第七艦隊 (日本海軍)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
大日本帝国海軍
大日本帝国海軍旗
官衙
海軍省
軍令部
海軍艦政本部
海軍航空本部
外局等一覧
地方組織
鎮守府
警備府
要港部
艦隊
連合艦隊
北東方面艦隊
中部太平洋方面艦隊
南東方面艦隊
南西方面艦隊
第十方面艦隊
支那方面艦隊
海上護衛総司令部
海軍総隊
他作戦部隊
海軍航空隊
海軍陸戦隊
主要機関
学校一覧
歴史・伝統
日本海軍の歴史
日本海軍の軍服
その他
階級一覧
艦艇一覧
兵装一覧
 表示ノート編集履歴 

第七艦隊(だいななかんたい)は日本海軍の艦隊の一つ。太平洋戦争末期に、西内海地域の関門対馬朝鮮各海峡防衛と船舶の安全輸送確保の為に編制された艦隊である。艦隊司令部は福岡県門司に設置された。

概要[編集]

第七艦隊の編成は、1945年(昭和20年)3月末にアメリカ軍による機雷攻撃(飢餓作戦)が開始されたことに伴い、急遽行われた。これは、西内海を防備範囲とするはずの呉鎮守府に大規模な航空機雷敷設に対処する能力が無いことから採られた措置である。

形式的には連合艦隊の所属であるが、任務の性質上、実質的には海上護衛総司令部の指揮下にあった。そのため、初代司令長官は、第一護衛艦隊司令長官で海上護衛総司令部参謀長を務めたこともある岸福治中将が兼任し、同じく参謀長の後藤光太郎少将も第一護衛艦隊参謀長と兼任だった[注釈 1]

編制[編集]

1945年6月1日時点

歴代司令長官[編集]

  1. 岸福治中将:1945年4月15日 - 1945年8月20日
  2. 大森仙太郎中将:1945年8月20日 - 1945年9月15日

歴代参謀長[編集]

  1. 後藤光太郎少将:1945年4月15日 - 1945年7月10日
  2. 藤原喜代間少将:1945年7月10日 - 1945年9月15日

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 後に第一護衛艦隊の司令部要員は舞鶴鎮守府司令長官ほかが兼任に変わる。

出典[編集]

参考文献[編集]