第一航空戦隊

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第一航空戦隊(だいいちこうくうせんたい)とは、日本海軍機動部隊の一翼を担った部隊である。略称は一航戦

概要[編集]

太平洋戦争以前[編集]

1928年(昭和3年)4月1日、試験的に空母2隻(赤城《艦長小林省三郎大佐》、鳳翔《艦長北川清大佐》)と第6駆逐隊の駆逐艦2隻()で編成(一航戦司令官高橋三吉少将)[1]。同年12月10日附で解隊された(高橋少将は軍令部出仕)[2]。また同日附で長良型軽巡洋艦2番艦「五十鈴」艦長山本五十六大佐が赤城艦長に補職[2]。鳳翔艦長も原五郎大佐に交代した[2]

1929年(昭和4年)4月1日、再び高橋三吉少将を司令官として再編[3]第一艦隊常備となった。当時の「赤城」「加賀」は艦載機搭載数が少なく、「鳳翔」を含めた3隻のうち2隻が交代で編成したが、1931年度には水上機母艦能登呂」も加わっている。「赤城」「加賀」の大改装が終わり、「龍驤」が竣工すると、「赤城」単艦・「加賀」単艦・「鳳翔」+「龍驤」の3チームで2個航空戦隊+予備艦のローテーションが組めるようになった。

編成当初より、旧式の駆逐艦を組み込んだ。発着艦に失敗した艦上機パイロットの救出作業に当たり、「トンボ釣り」と呼ばれた。しかし太平洋での作戦行動は遠距離となり、旧式の駆逐艦では随伴が不可能と判断され、真珠湾攻撃を前に戦隊から除外された。以後は航続力のある新型駆逐艦で別系統の水雷戦隊を組んで機動部隊全体の護衛・トンボ釣りを担当することになった。第三艦隊の第10戦隊が好例である。

第二次上海事変を皮切りに日中戦争にも参加した。 1941年(昭和16年)4月10日、第一航空艦隊(司令長官南雲忠一中将、参謀長草鹿龍之介少将、参謀源田実中佐)が新編[4][5]戸塚道太郎少将(第一航空戦隊司令官)は第11連合航空隊司令官に補職される[4]。第一航空戦隊も機動部隊所属となった。 9月12日に内示された昭和17年度海軍戦時編制によれば、第一航空戦隊は翔鶴型航空母艦2隻(翔鶴瑞鶴)と第11駆逐隊(吹雪白雪初雪)を予定[6]、それまでの一航戦(赤城加賀)は第51駆逐隊(白雲薄雲)と共に第五航空戦隊となる予定であった[7][8]。だが、この編制を実施する前に、日本海軍は太平洋戦争に突入した。

太平洋戦争[編集]

同年12月8日、太平洋戦争開戦時の第一航空戦隊は、空母2隻(赤城、加賀)と第7駆逐隊の吹雪型駆逐艦3隻()で編成されていた。ただし一航戦を含めた第一航空艦隊の護衛部隊は軽巡「阿武隈」(第一水雷戦隊旗艦)および朝潮型駆逐艦)と陽炎型駆逐艦陽炎不知火谷風浦風浜風磯風秋雲)だった。

太平洋戦争開戦時の指揮官は第一航空艦隊の司令長官南雲忠一海軍中将が直率。真珠湾攻撃・ラバウル攻略・ポートダーウィン空襲・セイロン沖海戦ミッドウェー海戦などに参加。なおセイロン沖海戦には「加賀」は参加していない。また第7駆逐隊は空母2隻(赤城、加賀)と別行動で、これらの海戦には加わっていない。空母直衛を担う第十戦隊(旗艦「長良」)の編成にともない、護衛駆逐艦は第17駆逐隊(谷風、浦風、浜風、磯風)、第4駆逐隊(野分萩風舞風)と第10駆逐隊(夕雲夕雲風雲秋雲)になった。第7駆逐隊は書類上第十戦隊所属だが、空母2隻(赤城、加賀)とは別行動であり、実際の空母2隻(赤城、加賀)護衛は第4駆逐隊(嵐、野分、萩風、舞風)が担当した。

