赤ずきん
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『赤ずきん』(あかずきん、仏: Le Petit Chaperon rouge、独: Rotkäppchen)は、童話の一つである。ペロー童話集やグリム童話(KHM 26)にも収録されている。
目次 |
[編集] あらすじ
ここでは、グリム童話における『赤ずきん』のあらすじを記す。
- 赤ずきんと呼ばれる女の子がいた。彼女はお使いを頼まれて森の向こうのおばあさんの家へと向かうが、その途中で一匹の狼に遭い、唆されて道草をする。
- 狼は先回りをしておばあさんの家へ行き、家にいたおばあさんを食べてしまう。そしておばあさんの姿に成り代わり、赤ずきんが来るのを待つ。
- 赤ずきんがおばあさんの家に到着。おばあさんに化けていた狼に赤ずきんは食べられてしまう。
- 満腹になった狼が寝入っていたところを通りがかった猟師が気付き、狼の腹の中から二人を助け出す。
- 赤ずきんは言いつけを守らなかった自分を悔い、反省していい子になる。
[編集] 『赤ずきん』ストーリーの変遷
[編集] ペロー以前
作品としての赤ずきんで最も古いものは、1697年にフランスで出版されたペロー童話集の中の『赤ずきん』であるが、それ以前の話としてスウェーデンの民話『黒い森の乙女』やフランスに伝わるメルヘン[1]など類話が確認されている。
ペローが民話から作品にする段階で変更を加えたとされる点はいくつかある。
- 主人公に赤い帽子をかぶせた[1]。
- 民話では、赤ずきんが騙されておばあさんの血と肉を、ワインと干し肉として食べるシーンがあるものもあるが、そのシーンを削除[1]。
- 狼が近道を行ったため先回りされたとされるが、民話では主人公に「針の道」と「ピン(留め針)の道」などの二つの道を選ばせるシーンがある[1]。
- 主人公が着ている服を一枚一枚脱いでは暖炉に放り込むというシーンを削除[1]。
- 民話にはない「教訓」を加えた。
この物語は宮廷を中心とするサロンの女性たちのために書かれたものであったため、下品なシーンや残酷なシーンなどを削除し変更が加えられたのだと言われている。なお、ペロー童話では赤ずきんが狼に食べられたところでお話は終わり、猟師は登場しない。
[編集] ルートヴィヒ・ティークの赤ずきん
ドイツにおいて初めて赤ずきんを作品化したのは、ルートヴィヒ・ティークによる戯曲"Tragödie vom Leben und Tod des kleinen Rothkäppchens"[2](『小さな赤ずきんの生と死』1800年)であった。
ティークはペロー童話では登場しなかった猟師を話の中に登場させ、赤ずきんを食べた狼を撃ち殺させた。だが、この話でも赤ずきんは食べられたきり、救出されない。
[編集] グリム童話の赤ずきん
グリム童話の『赤ずきん』は長い間、ドイツのとある農家の非識字者である老婆が語る話を聞き取り、手を加えずに原稿に起こし出版したものであると信じられていたが、実は話の提供者にそんな人物は一人もいないということがハインツ・レレケの研究により判明している。
赤ずきんの話の提供者は、ヘッセン選帝侯国に属する高級官僚の娘たちであり、読み書きも当然に習得しているであろう彼女たちがペローの童話を読んでいる可能性は充分にある。そのことから、赤ずきんはドイツ土着の物語ではないとすら危ぶむ声もある[誰によって?]。
さらにグリムは、版を重ねるごとに話の内容に手を加えていった。赤ずきんとおばあさんが狼のお腹から生きたまま救出されるというモチーフを加えたのは彼らである[1]。
[編集] 近代並びに現代における赤ずきん
赤ずきんの物語は世界中で愛され、シャルル・ギュオーやデ・ラ・メアなど様々な作家が赤ずきんのパロディ作品を世に出している。おばあさんが狼と赤ずきんを食べてしまうというヨアヒム・リンゲルナッツの『クッテル・ダッデルドゥが子どもたちに赤ずきんのお話を聞かせる』や、赤ずきんがおばあさんに化けた狼を見抜き、即座に銃で撃ち殺すというジェームズ・サーバーの『少女と狼』などが有名である。
『ヴァンパイアセイヴァー』という日本産の対戦型格闘ゲームにも、この過激な性格の赤ずきんをモチーフにした「バレッタ」というキャラクターが登場する。このゲームでは彼女が対戦相手である化け物たちに対し、しおらしげな態度を見せつつ隙を突いて仕返しをしたり、手榴弾や機関銃を撃ち放ったりする姿が面白おかしく表現されている。また海外でも、『The Path』(ザ・パス)といった赤ずきんをモチーフしたゲームや、ハードコアに表現したロックアートなどがある。
[編集] 解説
[編集] 語源
タイトルのドイツ語: Rotkäppchenは、Rot-käpp-chenの3節からなる合成語である。Rotはredにあたる。käppはKappe(≒cap、ふちのない帽子の意)がルートであり、語合成に伴い短縮化・ウムラウト化させている。chenは、小さいもの・愛らしいものといった意味の接尾辞であり、また転じて俗に日本語で「○○ちゃん」と愛称するのと同様にも使用される。
つまり、Rotkäppchen は意味を取れば「赤い帽子のおちびさん」となり、節に分解した Rot-käpp-chen では、「赤-ずきん-ちゃん」であるといえる。
[編集] 作品の背景
ドイツの社会史研究者の中[誰?]には、「赤ずきんの家庭に父親が不在であること」そして「おばあさんが近隣に他の家がないような場所に住み、近くを通りがかったのは猟師であった」などという点から、飢饉が続いた近世の初期、口減らしのために山に姥捨てにされたおばあさんのところまで内緒で食料を届けに行っていた少女の家庭環境や時代背景に絡め作られた話なのではないか、と推理する向きもある[要出典]。
[編集] 深層心理学的解釈
赤や狼に深層心理的なシンボルを読み取ることが出来るとか、元々は女の子がふらふら歩いていたら、悪い狼に食べられますよという教訓話であったとか、さまざまな解釈がされている。
精神分析学者のエーリッヒ・フロムやブルーノ・ベッテルハイム等は『赤ずきん』をはじめとしたメルヘンを読んで精神分析的解釈をし,民間伝承や民俗学に関して様々な考察をしたが、これらは間違ったものが多かった。
なぜなら今日知られている「赤ずきん」の話の内容の多くはシャルル・ペローが創作したものであって歴史が浅いので、それを読んでも民俗学的知識が得られるはずがなかったのである。例えば「赤ずきん」に出てくるずきんの赤さをフロムは「月経の血」、ベッテルハイムは「荒々しい性的衝動」と解釈したが、ずきんを赤くしたのはペローのアイデアであった[1]。メルヘン学者のロバート・ダーントンは彼らを批判し、「精神分析学者のフロム氏は存在しない象徴を超人的な敏感さで嗅ぎとって、架空の精神世界へ我々を導こうとした」と述べた[1]。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
