ヤンマー

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ヤンマー株式会社
YANMAR Co., Ltd.
ヤンマー本社(梅田ゲートタワー)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 ヤンマー
本社所在地 日本の旗 日本
530-8311
大阪府大阪市北区鶴野町1-9
梅田ゲートタワー[1]
設立 1931年
業種 機械
法人番号 7120001176440 ウィキデータを編集
事業内容 建設機械農業機械船舶製品など
代表者 代表取締役社長 山岡健人
資本金 63億円
売上高 2,149億円(単体)
5,794億円(連結)
従業員数 2,716人(単体)
15,116人(連結)
決算期 3月20日
主要子会社 下記参照
関係する人物 山岡孫吉(創業者)
外部リンク ヤンマー
特記事項:創業は1912年3月、「山岡発動機工作所」として。経営指標は2008年3月期。
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建替工事前のヤンマー本社ビル

ヤンマー株式会社(英称:YANMAR Co.,Ltd)は大阪府大阪市北区鶴野町[1]本社を構える発動機エンジン産業用を含む)ならびに農機建機小型船舶の製造販売会社である。

2012年(平成24年)3月に創業100周年を迎えた。コーポレート・スローガン「Solutioneering together」(ソリューショニアリング・トゥギャザー)。

概要

創業者の山岡孫吉により、石油発動機メーカーとして1912年(明治45年)3月に創業。

商標「ヤンマー」(のち社名ともなる)は、商標候補として豊作のシンボルであるトンボを検討していた[2]が、すでに商標権が静岡県醤油メーカーに取られていたため、代案としてトンボの大将オニヤンマにちなんで命名されたものである。創業者の姓の「山岡」に発音が近かったのも決め手となった。

1933年(昭和8年)12月23日には、石油発動機よりも経済的だが技術的ハードルの高かった小型高速ディーゼルエンジンの自社開発に成功(「HB型」ディーゼルエンジン)。以降は中・高速型のディーゼルエンジンとこれを利用した工業製品の生産で業績を伸長してきた。そのためか、同社が開発し製造したディーゼルエンジンは全般的に信頼性および耐久性が非常に高い事で知られており、創業当初から「ものづくり精神」という概念を21世紀の今日まで頑なに守り続けている。

業界における大手メーカーではあるが、競合するクボタ井関農機(以下、ヰセキ)と違い、2011年(平成23年)時点でも非上場である。

マスコットキャラクターは、ヤン坊とマー坊で、同社イメージ・CMソング「ヤン坊・マー坊の歌」や、日中夕方放送される天気予報番組「ヤン坊マー坊天気予報」(冠番組)のタイトルにも冠している[3]

