ニワトリ

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ニワトリ
Nagoyasyu.jpg
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 鳥綱 Aves
: キジ目 Galliformes
: キジ科 Phasianidae
: ヤケイ属Gallus
: セキショクヤケイgallus
亜種 : domesticus
学名
Gallus gallus domesticus
L., 1758
和名
ニワトリ
英名
Chicken

ニワトリ、学名:Gallus gallus domesticus仮名転写:ガッルス・ガッルス・ドメスティクス」)は、鳥類のひとつ。代表的な家禽として世界中で飼育されている。ニワトリを飼育することを養鶏と呼ぶ。

生態・形態上の特徴[編集]

ニワトリのヒナ(ヒヨコ
伊藤若冲『紫陽花双鶏図』 18世紀。

頭部に「鶏冠(とさか)」とあごの部分には「肉髯(にくぜん)」と呼ばれる皮膚が発達した装飾器官がある。雌よりも雄の方が大きい。目の後ろには耳があり耳たぶのことを「耳朶(じだ)」と呼ぶ。ニワトリが属するキジ科は、丈夫で地上生活に適した足を持っていることが多く、やはりニワトリも地上を主要な生活の場としている。一般的に足の指は4本(ただし烏骨鶏は5本)で雄の足には横向きか後ろ向きに角質が変化した距(けづめ)が生えているが、雌にはこの距はない。まばたきの仕方がヒトとは異なり、下から上に被せるようになっている。眼球運動が出来ないので常に首を前後左右に振っている。翼は比較的小さく飛ぶことは得意ではないが、野生化した個体は数十メートルほど飛ぶことがある。

雄鶏特有の甲高い鳴き声もニワトリの特徴のひとつとして挙げられる。現在日本国内では鳴き声を「コケコッコー」と表現する場合がほとんどだが、江戸時代では「東天紅(トウテンコウ)」と表現していた[1] 。英語圏では「Cock-a-doodle-doo」 (クックドゥードゥルドゥー)、フランスでは「ココリコ」、ドイツでは「キケリキー」、イタリアでは「キッキリキー」、中国語圏では「咯咯噠」や「喔喔喔」等と表現する。

なお、品種を問わずニワトリを観賞用・ペットとして飼育する場合、雄鶏は(日の出の早い夏は)早朝から「コケコッコー」と大声で鳴くため、市街地で飼育する場合は近所迷惑とならないように注意が必要である。雌鶏は雄鶏のように時を告げることはほぼ無いが産卵直後には「コッコ、コーコー」と多少は鳴く。

また、緑っぽい塊に白い部分(尿)が混じる通常の糞と、茶色いドロドロの盲腸便を排泄するが盲腸便の方はかなりの悪臭を放つ。手足や衣服に盲腸便が付着するとしばらく臭いが取れないのでこれも注意が必要である。また、夏場は水を大量に飲むので通常の糞でも軟便となりやすい。

飼育[編集]

ニワトリは鶏舎のなかで飼育することも、野外で放し飼いすることも可能である。養鶏産業の場合、卵用種はケージの中に多数のニワトリを入れ集中的に飼育することが一般的である[2]。これに対し、ブロイラーの場合はケージでの集中飼育は行わず、鶏舎の中でそのまま飼育することが普通で、野外にて放し飼いされることもある。これは、ケージでの集中飼育の場合肉に傷がついたりニワトリの健康が損なわれやすいためである[3]。養鶏業における飼育日数は卵用種と肉用種で大きく異なり、日本においては卵用種で430日前後、肉用種は49日前後が一般的である[4]。これは、若鶏の方が肉が柔らかく好まれるため肉用種は若いうちに出荷されること、および卵用種はその必要がなく、卵を経済的に生みつづけられる限り飼育され続けることによる。

ニワトリに与える飼料は、トウモロコシソルガムエンバクコムギ、飼料用コメといった穀物を中心に米ぬかふすま、大豆かすや菜種かすといった油糧種子の搾りかす、おから魚粉などを混合したものが一般的である。

起源[編集]

