アンディ・マリー
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2015年ロジャーズカップにて | |||||||||||||
基本情報 | |||||||||||||
フルネーム | Andrew Barron Murray | ||||||||||||
愛称 | アンディ | ||||||||||||
国籍 | イギリス | ||||||||||||
出身地 | スコットランド・ダンブレーン | ||||||||||||
生年月日 | 1987年5月15日(36歳) | ||||||||||||
身長 | 190cm | ||||||||||||
体重 | 84kg | ||||||||||||
利き手 | 右 | ||||||||||||
バックハンド | 両手打ち | ||||||||||||
ツアー経歴 | |||||||||||||
デビュー年 | 2005年 | ||||||||||||
ツアー通算 | 37勝 | ||||||||||||
シングルス | 35勝 | ||||||||||||
ダブルス | 2勝 | ||||||||||||
生涯獲得賞金 | 63,749,674 アメリカ合衆国ドル | ||||||||||||
4大大会最高成績・シングルス | |||||||||||||
全豪 | 準優勝(2010・11・13・15・16) | ||||||||||||
全仏 | ベスト4(2011・14) | ||||||||||||
全英 | 優勝(2013) | ||||||||||||
全米 | 優勝(2012) | ||||||||||||
優勝回数 | 2(米1・英1) | ||||||||||||
4大大会最高成績・ダブルス | |||||||||||||
全豪 | 1回戦(2006) | ||||||||||||
全仏 | 2回戦(2006) | ||||||||||||
全英 | 1回戦(2005) | ||||||||||||
全米 | 2回戦(2008) | ||||||||||||
国別対抗戦最高成績 | |||||||||||||
デビス杯 | 優勝(2015) | ||||||||||||
ホップマン杯 | 準優勝(2010) | ||||||||||||
キャリア自己最高ランキング | |||||||||||||
シングルス | 2位(2009年8月17日) | ||||||||||||
ダブルス | 51位(2011年10月17日) | ||||||||||||
獲得メダル | |||||||||||||
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2016年2月1日現在 |
アンドリュー・バロン・"アンディ"・マリー [1](Andrew Barron "Andy" Murray, 1987年5月15日 - )は、スコットランド・ダンブレーン出身の男子プロテニス選手。「アンディ・マレー」とする表記もある。身長190cm、体重84kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
4大大会では、2012年全米・2013年ウィンブルドンの2度優勝(イギリス人選手77年ぶりの優勝者)、6度の準優勝経験がある。また、ロンドン五輪男子シングルス部門でイギリス勢104年ぶりの金メダリスト。マスターズ1000優勝11回。シングルス自己最高ランキングは2位。生涯獲得賞金ランキング歴代5位。
ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチと共にBIG4と称される。
1歳年上の兄ジェイミー・マリーもプロテニス選手で、ダブルスのスペシャリスト。
選手経歴
ジュニア時代
アンディ・マリーはスコットランドのナショナル・コーチを務めていた母親のジュディ・マリーの手ほどきにより、3歳からからテニスを始めた。8歳のときに通っていた小学校で児童16人、教員1人が射殺されたダンブレーン事件に遭遇し、机の下に隠れて難を逃れている[2]。少年時代はサッカーでも才能があり、スコットランドの名門サッカークラブ「グラスゴー・レンジャーズ」からスカウトを受けたこともあるが、職業としてテニスに専念する。
2003年からATPチャレンジャーツアー、フューチャーズサーキットに出場し始める。彼の初大会であるマンチェスターチャレンジャーでベスト8入り。グラスゴーフューチャーズで初タイトルを獲得した。エディンバラフューチャーズでもベスト4入り[3]。2004年7月にノッティンガムのチャレンジャー大会に出場するも2回戦でジョー=ウィルフリード・ツォンガに敗れる。ハティバとローマの大会には優勝した。
2004年9月、全米オープンの男子ジュニアシングルス部門で優勝。オーストリア戦のデビスカップ代表に選ばれるも出場はなかった。この年BBC Young Sports Personality of the Yearを受賞。2003年には世界ジュニアランキングでシングルス6位、ダブルス8位。2004年には2位にランクインした[4]。
2005年-2007年 世界15位入り
2005年全仏オープンまではジュニア選手の大会にも出場したが、この年からプロテニス選手として本格的な活動を始め、地元のウィンブルドン選手権大会で4大大会の本戦にデビューした。初出場のウィンブルドンでダビド・ナルバンディアン(アルゼンチン)との3回戦に勝ち進み、マリーはイギリスの新しい才能として期待を集めた。続く全米オープンでは2回戦でアルノー・クレマン(フランス)に敗れたが、9月末にタイ・バンコク大会で初のツアー大会決勝進出を果たす。2005年末には世界ランキングを一気に64位まで上げ、10代の男子テニス選手としてはノバク・ジョコビッチ(セルビア)に続く高いポジションにつけた。
2006年2月13日、アンディ・マリーはアメリカ・カリフォルニア州サンホセ大会の決勝でレイトン・ヒューイットを 2-6, 6-1, 7-6 で破り、18歳9ヶ月でツアー初優勝を果たす。4大大会でも、2度目のウィンブルドンでは3回戦でアンディ・ロディックとの“アンディ対決”を 7-6, 6-4, 6-4 で制してさらに評価を高めたが、4回戦でキプロスのマルコス・バグダティスに 3-6, 4-6, 6-7 のストレートで敗れた。8月のシンシナティ・マスターズでは、2回戦で当時ランク1位のロジャー・フェデラーに勝利する大金星を挙げ、2006年シーズンにナダル以外で、フェデラーから勝利をあげた唯一の選手となった。全米オープンで第17シードを得たマリーは、ニコライ・ダビデンコ(ロシア)との4回戦まで勝ち進み、一気に世界ランキング16位まで上昇した。