沿革

ヤンマー東京支社
  • 1912年(明治45年)3月 - 山岡孫吉によって、「山岡発動機工作所」として創業する。
  • 1921年(大正10年) - 「ヤンマー」の商標誕生。
  • 1931年(昭和6年) - 「株式会社山岡発動機工作所」設立。
  • 1936年(昭和11年) - 「山岡内燃機株式会社」設立。これと同時に尼崎工場を建設。
  • 1940年(昭和15年) - 「山岡内燃機株式会社」が「株式会社山岡発動機工作所」を合併する。
  • 1942年(昭和17年) - 長浜工場を建設。
  • 1947年(昭和22年) - 小型漁船をディーゼル化。
  • 1952年(昭和27年) - 社名を「ヤンマーディーゼル株式会社」に変更する。
  • 1955年(昭和30年) - ドイツ発明協会から「ディーゼル金賞牌」を受賞。
  • 1957年(昭和32年) - 西ドイツから「ドイツ大功労十字章」を授与。ブラジルに現地法人を設立。
  • 1961年(昭和36年) - 「ヤンマー農機株式会社」を設立。農業機械の生産を開始。同年、「セイレイ工業株式会社」と業務提携。
  • 1962年(昭和37年) - ロータリーエンジンの試作・試運転に成功。シンガポールにサービス拠点を設立。創始者の山岡孫吉が逝去。山岡康人が社長に就任する。
  • 1963年(昭和38年) - 山岡康人が急逝。山岡淳男が3代目社長に就任。
  • 1966年(昭和41年) - タイにサービス拠点を設立。小型建設機械の生産を開始。
  • 1967年(昭和42年) - マレーシアに現地法人を設立。
  • 1968年(昭和43年) - エンジン業界としては初のデミング賞を受賞。
  • 1972年(昭和47年) - 「ヤンマー造船株式会社」と「ヤンマー産業株式会社」を設立。インドネシアに現地法人を設立。またヤンマー農機が米国ジョンディア社と業務提携。
  • 1976年(昭和51年) - オランダにサービス拠点を設立。
  • 1977年(昭和52年) - 尼崎工場が国内初のNKより量産機器工場認定に指定される。
  • 1978年(昭和53年) - タイに現地法人を設立。尼崎工場が「AB」「LR」から生産機種認定工場の指定を受ける。
  • 1981年(昭和56年) - アメリカに現地法人を設立。
  • 1982年(昭和57年) - ガスタービンの製造を開始。
  • 1983年(昭和58年) - 世界最小の空冷ディーゼルエンジン「L型」を開発。
  • 1987年(昭和62年) - 世界初のディーゼル船外機を開発。
  • 1988年(昭和63年) - ガスエンジンヒートポンプの生産を開始。「ヤンマーマリンファーム」を設立。
  • 1989年(平成元年) - オランダおよびシンガポールに現地法人を設立。フランスでアンマン社と合弁会社を設立。
  • 1990年(平成2年) - 生ゴミ処理水処理装置等を開発し環境分野へ本格参入。
  • 1991年(平成3年) - ヤンマー農機が「石川島芝浦機械株式会社」(現・IHIシバウラ)と業務提携。
  • 1992年(平成4年) - ディーゼルエンジンの生産が1000万台を突破。各生産事業所にて「ISO 9001」の認証を受ける。
  • 1993年(平成5年) - ディーゼルエンジン用「ユニットインジェクター」が全国発明表彰受賞。上海に駐在事務所を開設。
  • 1995年(平成7年) - 滋賀県びわ町(現長浜市)にびわ工場を建設。イタリアカジバ社と合弁会社を設立。
  • 1997年(平成9年) - 関連各工場で「ISO 14001」を取得。
  • 1998年(平成10年) - 山岡淳男が勲二等瑞宝章を受章。これに伴い山岡健人が4代目社長に就任し山岡淳男が会長に就任。
  • 1999年(平成11年) - クールコンテナ運用が環境大臣賞を受賞。7つの販売会社体制に移行する。
  • 2000年(平成12年) - 滋賀県米原町(現米原市)に中央研究所を開所。マイクロガスコージェネおよびミラーサイクルガスコージェネが平成11年度省エネ大賞を受賞。「ヤンマーエネルギーシステム製造株式会社」を設立。
  • 2002年(平成14年) - 創業90周年を迎え、社名を「ヤンマー株式会社」に変更する。それに伴い「ヤンマーマリンインターナショナル」「ヤンマー舶用システム株式会社」「ヤンマー物流サービス株式会社」を設立。
  • 2003年(平成15年) - 「ヤンマーエネルギーシステム株式会社」を設立。中国に「洋馬発動機(上海)有限公司」「山東時風洋馬発動機有限公司」をそれぞれ設立。
  • 2004年(平成16年) - 国内に「ヤンマー建機株式会社」および「ヤンマー建機販売株式会社」を、タイに「ヤンマー農機タイランド」をそれぞれ設立。
  • 2005年(平成17年) - シンボルマーク(ブランドロゴマーク)を刷新。韓国に「ヤンマー農機韓国株式会社」を設立。
  • 2006年(平成18年) - 立形汎用エンジンが生産累計500万台を達成。インドに駐在員事務所を開設。東近江木質バイオマス発電共同研究における試験を開始。北米でのトラクター販売会社「C.U.T. Supply Company LLC」を設立。
  • 2007年(平成19年) - 1933年(昭和8年)に製造および販売された同社初の汎用小型水冷横型ディーゼルエンジン(発動機)「HB型」が機械遺産(8号)に認定。ヤンマー農機㈱社長に阿部修司が就任。北米における農機事業会社「YANMAR AGRICULTURAL MACHINERY AMERICA CORP」を設立。これに伴い現地にて小型汎用トラクターの生産を開始。北米の関連会社を再編成する。
  • 2008年(平成20年) - 「ヤンマー農機販売株式会社」および「ヤンマーグリーンシステム株式会社」を設立。また、マレーシアのサバ州に「Yanmar Kota kinabalu R&D」を開設。
  • 2009年(平成21年)2月21日 - 子会社の「ヤンマー農機株式会社」を吸収合併。これに伴いヤンマー農機は解散[4]
  • 2010年(平成22年)4月 - コーポレート・スローガンとして「Solutioneering together」を制定。
  • 2011年(平成23年)10月 - ヤンマー中央研究所が「2011年度 グッドデザイン賞」を受賞[5][6]
  • 2011年(平成23年)12月 - 本社建て替えに伴い、茶屋町から鶴野町に仮移転[1]
  • 2012年(平成24年)3月 - 創業100周年。

