荀ウン

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本来の表記は「荀惲」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:荀惲の画像提供をお願いします。2012年3月
荀惲

虎賁中郎将
出生 生年不詳
豫州潁川郡潁陰県
死去 没年不詳
拼音 Xún Yùn
長倩
主君 曹丕

荀 惲(じゅん うん)は、中国三国時代政治家長倩(ちょうせん)。豫州潁川郡潁陰県(現在の河南省許昌市)の人。荀彧の長子。子は荀甝、荀霬。『三国志』魏書『荀彧伝』に記述がある。荀彧の死後、父の役職を継いだが、早世したため記録は少ない。荀惲の死後、荀氏宗家は弟の荀顗に継承された。

曹操の三男曹植と親しく、次男曹丕の即位後も曹植との親交が途絶えなかった。また曹丕と親しい夏侯尚と仲が悪く、これらの理由から曹丕にはあまり快く思われなかったという。しかし荀惲は、曹丕の妹である安陽公主を妻に迎えており、曹丕は荀惲を疎みながらもその子供たちには寵愛を注いでいた。東晋に仕えた荀崧は曾孫にあたる。

三国志演義での荀惲[編集]

三国志演義では、曹操に父の自殺を知らせるのみである。