2007年全豪オープンで第15シードを得たマリーは、4回戦で第2シードのラファエル・ナダル(スペイン)に 7-6, 4-6, 6-4, 3-6, 1-6 のフルセットで惜敗した。2月にサンホセ大会で2連覇を達成し、10月第3週のロシア・サンクトペテルブルク大会でツアー3勝目を挙げた。他にもマスターズでは2度ベスト4に残った。
2008年 マスターズ優勝 グランドスラム決勝進出
2008年のシーズンに入り、マリーは5つのシングルス優勝を加えた。ウィンブルドンでは初めて準々決勝に駒を進めたが、ナダルに 3-6, 2-6, 4-6 のストレートで完敗した。ウィンブルドン終了後、7月末の「シンシナティ・マスターズ」では第8シードで出場。サム・クエリー、ドミトリー・トゥルスノフ、カルロス・モヤ、イボ・カロビッチを破り決勝進出。決勝で第3シードで同い年のジョコビッチを破り、ATPマスターズシリーズ初優勝を達成。
全米オープンでは第6シードとしてセルヒオ・ロイトマン、ミカエル・ロドラ、ユルゲン・メルツァー 、スタニスラス・ワウリンカに勝利。準決勝で世界ランキング1位のナダルを 6-2, 7-6, 4-6, 6-4 で破って決勝進出を決めた。初進出の決勝戦では、第2シードのフェデラーに 2-6, 5-7, 2-6 で敗れて準優勝になった。10月のマドリード・マスターズでは第4シードで出場。シモーネ・ボレッリ、マリン・チリッチ、ガエル・モンフィス、第2シードのフェデラーを破り決勝進出。決勝ではジル・シモンを6-4, 7-6で勝利し優勝。マスターズ2勝目を挙げる。年間最終戦であるテニス・マスターズ・カップに初出場。フェデラー、ロディック、ジル・シモンに勝利し3勝0敗でラウンドロビン通過するも準決勝でダビデンコに敗北。最終的には世界ランキング4位で終える。
2009年 世界ランキング2位
5月のインディアンウェルズ・マスターズでは第4シードで出場。トミー・ロブレド、イワン・リュビチッチ、第2シードのフェデラーを破り決勝でラファエル・ナダルに敗れ準優勝。第4シードで出場したマイアミ・マスターズではフェルナンド・ベルダスコ、フアン・マルティン・デル・ポトロ、ジョコビッチを倒し優勝。マスターズ3勝目を挙げる。ウィンブルドン選手権では、地元の期待を背負いながら初の準決勝に進出したが、第6シードのロディックに 4-6, 6-4, 6-7(7-9), 6-7(5-7) で敗れて決勝進出を逃した。
ロジャーズ・カップでは第3シードで出場。フアン・カルロス・フェレーロ、ダビデンコ、ジョー=ウィルフリード・ツォンガ、デル・ポトロを倒し優勝。マスターズ4勝目を挙げた。同年8月17日付の男子ツアーシングルス世界ランキングで、マリーは初めて「2位」にランクされ、両膝の故障で戦線を離脱していたナダルを抜いた。しかし、前年度に準優勝の成績を出した全米オープンでは4回戦でマリン・チリッチ(クロアチア)に敗れ、ここでいったん世界ランキングが後退した。年末ランキングでは2年連続4位となる。 フェデラー/ナダル2強に対して、2008年全豪優勝ジョコビッチ、2009年全仏準優勝セーデリング、2009年最終戦優勝ダビデンコ、2009年全米優勝デル・ポトロ共に次世代No.1候補になった年である。
2010年 2度のマスターズ優勝 全豪決勝進出
ホップマンカップではローラ・ロブソンとペアを組み出場。カザフスタン、ドイツ、ロシアを倒し決勝進出するも決勝でスペインに敗れる。2010年の全豪オープンでは、ジョン・イスナー、第2シードのナダル、マリン・チリッチを倒し、イギリス人男子選手として1977年12月のジョン・ロイド以来33年ぶりの決勝進出を決めた。(1977年度の全豪オープンは、年頭の1月開催と年末の12月開催の2度行われ、ロイドの決勝進出は年末開催のイベントだった。)この決勝戦でも再びフェデラーに 3-6, 4-6, 6-7(11-13) のストレートで敗れ、初優勝はならなかった。
全仏オープンでは4回戦でトマーシュ・ベルディハに敗れる。ウィンブルドンではジル・シモン、サム・クエリー、ジョー=ウィルフリード・ツォンガに勝利しナダルに敗れるも2年連続ベスト4入り。ロジャース・カップではガエル・モンフィス、ダビド・ナルバンディアン、第1シードのナダルらを破り決勝進出。決勝ではフェデラーを7-5, 7-5で勝利し2連覇達成。全米オープンはマリン・チリッチに敗れ4回戦敗退。上海マスターズではジェレミー・シャルディー、ジョー=ウィルフリード・ツォンガ、フアン・モナコらを破り決勝進出。決勝でフェデラーに6-3, 6-2で勝利しマスターズ6勝目を挙げる。2010年ツアーで5360ポイントを稼ぎ第5位の成績でATPワールドツアー・ファイナルに出場。ラウンドロビンはフェデラーに敗れるもロビン・セーデリング、ダビド・フェレールに勝利し準決勝進出。準決勝でナダルに6-7, 6-3, 6-7で敗れる。
2011年 2度のマスターズ優勝 連続ベスト4入り
全豪オープンで2年連続となる決勝に進出したが、ジョコビッチに 4–6, 2–6, 3–6 のストレートで敗れ4大大会3度目の準優勝となった。年末世界ランキング3年連続4位となる。
マリーは全仏オープンで初めてのベスト4に進出したが、ナダルに 4-6, 5-7, 4-6 で敗れた。 ウィンブルドン選手権で3年連続の準決勝に進出したが、またもナダルに 7-5, 2-6, 2-6, 4-6 で敗れた。 ウィンブルドン後のデビスカップではルクセンブルクのローラン・ブランに6-0, 6-0, 6-0で勝利し、オープン化後以降8人目のトリプルベーグル達成者となった。 マスターズ1000では第4シードで出場したシンシナティ・マスターズではジル・シモン、マーディ・フィッシュらを倒し決勝進出。決勝では第1シードのジョコビッチに勝利し3年ぶりの優勝。 全米オープンでも準決勝に進出し、2011年の4大大会全てでベスト4以上に進出したが、準決勝でナダルに 4-6, 2-6, 6-3, 2-6 で敗れた。年間での4大大会すべてベスト4入りは男子史上7人目。
秋のアジアシリーズではバンコク・東京で2大会連続優勝を果たし、第2シードで出場した上海マスターズはスタン・ワウリンカ、マシュー・エブデン、錦織圭らを倒し決勝進出。決勝ではダビド・フェレールに7-5, 6-4で勝利し優勝。しかし最終戦のATPワールドツアー・ファイナルではフェレールとの1試合目を落とした後、太もも付け根の負傷のため大会を棄権した。最終世界ランキング4年連続4位となる。
2012年 悲願のグランドスラム優勝 オリンピック金メダル BIG4へ
