビックリマン博士(タンゴマン)」に扮して子供たちからの様々な質問に答えるという、ゲーム界で言うところの高橋名人のようなキャラクターも登場した。後に同じく社会現象にまで発展したミニ四駆バーコードバトラーベイブレード甲虫王者ムシキング(いずれも小学館主導)にも同じように「博士、名人」というようなカリスマ風のナビゲーターを登場させている。

また、1990年代ガンプラにも、長谷川指導員や奥田教授というナビゲーターがテレビCMや『コミックボンボン』誌上に登場した。それからというもの、ゲーム化、アニメ化、映画化、アイスキャンデー化などとマルチな展開を見せ、ビックリマンワールドは発展していった。

1988年夏休みに発売した『コロコロコミックビックリマン臨時増刊号』は、20万部が即日完売という記録を作った[1]

ビックリマンチョコと社会問題[編集]

目当てのシールだけを抜き出し、チョコレート菓子を捨てる事例、あるいは、大量に買い込んだ為に食べ切れなくなったチョコレート菓子を捨てる事例が多発し、食べ物を粗末にする行為が多く報告され、全国的に社会問題となった。菓子の購入資金が裕福な年齢層による大人買いと呼ばれる大量購入行為により、品薄になる地域が発生し、社会問題に拍車を掛けた。それに伴い、一部地域では1人あたりに対する販売個数を制限し(店に入荷した箱数、1箱なら2つまで・2箱なら3つまで)、レジカウンターでの対面販売といった販売対策も取られた。

また、希少価値の高いヘッドをよく当てた人、全く当てることのできない人の間の話で、箱の前から3番目か4番目と8番目がヘッドが当たりやすいという根拠の無いデマも流れた。

他にも、希少度の高いシールを金銭(1000 - 2000円程度)で取引するといった問題も発生した。

これらの問題を踏まえ、販売元のロッテは「ビックリマン憲章」なる規定を作り、

  1. シールの売買の禁止
  2. チョコレート菓子の完食
  3. シールをトレードすることにより親睦を深める

という上記の3ヶ条を推奨した。

シールの盗難もかなりあったようで、2005年にオンエアされた深夜ラジオ『伊集院光 深夜の馬鹿力』の中の1コーナーで、「盗んだり盗まれたり」という表題でリスナーから体験談を募ったところ、大半がビックリマンチョコの話題だった。

類似品、模倣品も多数出現し、その最たるものとして玩具メーカー「コスモス」によるシールの偽物(「ロッテ」の部分を「ロッチ」と改変して販売)は、1987年にロッテ側から訴訟を起こすに至る騒動となった。このほか、「ドッキリマンチョコ」といった、明らかにビックリマンを意識したものもあった。

公正取引委員会による勧告[編集]

このブームが衰え始めた原因は、公正取引委員会による勧告と見られている。公正取引委員会は1988年、ロッテに対してシールの価格差を無くす、種類毎の混入率を均一にする、特定のシールに価値が出るような広告をしない、という3つの自粛案を出した。ロッテはこの指導に従い、全シールの価格差を3円前後に抑え、ヘッド、天使、悪魔、お守りの割合を25%均等に振り分けた[要出典]。そのため今までキラキラと光っていたホログラム仕様のヘッドは地味なシールとなり、ヘッドが当たる確率は悪魔と同じ割合にまで引き上げられた。結果として、レアカードであったヘッド、ひいてはカード全体の価値が暴落し、一気にファンが離反するという事態となった。 公正取引委員会は「おまけで釣るのではなく品質本位のフェアな競争を行ってほしい」という意図で勧告を出しているが、ロッテ広報担当は「シール規制はアメリカからの圧力が原因」との見解を示している[2]

これに類した事例はペプシツイストのおまけでも起きた。詳しくはペプシコーラを参照のこと。

ブームの終焉[編集]

第18弾をもって「天使VS悪魔」のストーリーが一応の完結を迎え、第19弾から新たなる「次代」のキャラクターが登場する新シリーズがスタートした(ほぼ同時期にアニメも『新ビックリマン』へと移行)。一度は下降した人気も、アニメ人気やプリズムシールの復活によってある程度持ち直した。1991年には『スーパービックリマン』も併売され、シールもチョコも一回り大きくなって値段も1個50円と値上がりした。こちらは旧シリーズをリメイクしたキャラクターたちが登場し、プリズムやホログラムのほかCGもふんだんに使われた意欲的な商品といえる。これらの展開により、ビックリマンシリーズは今一度の盛り上がりを見せていた。

しかし、長きに渡る販売商品ゆえの消費者側の疲弊やブームの沈静化は否定できないものになっており、『新ビックリマン』の終了とともにシールは独自の展開へと移行する。メディア面での露出は縮小の一途を辿り、最盛期の売り上げは100億円を超えていたが、そのころには40億円にまで落ち込んでいたといわれた。

そして1992年、悪魔VS天使シールを礎とする一連のシリーズの商品は展開を終了し、『スーパービックリマン』のアニメも翌1993年に終了した。こうして、10年近くに渡るビックリマンシリーズのブームは終焉を迎えた。