1942年(昭和17年)6月5日-6日のミッドウェー海戦で所属空母2隻(赤城、加賀)が沈没したため解隊されたが、7月14日附で第三艦隊が新編(司令長官南雲忠一中将、参謀長草鹿龍之介少将)[9]、第一航空戦隊は第三艦隊司令長官の直率部隊となり、旧第五航空戦隊(翔鶴瑞鶴瑞鳳)を中心として再建された。当初、訓練・準備不足の「瑞鳳」の代艦として「龍驤」が第二航空戦隊より第一航空戦隊に編入されたが[10]、同艦は第二次ソロモン海戦で沈没した。「瑞鳳」復帰後の第一航空戦隊はガダルカナル島の戦いで消耗し、10月中旬以降の南太平洋海戦で2隻(翔鶴、瑞鳳)が損傷、搭乗員にも大きな被害を出す。健在の「瑞鶴」を含めて内地に戻り、航空隊の補充を行った。 11月11日附で第三艦隊司令長官(第一航空戦隊司令官兼務)は南雲忠一中将から小沢治三郎中将に交代する[11]

1943年(昭和18年)4月のい号作戦ならびに11月のろ号作戦に艦載機のみが参加したが、目立った戦果もなくブーゲンビル島沖航空戦で大損害を受けて事実上壊滅。戦力再建ははかどらず、以後は錬度の回復どころか定員さえ満たせない状態であった。

1944年(昭和19年)3月1日、日本海軍は第一機動艦隊(司令長官小沢治三郎中将《兼第三艦隊長官》、参謀長古村啓蔵少将)を編制する[12]。これにともない「瑞鳳」は第三航空戦隊に編入(千歳千代田瑞鳳)、第一航空戦隊は空母2隻(翔鶴、瑞鶴)となる[13]。 3月7日(3月10日とも)、新鋭空母「大鳳」が第一航空戦隊に編入され[14][15]、一航戦は大型空母3隻(大鳳、翔鶴、瑞鶴)となった。同時期には空地分離方式により、第六〇一海軍航空隊が編制されている。

その後1944年6月19日、マリアナ沖海戦で空母2隻(翔鶴、大鳳)が潜水艦の攻撃で沈没[16]。7月10日、第二航空戦隊隼鷹飛鷹《6月20日沈没》、龍鳳)の解隊にともない「龍鳳」が第一航空戦隊に編入(隼鷹は第四航空戦隊に編入、飛鷹は書類上在籍)、一航戦は2隻編制(瑞鶴、龍鳳)となる[17][18]

1944年8月10日、雲龍型航空母艦2隻(雲龍《8月6日編入》[18]天城)をもって第一航空戦隊は再編、「瑞鶴」は第三航空戦隊(瑞鶴、瑞鳳、千歳千代田第六五三海軍航空隊)、「龍鳳」は第四航空戦隊(空母《隼鷹、龍鳳》、航空戦艦《伊勢日向》、第六三四海軍航空隊)に編入された[19][20]。 作戦投入可能になるのは44年末と想定されていた。

10月1日、新たに第一航空戦隊司令部(司令官古村啓蔵少将)が編制される[21][22][23]。第三航空戦隊は第一機動艦隊(司令長官小沢治三郎中将/第三艦隊司令長官兼務)の直率部隊となった[24]。 10月15日、雲龍型3番艦「葛城」が編入され、一航戦は雲龍型3隻(雲龍、天城、葛城)となる[25]。直後の台湾沖航空戦で601空は機材・搭乗員を抽出し消耗、母艦も訓練未了であったためレイテ沖海戦に第一航空戦隊と四航戦2隻(隼鷹、龍鳳)は参加せず内地待機となった。10月25日のレイテ沖海戦(エンガノ岬沖海戦)で第三航空戦隊(瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田)は全隻沈没。日本本土に戻った小沢長官は第一機動艦隊旗艦の将旗を「雲龍」、続いて「龍鳳」に掲げたが、11月15日附で第一機動艦隊および第三艦隊は解隊[26]。それと共に四航戦2隻(隼鷹、龍鳳)も第一航空戦隊に編入され、同隊は空母5隻(龍鳳、隼鷹、天城、雲龍、葛城)となった[27]