2012年度より、コーチとして往年の名選手でもあるイワン・レンドルを招聘した。全豪オープンでは準々決勝で錦織圭に 6-3, 6-3, 6-1 で快勝したが、準決勝でジョコビッチに 3-6, 6-3, 7-6(4), 1-6, 5-7 で競り負けた。ウィンブルドンでは、イギリス人選手としては74年ぶりの決勝進出を果たすも、フェデラーに 6-4, 5-7, 3-6, 4-6で敗れ、1936年大会のフレッド・ペリー以来の優勝を逃した。それでも、続くロンドンオリンピックではスタニスラス・ワウリンカ、ヤルコ・ニエミネン、マルコス・バグダティス、ニコラス・アルマグロ、ジョコビッチを倒し決勝進出。決勝でフェデラーを6-2, 6-1, 6-4で破り、地元開催のオリンピックで金メダルを獲得した。イギリス人選手の金メダリストはジョシア・リッチー以来104年ぶりとなる。また、ローラ・ロブソンとのペアで出場した混合ダブルスでは銀メダルを獲得した。
全米オープンではアレックス・ボゴモロフ・ジュニア、イワン・ドディグ、フェリシアーノ・ロペス、ミロシュ・ラオニッチ、マリン・チリッチ、トマーシュ・ベルディハを倒し決勝進出。決勝でジョコビッチを7-6, 7-5, 2-6, 3-6, 6-2全米決勝史上最長タイの4時間54分に及ぶ激闘を制し、4大大会5度目・初の決勝進出から4年越しでの悲願のグランドスラムタイトルを手に入れた。その後の上海マスターズでは決勝でジョコッビッチに7-5, 6-7, 3-6とマッチポイントを握るも敗退し3連覇とはならなかった。ATPワールドツアー・ファイナルではトマーシュ・ベルディハ、ジョー=ウィルフリード・ツォンガに勝利しラウンドロビンを突破するも準決勝でフェデラーに敗退した。最終世界ランキングで初めてナダルを上回り3位となる。
2013年 77年ぶりのウィンブルドン優勝
2013年年初に行われたブリスベン国際では、決勝で若手のグリゴール・ディミトロフを下し2連覇。全豪オープンでは、準決勝でフェデラーにフルセットで勝利したが、決勝ではジョコビッチにセットカウント1-3で敗退し準優勝に終わる。3月のソニー・エリクソン・オープンでは第2シードで出場。バーナード・トミック、グリゴール・ディミトロフ、アンドレアス・セッピ、マリン・チリッチ、リシャール・ガスケを破り決勝進出。決勝でフェレールを2-6, 6-4, 7-6で下し2009年以来4年ぶりの優勝。またマスターズ1000の優勝は2011年上海マスターズ以来となる。
クレーコートシーズンのマスターズ3大会は、2回戦敗退や3回戦敗退など早期敗退が目立った。全仏オープンは腰の痛みにより欠場し、4大大会連続決勝進出も3大会でストップ。9大会連続ベスト8入りもストップした。復帰後のエイゴン選手権決勝でマリン・チリッチを下しシーズン3勝目を挙げた。 ウィンブルドンでは、ベンヤミン・ベッカー、盧彦勳、トミー・ロブレド、ミハイル・ユージニー、フェルナンド・ベルダスコ、イェジ・ヤノヴィッツを倒し決勝進出。決勝戦でジョコビッチをセットカウント3-0(6-4、7-5、6-4)で破り、1936年のフレッド・ペリー以来77年ぶりとなる悲願の地元グランドスラム優勝を達成した。最終世界ランキングは自身5回目となる4位につける。
2014年 怪我による不調
1月22日、第4シードで臨んだ全豪オープンでは準々決勝で第6シードのフェデラーに敗れベスト8。6月7日、全仏オープンでは大会第1シードのナダルに6-3、6-2、6-1で敗退しベスト4。7月3日、前回王者として望んだ2014年ウィンブルドン選手権では準々決勝で第11シードのグリゴール・ディミトロフに敗れベスト8に終わる。ウィンブルドンでベスト4に上がれなかったのは2008年以来6年ぶり。9月4日、全米オープンに大会準々決勝で第1シードのノバク・ジョコビッチに敗れベスト8。9月28日、深センオープンでトミー・ロブレドを5-7, 7-6, 6-1で下し、昨年のウィンブルドン選手権以来、1年以上ぶりに優勝した。10月19日バレンシア・オープン500でフェレールとの接戦を制し、5-7, 6-2, 7-5で勝利しての優勝。ATPポイントで11位から8位に浮上。10月26日、バレンシアでシングルス決勝でトミー・ロブレドに3-6, 7-6, 7-6で競り勝ち、シングルス通算31回目のタイトルを手にした。ATPポイントで5位に浮上。その他ATPワールドツアー・マスターズ1000では5つのベスト8を飾り世界6位の成績で自身7度目の選出となるATPワールドツアー・ファイナル出場を決めた。
2015年 全豪での再躍進、クレーコートでの初優勝、デビスカップ初優勝、自身初の年間最終2位
2015年 全豪オープンでグリゴール・ディミトロフ、ニック・キリオス、トマーシュ・ベルディハらを破り2年ぶり4度目の決勝進出。決勝でノバク・ジョコビッチに敗れ、グランドスラムでは6回目の準優勝となった。全豪での準優勝4回はオープン化以降最多記録[5]。2月23日、世界ランキングでナダルを上回り、2013年10月以来の世界3位となった。3月19日、BNPパリバ・オープンシングルス準々決勝が行われ第12シードのフェリシアーノ・ロペスを6-3, 6-4のストレートで下し、6年ぶり2度目のベスト4進出。この勝利により通算497勝目をあげ、ティム・ヘンマンを抜きオープン化以降イギリス人選手最多勝利を記録した[6]。3月31日、マイアミ・オープン4回戦で第15シードのケビン・アンダーソンを6-4, 3-6, 6-3のフルセットで下し、ベスト8進出したと共に、オープン化以降46人目となるキャリア500勝を達成した。同大会2009, 2013年優勝のマリーは4年連続6度目のベスト8進出となる[7]。決勝まで進むもジョコビッチに敗れた。
5月でのBMWオープンで決勝において地元ドイツ出身のフィリップ・コールシュライバーを7-6, 5-7, 7-6のフルセットで下し、自身初のクレーコート大会での優勝を飾った。 その翌週のマドリード・オープンでは準決勝で昨年準優勝の錦織圭に勝利。決勝では大会2連覇中のナダルを6-3, 6-2で勝利し大会2008年ぶり2度目・マスターズ1000では2年ぶり10回目の優勝。マスターズ1000のクレーコートでの優勝は初。またナダルにはクレーコートでの初勝利を挙げた[8]。BNLイタリア国際では連戦による疲労のため3回戦の前に棄権した。全仏オープンでは準々決勝でフェレールにクレーコートで初勝利し、2年連続のベスト4進出、準決勝ではジョコビッチに3-6, 3-6, 7-5, 7-5, 1-6のフルセットで敗れた。
