出店を断念したダイエーの店舗一覧
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出店を断念したダイエーの店舗一覧(しゅってんをだんねんしたダイエーのてんぽいちらん)では、ダイエーが出店を予定していたものの実現しなかった店舗・商業施設を紹介する。
北海道
[編集]- 国鉄琴似駅前(北海道札幌市)
- 国鉄(現・JR北海道)琴似駅前の再開発ビルへの出店を目指したものの、イトーヨーカ堂に敗れた。その後、地下鉄の琴似駅の駅前に代替となる店舗(ダイエー琴似店=現・イオン札幌琴似店)を出店し、激しい値下げ合戦を繰り広げた[1]。
- 石狩ショッピングモール(北海道石狩市新港南2丁目[2])
- 小樽店(北海道小樽市稲穂2丁目[10])
- 帯広店(北海道帯広市西23条南3丁目[13])
- 函館店(北海道函館市)
東北地区
[編集]- 名取店[22](宮城県名取市田高地区[23])
- 宮城県仙台市宮城野区新田東[24]
- 石巻店(宮城県石巻市)
- 石巻中央開発ビルが市内中央地区に出店を計画したが、1992年7月9日までに三条申請の廃止届を通産大臣に提出、従来の手法での計画を断念した[25]。
- 山形南店(仮称、山形県山形市若宮)
- 福島駅前・福ビル(福島県福島市[28])
関東地区
[編集]- 高崎ショッピングセンター(群馬県高崎市島野町[30])
- 南古谷イズミプラザ(埼玉県川越市[32])
- 三郷店(埼玉県三郷市、三郷インターチェンジ付近)
- 敷地面積14.6万m2、延床面積14.2万m2、店舗面積8.57万m2、駐車台数4,000台、年間集客数1,500万人、総事業費242億8,000万円の大型モールを計画し[33][34]、1997年4月25日に8社の応募の中からダイエーが事業者として選定された[35]。その後、ダイエーの経営状況から単独では出店できなくなったものの、ダイエーに代わるパートナー企業が保留地を購入し、ダイエーがテナントとして出店する形を模索したが交渉がまとまらず、2002年8月7日に予約契約の合意解除が成立し[36]、出店中止となった。現在はイトーヨーカドーとスーパービバホームなどが入るピアラシティとなっている。[要出典]
- 川口OPA(埼玉県川口市)
- 八千代ショッピングセンター(千葉県八千代市村上南1丁目(村上4001-4[38]))
- 八千代市の区画整理事業の一環としてグループの不動産賃貸会社ダイエーふうしゃが国際興業と共に開発を進めていた総営業面積約32,700m2のショッピングセンター計画で[39]、東葉高速鉄道村上駅前で幹線道路の国道16号と国道296号の交点に面した立地だった[40]。
- 1999年(平成11年)11月24日に出店を断念することを発表し[40][41]、出店を断念したことに伴って生じた解約金57億円のうち51億円を負担することになった[39]。
- のちに国際興業が保有してららぽーとが運営を受託する形で[42]2002年(平成14年)10月29日に[38]イトーヨーカドー八千代店を核とするフルルガーデン八千代が開業している[42]。
- 渋谷店(東京都渋谷区)
- 蒲田店(東京都大田区)
- 1963年(昭和38年)11月に出店を断念した[45]。
- 池袋店(東京都豊島区)
- 1966年(昭和41年)8月に出店を計画した[45]。
- 武蔵小山店(東京都品川区)
- 1982年(昭和57年)7月に品川区議会で出店凍結決議が可決されて出店できなくなった[46]。
- 品川シーサイドフォレスト(東京都品川区)
- 日本たばこ産業と鹿島建設が新駅開業に合わせて進めていた[48]「品川区東品川4丁目第1地区第1種市街地再開発事業」[49]に参画してオフィスビルを取得して[48]ダイエーの本社機能を移転すると共に商業棟に出店する計画であったが[50]、業績悪化に伴ってオフィスビル取得[48]や商業施設の進出して同事業参画することを1998年(平成10年)8月に断念した[50]。
- ダイエーの再開発事業参画断念後に複数のスーパーが当地区への出店を希望したが、その中からジャスコ(現・イオン)が日本たばこ産業によって選ばれ[50]、2002年(平成14年)9月30日に商業・ビジネス複合施設「品川シーサイドフォレスト」の第1期が竣工して同年10月17日にイオン品川シーサイドショッピングセンターが開業した[51]。
甲信越・北陸地区
[編集]東海地区