レアなシール[編集]

ビックリマンシール、特にマニアが多い「悪魔VS天使」シリーズのシールのうちには現在でも高額で取引されるものも少なくない。ヘッドと呼ばれるプリズム処理を施されたシールは入手率が低く、当時から希少価値が高かった。

また一般発売されなかった商品のシールも非常に高額で取引されることもある。特にスーパーオリオンシリーズと呼ばれる1988年にロッテオリオンズの本拠地川崎球場でファンのみに配布されたものは、希少価値が高い。当時の有藤道世監督の他、牛島和彦村田兆治荘勝雄上川誠二愛甲猛横田真之古川慎一西村徳文水上善雄の9人の選手がキャラクターのモデルとなった。「パート1」と「パート2」のヴァージョン違いがあり、市販はされていない。

その次に貴重なのは福袋版である。福袋版とは正月の一時期限定で販売されたものであり、マニアの間で1枚数万円 - 数十万円で売買されている。3番目に人気があるのは、アイス版と呼ばれる、アイスの中に入っていたシールである。基本的なデザインはチョコ版のデザインとほぼ同様であるが、色合いなどが違っている。アイス版の中でも特に人気があるのは、12弾・15弾のヘッドである。この時期はビックリマンシールの人気がやや低迷しており、アイス版のシールが少ししか現存していない。チョコ版はアイス版より人気がないが、一部のシールは現在でも高い人気を博している。特に人気があるものは、ブラックゼウスホログラム、ヘラクライスト赤、ヘラクライスト緑、魔肖ネロ、ヘッドロココ・後半27弾以降のヘッドなどである。どのくらいの値段がつくかは、シール自体のレア度だけでなく、シールの状態、バージョン裏紙の色違い、プリズムの向きの違い(たとえばブラックゼウスはすべての版でレアなわけではない)などが関係する。特に古いシールは状態のいいものが少ないことから、状態のいいシールはかなりの高値で売買される。

少女向けのビックリマン[編集]

男児向け作品であるビックリマンだが、少女においても莫大な人気を誇り、現在20、30代となる女性が幼少期にビックリマンシール収集に夢中であったとされる[3]。そういった人気に応える為にブーム当時、少女向け児童漫画誌『ぴょんぴょん』に藤井みどり作の「ビックリマン 愛の戦士ヘッドロココ」が掲載された。物語は次界探しをする初代ビックリマン世界観を元に、天使ヘッドロココと悪魔マリアの恋愛を書いた冒険物語。

ポニーキャニオンからイメージアルバムも発売されており、収録曲の中には、チャゲ&飛鳥(現:CHAGE and ASKA)で有名なASKAが旧名・飛鳥涼名義で作曲している(別名義につき、公式サイトには表記されていない)。

基本的ストーリーは初代ビックリマンと同じだが、以下の設定が大きく変わっている。

  1. 聖フェニックスサタンマリアは幼名であり、物語開始時はそれぞれ、ヘッドロココワンダーマリアという成人名で登場。
  2. ヘッドロココがスーパーゼウスの孫(ただし、これは物語後期の後付け設定)。
  3. 天魔界主導権は全てノアの一族が統治している。

特にストーリー構造上において、漫画オリジナルのキャラクターが作られ、既成キャラクターの多くが降板されている(スーパーゼウスの孫という設定の為、そのまま行けば祖父母にあたる超聖神と大叔父にあたるブラックゼウスが未登場。逆に本編では話題を避けていたサタンマリアの父親が登場)。

『ぴょんぴょん』連載時はビックリマンの少女版として話題となり、かなりの上位人気をキープしていたが、1992年に同誌が休刊し、『ちゃお』に移動したものの、読者層の違いから、数ヶ月で連載終了となる。

単行本はてんとう虫コミックスから全7巻が発行。現在はブッキングから全3巻が購入可能。

また、イメージアルバム内部でのキャスティングで、ヘッドロココ、ワンダーマリア、愛然かぐや、魔胎伝ノア、ヤマト神帝、アリババ神帝、神帝ピーターの声優が設定されており、「ビックリマンシリーズ」ではなく「ビックリマンの作品」という枠で見れば、イメージアルバムのキャストが2代目声優となる。

1993年以降[編集]

1993年には、「ドッキリダービーシリーズ」という新たなシリーズが開始され、その後もいくつかのシリーズのシールができたが、「悪魔VS天使」時代のようなブームをもたらすことはできなかった。この時期には女児向けチョコのビックリコも発売されているが、長続きしなかった。「悪魔VS天使」シリーズの復活を求める声もあり、1999年には世界観を一新した「バグ悪魔とギガ天使シリーズ」が開始され、2000年には『ビックリマン2000』としてテレビアニメ化された。

悪魔VS天使シリーズの復活[編集]

