ニワトリのヒナの雌雄鑑別
ニワトリのヒナの雌雄鑑別(ニワトリのヒナのしゆうかんべつ)とは、生まれたばかりのニワトリのヒナ(ヒヨコ)の性別を鑑別することである。
ニワトリは商業的には性別によって異なる目的で飼育されるが、ヒヨコの性差は非常に少なく雌雄の区別は困難であるため、いくつかの鑑別方法が発達している。また、日本では初生雛鑑別師(しょせいびなかんべつし)というヒヨコの性別の区別についての資格が存在する。
鑑別の必要性[編集]
ヒヨコの性別鑑定はほとんどが大規模な商業目的の孵化場で行なわれる。ヒヨコの雌雄を区別することによって、販売用の鶏卵を産むメスと、ほとんどが鶏肉として売るために肥育されるオスとで、早い時期からそれぞれの商業的役割に応じた異なる餌の与え方をするためである。現在、採卵鶏として飼育される鶏種でもっとも一般的な白色レグホンは肉用には向かないため、オスは種鶏などを除いて多くの場合そのまま殺処分される。
養鶏では、様々な理由でニワトリの性別を区別する。大量の鶏卵を生産する集約畜産では、オスは不要である。また、食用の交配種のニワトリを生産するためには、雌雄の親鶏の血統が分離されていなければならない。
雌雄鑑別法[編集]
主に羽毛または総排泄口による2つの鑑別法がある。
- 羽毛による雌雄鑑別(羽毛鑑別・羽性鑑別)
- 伴性遺伝を利用し、羽の伸びる速度の異なる雌雄を交配して、ヒナの雌雄の羽の伸び方の違いにより鑑別する方法。多くのコマーシャル鶏がこの鑑別法で分けられている。
- 速羽性のオス親と遅羽性のメス親から生まれるヒナは、オスの羽(翼)は遅羽性により端がそろっているのが多い。メスのヒナは速羽性により端がそろっていなく、下の羽が長い。上の羽が長い場合は、オスである。
- 体色による雌雄鑑別(羽色鑑別)
- 伴性遺伝を利用し、羽色の異なる雌雄を交配して、ヒナの雌雄の羽色の違いにより鑑別する方法。茶色の鶏の多くはヒヨコの時点で色が付いている。オスは黄色でメスは茶色。背にラインの入っている茶色の種類はオスが3本メスは2本である。
- 羽毛、体色のいずれも鑑別師が鑑別しているところは少ない。素人でも何度か指導を受ければできるからである。
- 総排泄口による雌雄鑑別(肛門鑑別法)
- 総排泄口による雌雄鑑別は容易ではない。鳥の生殖器官は体内に位置し、プロの総排泄口鑑別師は、まずヒナの肛門をわずかに開ける技術を習得した上で、ヒナの生殖器官の雌雄の違いにより、どれがオスでどれがメスなのかの区別をする。この雌雄判別は非常に熟練の必要な難しい仕事で、プロの鑑別師の多くはその技術の発祥元の日本出身である。総排泄口鑑別は1924年の増井清、橋本重郎、大野勇による生殖に関する論文で日本で発表され[1]、それはすぐにSexing baby chicksという題名で英訳されて西洋に紹介された[2][3]。増井と橋本の発見の後、興味を持った養鶏家達はその技術を習った人々を招きいれたり、その技術を学ぶために代表を日本へ送った。その技術は複雑で、パターン認識が成功の鍵となる、チェスやその他の仕事・ゲームに喩えられた。
- ヒヨコ性別鑑定機
- 1950年代に、初生ヒナの総排泄口を照らして拡大鏡で見る数種の機械が発明され、この機械を用いてヒヨコの性別を見ることが可能となった。だが鑑別に時間がかかることや、ヒヨコへの負担が大きいことが難点とされた。この機械を製造したのは2つの業者だけだったが、ともにこの事業から撤退して、この方法は廃れた。
- 第二次性徴
- 伴性遺伝を利用した交配を行わず、雌雄鑑別師も雇うことのできない小さな養鶏場の経営者は、性別がわかるようになる4 - 6週齢まで待たなければならない。その時期になると、第二次性徴が出始めるために、だれもが鶏の性別を区別できるようになる。
- 機械学習
- 機械学習によって鑑別する手法が開発中だが、まだ精度が不十分で実用化には至っていない[4][5]。
- 染色体マーカー法
- 孵化前に染色体を調べる手法の開発が進められる[6][7][8][9]。
初生雛鑑別師[編集]
初生雛鑑別師(しょせいひなかんべつし)は日本の民間資格の1つで、ニワトリのヒナの性別を区別するために特別な訓練を受け、所定の試験を合格した人である。通称はひよこ鑑定士 。
初生雛鑑別師養成所に入所し、修了後に試験を受けて資格を取得する。
後述の通り、鑑別師養成所の受験資格に25歳以下(過去には例外もある)という年齢制限が設けられていること、資格取得までに時間を要するシステムになっていること、試験の難度が高いことなど複数の要素が絡み、その結果としていわゆる難関資格として知られている。
また、資格を取得しただけでは職業鑑別師にはなれず、研修生としていわゆる徒弟制度に近い環境で数年間の実践経験を積み高等考査に合格し高等鑑別師となる必要があり、プロフェッショナルとして一本立ちするまでには大変な苦労があるとされる。