6月のエイゴン選手権では決勝でケビン・アンダーソンを破り優勝、ウィンブルドン選手権ではイボ・カルロビッチ、バセク・ポシュピシルらを破りベスト4に進出するも準決勝でフェデラーに5-7, 5-7, 4-6のストレートで敗れた。8月のシティ・オープンでは第1シードで出場するも初戦でティムラズ・ガバシュビリに4-6, 6-4, 6-7(4-7)で敗れ、2年ぶりの初戦敗退を喫した。翌週のロジャーズ・カップでは、準々決勝で前回王者のジョー=ウィルフリード・ツォンガに6-4, 6-4で、準決勝で錦織圭に6-3, 6-0で勝利、決勝でジョコビッチに6-4, 4-6, 6-3で勝利し同大会5年ぶりの優勝を果たし、世界ランキングは2013年8月以来約2年ぶりの2位となった。翌週のシンシナティ・マスターズでは3回戦でグリゴール・ディミトロフに4-6, 7-6(7-3), 5-2と追い込まれるもそこから5ゲーム連取し勝利、準々決勝のリシャール・ガスケ戦でも4-6, 6-1, 6-4と苦しい立ち上がりながら準決勝に進出、しかし準決勝でフェデラーに4-6, 6-7(6-8)で敗れた。全米オープンでは4回戦でケビン・アンダーソンに6-7(5-7), 3-6, 7-6(7-2), 6-7(0-7)で敗れた。上海マスターズでは準決勝でジョコビッチに1-6, 3-6で敗れた。BNPパリバ・マスターズでは決勝に進出し、ジョコビッチに2-6, 4-6で敗れたが、レースランキングで2位となり、ATPワールドツアー・ファイナルに第2シードでの出場が決まった。ATPワールドツアー・ファイナルでは初戦でフェレールに6–4, 6–4で勝利するも、第2戦でナダルに4-6, 1-6で、第3戦でワウリンカに6-7, 4-6で敗れ、2年連続のラウンドロビン敗退となった。しかし、世界ランキング3位のフェデラーが優勝できなかったため、自身初の年間最終2位となった。
デビスカップ2015ではイギリス代表のエースとして活躍。初戦のアメリカ戦ではドナルド・ヤングとエースのジョン・イズナーに勝利し、準々決勝進出に貢献。準々決勝のフランス戦では第2戦のジョー=ウィルフリード・ツォンガ戦に勝利。第3戦のダブルスでは兄のジェイミー・マリーと組み、ニコラ・マユ/ジョー=ウィルフリード・ツォンガ組に勝利、第4戦のジル・シモン戦も勝利し、準決勝進出を決める。準決勝のオーストラリア戦では第1戦でタナシ・コキナキスに勝利。第3戦のダブルスでは再び兄ジェイミーと組み、サム・グロス/レイトン・ヒューイット組と対戦。フルセットにもつれるも、4-6, 6-3, 6-4, 6-7(6), 6-4で勝利。第4戦でバーナード・トミックに7-5, 6-3, 6-2で勝利し、イギリスを1978年以来の決勝に導いた。決勝のベルギー戦では第2戦でルーベン・ベーメルマンスに6-3, 6-2, 7-5で勝利。第3戦のダブルスでは三度兄ジェイミーと組み、スティーブ・ダルシス/ダビド・ゴファン組と対戦し6-4, 4-6, 6-3, 6-2で勝利。第4戦でベルギーのエースのゴファンに6-3, 7-5, 6-3で勝利し、イギリスに79年ぶりのデビスカップ優勝をもたらした。また、デビスカップで出場全試合勝利で優勝した。シングルス8勝は1983年のマッツ・ビランデル以来。
2016年
全豪オープンでは第2シードで出場。大会前より2月に第1子が出産予定のため、出産が早まった場合全豪を途中棄権することを表明していた[9]。準決勝でミロシュ・ラオニッチに4-6, 7-5, 6-7(4), 6-4, 6-2で4時間3分の試合を制し、2年連続5度目の決勝進出。決勝でノバク・ジョコビッチと4度目の対戦で1-6, 5-7, 6-7(3)で敗れ、5度目の準優勝。 2月7日に第1子が誕生[10]。
3月のデビスカップからツアーに復帰し、日本と対戦し、第4試合で錦織圭と7-5, 7-6(6), 3-6, 4-6, 6-3の4時間54分の激戦を演じた。 インディアンウェルズ・マスターズでは3回戦でフェデリコ・デルボニスに4-6, 6-4, 6-7(3)で敗れた。マイアミ・オープンでは3回戦でグリゴール・ディミトロフに7-6(1), 4-6, 3-6で敗れた。
ナショナル・アイデンティティ
イギリスには難しい民族の問題が数多くある。その1つに、スコットランド人とイングランド人の間の敵対感情があり、迫害された歴史からスコットランド人のなかには自らをイギリス人と思わない人々も存在する。1936年以来76年ぶりのイギリス人としての優勝が期待された2012年ウィンブルドン選手権の決勝では、会場にユニオン・ジャックに負けない数のセント・アンドリュー・クロス 旗が翻った。
しかし、マリーは自身を「スコットランド人であるけれども、イギリス人でもある(Scottish, but also British.)」と認識している。BBCのインタビューでは、「もともと僕の家はニューカッスルから移ってきた一家で、自分は4分の1イングランドの血が入っている。それにコーチはスコットランド人だけれど、ガールフレンドはイングランド人なんだよ」と答えている[11]。
2014年9月18日に行われるスコットランド独立住民投票について「スコットランドにとって大いなる日。結果にわくわくしている。決行しよう」と賛成票を当日ツイッターで呼びかけた(マリー自身は投票時点ではロンドン近郊に在住しており、投票権を持たない)。
プレースタイル
ミスの少ないグランドストローク、予測・反応に長けた守備と攻撃に切り替えるスピードが武器のカウンターパンチャー。その速く的確な守備により守備位置からウィニングショットを打つことができる[12] [13]。彼のプレイはミロスラフ・メチージュに通じると言われている。
ダイナミックなストローク、両手バックハンドは最高レベルの1人。ティム・ヘンマンはマリーはレイトン・ヒューイットに次ぐ最高のロブを持っていると述べている[14]。リターナーとしても優秀で予測能力とリーチの長さでサービスエースを阻止できる[15]。またマリーはもっともインテリジェントな戦術家の1人として知られている[16]。
肉体維持のため、試合後1時間以内にプレーで失われた炭水化物とタンパク質の補給に寿司を食べている[17]。
記録
※オープン化以降
- オリンピック金メダルと全米オープン優勝の2冠
- 2012年に記録。史上唯一。
- 全豪オープン最多準優勝「5回」
- 2010–2016 最多記録。
- グランドスラム準決勝連続進出記録「5」
- 2011年全豪–12全豪 歴代5位タイ記録
- グランドスラム ベスト8連続進出記録「9」
- 2011年全豪-2013年全豪。歴代7位記録。
- また、2013年全仏を挟んで2013ウィンブルドンからも記録を更新しておりこちらは現在歴代8位タイ記録。
- 年間で4大大会全ての準決勝に進出
- 2011年に記録。史上6人目
- 上海マスターズ優勝「2回」
- ノバク・ジョコビッチとタイ記録。
- 上海マスターズ決勝進出「3回」
- 上海マスターズ「2連覇」
- ノバク・ジョコビッチとタイ記録。
- 上海マスターズ決勝進出「3連続」
- 6–0, 6–0, 6–0で勝利
- デビスカップ2011ルクセンブルク戦、対ローラン・ブラン戦。ステファン・エドベリら9人も記録。
- オリンピック1大会でメダル獲得「2個」
- マイク・ブライアンら6人とタイ記録。
- デビスカップ出場全試合勝利(シングルス8勝、ダブルス3勝)