ニワトリの起源としては単元説と多元説がある。単元説は東南アジアの密林や竹林に生息しているセキショクヤケイGallus gallus)を祖先とする説である。 多元説(交雑説)はセキショクヤケイ、ハイイロヤケイG. sonneratii)、セイロンヤケイG. lafayetii)、アオエリヤケイG. varius)のいずれか複数の種が交雑してニワトリとなったとする説である。現在では分子系統学的解析によってセキショクヤケイ単元説がほぼ確定した[5]。原種である野生のヤケイは周辺住民の家禽と交雑が進み遺伝的に純粋なものはいなくなったという。

利用史[編集]

世界のニワトリ利用史[編集]

ニワトリは東南アジアから中国南部において家畜化されたとされる。時期についてはヒツジヤギブタと同程度の紀元前8000年前からとするもの、ウシより遅れてウマと同程度の前4000年頃とするものなど諸説ある。[6]家禽化された端緒は食用ではなく、その美しい声や朝一番に鳴く声を求めた祭祀用、および鶏どうしを戦わせる闘鶏用であったと推定されている[7]。ただし、家禽化されて間もなく肉および卵も食用とされるようになり、やがてそちらの方が飼育の主目的とされるようになった。インダス文明に属するモヘンジョ・ダロの遺跡からはニワトリの粘土像と印章、ニワトリの大腿骨が出土しており、これがニワトリの存在を示す証拠としては最も古いものである。その後、ニワトリは3方向に分かれて伝播していった。西方への伝播はまず紀元前15世紀から紀元前14世紀にかけてエジプトに伝播した。他の西アジア地域においてこの時期はニワトリの存在が認められないため、この伝播は海上ルートによるものと考えられているが、まもなくエジプトのニワトリはいったん絶え、プトレマイオス王朝期に再び持ち込まれた[8]。その後、インダス川流域からニワトリは陸伝いに西アジアへと広まり、紀元前8世紀ごろにはギリシアに持ち込まれ、紀元前5世紀ごろにはギリシア文明の諸都市に広く分布するようになっていた。ギリシア諸都市で発行された硬貨には、ニワトリが刻印されたものが多く存在している[9]。新大陸にはニワトリはもともと生息しておらず、コロンブスの新大陸発見後にヨーロッパ人によって持ち込まれた。第2のルートは北へ向かって中国へと伝わるルートであり、日本への伝播もこのルートによるものである。

3つ目のルートは南へと伝わり、マレー半島からインドネシアへと伝わるルートである。このルートからは、やがてマレーポリネシア人南太平洋進出の際にニワトリはブタイヌとともに家畜として連れて行かれ、ニュージーランドトケラウなど一部の島々を除くほぼ全域に広がった。しかし、重要な財産として珍重されることの多かったブタと違い、ニワトリは半野生の状態で放し飼いされることが多く、主要食料とはされていなかった[10]。例外はイースター島で、ここでははじめからブタが存在せず、さらにイルカや野生の鳥類ヤシなどの食料源が次々と絶滅、または入手不可能となる中で、特に1650年以降において最大の動物性食料源として各地にニワトリ小屋が建設され、重要な役割を占めるようになっていった[11]ニューギニアにおいてはニワトリは食糧として重要性を持たず、美しい羽毛を装飾品として用いることが飼育の主な目的であった[12]。また、オーストラリア大陸にはニワトリはこのルートからは伝播せず、19世紀にヨーロッパ人がオーストラリアに植民した際に初めて持ち込まれた。