受験資格[編集]
- 予備試験は鑑別師養成所の初等科、補修科、特別研修科を修了した者、高等考査は予備試験の合格者に限り、海外斡旋鑑別師考査は高等鑑別師の登録を受けた者である。
- 入所資格は25歳以下で高校卒業、または同等以上の資格のある者、身体強健で、視力1.0以上(矯正可)、色盲でない者。
入所試験[編集]
- 毎年3月上旬頃に東京で行われる。
孵化直後のオスの殺処分の問題[編集]
採卵用鶏の雌雄鑑別において、卵を産まないオスはほとんどが殺処分される。
産まれてすぐに殺処分するという慣行は、諸外国で動物愛護の観点から問題視されており、卵が孵化する前に性別鑑別できる方法の開発がすすんでいる。
ドイツでは2018年11月から、協同組合Reweが、孵化前の性別鑑定技術を使用して生産された卵の販売を開始、他のスーパーマーケットもこれに続いた[10][11][12]。フランスでは、2020年9月から、フランス最大手スーパーのカルフールが、孵化前の性別鑑定技術を使用して生産された卵の販売を開始した[13]。
アメリカでは米国鶏卵生産者団体(UEP)が、2020年までにオスの雛の殺処分撤廃を目標にすると発表(2016年6月9日)。この目標は達成できなかったが、依然としてUEPはこの問題に取り組むことを目標としている[14]。
2020年1月、フランス政府は、2021年末までにオスの殺処分を廃止すると発表。世界で初めてオスの殺処分禁止を決定した国となった[15]。続いて翌年、2021年1月、ドイツ政府は雄のひよこの大量殺処分を禁じる政令案を閣議決定した。ユリア・クレックナー(Julia Kloeckner)食料・農業相は発表で、雄のひよこの大量殺処分禁止は2022年からだと述べた。
2021年7月、フランス、ドイツ、オーストリア、アイルランド、ルクセンブルグ、ポルトガル、スペインは、EUで雛の殺処分を禁止するように求めた。代表団は、この慣行は現在のEU法の下で許可されているものの、倫理的に受け入れられないと主張した[16]。さらに2022年にはフランス、ドイツ、オーストリア、アイルランド、ルクセンブルグ、ポルトガル[17]、ベルギー、キプロス、フィンランドが、EUにオス雛殺処分をヨーロッパ全体で禁止することを求めた[18]。これに対し同年10月、欧州委員会はEU全体でオス雛殺処分禁止の提案を提出すると発表した。
2021年12月、イタリア政府は、卵産業におけるオス雛の淘汰の禁止を導入する法改正を承認、2022年8月に同法改正が決定した。発効は2026年となっている。[19][20]。
2022年5月、オーストリアは雄の雛殺処分を動物福祉規則で禁止した。このため将来的に孵化前の雌雄鑑別技術が導入されると推定される[21]。
キプロスでも国レベルでの雄雛殺処分を禁止している[18]。
ただし、孵化前に性別鑑定すれば、必ずしもオス雛の苦痛が回避できるとは限らない。研究では卵内13日目から、生理学的な脳活動を確実に記録したが[22]、雛が痛みを感じる能力が卵内で発達しはじめるのは産卵7日目(あるいは6日目)以降だとも言われる[23][24]。現時点(2021年12月)では、ドイツやフランスで「オスの殺処分を伴わない」として販売されている卵は、卵内性別鑑定が9日目あるいは13日目に行われており、オスの苦痛を回避できていないという問題が依然として残っている。そのため、ドイツでは本件に関する新法において、2024年以降は、胚の性別識別は6日目までしか許可されないものとなっている[24][25][26]。しかしながら9日目までに性別を決定する技術はまだ存在していないため、これの技術開発が求められている。なお、この卵内性別鑑定技術の開発過程においては動物実験が行われているという問題もある[27][28][29]。2023年5月、カリフォルニア大学らは、8日目の卵を80%の精度で区別することが可能な技術を発表した[30]。
オスの殺処分方法[編集]
オス雛の殺処分自体の方法については、諸外国では動物福祉に配慮した方法がとられるようになっており、たとえばイギリスでは孵化場は英国動植物衛生庁で(APHA)やRSPCA(世界最大の動物保護組織)によって監視されており、雛の処分は、より苦痛の少ないアルゴン(ガス)に曝露することによって行われている[31]。
日本の状況[編集]
胚鑑別法などの代替手段は導入されていない。日本国内では鶏の雛の殺処分の方法としては、バケツに生きたまま入れていき圧死[32]、ビニール袋での窒息死などの方法がおこなわれている[33]。
脚注[編集]
- ^ 雛ノ雌雄ノ鑑別 1924.
- ^ Masui, Kiyoshi; Juro Hashimoto (1933). Sexing Baby Chicks .