主要製品

乗用自脱式コンバイン「カルテット CA315」(3条刈。2009年現在絶版)
トラクター 「エコトラ AF890」(2009年絶版)
ヤンマートラクターの原型 YM-2000

主にディーゼルエンジンを得意とする[7]企業で、汎用を含む産業用・農業機械用・小型漁船用等のエンジンを製作している。最近では農業機械向けのディーゼルエンジンとして機械式ガバナの代わりに電子制御式ガバナを採用し、ボタンひとつで2つのエンジン特性を選択する事が可能で、高効率・省燃費で且つ環境性・低エミッション性に優れる「エコディーゼル」シリーズが有名。

1996年(平成8年)に「エコディーゼル」が同社のトラクター「RS」シリーズ[8]、「AF」シリーズ[9][10][11]、「US」シリーズ[12]の一部に先行搭載された。[13]「エコディーゼル」は後に同社の一部のコンバイン[14]や乗用型10条植田植機「GP10」[15]にも搭載される。

農業
ヰセキ同様、新機種開発時に農業機械としてはかなり革新的な技術を導入する事が多いものの、[16]同社で本格的な乗用型トラクターを開発したのは1963年(昭和38年)頃と大手の農業機械メーカーとしては意外と遅い。
トラクターコンバイン田植機[17]などの農業機械は連結子会社のヤンマー農機が販売していたが2009年2月21日以降よりヤンマーが販売する事となった。クボタや前述のヰセキと並び、大手農業機械メーカーのトップブランドの一つである。2011年現在IHIシバウラおよび米国ジョンディア[18]と業務提携中である。[19][20]なお農業機械の製造に関しては、ヤンマーグループの構成企業の1つであるセイレイ工業株式会社が主に行っている。ただし、トラクタについては、同じくヤンマー農機製造も製造を受け持っている。
なお、農業機械の生産高はクボタに次いで2011年(平成23年)現在、日本第2位となっている。
農業機械のみならず、カントリーエレベーターなど穀物の貯蔵と管理の省力・自動化設備、苗の育成や果実選別の自動化設備、バイオマスエネルギーボイラー堆肥生産装置などの周辺事業も展開している。
建設
建設機械の分野では、小型油圧ショベルや小型ホイルローダーなどを得意とする。
  • 発電溶接機 - 他社に多くのディーゼルエンジンを供給している。自社製品及びグループ企業であるヤンマー建機の発電溶接機にも自社開発エンジンを搭載している数少ないメーカーである。
マリン海洋
航海カヌー「ホクレア」の伴走船カマ・ヘレに搭載された6LP-DTP型ディーゼルエンジン
漁船プレジャーボート商船の主機関[21]及び補機(発電機、ポンプ)の原動機用ディーゼル機関、圧縮機まで、文字通り小型から大型まで幅広く生産、販売しており、練習船海王丸の主機関にも、Z280-SN形が採用されている。また、舟艇体そのものも製作・販売している[22]ほか、2006年(平成18年)11月には初のプレミアムブランドとなるアズールを立ち上げた。
周辺事業では、養殖関連、浮桟橋、ビーチクリーナー(砂浜清掃車)などの生産・販売も行っている。
その他
近年は、産業用の自家発電用発動発電機や小型〜中型の除雪機[23]の生産・販売を行っている。
かつてヤンマーはロータリーエンジンのチェーンソー船外機を開発し、その開発直後に販売した事がある[24]
かつては鉄道輸送用クールコンテナリース並びにレンタルを行っていたが、長期リース中のものを除き、2009年(平成21年)にクールコンテナ事業から撤退している。