11月19日、大和型戦艦3番艦改造空母「信濃」が竣工、同日附で第一航空戦隊に編入され、同隊は空母6隻(雲龍、葛城、天城、信濃、龍鳳)となる[27][28]。11月29日、「信濃」は横須賀から呉に回航中、米潜水艦の攻撃で沈没した。 12月9日、マニラ方面輸送任務を終えて内地帰投中の「隼鷹」は米潜水艦レッドフィッシュの雷撃を受け大破、佐世保に回航された。 12月10日、一航戦司令官は古村少将から大林末雄少将に交代[29]。 12月19日、「雲龍」は特攻兵器「桜花」輸送任務中に米潜水艦レッドフィッシュの雷撃を受けて沈没した[30]

1945年(昭和20年)1月1日、所属空母4隻(葛城、天城、龍鳳、隼鷹)となった第一航空戦隊は連合艦隊附属から第二艦隊(司令長官伊藤整一中将)の指揮下に入った[31]。 2月10日、第一航空戦隊司令官大林末雄少将は軍令部出仕となる[32]。2月11日、大和型戦艦1番艦「大和」(第二艦隊旗艦)が第一航空戦隊に編入され[33]、一航戦は第二艦隊直率となる[34]。第一航空戦隊は5隻(大和、葛城、龍鳳、天城、隼鷹《佐世保、行動不能》)となった[34]

4月7日、坊ノ岬沖海戦に参加した第二遊撃部隊(一航戦《大和》、第二水雷戦隊《軽巡洋艦矢矧、第17駆逐隊〔磯風浜風雪風〕、第21駆逐隊〔朝霜初霜〕、第41駆逐隊〔冬月涼月〕》)は大和以下6隻(大和、矢矧、磯風、浜風、霞、朝霜)が沈没、第二艦隊司令長官伊藤整一中将も戦死した。 4月20日、第一航空戦隊は解隊[35]。残存空母3隻(隼鷹、天城、龍鳳)は同日附で第四予備艦となる[36]。搭載していた601空も基地航空隊に改編された。 7月10日、空母「葛城」も軽巡洋艦「大淀」、重巡洋艦「利根」と共に特殊警備艦となった[37]

編制[編集]

  • 1928年(昭和3年)12月10日 解隊
  • 1929年(昭和4年)4月1日 再編(第一艦隊所属)
  • 1937年(昭和12年)12月1日 第一艦隊復帰時の編制(第一艦隊所属)
  • 1940年(昭和15年)11月15日 第二艦隊編入時の編制(第二艦隊所属)
  • 1941年(昭和16年)4月10日 第一航空艦隊新編時の編制(第一航空艦隊所属)
    • 赤城、加賀
    • 第3駆逐隊:汐風、帆風[38]
  • 1941年(昭和16年)9月1日
    • 赤城、加賀
    • [42]
  • 1941年(昭和16年)9月25日
    • 赤城、加賀
    • 第7駆逐隊:曙、潮、漣[40]
  • 1944年(昭和19年)4月1日 戦時編制制度改定後の編制(第三艦隊/第一機動艦隊所属)
  • 1944年(昭和19年)7月10日 マリアナ沖海戦後の編制(第三艦隊/第一機動艦隊所属)[17]
    • 瑞鶴、龍鳳、大鳳《6月19日沈没、書類上在籍》[18]、翔鶴《6月19日沈没、書類上在籍》[18]
  • 1944年(昭和19年)10月15日 レイテ沖海戦直前の編制(第三艦隊/第一機動艦隊所属)[25] 
  • 1945年(昭和20年)3月1日 最終時の編制(第二艦隊所属)[34]
    • 大和、葛城、天城、龍鳳、隼鷹
  • 1945年(昭和20年)4月20日 解隊[35]