ながらくヨーロッパにおいてニワトリはさほど重視された動物ではなかったが、18世紀から19世紀初頭にはニワトリへの興味が高まり、ニワトリへの科学的知見が増大し、またニワトリの育種がこのころから始まった。この動きは1830年代に中国との交易が盛んになり、コーチン種をはじめとする様々な東洋種がヨーロッパに持ち込まれたことで急激なものになった[13]。1850-1900年の間、ヨーロッパやアメリカでは東洋趣味の一つとして、コーチン種などを基にした観賞用・愛玩用のニワトリの飼育や品種改良がブームとなった。「ヘン・フィーバー(雌鳥ブーム)」と呼ばれるこの狂騒期に何百という新品種が作り出されたが、ブームが去るとほとんどの種は消滅してしまった。また、この時期にホワイトレグホンコーニッシュロードアイランドレッドといった、今日でも重要な家禽品種が作り出された[14]。この時期に、ニワトリの近代的育種が本格的に開始されたといえる。また、この19世紀中盤には現代の卵用種の主流であるホワイトレグホンをはじめとする多数の卵用種(レイノー)が開発され[15]、これによって卵の生産が急増し、鶏卵は徐々に一般的な食材となっていった。オムレツやカスタードなどの古い鶏卵の調理法に加え、マヨネーズなどの新しい利用法もこのころに開発された。この卵用種の育成に比べると肉用種の育成は遅れ、1880年から1890年ごろにかけてアメリカで最初のブロイラー生産が始まっているものの、この時の品種は現代の肉用種とは異なるものとされている[16]。その後、さまざまな種の利用を経て、現在の肉用種が完成された。

日本列島におけるニワトリ[編集]

先史・古代のニワトリ[編集]

日本列島に伝来した時代は良く分かっていない。愛知県田原市伊川津貝塚からは縄文時代のニワトリが出土したとされたが、これは後代の混入であることが指摘されている[17]。日本列島におけるニワトリは弥生時代紀元前2世紀)に中国大陸から伝来したとする説がある[18]

弥生時代には本格的な稲作が開始されるが、日本列島における農耕は中国大陸と異なり家畜の利用を欠いた「欠畜農耕」と考えられていた[19]1989年昭和64年/平成元年)には大分県大分市下郡桑苗遺跡ブタ頭蓋骨が発見され、日本列島における弥生期の家畜動物の出土事例となった。ニワトリに関しては1992年(平成4年)に愛知県清須市名古屋市西区朝日遺跡から中足骨が出土している[20]。以後、弥生時代のニワトリやブタは九州・本州で相次いで出土している[21]

弥生時代のニワトリは現代の食肉用・採卵用の品種と異なり小型で、チャボ程度であったとされる[22]。出土が少量であることから、鳴き声で朝の到来を告げる「時告げ鳥」としての利用が主体であり、食用とされた個体は廃鶏の利用など副次的なものであったと考えられている[23]

古代には『古事記』や『日本書紀』に記される天岩戸伝説において、常世長鳴鶏を集めて鳴かせたという記述がある[24]

天武4年4月17日(675年5月19日)の肉食禁止令において、ウシウマイヌニホンザル・ニワトリを食べることが禁じられている(天武天皇#文化政策)。殺生禁断の詔は聖武天皇の際にも出され、ニワトリの肉のみならず卵も避けられた[25]。古代には時を告げる鳥として神聖視され、主に愛玩動物として扱われた。『日本書紀』雄略天皇7年8月には闘鶏に関する記事があり、『日本書紀』が成立した奈良時代には闘鶏が行われていたとも考えられている[26]

平安時代には『日本三代実録』元慶6年(882年)条や『栄花物語寛弘3年(1006年)条、『年中行事絵巻』などにおいて、貴族や庶民の間で娯楽賭博の要素を持つ闘鶏が行われていたことが記されている[27]武士の誕生とともに鍛練として狩猟が行われ、野鳥の肉を食すようになったが、ニワトリは生んだ卵も含めて食用とは看做されなかった。また、平安時代にはそれまでの在来種に加え、小国種が遣唐使によって持ち帰られた[28]

ニワトリという名前について、日本の古名では鳴き声から来た「カケ」であり古事記の中に見られる。「カケ」の枕詞として「庭つ鳥(ニハツトリ)」があり「庭つ鳥鶏(ニハツトリカケ)」から「ニワトリ」と呼ぶようになった。また別の説では「丹羽鳥」を語源とするのもある。

中世・近世のニワトリ[編集]

戦国時代にはキリスト教徒のポルトガル人が西日本へ来航し、カステラボーロ鶏卵素麺など鶏卵を用いた南蛮菓子をもたらした[29]。江戸時代初期の寛永4年(1627年)にオランダ商館一行が江戸へ参府した際には道中でニワトリと鶏卵が用意されたという[30]