スポンサー番組

一社提供
複数社提供

スポンサー番組(過去)

CM出演者

  • 吉幾三 1970年代にロータリーエンジンを搭載したモーターボートのCMに出演。CMソングも吉が歌った。
  • フランキー堺 1976年(昭和51年)~1980年(昭和55年)にコンバイン(のちの後述する「カルテット」シリーズ)のCMに出演。
  • 伴淳三郎 - 前述のフランキー堺とコンバインのCMで共演した。
  • 浅茅陽子 - 1977年(昭和52年)〜1979年(昭和54年)に田植機「いちばん苗」シリーズのCMに出演。
  • 小林旭 - 1977年〜1982年(昭和57年)にトラクター「YMシリーズ」およびその後継の「フォルテ」シリーズのCMに出演。自身の歌うCMソング『赤いトラクター』がヒットし、大きなイメージアップの原動力となった。また小林は同社の農機具のCM以外にもほぼ同年代に同社の建設機械および船舶のCMにも出演していた。ちなみに小林が1977年当時、同社のトラクターのCMに出演している時、ライバルのクボタのトラクターのCMには橋幸夫が、ヰセキのトラクターのCMには加山雄三がそれぞれ起用されていた。
  • 菊地陽子 - 1983年(昭和58年)頃、田植機「すこやか」シリーズおよびコンバイン「カルテット」シリーズのCMに出演。
  • 石田えり - 1989年〜1990年(平成2年)にトラクター「スーパーフォルテ&USシリーズ 友情を大切にしようね」篇のCMに出演。1980年代末期〜1990年代初頭に象徴される農業機械のCMらしくないライトな感覚のCMが印象的だった。
  • 中島啓江 - 1990年代中期に乗用田植機「高速ニューすこやか」シリーズのCMに出演。
  • 森島寛晃 - 1998年(平成10年)にトラクター「エコトラ」のCMに出演。
  • 舞の海秀平 - 1999年(平成11年)〜2001年(平成13年)に丸ハンドル(FDS:Fulltime Drive System)コンバイン「GCシリーズ」のCMに出演。その後スモールクラスのトラクター「Ke(ケー)シリーズ」のCMにも出演した。
  • 香川真司 - 2011年現在、CMに出演。

関連会社

ヤンマー尼崎工場

事業会社系列

事件・不祥事・トラブル

労働問題

2005年(平成17年)2月2006年(平成18年)2月から同社のびわ工場で勤務していた派遣労働者の男性2人が、1年の派遣契約を超えた状態で派遣労働が続いたことから、2008年(平成20年)2月にこの旨を滋賀労働局に申告し、同労働局は同社に対し是正勧告を実施した。しかしこれを受け同社は、これら2人の派遣労働者を、同年9月から5ヵ月間の期限付きでの直接雇用に切り替え、翌2009年(平成21年)2月に契約が終了したとして解雇した。これについて、この2人の派遣労働者は、解雇は違法だとして、同年3月12日に、正社員としての地位確認を求める訴えを大阪地裁に起こし、2009年(平成21年)現在係争中[25]

所得隠しの発覚

2009年(平成21年)9月に、2008年(平成20年)3月期までの2年間に亘り約3億円の申告漏れがあったことを、大阪国税局の税務調査で指摘されたことが判明した。このうち約2億円については、仮装や隠蔽(海外子会社との業務委託契約の委託費として計上したが、実体が無いとされた)など意図的な所得隠しと認定され、約1億数千万円を追徴課税された[26]。 また、同社は2012年(平成24年)2月にも、海外子会社への農業機械の販売を巡り、「実質的な資金援助に乗当たる」と判断され、同国税局から2010年3月期までの3年間で約1億2,000万円の所得隠しを指摘されている[27]

