井関農機

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井関農機株式会社
ISEKI & CO., LTD.
ISEKI & CO., LTD. Head Office.JPG
井関農機本社事務所
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6310 1961年6月26日上場
略称 ヰセキ
本社所在地 日本の旗 日本
116-8541
東京都荒川区西日暮里5-3-14(本社事務所)
本店所在地 799-2692
愛媛県松山市馬木町700[1](本社・井関松山製造所内)
設立 1936年昭和11年)4月6日
業種 機械
事業内容 農業機械の製造販売 等
代表者 木村典之(代表取締役社長
資本金 233億44百万円
売上高 連結 1,493億円
単独 908億円
(2010年3月期)
純資産 連結 556億円
単独 504億円
(2010年3月31日現在)
総資産 連結 1,710億円
単独 1,232億円
(2010年3月31日現在)
従業員数 連結 6,470名、単独 746名
(2009年12月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)みずほ銀行 4.65%
農林中央金庫 3.77%
日本生命保険相互会社 3.12%
主要子会社 (株)井関松山製造所 100%
(株)井関熊本製造所 100%
(株)井関新潟製造所 100%
関係する人物 井関邦三郎(創業者)
外部リンク http://www.iseki.co.jp/
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井関農機株式会社(いせきのうき、: ISEKI & CO., LTD.)は、トラクター田植機コンバインなどの農業機械を製造する日本株式会社である。製品のブランドは「ヰセキ(ゐせき)[2]東京証券取引所第一部上場

概要[編集]

愛媛県松山市馬木町700にある本社が登記上の本店所在地[1]となっているが、実質的本社機能は東京都荒川区西日暮里5丁目3番14号の本社事務所にある。

農業機械の開発には実績がある。1960年代、日本の稲作に適した田植機、コンバインの開発競争があった際には、その競争のトップランナーであった。1966年自走自脱型コンバインと呼ばれる日本型のコンバイン「HD50」[3]を最初に開発し、発売した。1971年に発売された「さなえ」シリーズは非常に人気を博した田植機である[4]。その後も、1986年には田植機のロータリー植付け機構(田植機の大幅な高速化を実現)を採用した「さなえラブリー」、1999年にはコンバインのズームオーガを採用した「フロンティア ビバ」[5]2004年には路上走行(移動)時や各作業時に変速機のシフトチェンジを不要にした乗用車感覚のイージーオペレーションが特徴のトラクター「ジアスATシリーズ」(小型~中型トラクター)および「T.Japan(ティー・ジャパン) TJシリーズ」(大型トラクター)業界初の自動植付け機能を搭載した「さなえ PZシリーズ」を開発、発売し、画期的で革新的な発明[6]を世に出している。近年では構成部品の価格適正化のために、一部の部品を韓国のTYM(TONG YANG MOOLSAN)社より調達している。

1980年代の経営危機の後、創業家一族が退いた。2004年3月期決算では、1987年以来17期ぶりに、配当を実施した。農業機械の生産高は、クボタヤンマーヤンマーホールディングス、旧・ヤンマー農機)に次いで日本第3位。

旧・第一勧銀グループの一員である。

年表[編集]

主な製造・研究拠点[編集]

自社拠点[編集]

主要子会社拠点[編集]

宣伝・広報活動[編集]

かつてポルシェと提携したこともあり、1980年代前半にポルシェ956のレーシングチームのスポンサーとなり、「ヰセキポルシェ956」として参戦したこともあった。

マスコットキャラクター[編集]

提供スポンサーだった番組[編集]

かつて起用されていたCMキャラクター[編集]