- ^ Gibbs, Charles S (1934). “Sexing baby chicks”. Poultry Science 13 (4): 208-211.
- ^ Chicken Sexing & Neural Networks – Black Box Models
- ^ Development of a Method for Early Sex-sorting of Poultry
- ^ Commercial poultry embryo sexing a step closer
- ^ Commercial chick sexing machine in development
- ^ Galli, Roberta, et al. "In ovo sexing of chicken eggs by fluorescence spectroscopy." Analytical and Bioanalytical Chemistry (2016): 1-10.
- ^ レーザーで簡単に「ひよこ選別」する技術が開発、暖めはじめて4日目で判別可能に。普及すればオス雛の殺処分廃止も可能に, オリジナルの2020-02-24時点におけるアーカイブ。
- ^ “Novel techniques make culling male layers obsolete”. 20211228閲覧。
- ^ “Now available in Germany: 'no-kill eggs'”. 20211228閲覧。
- ^ “殺処分されているオスのヒヨコ60億羽が助かる!?──孵化前の性別判断可能に”. 20121228閲覧。
- ^ “CARREFOUR & LOUÉ ARE INNOVATING WHEN IT COMES TO ANIMAL WELFARE IN THE EGG SECTOR”. 20211228閲覧。
- ^ “United Egg Producers updated statement on male chick culling January 29, 2020”. UEP. 20201017閲覧。
- ^ “Apr 24, 2020 Novel techniques make culling male layers obsolete”. poultryworld. 20201017閲覧。
- ^ “[https://www.consilium.europa.eu/media/51412/st10952-en21_v2.pdf OUTCOME OF THE COUNCIL MEETING 3809th Council meeting Agriculture and Fisheries Brussels, 19 July 2021]”. 20211228閲覧。
- ^ “Commission to propose EU-wide phaseout of male chick killing”. 20230117閲覧。
- ^ a b “France and Germany seek EU ban on killing male chicks”. 20221020閲覧。
- ^ “Victory: Ban on The Killing of Male Chicks in Italy Approved!”. 20220809閲覧。
- ^ “AGGIORNAMENTO: ABBIAMO FERMATO LA STRAGE DEI PULCINI!”. 20211228閲覧。
- ^ “Austria bans ‘senseless’ killing of chicks with new animal welfare rules”. 20220509閲覧。
- ^ “Research into pain perception in chick embryos”. 20230424閲覧。
- ^ “Societal attitudes towards in ovo gender determination as an alternative to chick culling 11 June 2020”. Wiley Online Library. 20201017閲覧。
- ^ a b “ドイツ、雄ひよこの大量殺処分禁止へ 世界初”. 20211228閲覧。
- ^ “Germany Has Officially Banned The Culling Of Male Chicks”. 20220217閲覧。
- ^ “Germany: ‘Only a few hatcheries will survive’”. 20230429閲覧。
- ^ “Gene-editing breakthrough could end male chick culling”. 20211228閲覧。
- ^ “This Biotech Uses Gene Editing to Count Chickens Before They Hatch”. 20211228閲覧。
- ^ “Gene-edited hens may end cull of billions of chicks”. 20230111閲覧。
- ^ “Chicken Eggs Sexed by Scent”. 20230525閲覧。
- ^ “オスは処分-卵の犠牲”. 認定NPO法人アニマルライツセンター. 20200224閲覧。
- ^ “PETA Asia Releases Gut-Wrenching Footage from Marubeni’s Subsidiary”. 20221116閲覧。
- ^ “https://www.hopeforanimals.org/broiler/ban-chick-cruel/”. 20221116閲覧。
参考文献[編集]
- 増井清, 橋本重郎, 大野勇「雄鷄ニ於ケル(退化)交尾器官並ニ初生雛ノ雌雄ノ鑑別ニ就テ」『日本畜産学会報』第1巻、日本畜産学会、1924年9月10日、153-163頁、doi:10.2508/chikusan.1.153。
- Shrader, H. L. Sexing baby chicks. 1935.
- Komatsu, Umata. "Practical methods of sexing baby chicks." (1935).
- 増井清. "初生雛雌雄鑑別の研究." 冨山房, 東京 (1937).
- Hammond, John C., and Stanley J. Marsden. "Sexing turkeys from hatching to maturity." Poultry Science 16.4 (1937): 287-288.
- Lunn, John H. "Chick sexing." American Scientist 36.2 (1948): 280-287.
- 増井清. "初生雛雌雄鑑別." 鶏の性と雌雄鑑別の研究. 日本中央競馬会弘済会 (1975): 42-62.
- Tao, Yang, and Joel Walker. "Automatic feather sexing of poultry chicks using ultraviolet imaging." アメリカ合衆国特許第 6,396,938号 28 May 2002.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 社団法人畜産技術協会
- Poultry: Sexing of day-old chicks
- Japanese chicken sexing championship
- The art of chicken sexing
- Gender identification of chickens prior to hatch (PDF)
- Abstract: The art of chicken sexing - a cognitive science discussion
- The art of chicken sexing - full article (PDF)