江戸時代には無精卵が孵化しない事が知られるようになり、鶏卵を食しても殺生にはあたらないとして、ようやく食用とされるようになり、採卵用としてニワトリが飼われるようになった。寛永3年(1626年)に後水尾天皇二条城行幸した際には鶏卵を用いた「卵ふわふわ」が出され[31]、寛永20年(1643年)の料理書『料理物語』では鶏卵を用いた各種の料理や菓子が記されている[32]。また、江戸初期には海外交易が盛んとなっており、朱印船によって軍鶏、チャボ、烏骨鶏が日本へと移入された[33]

江戸時代中期以降、都市生活者となった武士が狩猟をする事が少なくなり、野鳥があまり食べられなくなり、代わって鶏肉が食べられるようになった。文化年間以降京都や大阪、江戸において食されるようになったとの記述が「守貞漫稿」にある[34]料理書において鶏肉・鶏卵が登場し、1785年には「万宝料理秘密箱」という鶏卵の料理書も出版されている。

(参考)現代の博多水炊き「とり田」(福岡市中央区薬院)の水炊き

一般に江戸期の大名家の記録ではニワトリ食に関する記録は見られないが、西国では佐賀藩の『諫早家日記』貞享4年(1687年)には長崎へ送られるニワトリについて記され、その食べ方は水炊きと考えられている「水煮」と記されている[35]。また、江戸後期の天明8年(1788年)には蘭学者の司馬江漢が『江漢西遊日記』11月15日条において長崎の平戸屋敷においてニワトリを食したことを記しており、やはり同様に水炊きであったと考えられている[36]

考古学においては、江戸期の遺跡からはチャボ程度の小型種から大型の軍鶏まで多様なニワトリ骨が出土している。これらは解体痕を持つ食用のみならず、観賞用・闘鶏用など用途別の品種が存在していたと考えられている[37]。また、この時期には鎖国によって海外からの新品種移入が途絶えた代わりに、この時までに日本に到達していた在来種(地鶏)、小国、軍鶏、チャボ、烏骨鶏の各種が改良され、さらに掛け合わされて各地に特色ある品種が次々と誕生し、現代に伝わる在来種がほぼ形成された[38]

近現代のニワトリ[編集]

明治期に入ると食生活の変化が進み、そのなかで鶏卵および鶏肉の利用は急拡大していった。明治10年代には鶏卵は国内生産では不足して輸入に頼っていたこともあり、養鶏が奨励されて各地でニワトリの飼育は増大していった。欧州と同じく、日本においてもまずニワトリの利用で拡大したものは鶏卵であった。明治21年には910万羽だった日本のニワトリ飼育数は、大正14年には約4倍の3678万羽にまで達していた[39]。またこの時期に、旧来の地鶏の多くは欧州などからの移入種に押されて生産が減少していった。在来の品種と移入種とのかけあわせも盛んに行われ、名古屋コーチンなどの品種が誕生したのもこのころのことである。

第二次世界大戦において一時的に日本のニワトリ飼育数は急減したものの、昭和33年(1958年)に戦前の水準を再び超えるようになり、以後経済の成長とともにニワトリの飼育数も増加の一途をたどった。このころまで日本で飼育されるニワトリはほぼ卵用種であり、肉用には主に卵を産まなくなった廃鶏が回されていたが、1949年ごろに小規模なブロイラーの飼育がアメリカからの肉用種の移入とともに開始され、徐々に生産が拡大していった。この生産拡大を受け、1964年にはブロイラーの飼育統計が卵用種とは分けて出されるようになった。このときのブロイラーの飼育頭数は卵用種の6分の1程度に過ぎなかったが、昭和40年代を通じてアメリカからの優良品種移入などを通じブロイラー生産は急拡大を続け、卵の生産とは別にひとつの産業としてこの時期確立した[40]。ただし卵用種の飼育も伸びは鈍化したものの微増傾向にあり、ブロイラーの飼育数が卵用種を上回ることはなかった[41]

生産量[編集]