歴代司令官[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 昭和3年4月2日(月)官報第376号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2956837 p.21
  2. ^ a b c d 昭和3年12月11日(火)官報第587号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957052 p.7
  3. ^ a b 昭和4年4月2日(火)官報第675号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957141 p.10
  4. ^ a b c d 昭和16年4月10日(発令4月10日付)海軍辞令公報(部内限)第614号 p.29南雲補職・戸塚免職、p.31源田補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072080700 
  5. ^ 昭和16年4月15日(発令4月15日付)海軍辞令公報(部内限)第620号 p.10』 アジア歴史資料センター Ref.C13072080800 
  6. ^ #昭和17年度帝国海軍戦時編制・駆逐隊他p.1『呉|第十一驅逐隊|吹雪、白雪、初雪|(戦時編制ニ依ル所属)第一航空戦隊』
  7. ^ #昭和17年度帝国海軍戦時編制・駆逐隊他p.1『呉|第五十一驅逐隊|薄雲、白雲|(戦時編制ニ依ル所属)第五航空戦隊』
  8. ^ #昭和17年度帝国海軍戦時編制p.5『艦隊|第一航空艦隊|第一航空戦隊/翔鶴、瑞鶴、第十一驅逐隊|第二航空戦隊/蒼龍・飛龍・第十二驅逐隊|第四航空戦隊/龍驤、《飛鷹》、《隼鷹》、第三驅逐隊|第五航空戦隊/赤城、加賀、第五十一驅逐隊|第六航空戦隊/《第三十一驅逐隊》/特設航空母艦三』
  9. ^ a b 昭和17年7月14日(発令7月14日付)海軍辞令公報(部内限)第899号 p.50』 アジア歴史資料センター Ref.C13072086200 
  10. ^ #S1707七戦隊日誌(4)pp.10-11『8日2230/機動部隊電令作第4号 一.第一航空戦隊(瑞鳳ヲ除キ竜驤ヲ一時三番艦トス)ハ第三艦隊機密第251番電ノ整備完了セバ飛行機ヲ収容基地撤収16日中ニ出動準備ヲ完了スベシ(中略)四.第二航空戦隊(竜驤ヲ除キ瑞鳳ヲ一時三番艦トス)ハ第三艦隊機密第251番電ノ整備速ニ司令官所定ニ依リ訓練整備(機材充実)ニ従事シツツ後令ヲ待テ』
  11. ^ a b c 昭和17年11月11日(発令11月11日付)海軍辞令公報(部内限)第985号 p.47』 アジア歴史資料センター Ref.C13072088000 
  12. ^ 昭和19年3月1日(発令3月1日付)海軍辞令公報(部内限)第1352号 pp.39-41』 アジア歴史資料センター Ref.C13072096300 
  13. ^ #第1機動艦隊戦時日誌p.3『三.一(略)第三艦隊軍隊区分ヲ左ノ通改ム 1sf(翔鶴、瑞鶴、六〇一空)/2sf(飛鷹、龍鳳、隼鷹)/3sf(六五三空、千歳、千代田、瑞鳳)/10S(矢矧、10dg、4dg、16dg、17dg、阿賀野)/附属最上』
  14. ^ #海軍航空部隊編制p.32『(ハ)◎大鳳 1sfへ 3/7』
  15. ^ #第1機動艦隊戦時日誌p.4『三.三月一〇日大鳳ヲ1sfニ編入』
  16. ^ #海軍航空部隊編制p.34『19-6-1』
  17. ^ a b #海軍航空部隊編制pp.36-37『龍鳳 2sf-1sf/隼鷹 2sf-4sf/飛鷹 2sf-3F/601 3F-1sf}7/10』
  18. ^ a b c d #第1機動艦隊戦時日誌p.6『三.七月十日第三艦隊軍隊区分ヲ左ノ通改ム 1sf(瑞鶴、龍鳳、大鳳、翔鶴、六〇一空)/3sf(六五三空、千歳、千代田、瑞鳳)/4sf(日向、伊勢、隼鷹、六三四空)、10S(矢矧、4dg、17dg、61dg、霜月)/附属最上、飛鷹/四.七月十五日10Sニ41dgヲ編入/五.八月六日1sfニ雲龍ヲ編入』