[編集]- ハイパーマート沼津店(静岡県沼津市大岡[59])
- 清水西店(静岡県清水市、現・静岡市清水区)
- 2000年(平成12年)11月の開業を目指していた[60]が、業績悪化で出店断念した。
- 浜松プラザ店(静岡県浜松市上西町1020-1[61]、現・中央区) SC名称:浜松プラザ)
- グルメシティ豊山店(愛知県西春日井郡豊山町豊場字流川3-1[61])
- 岡崎店(愛知県岡崎市康生通西)
- 松阪北店(三重県一志郡三雲町、現・松阪市)
近畿地区
[編集]- 千日前店(大阪府大阪市中央区)[要出典]
- プランタンなんばと共に同ビルに出店が計画されていたが地元の反発に合い、プランタンのみの出店となった[要出典]。
- プランタン堺(大阪府堺市戎島町3-22-1[73])
中国地区
[編集]- ショッパーズモール岡山南(計画中止、岡山県岡山市南区[83])
- 商工会議所に申請し出店を認可されていたが、ダイエーの経営難により出店を中止した。出店していればダイエーの他にバンドールとその他専門店で形成される予定であった。
- 大竹市晴海地区
- 大竹市晴海地区の商業街区の市有地の払下を受けて、地元商業者のテナントや飲食・スポーツ・カルチャー施設も併設する計画であったが、大竹市内7商店街のうち4商店街が大型商業施設の同地への建設に反対する陳情を行ったことから、出店を断念して大竹市への払下陳情を撤回した[84]。
九州地区
[編集]- 那覇新都心ショッピングセンター(沖縄県那覇市)
- 那覇市の那覇新都心地区の中核施設として敷地面積35,800m2、建築面積27,900m2、延べ床面積244,900m2の25階建て320室のシティホテルや2,400台収容の駐車場併設する大型複合施設をダイエーグループが建設し、その中に2000年(平成12年)10月に店舗面積約62,000m2で出店する計画で、実現していれば沖縄県内最大の商業施設となる計画だった[90]。
- 那覇新都心への進出はマイカルや沖縄ジャスコと競合していたが[91]、地権者による那覇新都心173街区開発期成会が観光客の誘致のためにホテル併設を前提条件としたためホテルを併設しない案を提出していた沖縄ジャスコがまず脱落し[91]、1997年(平成9年)5月に出店の第1順位交渉相手に選ばれた[92]。
- 那覇新都心の商業施設として当社の代わりに地場資本の沖縄県内最大手のスーパーマーケットチェーンのサンエーが2002年(平成14年)3月にサンエー那覇メインプレイスを開業した[93]。
- 2000年(平成12年)1月14日に経営環境の悪化を理由に出店を断念することを発表した[94]。
- 南風原ショッピングセンター(沖縄県島尻郡南風原町)
- 宜野湾マリーナショッピングセンター[95](沖縄県宜野湾市)
- 宜野湾市西海岸の沖縄県が造成した埋め立て地約55,000m2に売り場面積約16,500m2で[96]2002年(平成14年)3月に出店する計画だった[95]。
- 1998年(平成10年)7月に宜野湾市の立ち会いの下で出店契約に基本合意していたが、経営不振やショッピングセンター開設側の経営体制の不備などで事業が遅れ、特定免税店の沖縄DFSを入居させたいとの要望が開発業者側からあったとして2002年(平成14年)4月19日に出店を断念したことを発表した[95]。
- 宜野湾の商業施設として当社の代わりに地場資本の沖縄県内最大手のスーパーマーケットチェーンのサンエーが2013年(平成25年)7月にサンエー宜野湾コンベンションシティを開業した。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 坂口義弘 『ダイエーにおける失敗の研究』 エール出版社、1991年6月25日。ISBN 978-4753910427
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- ^ “「コストコ北海道2号店」オープン "7万円"引きの商品も…地元経済への影響は”. フジニュースネットワーク. 北海道文化放送 (2021年4月22日). 2021年4月26日閲覧。[リンク切れ]
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広報資料・プレスリリースなど一次資料
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