FAOによる全世界の鶏の飼育数の推移[42], (100万頭)
1964 1969 1974 1979 1984 1989 1994 1999 2004
4,228 4,986 5,801 6,922 8,275 10,285 12,535 13,689 16,365
2004年の家禽の主要生産国[43]
(1000トン)
順位 生産量 順位 生産量
1 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 15,536 11 ロシアの旗 ロシア 1,060
2 中華人民共和国の旗 中国 9,475 12 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 973
3 ブラジルの旗 ブラジル 8,668 13 カナダの旗 カナダ 950
4 メキシコの旗 メキシコ 2,250 14 トルコの旗 トルコ 940
5 インドの旗 インド 1,650 15 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 885
6 スペインの旗 スペイン 1,268 16 タイ王国の旗 タイ 878
7 イギリスの旗 イギリス 1,242 17 マレーシアの旗 マレーシア 825
8 日本の旗 日本 1,241 18 イランの旗 イラン 820
9 フランスの旗 フランス 1,135 -
10 インドネシアの旗 インドネシア 1,100 -

ニワトリはを食用に、羽を衣服(特に防寒具)や寝具に利用するため世界中で飼育されており、ニワトリの飼育は養鶏という一つの産業として成り立っている。特に食用目的での飼育が盛んであり、伝統的な放し飼いによる低密度な飼育から、大規模養鶏場での高密度な飼育まで、生産者ごとに数々の飼育法が用いられる。

ニワトリの飼育数は世界全体において急増を続けている。これは、ウシやブタに比べ狭い場所で集中的に飼育できるうえ、この2種に比べて個体が小さいため価格が安く頭数を増やしやすいこと、ブロイラーはブタやウシに比べ少ない飼料で大きくなるため効率がいいこと、ヒンドゥー教において禁忌とされるウシやイスラム教において禁忌とされるブタとは違い、ニワトリを禁忌とする宗教が存在しないため世界中のどの場所にも需要が存在することなどがあげられる。ニワトリは食肉用としては長年ブタとウシに次いで第三位の生産量を誇る家畜であったが、1970年から2010年までの40年間で生産量は1520万トンから9790万トンに増加し、増加率は545%にのぼった[44]。このため鶏肉は20世紀にはウシをしのいで2位となり、2018年にはブタをもしのいで世界で最も生産される食肉となると推定されている[45]

さらに上記の数字はあくまでも食肉生産用のニワトリの数字であり、鶏卵生産用のニワトリ飼育も急増を続けている。1970年から2010年までの40年間で鶏卵生産量は1950万トンから6380万トンに増加し、増加率は226.4%にのぼった[46]

日本におけるニワトリ飼育数はほぼ横ばいであり、年度によって微増や微減をくりかえしている。飼育数は卵用種の方が多く、2009年度の日本国内における卵用種飼育数は1億4000万羽、肉用種は1億700万羽となっている。このうち卵用種は1992年以降20年間ほぼ数字に変動がなく、肉用種は減少傾向にあったが2005年から反転して増加傾向となった[47]。飼育数がほぼ変動していないのに対し、飼育農家数は急減を続け、卵用種は1992年の9160戸から2011年には2930戸と3分の1以下となり、肉用種は1992年の4720戸から2011年には2392戸とほぼ半減している。これは、ニワトリ飼育の大規模化が進み、1軒当たりの飼育頭数が大幅に増加していることを示している[48]

ニワトリの品種[編集]

ニワトリの品種には、主に卵の生産に重点が置かれる卵用品種、食肉の生産に主眼が置かれる肉用品種、どちらにも重点の置かれる卵肉兼用品種、こうした食品生産とは無関係に観賞用として飼育される観賞用品種の4つの品種群が存在する。ただし、肉用品種と言えども卵は生み、また卵用品種と言えど卵を産まなくなった場合は廃鶏として食肉市場に回されることがあるなど、食料生産用の3品種群においてはそれほど明確に区分が設けられているわけではない。とはいえ、卵用品種は180日以上にわたって産卵状態を維持し続ける品種もあり[49]、また肉用種は成長速度が非常に速いうえに飼料が肉になる効率が他の肉用家畜であるウシやブタに比べてもぬきんでて高い[50]など、その主目的に対しては高度に特化されている。なお、多数の品種はあるものの、全世界において産業的に広く利用されているものは卵専用のレグホーン、卵肉兼用のプリマスロックおよびロードアイランドレッド、肉専用種のコーニッシュの4種であり、それ以外の品種は各地方で限定的に利用されるにとどまっている[51]。また、プリマスロックおよびロードアイランドレッドは卵肉兼用種であるが、実際の生産には卵用及び肉用にそれぞれ選抜され専用化された種が用いられる[52]

