孫翊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
孫翊
後漢
偏将軍・丹陽太守
出生 光和7年(184年
死去 建安9年(204年
拼音 Sūn Yì
叔弼
別名 初名:孫儼
主君 孫権

孫 翊(そん よく、184年 - 204年)は、中国後漢末期の武将。叔弼。初名は孫儼。父は孫堅。兄は孫策孫権。弟は孫匡孫朗。妻は徐氏。子は孫松

生涯[編集]

孫策に似て武勇に優れ、剛毅果断であったため、朱治によって孝廉に推挙された。孫策の死後、一部の重臣から後継ぎにまで目されたが、結局、孫権が後を継ぐこととなった。203年、偏将軍・丹陽太守に任じられた。翌年、孫翊は元盛憲配下の媯覧戴員を重用したが、二人が辺洪と親交を結んだことを叱責したため、手を組んだ彼らによって暗殺された。

武勇に優れていたことをいいことに傲慢で、酒に酔うと粗暴な振る舞いが多かったため、朱治は彼に何度も直諫した。

死後、彼の妻が下手人の辺洪に賞金首を掛けた。