- デビスカップ2015で記録。シングルス8勝は1982年のジョン・マッケンロー、1983年のマッツ・ビランデルに次いで3人目[18]。計11勝は1982年のジョン・マッケンローの12勝に次いで2番目。
主要大会決勝
グランドスラム決勝
シングルス: 9 (2タイトル, 7準優勝)
結果 | No. | 年 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
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準優勝 | 1. | 2008年 | 全米オープン | ハード | ロジャー・フェデラー | 2–6, 5–7, 2–6 |
準優勝 | 2. | 2010年 | 全豪オープン | ハード | ロジャー・フェデラー | 3–6, 4–6, 6–7(11-13) |
準優勝 | 3. | 2011年 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 4–6, 2–6, 3–6 |
準優勝 | 4. | 2012年 | ウィンブルドン | 芝 | ロジャー・フェデラー | 6–4, 5–7, 3–6, 4–6 |
優勝 | 1. | 2012年 | 全米オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–6(12-10), 7–5, 2–6, 3–6, 6–2 |
準優勝 | 5. | 2013年 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–6(7-2), 6–7(3-7), 3–6, 2–6 |
優勝 | 2. | 2013年 | ウィンブルドン | 芝 | ノバク・ジョコビッチ | 6–4, 7–5, 6–4 |
準優勝 | 6. | 2015年 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6-7(5-7), 7-6(7-4), 3-6, 0-6 |
準優勝 | 7. | 2016年 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 1-6, 5-7, 6-7(3-7) |
マスターズ1000決勝
シングルス: 16 (11タイトル, 5準優勝)
結果 | No. | 年 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|---|
優勝 | 1. | 2008年 | シンシナティ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–6(4), 7–6(5) |
優勝 | 2. | 2008年 | マドリード | ハード (室内) | ジル・シモン | 6–4, 7–6(6) |
準優勝 | 1. | 2009年 | インディアンウェルズ | ハード | ラファエル・ナダル | 1–6, 2–6 |
優勝 | 3. | 2009年 | マイアミ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6–2, 7–5 |
優勝 | 4. | 2009年 | モントリオール | ハード | フアン・マルティン・デル・ポトロ | 6–7(4), 7–6(3), 6–1 |
優勝 | 5. | 2010年 | トロント | ハード | ロジャー・フェデラー | 7–5, 7–5 |
優勝 | 6. | 2010年 | 上海 | ハード | ロジャー・フェデラー | 6–3, 6–2 |
優勝 | 7. | 2011年 | シンシナティ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6–4, 3–0 途中棄権 |
優勝 | 8. | 2011年 | 上海 | ハード | ダビド・フェレール | 7–5, 6–4 |
準優勝 | 2. | 2012年 | マイアミ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 1–6, 6–7(4) |
準優勝 | 3. | 2012年 | 上海 | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–5, 6–7(11), 3–6 |
優勝 | 9. | 2013年 | マイアミ | ハード | ダビド・フェレール | 2–6, 6–4, 7–6(1) |
準優勝 | 4. | 2015年 | マイアミ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6-7(3), 6-4, 0-6 |
優勝 | 10. | 2015年 | マドリード | クレー | ラファエル・ナダル | 6-3, 6-2 |
優勝 | 11. | 2015年 | モントリオール | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6–4, 4–6, 6-3 |
準優勝 | 5. | 2015年 | パリ | ハード (室内) | ノバク・ジョコビッチ | 2–6, 4-6 |
ダブルス: 1 (1準優勝)
結果 | 年 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|---|
準優勝 | 2013年 | モントリオール | ハード | コリン・フレミング | アレクサンダー・ペヤ ブルーノ・ソアレス |
4–6, 6–7(4) |
オリンピック決勝
シングルス: 1 (1 金メダル)
結果 | 年 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|
優勝 | 2012年 | ロンドン五輪 | 芝 | ロジャー・フェデラー | 6–2, 6–1, 6–4 |
混合ダブルス: 1 (1 銀メダル)
結果 | 年 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|---|
準優勝 | 2012年 | ロンドン五輪 | 芝 | ローラ・ロブソン | ビクトリア・アザレンカ マックス・ミルヌイ |
6–2, 3–6, [8–10] |
デビスカップ
優勝 (1)
年 | イギリスチーム | ラウンド/相手 |
---|---|---|
2015年 | アンディ・マリー ジェームズ・ウォード ダン・エバンス カイル・エドマンド ジェイミー・マリー ドミニク・イングロット |
1R: イギリス 3–2 アメリカ QF: イギリス 3–1 フランス SF: イギリス 3–2 オーストラリア FN: ベルギー 1–3 イギリス |
