亀田町 (新潟県)

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亀田町
廃止日 2005年3月21日
廃止理由 編入合併
亀田町 他11市町村 → 新潟市
現在の自治体 新潟市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
中蒲原郡
団体コード 15324-9
面積 16.82km²
総人口 32,382
推計人口、2005年3月1日)
隣接自治体 新潟市横越町
町の木 マツ
町の花 サツキ
亀田町役場
所在地 950-0195
新潟県中蒲原郡亀田町泉町三丁目4番5号
外部リンク 新潟市 - 江南区
亀田町の位置
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亀田町(かめだまち)は、新潟県中蒲原郡に属した2005年3月21日新潟市編入合併した。現在は新潟市江南区に所属している。

新潟平野を流れる信濃川阿賀野川およびその支流である小阿賀野川に囲まれた地域は「亀田郷」と呼ばれる地域を形成しており、亀田町はその中心地として発展した。亀田郷に属する周辺の村が次々と新潟市に併合されたことにより、北・西・南の三方から包み込まれるような形で新潟市と接している。町内を信越本線亀田バイパスが通るなど交通の便にも恵まれ、新潟市とは地理的にも経済的にも非常に近い。

かつて亀田郷一帯は泥田に覆われ「地図にない湖」と形容されるほどであったが、1948年の栗の木排水機場の完成などの土地改良事業によって、良質の乾田に一変した。近年は新潟市のベッドタウンとして、人口増加が著しい。

歴史[編集]

  • 1693年(元禄6年) - 中谷地新田にて「六斎市」を開催し、名を亀田町と改める。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともなう合併により、亀田町、袋津村茅ノ城村早通村が発足。
亀田町 亀田町船戸山新田荻曾根新田貝塚新田
袋津村 袋津村砂崩新田
茅ノ城村 城所村茅野山村
早通村 早通村泥潟村鵜ノ子村長潟村丸潟村
  • 1890年(明治23年)3月14日 - 茅ノ城村が茅城島村に改称。
  • 1901年(明治34年)11月1日 - 袋津村,茅城島村の一部と合併して亀田町となる。茅城島村の残部は早通村と合併して早通村となる。
亀田町 亀田町、袋津村、茅城島村(城所)
早通村 早通村、茅城島村(茅野山)
  • 1925年(大正14年) - 亀田町と早通村が合併して亀田町となる。

市町村合併[編集]

地域[編集]

亀田[編集]

亀田 (かめだ)。1889年(明治22年)まであった亀田町の区域。現在の新潟市江南区亀田。

江戸期から現在までの町名[1]。もとは「中谷内新田(なかやちしんでん)」と称していたが、1693年(元禄6年)に町場の建設中に1匹の亀が現れたことから、新発田藩郡奉行によって「亀田」と改称した[1]

1889年(明治22年)に町村制により亀田町が発足し、亀田町の大字となる[1]1921年(大正10年)に一部が「亀田の内高山(かめだのうちたかやま)」となり、1970年(昭和45年)には、「旭(あさひ)」、「中島(なかじま)」、「大月(おおつき)」、「東船場(ひがしふなば)」、「西町(にしまち)」、「東本町(ひがしほんちょう)」、「本町(ほんちょう)」[2]1971年(昭和46年)に、「諏訪(すわ)」、「稲葉(いなば)」[2]1982年(昭和57年)に「向陽(こうよう)」となる[2]。(「亀田の内高山」も1970年(昭和45年)に、「神明町(しんめいちょう)」などに改称[2]

船戸山[編集]

船戸山 (ふなとやま)。1889年(明治22年)まであった船戸山新田の区域。現在の新潟市江南区船戸山。

荻曾根[編集]

荻曾根 (おぎぞね)。1889年(明治22年)まであった荻曾根新田の区域。現在の新潟市江南区荻曾根。

元町[編集]

元町 (もとまち)。1889年(明治22年)まであった貝塚新田の区域。現在の新潟市江南区元町。

行政[編集]

  • 町長:荻荘誠

経済[編集]

産業[編集]

  • 主な産業
    • 農業
      • 米、梨、梅(藤五郎梅の品種で知られる)など
    • 工業
      • 亀田製菓本社所在地(米菓)
      • 佐文工業所本社所在地(ミシン部品)
      • かつて「亀田縞」と呼ばれる織物があったが、消滅した。

交通[編集]

道路[編集]

高速道路[編集]

国道[編集]

公共交通機関[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

施設[編集]

脚注[編集]

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注釈

出典

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]