卵用品種[編集]

肉用品種[編集]

卵肉兼用品種[編集]

観賞用品種(愛玩鶏とも呼ばれる)[編集]

※東天紅(トウテンコウ)・声良(コエヨシ)・唐丸(カラマル)は鳴き声の長さを楽しむ品種(長鳴鶏)である。

利用[編集]

食用[編集]

ニワトリのもっとも重要な用途は食用であり、肉は鶏肉として、卵は鶏卵としてそれぞれ大量に生産される。食肉としては、淡白な白身で、栄養素としてタンパク質に富む良質な肉質を持つ。また、ウシやブタと並ぶ世界で最も一般的な食肉であり、さまざまな鶏料理が世界中に存在する。食用の鳥としては最も一般的なものであるため、通常「鳥肉」と言えばそのままニワトリの肉(鶏肉)のことを指す。卵としてはさらに重要な生産源であり、ウズラやその他の特殊な卵を除き、世界で流通する卵のほとんどは鶏卵である。このため、通常特に品種を指定せず「卵」と言えば鶏卵のことを指す。

また、ニワトリの骨を鶏ガラと言い、良質の出汁スープの原料となる。特に中華料理においては基本的な食材のひとつであり、ラーメンの最も基本的なスープは鶏がらを原料としたものである。ニワトリの脂肪からは鶏油が取れ、これも良質の調味油となる。鶏油は家庭において、脂肪の多く含まれるニワトリの皮から作ることもできる。さらに、軟骨はそのまま炒めたり揚げたりして食べることができ、焼き鳥屋においては「やげん」や「なんこつ」の名で一般的なメニューとなっている。また、ニワトリは消化管の一部である砂肝も食用とされる。

食材・観賞以外の用途[編集]

羽毛は軽量で保温性が高く衣服に利用される。アヒルやガチョウといった水鳥の羽毛に比べると質が劣るが安価なため、しばしば低価格のジャケットなどに使用される
釣り具の疑似餌に用いられることもある。
「鶏糞」と呼ばれ、肥料として市販されている。乾燥したものではチッソ3パーセント、リン酸5パーセント、カリ5パーセント程度を含み、有機肥料としては即効性がある[54]。充分に乾燥していない湿った鶏糞はかなり臭う。
頭部
ニワトリの頭部はその外見から人の食用に人気がないが、肉食動物の餌として広く利用されている。特に動物園等の大型動物の餌として人気があり、犬用の缶詰も「鶏頭の水煮缶詰」として市販されている。
闘鶏
ニワトリどうしを戦わせる闘鶏はニワトリを飼育するかなりの地域で広く行われたものであり、現代においてもタイをはじめとする東南アジア全域において非常に人気のあるスポーツである。

文化[編集]

ニワトリは世界の多くの文化圏において古くから、しかも広く飼育される動物であり、各文化においてさまざまな文化的な意味を付与されている。十二支においてはニワトリはとしてそのうちの一つとなっている。ニワトリが家畜化されたそもそもの要因のひとつが鳴き声に神秘性を感じての祭祀用としてのものだった[55]ことからもわかるとおり、甲高い雄鶏の鳴き声は夜明けを告げるものとして各文化で神聖視された。アメリカ英語においては、ニワトリ(チキン)は「臆病者」という意味のスラングとして使われることがある。(チキン (スラング)

ニワトリを主人公にした作品[編集]

参考文献[編集]

  • 江後迪子『長崎奉行のお献立 南蛮食べもの百科』吉川弘文館、2011年
  • 新美倫子「鳥と日本人」西本豊弘編『人と動物の日本史1 動物の考古学』吉川弘文館、2008年
  • 新美倫子「弥生文化の家畜管理」『弥生時代の考古学5 食糧の獲得と生産』同成社、2009年