ATPツアー決勝進出結果
シングルス: 53回 (35勝18敗)
|
|
結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|---|
準優勝 | 1. | 2005年10月1日 | バンコク | ハード (室内) | ロジャー・フェデラー | 3–6, 5–7 |
優勝 | 1. | 2006年2月19日 | サンノゼ | ハード (室内) | レイトン・ヒューイット | 2–6, 6–1, 7–6(3) |
準優勝 | 2. | 2006年8月6日 | ワシントンD.C. | ハード | アルノー・クレマン | 6–7(4), 2–6 |
準優勝 | 3. | 2007年1月6日 | ドーハ | ハード | イワン・リュビチッチ | 4–6, 4–6 |
優勝 | 2. | 2007年2月18日 | サンノゼ | ハード (室内) | イボ・カロビッチ | 6–7(3), 6–4, 7–6(2) |
準優勝 | 4. | 2007年10月7日 | メス | ハード (室内) | トミー・ロブレド | 6–0, 2–6, 3–6 |
優勝 | 3. | 2007年10月28日 | サンクトペテルブルク | カーペット (室内) | フェルナンド・ベルダスコ | 6–2, 6–3 |
優勝 | 4. | 2008年1月5日 | ドーハ | ハード | スタニスラス・ワウリンカ | 6–4, 4–6, 6–2 |
優勝 | 5. | 2008年2月17日 | マルセイユ | ハード (室内) | マリオ・アンチッチ | 6–3, 6–4 |
優勝 | 6. | 2008年8月3日 | シンシナティ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–6(4), 7–6(5) |
準優勝 | 5. | 2008年9月8日 | 全米オープン | ハード | ロジャー・フェデラー | 2–6, 5–7, 2–6 |
優勝 | 7. | 2008年10月19日 | マドリード | ハード (室内) | ジル・シモン | 6–4, 7–6(6) |
優勝 | 8. | 2008年10月26日 | サンクトペテルブルク | ハード (室内) | アンドレイ・ゴルベウ | 6–1, 6–1 |
優勝 | 9. | 2009年1月10日 | ドーハ | ハード | アンディ・ロディック | 6–4, 6–2 |
優勝 | 10. | 2009年2月15日 | ロッテルダム | ハード (室内) | ラファエル・ナダル | 6–3, 4–6, 6–0 |
準優勝 | 6. | 2009年3月22日 | インディアンウェルズ | ハード | ラファエル・ナダル | 1–6, 2–6 |
優勝 | 11. | 2009年4月5日 | マイアミ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6–2, 7–5 |
優勝 | 12. | 2009年6月14日 | ロンドン | 芝 | ジェームズ・ブレーク | 7–5, 6–4 |
優勝 | 13. | 2009年8月16日 | モントリオール | ハード | フアン・マルティン・デル・ポトロ | 6–7(4), 7–6(3), 6–1 |
優勝 | 14. | 2009年11月8日 | バレンシア | ハード (室内) | ミハイル・ユージニー | 6–3, 6–2 |
準優勝 | 7. | 2010年1月31日 | 全豪オープン | ハード | ロジャー・フェデラー | 3–6, 4–6, 6–7(11) |
準優勝 | 8. | 2010年8月1日 | ロサンゼルス | ハード | サム・クエリー | 7–5, 6–7(2), 3–6 |
優勝 | 15. | 2010年8月15日 | トロント | ハード | ロジャー・フェデラー | 7–5, 7–5 |
優勝 | 16. | 2010年10月17日 | 上海 | ハード | ロジャー・フェデラー | 6–3, 6–2 |
準優勝 | 9. | 2011年1月30日 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 4–6, 2–6, 3–6 |
優勝 | 17. | 2011年6月13日 | ロンドン | 芝 | ジョー=ウィルフリード・ツォンガ | 3–6, 7–6(2), 6–4 |
優勝 | 18. | 2011年8月21日 | シンシナティ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6–4, 3–0 途中棄権 |
優勝 | 19. | 2011年10月2日 | バンコク | ハード (室内) | ドナルド・ヤング | 6–2, 6–0 |
優勝 | 20. | 2011年10月9日 | 東京 | ハード | ラファエル・ナダル | 3–6, 6–2, 6–0 |
優勝 | 21. | 2011年10月16日 | 上海 | ハード | ダビド・フェレール | 7–5, 6–4 |
優勝 | 22. | 2012年1月8日 | ブリスベン | ハード | アレクサンドル・ドルゴポロフ | 6–1, 6–3 |
準優勝 | 10. | 2012年3月3日 | ドバイ | ハード | ロジャー・フェデラー | 5–7, 4–6 |
準優勝 | 11. | 2012年4月1日 | マイアミ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 1–6, 6–7(4) |
準優勝 | 12. | 2012年7月8日 | ウィンブルドン | 芝 | ロジャー・フェデラー | 6–4, 5–7, 3–6, 4–6 |
優勝 | 23. | 2012年8月5日 | ロンドン五輪 | 芝 | ロジャー・フェデラー | 6–2, 6–1, 6–4 |
優勝 | 24. | 2012年9月10日 | 全米オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–6(10), 7–5, 2–6, 3–6, 6–2 |
準優勝 | 13. | 2012年10月14日 | 上海 | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–5, 6–7(11), 3–6 |
優勝 | 25. | 2013年1月6日 | ブリスベン | ハード | グリゴル・ディミトロフ | 7–6(0), 6–4 |
準優勝 | 14. | 2013年1月27日 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 7–6(2), 6–7(3), 3–6, 2–6 |