コンバインへの石綿含入

2007年(平成19年)2月から2010年(平成22年)1月にかけて販売したコンバイン約1,347台に、石綿労働安全衛生法により使用が禁止されている)を使用した部品が含まれていたとして、大阪労働局が2010年5月6日に回収を指示した[28]

補足

過去には1958年(昭和33年)に最高出力4.6psの農機用単気筒249ccディーゼルエンジンを搭載したキャブオーバー軽トラックの試作車「KT型」を発表し、更に2年後の1960年(昭和35年)には、空冷V型2気筒358ccのディーゼルエンジン「2A2形」を搭載したキャブオーバー型軽トラック「ポニー(KTY型)」[29]を開発して市販に至ったが、低排気量ディーゼルエンジンの宿命で最高出力が9ps/3600rpmと、同排気量のガソリンエンジンを搭載したライバル車と比較して圧倒的に低く、販売台数が振るわず僅か2年足らずで撤退している[30]

その他

  • 現在放送されている「ヤン坊マー坊天気予報」以外のスポットCMは流されていない。このため、全国ネットでの提供番組は上記の「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」とスペシャル番組のみとなっている。ただし、2012年に関しては創業100周年にあたり、一部の地域ではスポットCMを流している。

関連項目

脚注・注釈

  1. ^ a b c 本社ビル建替えに伴う事務所仮移転のご案内
  2. ^ 1950年代以前、石油発動機や焼玉発動機などの小型内燃機関は、脱穀機駆動などの農業用動力として用いられることも多かった。
  3. ^ なお、ヤンマーの無人精米所にも古くから設置している所では「ヤン坊マー坊精米所」という名称が付けられている。
  4. ^ 「ヤンマー(株)によるヤンマー農機(株)合併」について(2009年1月15日)
  5. ^ ニュースリリース「ヤンマー中央研究所が『2011年度 グッドデザイン賞』を受賞しました」(2011年10月3日)
  6. ^ グッドデザインファインダー「2011年度 グッドデザイン賞 受賞」
  7. ^ 特に産業用や農業機械用のディーゼルエンジンとしては非常に高い技術力を持つ。
  8. ^ 最低地上高を標準機よりある程度高くとった稲作農家向けの小型トラクターとしてIHIシバウラ(当時シバウラ)との業務提携直後にシバウラと共同開発された機種で、シバウラ側の技術が随所に盛り込まれていた。2001年(平成13年)に製造および販売終了。
  9. ^ 同社のトラクターの基幹シリーズで2011年現在絶版。後継は2002年(平成14年)に販売が開始された「EF」シリーズおよび2006年(平成18年)に販売が開始された「EG」シリーズ。2011年6月現在、既存の「EF」シリーズ(「EF100」シリーズおよび「EF800」シリーズ)も併売されているが、将来的には「EG」シリーズに統一される見込み。
  10. ^ ただし「EG300(標準スピード・26馬力〜34馬力)/300J(ハイスピード・26馬力〜34馬力)」シリーズ(2011年(平成23年)6月現在)以上の上位シリーズからエコディーゼルが標準で搭載される。
  11. ^ なお「EG200(20馬力〜30馬力)」シリーズおよび「EF100(16馬力〜22馬力)」シリーズといった下位シリーズには「エコトラジャスティ」のブランド名が付くものの、こちらはエコディーゼルは非搭載(2011年6月現在)。
  12. ^ 2001年発売の「US300(24馬力~34馬力)」シリーズ以降からは「エコディーゼル」が標準で搭載。2011年6月現在全て絶版。
  13. ^ 2011年現在「エコディーゼル」が搭載されたトラクターには、冠名として一部の中型以下のホイールトラクター、および一部のフルクローラトラクターには「エコトラ」のブランド名が付き、一部の大型のホイールトラクターには「エコトラプレミアム」のブランド名が付く。