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2008年10月29日放送『笑っていいとも!』より
  2. ^ 『FOOD'S FOOD 新版 食材図典 生鮮食材編』p166 2003年3月20日初版第1刷 小学館
  3. ^ 『FOOD'S FOOD 新版 食材図典 生鮮食材編』p162 2003年3月20日初版第1刷 小学館
  4. ^ 「ニワトリの科学」(シリーズ「家畜の科学」4)p27 古瀬充宏編 朝倉書店 2014年7月10日初版第1刷
  5. ^ * 秋篠宮文仁,他, "ニワトリの起源の分子系統学的解析": Proc. Natl. Acad. Sci., 93, 6792-6795 abstract
  6. ^ Lawler, Andrew (23 November 2012). “In Search of the Wild Chicken”. Science, New Focus (Science): 1020-1024. doi:10.1126/science.338.6110.1020. "自然史ニュース ニワトリの家畜化" 
  7. ^ 「ニワトリの動物学」(アニマルサイエンス5)p20 岡本新 東京大学出版会 2001年11月6日初版
  8. ^ 「家畜の歴史」p508 F.E.ゾイナー著 国分直一・木村伸義訳 1983年6月30日初版第1刷 法政大学出版局
  9. ^ 「家畜の歴史」p510 F.E.ゾイナー著 国分直一・木村伸義訳 1983年6月30日初版第1刷 法政大学出版局
  10. ^ 「オセアニアを知る事典」平凡社 p211 1990年8月21日初版第1刷
  11. ^ ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳『文明崩壊――滅亡と存続の命運を分けるもの(上・下)』、p.177 (草思社, 2005年)
  12. ^ 「オセアニアを知る事典」平凡社 p211 1990年8月21日初版第1刷
  13. ^ 『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典2 主要食物:栽培作物と飼養動物』 三輪睿太郎監訳 朝倉書店 2004年9月10日 第2版第1刷 pp.561
  14. ^ Harold McGee 香西みどり訳『マギー キッチンサイエンス』2008年、共立出版 p.71
  15. ^ 「ニワトリの動物学」(アニマルサイエンス5)p115 岡本新 東京大学出版会 2001年11月6日初版
  16. ^ 「ニワトリの動物学」(アニマルサイエンス5)p129 岡本新 東京大学出版会 2001年11月6日初版
  17. ^ 西本豊弘・佐藤治・新美倫子「朝日遺跡の動物遺体」『朝日遺跡Ⅱ(自然科学編)』(1992年)
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  43. ^ Handelsblatt - Die Welt in Zahlen (2005)
  44. ^ 「食肉・鶏卵生産のグローバル化 2021年までの展望」p1 ハンス・ヴィルヘルム・ヴィントフォルスト、アンナ・ヴィルケ著 杉山道雄・大島俊三編訳著 平光美津子・鷲見孝子・棚橋亜矢子・松野希恵・高山侑樹共訳 筑波書房 2011年6月20日第1版第1刷発行
  45. ^ 「世界の食肉生産はどうなるか 2018年の展望」p4 ハンス・ヴィルヘルム・ヴィントフォルスト著 杉山道雄・大島俊三編訳著 平光美津子・鷲見孝子訳著 筑波書房 2011年6月20日第1版第1刷発行
  46. ^ 「食肉・鶏卵生産のグローバル化 2021年までの展望」p46 ハンス・ヴィルヘルム・ヴィントフォルスト、アンナ・ヴィルケ著 杉山道雄・大島俊三編訳著 平光美津子・鷲見孝子・棚橋亜矢子・松野希恵・高山侑樹共訳 筑波書房 2011年6月20日第1版第1刷発行
  47. ^ 「ニワトリの科学」(シリーズ「家畜の科学」4)p25 古瀬充宏編 朝倉書店 2014年7月10日初版第1刷
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  53. ^ 小学館「世界原色百科事典」より。
  54. ^ 「ニワトリの科学」(シリーズ「家畜の科学」4)p185-186 古瀬充宏編 朝倉書店 2014年7月10日初版第1刷
  55. ^ 「ニワトリの動物学」(アニマルサイエンス5)p20 岡本新 東京大学出版会 2001年11月6日初版