優勝 | 26. | 2013年3月31日 | マイアミ | ハード | ダビド・フェレール | 2–6, 6–4, 7–6(1) |
優勝 | 27. | 2013年6月16日 | ロンドン | 芝 | マリン・チリッチ | 5–7, 7–5, 6–3 |
優勝 | 28. | 2013年7月7日 | ウィンブルドン | 芝 | ノバク・ジョコビッチ | 6–4, 7–5, 6–4 |
優勝 | 29. | 2014年9月28日 | 深圳 | ハード | トミー・ロブレド | 5–7, 7–6(9), 6–1 |
優勝 | 30. | 2014年10月18日 | ウィーン | ハード (室内) | ダビド・フェレール | 5–7, 6–2, 7–5 |
優勝 | 31. | 2014年10月25日 | バレンシア | ハード (室内) | トミー・ロブレド | 3–6, 7–6(7), 7–6(8) |
準優勝 | 15. | 2015年2月1日 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6-7(5), 7-6(4), 3-6, 0-6 |
準優勝 | 16. | 2015年4月5日 | マイアミ | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6-7(3), 6-4, 0-6 |
優勝 | 32. | 2015年5月4日 | ミュンヘン | クレー | フィリップ・コールシュライバー | 7-6(4), 5-7, 7-6(4) |
優勝 | 33. | 2015年5月10日 | マドリード | クレー | ラファエル・ナダル | 6-3, 6-2 |
優勝 | 34. | 2015年6月21日 | ロンドン | 芝 | ケビン・アンダーソン | 6–3, 6–4 |
優勝 | 35. | 2015年8月16日 | モントリオール | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 6–4, 4–6, 6-3 |
準優勝 | 17. | 2015年11月8日 | パリ | ハード (室内) | ノバク・ジョコビッチ | 2-6, 4-6 |
準優勝 | 18. | 2016年1月31日 | 全豪オープン | ハード | ノバク・ジョコビッチ | 1-6, 5-7, 6-7(3-7) |
ダブルス: 4回 (2勝2敗)
結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|---|---|
準優勝 | 1. | 2006年10月1日 | バンコク | ハード (室内) | ジェイミー・マリー | ジョナサン・エルリック アンディ・ラム |
2–6, 6–2, [4–10] |
優勝 | 1. | 2010年11月7日 | バレンシア | ハード (室内) | ジェイミー・マリー | マヘシュ・ブパシ マックス・ミルヌイ |
7–6(8), 5–7, [10–7] |
優勝 | 2. | 2011年10月9日 | 東京 | ハード | ジェイミー・マリー | フランティセク・チェルマク フィリップ・ポラセク |
6–1, 6–4 |
準優勝 | 2. | 2013年8月11日 | モントリオール | ハード | コリン・フレミング | アレクサンダー・ペヤ ブルーノ・ソアレス |
4–6, 6–7(4) |
シングルス成績
4大大会
- 略語の説明
W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | Z# | PO | G | S | B | NMS | P | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
大会 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 通算成績 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
全豪オープン | A | 1R | 4R | 1R | 4R | F | F | SF | F | QF | F | F | 45–11 |
全仏オープン | A | 1R | A | 3R | QF | 4R | SF | QF | A | SF | SF | 28–8 | |
ウィンブルドン | 3R | 4R | A | QF | SF | SF | SF | F | W | QF | SF | 46–9 | |
全米オープン | 2R | 4R | 3R | F | 4R | 3R | SF | W | QF | QF | 4R | 40–10 | |
Win–Loss | 3–2 | 6–4 | 5–2 | 12–4 | 15–4 | 16–4 | 21–4 | 22–3 | 17–2 | 17–4 | 19–4 | 150–36 |
オリンピック
大会 | 2008 | 2012 | 2016 | 通算成績 |
---|---|---|---|---|
夏季オリンピック | 1R | G | 6-1 |
ツアー最終戦
大会 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 通算成績 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ATPワールドツアー・ファイナル | SF | RR | SF | RR | SF | A | RR | RR | 11–11 |
ATPワールドツアー・マスターズ1000
大会 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | W–L |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
インディアンウェルズ | A | 2R | SF | 4R | F | QF | 2R | 2R | QF | 4R | SF | 3R | 25–11 |
マイアミ | A | 1R | SF | 2R | W | 2R | 2R | F | W | QF | F | 3R | 27-9 |
モンテカルロ | A | 1R | A | 3R | SF | 2R | SF | QF | 3R | A | A | 11–7 | |
マドリード 1 | A | 2R | 1R | 3R | QF | QF | 3R | A | QF | 3R | W | 16–8 | |
ローマ | A | 1R | 1R | 2R | 2R | 3R | SF | 3R | 2R | QF | 3R | 9–9 | |
