田浦直
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田浦直 たうら ただし | |
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厚生労働大臣政務官就任時 | |
生年月日 | 1937年4月5日(87歳) |
出生地 | 日本 長崎県佐世保市 |
出身校 | 長崎大学医学部卒業 |
前職 | 医師 |
所属政党 |
(新生党→) (新進党→) 自由民主党 |
称号 |
旭日重光章 医学博士(長崎大学・1969年) |
選挙区 | 長崎県選挙区 |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 1995年7月23日 - 2007年7月28日 |
長崎県議会議員 | |
当選回数 | 5回 |
在任期間 | 1975年 - ? |
田浦 直(たうら ただし、1937年4月5日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(2期)。皮膚科医。医学博士(長崎大学)。
社会福祉法人橘会理事長、NPO法人長崎こども囲碁普及会理事長、長崎ペンクラブ会長、文芸誌「ら・めえる」発行人[1]。
人物
[編集]長崎県佐世保市出身。1962年に長崎大学医学部を卒業し、長崎大学医学部助手、日本赤十字社長崎原爆病院皮膚科部長などを経て、1975年に田浦皮膚科診療所を開設。同年4月には長崎県議会議員に初当選し、5期務める。
1993年、第40回衆議院議員総選挙に新生党より立候補するも、落選。1995年、第17回参議院議員通常選挙に新進党公認で長崎県選挙区より出馬し初当選。
1969年 長崎大学 医学博士 論文の題は「正常皮膚表面の水素イオン濃度に関する研究 」[2]。
その後、新進党を除名され、自民党に入党。党内派閥は、宮澤派、加藤派を経て、堀内派、古賀派に所属する。2001年1月、厚生労働大臣政務官に就任。
同年7月、第19回参議院議員通常選挙に自民党公認で、出馬し再選。
2005年8月8日の郵政国会の参議院本会議採決では反対票を投じ、造反したが、その後賛成に回った。2007年の第21回参議院議員通常選挙には出馬せず、政界からの引退を表明した。
2007年、旭日重光章受章[3]。2009年、日本棋院により第39回大倉喜七郎賞を授賞される。
所属していた主な団体・議員連盟
[編集]主な著書
[編集]- 『ルブルム先生 喜怒哀楽』(長崎ペンクラブ、1989.10)
- 『ただもくもくと―議員が歩いた五十三次』長崎新聞社 2011/1/1
- 『ルブルム先生奮戦記』長崎文献社 2016/9/1
脚注
[編集]議会 | ||
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先代 柏村武昭 |
参議院外交防衛委員長 2007年 |
次代 小川敏夫 |
先代 保坂三蔵 |
参議院経済産業委員長 2002年 - 2003年 |
次代 谷川秀善 |
公職 | ||
先代 (役職設置) |
文部科学大臣政務官 奥山茂彦と共同→ 佐藤勉と共同 2001年 |
次代 久野恒一 佐藤勉 |