  14. ^ 当初のブランド名は「エココンバイン」シリーズだったが後に「アスリート」シリーズに改名。2011年(平成23年)現在では「アスリートプロ」シリーズ以上の上位シリーズから「エコディーゼル」が搭載される。なお「アスリートジャスティ」シリーズ以下の下位シリーズには「エコディーゼル」が搭載されない。
  15. ^ 1999年(平成11年)発売。「エコディーゼル」は基本的に直噴式燃焼室を用いたディーゼルエンジンが採用されるが例外として田植機用に限り、唯一過流室式燃焼室を用いたディーゼルエンジンが採用されていた。2005年(平成17年)に製造および販売終了(現在10条はヰセキからのOEM。但し、現在でもエコディーゼルではないが、8条にディーゼル搭載機が存在する)。
  16. ^ 例として、前述の「エコディーゼル」の他に丸ハンドル(コンバイン用に限り一部航空機風のハンドルも存在する)を用いたクローラ機構「FDS(Fulltime Drive System)」(2011年現在一部のコンバイン、フルクローラー式トラクター、フルクローラー式乗用管理機に採用)や、静油圧+遊星歯車機構による電子制御油圧機械式無段変速機(I-HMT、2011年現在一部の乗用田植機、大型トラクター)など。
  17. ^ 1993年(平成5年)に乗用型の田植機(乗用6条植)で世界初の小型空冷単気筒ディーゼルエンジンを搭載した。
  18. ^ ヤンマー農機は1972年(昭和47年)に米国ジョンディア社と業務提携を結んでおり、2011年現在も米国ジョンディア社の大型トラクター(ただし日本国内専売機種の「JD1520(ヤンマー「エコトラUS PRO US501」OEM機種)」と「JD1620(ヤンマー「エコトラUS PRO US601」OEM機種)」は除く。この2機種に限り日本国内で製造されている)および自走式大型フォーレージハーベスタ(汎用コンバインの一種)等の農業機械の輸入販売を行っている。
  19. ^ かつてはシバウラ自身も自社開発のオリジナルのトラクターや管理機などを製造、販売していたが1991年(平成3年)に前述のとおり業務提携し、その後シバウラブランドは段階的に農業機械の分野から撤退する。
  20. ^ 2011年現在IHIシバウラはヤンマー農機のトラクターの委託製造を一部担当している(主に20馬力以上40馬力以下の小型トラクターが中心)。
  21. ^ 船外機船内外機船内機電気推進システムの全てを生産・販売している。
  22. ^ 最近ではヤマハ発動機とフィッシングボート「FZ30」(2006年(平成18年)4月発売)を、スズキマリンと23フィート型センターコンソーラーフィッシングボート「トップランJ・EF23B」(2008年(平成20年)5月発売)を、それぞれ共同開発している。
  23. ^ ヤンマーらしく、一部の小型の除雪機に小型の空冷・単気筒ディーゼルエンジンを搭載している。
  24. ^ 1970年代初頭に開発、そして販売してみたものの、当時購入したユーザーからは「振動は少ないものの、2サイクルエンジンのチェーンソーよりトルクが細く、粘り強さに欠ける」という意見が多かったため、短期間で販売打ち切りとなった。その後、このロータリーエンジンはヤマハの試作型オートバイ「RZ201」に搭載されるものの、丁度第1次オイルショックと重なり、製品化に至らなかった。
  25. ^ 「解雇は無効」元派遣社員がヤンマーを提訴 産経新聞 2009年3月12日
  26. ^ 所得隠し:ヤンマー、2年で2億円 大阪国税局指摘 毎日新聞 2009年9月29日
  27. ^ ヤンマーに1.2億円の申告漏れ指摘 大阪国税局 朝日新聞 2012年2月22日
  28. ^ ヤンマーに石綿含有で回収指示 大阪労働局 産経新聞 2010年5月6日
  29. ^ 参考画像
  30. ^ 両者共に駆動形式は既存のスバル・サンバー同様、リアエンジン・リアドライブ(RR)を用いており、2009年現在、日本の自動車史においてディーゼルエンジンを搭載して市販されたまったく類をみない軽自動車だった。

外部リンク