カナダ | A | SF | 2R | SF | W | W | 2R | 3R | 3R | QF | W | 26–6 | |
シンシナティ | 2R | QF | 1R | W | SF | QF | W | 3R | QF | QF | SF | 27–9 | |
上海 2 | A | 3R | 3R | W | A | W | W | F | A | 3R | SF | 26–5 | |
パリ | A | 3R | QF | QF | 3R | QF | QF | 3R | A | QF | F | 17–9 |
1, 2008年までハンブルク・マスターズ(屋外クレー)、2009年からマドリード・マスターズ(屋外クレー)。
2, 2002年から2008年までマドリード・マスターズ(室内ハード)、2009年から上海マスターズ(屋外ハード)。
デビスカップ
優勝 (1)
年 | イギリスチーム | ラウンド/相手 |
---|---|---|
2015年 | アンディ・マリー ジェームズ・ウォード ダン・エバンス カイル・エドマンド ジェイミー・マリー ドミニク・イングロット |
1R: イギリス 3–2 アメリカ QF: イギリス 3–1 フランス SF: イギリス 3–2 オーストラリア FN: ベルギー 1–3 イギリス |
世界ランキング
2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
順位 | 65 | 17 | 11 | 4 | 4 | 4 | 4 | 3 | 4 | 6 | 2 |
4大大会シード
年 | 全豪オープン | 全仏オープン | ウィンブルドン | 全米オープン |
---|---|---|---|---|
2005 | A | A | ||
2006 | 17th | |||
2007 | 15th | A | A | 19th |
2008 | 9th | 10th | 12th | 6th |
2009 | 4th | 3rd | 3rd | 2nd |
2010 | 5th | 4th | 4th | 4th |
2011 | 5th | 4th | 4th | 4th |
2012 | 4th | 4th | 4th | 3rd |
2013 | 3rd | A | 2nd | 3rd |
2014 | 4th | 7th | 3rd | 8th |
2015 | 6th | 3rd | 3rd | 3rd |
2016 | 2nd |
脚注
- ^ なお英語の発音は/ˈændi (ˈændruː) ˈmʌri/である。「Murray」『Wiktionary英語版』 2011年8月10日 03:01 (UTC)、および「Rhymes:English:-ʌri」『Wiktionary英語版』 2011年8月14日 19:56 (UTC)等参照。
- ^ Murray describes fight to cope with trauma of Dunblane school killings
- ^ “Tennis – ATP World Tour – Draws”. ATP World Tour. 2012年7月5日閲覧。
- ^ “Andy MURRAY”. ITFTennis.com. 2014年7月12日閲覧。
- ^ [1]
- ^ http://news.tennis365.net/news/today/201503/103867.html
- ^ マレー 46人目の通算500勝
- ^ http://news.tennis365.net/news/today/201505/104408.html
- ^ “2016 ATP calendar”. http://tennis365.net/. http://tennis365.net/.+2016年1月31日閲覧。
- ^ “マレーとシアーズさんに第1子女児誕生”. 時事通信. 2016年2月16日閲覧。
- ^ “Murray's a winner - but not yet a hero”. guardian.co.uk (2009年7月4日). 2009年7月4日閲覧。
- ^ “Patience a virtue for Andy Murray?”. Sports.espn.go.com (2009年8月30日). 2013年7月10日閲覧。
- ^ W. Smith, David. “Player tactics: The Andy Murray Backhand”. 2013年7月13日閲覧。
- ^ Wimbledon 2013. BBC Sport. (26 June 2013).
- ^ http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/tennis/skills/4609176.stm
- ^ White, Clive (2008年10月17日). “Andy Murray to take on Roger Federer in Madrid Masters semi-final”. The Telegraph (London: Telegraph Media Group) 2010年4月25日閲覧。
- ^ 2013年ウィンブルドン選手権で優勝したアンディ・マレー氏は、一度に50個の寿司を食べる えん食べ 2013年7月8日
- ^ W. Smith, David. “Player tactics: The Andy Murray Backhand”. 29 Novemver 2015閲覧。
外部リンク
- アンディ・マリー - ATPツアーのプロフィール (英語)
- アンディ・マリー - デビスカップのプロフィール (英語)
- {{ITF profile}} template using deprecated numeric ID.
- アンディ・マリー (@andy_murray) - X(旧Twitter)
- 公式サイト (英語)
タイトル | ||
---|---|---|
先代 サム・クエリー ミロシュ・ラオニッチ |
全米オープンシリーズ優勝 2010 2015 |
次代 マーディ・フィッシュ - |
受賞 | ||
先代 ケイト・ヘイウッド |
BBCヤングスポーツ・パーソナリティ賞 2004 |
次代 ハリー・エイキンズ・アリーティー |
先代 ローリー・マキロイ |
ローレウス世界スポーツ賞 2013 |
次代 マルク・マルケス |
先代 ブラッドリー・ウィギンス |
BBCスポーツ・パーソナリティ賞 2013 |
次代 ルイス・ハミルトン |
先代 ロジャー・フェデラー |
アーサー・アッシュ ヒューマニタリアン賞 2014 |
次代 ボブ・ブライアン &マイク・ブライアン |