  19. ^ #海軍航空部隊編制pp.37-38『◎雲龍 1sf/◎天城 1sf/大鳳 翔鶴 1sf→3F/龍鳳 1sf→4sf/瑞鶴 1sf→3sf}8/10』
  20. ^ #第1機動艦隊戦時日誌p.7『二.八月十日第三艦隊軍隊區分ヲ左ノ通改ム 1sf(天城、雲龍、六〇一空)/3sf(瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田、六五三空)/4sf(日向、伊勢、隼鷹、龍鳳、六三四空)、10S(矢矧、41dg、4dg、17dg)/附属最上、大鳳、翔鶴』
  21. ^ a b 昭和19年10月6日(発令10月1日付)海軍辞令公報(甲)第1612号 p.27』 アジア歴史資料センター Ref.C13072101400 
  22. ^ 昭和19年10月4日 海軍公報第4817号 p.15』 アジア歴史資料センター Ref.C12070502900 『○事務開始 第一航空戰隊司令部ハ十月一日開隊松山航空基地ニ於テ事務ヲ開始セリ』-『○残務整理 第三航空戰隊司令部残務整理ハ第一航空戰隊司令部ニ於テ之ヲ行フ』
  23. ^ 昭和19年10月13日 海軍公報第4825号 p.29』 アジア歴史資料センター Ref.C12070503000 『○書類(除兵備品)引継ニ關スル件 本日附第三航空戰隊司令部ハ解散シ第一航空戰隊司令部新設セラレタル所従来第三航空戰隊司令部ニ配布又ハ貸與シアル首題物件ハ總テ當部ニ引継受領セシニ付了承相成度(第一航空戰隊司令部)』
  24. ^ #第1機動艦隊戦時日誌p.7『一.十月一日1sf司令部新設セラレ3sfヲ直率トス』
  25. ^ a b #海軍航空部隊編制pp.38-39『◎葛城 1sfへ}10/15』
  26. ^ #第1機動艦隊戦時日誌p.10『10.30 将旗ヲ雲龍ニ移揚/11.7 将旗ヲ龍鳳ニ移揚 /11.15 将旗ヲ徹ス』
  27. ^ a b c #海軍航空部隊編制p.41『19-12-1 GF|附属|1sf|(×)雲龍 葛城 天城 ◎(×)信濃 隼鷹 龍鳳』
  28. ^ #海軍航空部隊編制p.42『◎信濃(×) {1sfへ11/19 {沈没 11/29』
  29. ^ a b c 昭和19年12月13日(発令12月10日付)海軍辞令公報(甲)第1667号 p.49』 アジア歴史資料センター Ref.C13072102200 
  30. ^ #海軍航空部隊編制p.42『(×)雲龍 沈 12/19』
  31. ^ #海軍航空部隊編制p.42『20-1-1 GF|2F|天城 葛城 隼鷹 龍鳳|各0』-p.43『1sf GF→2F}1/1』
  32. ^ a b 昭和20年2月15日(発令2月10日付)海軍辞令公報(甲)第1722号 p.36』 アジア歴史資料センター Ref.C13072103400 
  33. ^ #海軍航空部隊編制p.46『○大和 }2/11』
  34. ^ a b c #海軍航空部隊編制p.45『20-3-1 GF|2F|1sf|大和 葛城 龍鳳 天城 隼鷹|各0』
  35. ^ a b #海軍航空部隊編制p.48『(×)1sf(2F)4/20』
  36. ^ #秘海軍公報昭和20年4月(3)pp.41-42『内令第三三八號|横須賀鎮守府警備艦 軍艦 長門|佐世保鎮守府警備艦 軍艦 榛名 右役務ヲ解カル|呉鎮守府豫備海防艦 第十二號海防艦 第四十號海防艦 第百十二號海防艦 第百五十號海防艦 右警備海防艦ト定メラル|横須賀鎮守府豫備艦 軍艦 長門 軍艦 天城|呉鎮守府第一豫備艦 軍艦 伊勢 軍艦 日向 軍艦 青葉|呉鎮守府豫備艦 軍艦 鳳翔 軍艦 隼鷹|佐世保鎮守府豫備艦 軍艦 榛名|舞鶴鎮守府豫備艦 軍艦 龍鳳|右第四豫備艦ト定ム|昭和二十年四月二十日 海軍大臣』