「悪魔VS天使」20周年となる2006年には「悪魔VS天使シール ひかり伝」と題し、「悪魔VS天使」と同じ世界観を持つ新シリーズが開始され、その後も継続されている。2012年からは「ビックリマン伝説」と題した「悪魔VS天使」の復刻シールが封入された商品シリーズが発売されている。

2014年3月には当シリーズが30周年を迎え、千葉ロッテマリーンズ里崎智也が「ビックリマンPR大使」に就任した[4]

メディアミックス[編集]

ビックリマンのアニメ、漫画などの展開が行われたのは「悪魔VS天使シール」、11代目「スーパービックリマン」、14代目「ビックリマン2000」、そして2006年以降の「ビックリマンひかり伝」シリーズなどである。

アニメ[編集]

ビックリマン
『ビックリマン 悪魔VS天使シール』第1弾 - 第18弾を原作とし、ABC旭通信社東映アニメーション製作、テレビ朝日系列にて1987年 - 1989年放送
新ビックリマン
『ビックリマン 悪魔VS天使シール』第19弾 - 第24弾を原作とし、ABC・旭通信社・東映アニメーション製作、テレビ朝日系にて前シリーズの翌週より開始、1989年 - 1990年放送
スーパービックリマン
『スーパービックリマン』を原作とし、ABC・旭通信社・東映アニメーション製作、テレビ朝日系にて1992年 - 1993年放送
ビックリマン2000
『ビックリマン2000』を原作とし、テレビ東京・NASスタジオコメット製作、テレビ東京系列にて1999年 - 2001年放送
祝!(ハピ☆ラキ)ビックリマン
『ビックリマンひかり伝』を原作とし、テレビ朝日・東映アニメーション製作、テレビ朝日・BS朝日秋田朝日放送にて2006年 - 2007年放送
本作はシリーズ中唯一、地上波でのネットワークセールスが実施されなかった。

漫画[編集]

悪魔VS天使シール、スーパービックリマン、およびビックリマン2000を元にして『月刊コロコロコミック』に連載された漫画、およびその単行本のほか、悪魔VS天使シールに主な登場人物、登場地域を依拠しつつ、大幅にデフォルメを施した少女漫画『愛の戦士ヘッドロココ』が存在する。シール、アニメ、漫画でストーリーが多かれ少なかれ異なっていることが多い。『コロコロ』では主にコミカライズを竹村よしひこが担当。学年誌ではそれぞれ学年、時期によって複数の異なる漫画家が執筆している。

おちよしひこのスーパービックリマンの漫画は、非常にシリアス(アニメ版も従来に比べれば非常にシリアスではあるが)な重い内容で、小学生以上の層でも一部人気となったが打ち切りになる。

主要な作品[編集]

ゲーム[編集]

小説[編集]

コラボレーション[編集]

2000年代に入ると「悪魔VS天使」シリーズをモチーフとし、続々と他作品や団体とコラボレーションしたビックリマンチョコが発売されている。ここでは、シールがビックリマンと同一規格のものを紹介する。

脚注[編集]

  1. ^ 藤島宇策『戦後マンガ民俗史』(河合出版、1990年、ISBN 4879990248)p.276
  2. ^ 労働教育センター 保坂展人 子どもが消える日 1994年1月20日初版発行
    67ページ 公正取引委員会景品表示指導課の鈴木満課長を訪ねた。 (中略) 「ロッテの場合には、だいぶ前になりますがチューインガムの包装紙を五枚集めると一千万円が当たるという懸賞でブームを巻き起こしたことがあるんですね。この時のあおりを受けて、競争相手だったハリスという会社が潰れてしまった。景品に関しての規制を加える法律が出来たのもこの頃です。 昭和三十九年のロッテはチョコレート業界に参入しましましたが(原文ママ)、ガム業界のようなことをやられてはかなわないと、全国チョコレート公正取引協議会という業界団体が発足しています」  過大な景品や懸賞で消費者をつるのではなくて、品質本位のフェアな競争を行ってほしい−−−というのはうなずけるが、それが、はたして一個三十円のビックリマンチョコの世界に当てはまるのか、どうか。
    75ページ  ビックリマン現象には規制の姿勢をとる公取委は、実は、この秋に景品の規制を大幅に緩和する。このところ日本向けの輸入を急増させているアメリカのチョコレート会社から、日本のチョコの景品規制を何とかしてくれという要望を受けてのことだと言う。  規制緩和の一方で、なぜシールは規制なのか?という疑問は、当然のことながらわいてくる。 「アメリカの圧力ですよ。今度チョコの税率が二十%から十%に下がったんです。その上チョコの景品の枠も公取委が三年間何も言ってこなかったのに、今ごろになっていってきたのは、『見返りの道具』にされたんだと思いますね」(ロッテ広報室堀江氏)
  3. ^ アンケート『子供のころにひそかに集めていたものは?女性編』において、ビックリマンシールが上位にランクインし、セーラームーングッズを上回っていた。
  4. ^ 千葉ロッテマリーンズ里崎智也選手 ビックリマンPR大使に就任!

関連項目[編集]

外部リンク[編集]