  • 坂上二郎(コンバイン「太郎(2代目)」&「小太郎」シリーズ)
  • 桜田淳子(田植機「さなえ(3代目、4代目)」シリーズ)
  • 加山雄三(トラクター「耕太(初代、2代目)」TS、TLシリーズ[13]等&「耕二」TXシリーズ)
  • 新沼謙治(トラクター「耕太(2代目)」TU、TLシリーズ[14]等)
  • ジャンボ鶴田(コンバイン「太郎(3代目)」シリーズ)
  • ジャイアント馬場(コンバイン「太郎(3代目)」シリーズ)[15]
  • 小林綾子(田植機「さなえナイアガラ(5代目)」シリーズ、コンバイン「フロンティア(2代目)」[16]シリーズ)
  • 北大路欣也(コンバイン「フロンティア(2代目)」シリーズ、トラクター「ランドマックス」「ランドリーダー」「シアル(初代)」[17]シリーズ)
  • 池田政典(トラクター「ランドリーダー7」シリーズ他)

脚注[編集]

  1. ^ a b 井関農機株式会社・有価証券報告書 第88期
  2. ^ よく「セキ」と現代的な綴りで表示される場合も少なくないが、ブランド自体の正式な綴りは「セキ」となっている。現に地域販売店でも「ヰセキ」のブランド名を社名に使用している。
  3. ^ 登場時のブランドは「フロンティア」だったが、1972年に同社初の乗用全面刈コンバインの発売に伴い、「太郎」というブランドに改名ししばらくの間親しまれる。しかし1985年に再び「フロンティア」のブランドに回帰し今日に到る。
  4. ^ 1975年にCMキャラクターに当時、人気アイドル歌手だった桜田淳子を起用して大ヒットする。
  5. ^ 穀物を搬送する螺旋を伸縮可能にする機構。
  6. ^ これはライバル企業のヤンマーも同じ事がいえる。
  7. ^ エンジンはビクターオート社製の空冷単気筒2サイクルディーゼルエンジンが搭載されていた。
  8. ^ ホンダ・スーパーカブに類似した形態のビジネスバイクで、シリンダーヘッドのみ自然循環型水冷とした独自の空水冷2ストロークエンジンを採用。農協や農機販売店を中心に販促が行われ、OEM川崎航空機工業明石工場が担当した。
  9. ^ その後ポルシェ製トラクター「ポルシェ309トラクタ」および「ポルシェ329トラクタ」を参考にした国産トラクター「ヰセキトラクターTBシリーズ」(外見上は限りなく「ポルシェ329トラクタ」のコピーおよび縮小版に近い。「仮面ライダー」のニックネームがある)を1964年に開発・製造・販売する。ちなみにこの「TBシリーズ」には川崎航空機工業製の強制空冷2気筒4サイクルディーゼルエンジンが搭載されていた。さらに1970年には同社の「TBシリーズ」で培ったノウハウを活かし、いすゞ製水冷2気筒4サイクルディーゼルエンジンを搭載した後継シリーズであり基幹シリーズの「ヰセキトラクターTSシリーズ」に発展する。その後「TSシリーズ」は1975年にフルモデルチェンジに近い大規模なマイナーチェンジを実施し車体のカラーリングを赤色から青色に変更しバリエーションを拡大、いすゞ製水冷3気筒4サイクルディーゼルエンジンを30馬力以上の上位機種に搭載する。モデル末期には四輪駆動仕様やターボディーゼル仕様などが加わる。
  10. ^ 50ccはセルモーター搭載車を追加、55ccモデルの新設で計3車種に増加。OEM製造はペット50と同じく川重明石工場。
  11. ^ PDNS 業界紙記者の目 井関と三菱重工が協業 2009年10月閲覧
  12. ^ 井関農機ニュースリリース 三菱重工業とのディーゼルエンジン協業について(PDF) 2009年10月閲覧
  13. ^ TLシリーズに関しては前期モデルのCMのみ出演。
  14. ^ TLシリーズに関しては後期モデルの「レーダーマチック」篇のCMのみ出演。
  15. ^ 「全日本代表・ジャンボ太郎」篇のみのCM出演でジャンボ鶴田と共演した。
  16. ^ 最初期のCMのみ出演。
  17. ^ ただし「フロンティア(2代目)」は中期モデルのCMのみ出演、「シアル(初代)」は前期モデルのCMのみ出演。

関連項目[編集]

日本の農業機械製造業

その他

外部リンク[編集]