  37. ^ #秘海軍公報昭和20年7月(3)p.18『内令第六一六號 横須賀鎮守府練習兼警備艦 軍艦 大淀|舞鶴鎮守府練習兼豫備艦 軍艦 利根|右役務ヲ解カル|横須賀鎮守府豫備艦 軍艦 大淀|佐世保鎮守府豫備艦 軍艦 葛城|舞鶴鎮守府豫備艦 軍艦 利根|右特殊警備艦ト定ム|昭和二十年七月十日 海軍大臣』
  38. ^ #支那事変第9回功績(3駆)p.1『第一航空艦隊司令長官南雲忠一』
  39. ^ #支那事変第10回功績(17駆)p.1『七月十八日第一航空艦隊ヨリ除カレ第一艦隊第一水雷戰隊ニ編入セラル 十一月七日機動部隊ニ編入1AF長官ノ指揮下ニ入ル』
  40. ^ a b #支那事変第10回功績(7駆)p.1『潮 漣 曙 朧|勲功丙|自六月一日至七月十七日|第一艦隊第一水雷戰隊對事変内地待機勤務/自七月十八日至十一月三十一日|第一航空艦隊第一航空戰隊對事変内地待機勤務|本任務ヲ完全ニ遂行シ得タルモノト認ム|八月十二日旧司令渋谷大佐退任新司令小西大佐ノ部下ニ属ス|自九月一日至九月二十四日漣單独駆逐艦トナル 九月一日ヨリ朧單独駆逐艦トナル』
  41. ^ #支那事変第10回功績(朧)p.1『九.一 第七驅逐隊ヨリ除カレ單獨驅逐艦トナル』
  42. ^ #支那事変第10回功績(漣)p.1『漣|功労甲{自九月一日至九月二十五日|第一航空艦隊第一航空戰隊対事変内地待機勤務|本任務ヲ完全ニ遂行シ得タルモノト認ム|九月一日七駆ヨリ除カレ上井少佐ノ部下ニ属ス 九月二十五日七駆司令小西中佐ノ部下ニ属ス|九月二十五日 七駆ニ復皈』
  43. ^ a b 昭和4年12月2日(月)官報第878号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957345 p.11
  44. ^ a b 昭和5年12月2日(火)官報第1179号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957646 p.9
  45. ^ a b 昭和7年11月16日(水)官報第1765号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2958236 p.2
  46. ^ a b 昭和8年10月4日(水)官報第2029号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2958501 p.6
  47. ^ a b 昭和9年6月2日(土)官報第2224号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2958699 p.5
  48. ^ a b 昭和10年11月16日(土)官報第2663号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2959142 p.8
  49. ^ a b 昭和11年12月2日(水)官報第2976号。国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2959458 p.19佐藤免職、p.20高須補職
  50. ^ a b 昭和12年12月1日(発令12月1日付)海軍辞令公報(号外)第99号 p.16高須免職、p.17草鹿補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072072700 
  51. ^ a b 昭和13年4月25日(発令4月25日付)海軍辞令公報(部内限)号外第173号 p.38』 アジア歴史資料センター Ref.C13072073700 
  52. ^ a b 昭和14年11月15日(発令11月15日付)海軍辞令公報(部内限)第402号 p.21細萱免職、p.22小沢補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072076700 
  53. ^ a b 昭和15年11月1日(発令11月1日付)海軍辞令公報(部内限)第555号 p.1』 アジア歴史資料センター Ref.C13072079300 

参考文献[編集]

  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『昭和20年1月〜6月秘海軍公報/4月(3)』。Ref.C12070511000。
    • 『昭和20年1月〜6月秘海軍公報/6月(2)』。Ref.C12070511700。
    • 『昭和20年6月〜8月秘海軍公報/7月(3)』。Ref.C12070512400。
    • 『支那事変 第9回功績概見表綴 海軍武功調査/支那事変第9回駆逐隊功績概見表/3駆隊機密第21号の15 第3駆逐隊支那事変第9回功績概見表』。Ref.C14120978500。
    • 『支那事変 第9回功績概見表綴 海軍武功調査/支那事変第9回駆逐隊功績概見表/7駆隊機密第27号の99 第7駆逐隊支那事変第9回功績概見表』。Ref.C14120978900。
    • 『支那事変 第9回功績概見表綴 海軍武功調査/支那事変第9回駆逐隊功績概見表/17駆隊機密第21号の4 第17駆逐隊支那事変第9回功績概見表』。Ref.C14120979700。
    • 『支那事変 第10回功績概見表綴/支那事変駆逐隊第10回功績概見表/3駆隊機密第8号の1 第3駆逐隊支那事変第10回功績概見表』。Ref.C14120987300。
    • 『支那事変 第10回功績概見表綴/支那事変駆逐隊第10回功績概見表/7駆隊機密第27号の22 第7駆逐隊支那事変第10回功績概見表』。Ref.C14120987700。
    • 『支那事変 第10回功績概見表綴/支那事変駆逐隊第10回功績概見表/漣機密第5号の2 駆逐艦漣支那事変第10回功績概見表』。Ref.C14120991500。
    • 『支那事変 第10回功績概見表綴/支那事変駆逐隊第10回功績概見表/横鎮残務整理機密第3号の254 駆逐艦朧支那事変第10回功績概見表』。Ref.C14120991400。
    • 『支那事変 第10回功績概見表綴/支那事変駆逐隊第10回功績概見表/17駆隊機密第21号 第17駆逐隊支那事変第10回功績概見表』。Ref.C14120988500。
    • 『昭和17年度 帝国海軍戦時編制(内示案) 昭和16.9.12/ 昭和17年度帝国海軍戦時編制/附表』。Ref.C14121196200。
    • 『昭和17年度 帝国海軍戦時編制(内示案) 昭和16.9.12/ 昭和17年度戦時駆逐隊・潜水隊・水雷隊・掃海隊・驅潛隊・通信隊・航空隊編制予定表 昭和17年度警備隊・防備隊附属艦艇及防備機関編制予定表 昭和17年度戦時艦船飛行機搭載予定表/第1表~第9表』。Ref.C14121196500。
    • 『昭和17年7月1日~昭和17年10月5日 第7戦隊戦時日誌(4)』。Ref.C08030767500。
    • 『昭和19年3月1日~昭和19年11月15日 第1機動艦隊戦時日誌』。Ref.C08030036200。

関連項目[編集]