小野田市

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小野田市
廃止日 2005年3月22日[1]
廃止理由 新設合併
小野田市山陽町山陽小野田市[1]
現在の自治体 山陽小野田市[1]
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方
山陽地方山陰地方
中国・四国地方
都道府県 山口県
面積 43.09km².
総人口 45,084
(2000年国調)
隣接自治体 宇部市厚狭郡山陽町
市の木
市の花
小野田市役所
所在地 756-8601
山口県小野田市日の出1-1-1
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小野田市(おのだし)は、山口県の南西部にあった1940年昭和15年)11月3日小野田町高千帆町合併により誕生した。

2005年平成17年)3月22日山陽町と合併して山陽小野田市になり、消滅した[1]

地理[編集]

市の中央を有帆川が流れ瀬戸内海周防灘)に注いでいる。有帆川両岸をはじめとする平野部に市街地が開けているが、干拓地が多い。市北部や宇部市との境は丘陵地帯となっている。

自然[編集]

歴史[編集]

沿革[編集]

  • 1775年(安永4年) - 高泊村が東高泊村と西高泊村に、須恵村が東須恵村と西須恵村に分村する。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 高畑村・東高泊村・西高泊村・千崎村・有帆村が合併し、高千帆村となる。西須恵村が須恵村と改称する。
  • 1920年(大正9年)4月3日 - 町制施行により、西須恵村が小野田町になる。
  • 1938年(昭和13年)4月1日 - 町制施行により、高千帆村が高千帆町になる。
  • 1940年(昭和15年)11月3日 - 小野田町高千帆町が合併して同時に市制施行し、小野田市となる。
  • 1943年(昭和18年)9月15日 - 宇部市大字東須恵の一部(丸河内)を編入。
  • 1950年(昭和25年)8月27日 - 旧高千帆町の分離賛否を問う住民投票実施。結果は、反対多数。
  • 1957年(昭和32年) - 小野田市と山陽町との合併に関わる住民投票実施。結果は、見送り。
  • 1989年(平成元年)9月1日 - 宇部市大字東須恵の一部(自由ヶ丘)を編入。
  • 2004年(平成16年)1月18日 - 小野田市と山陽町にて、宇部市・小野田市・楠町・山陽町の2市2町合併に関わる住民投票実施。結果は、否決多数。
  • 2005年(平成17年)3月22日 - 山陽町と合併し、山陽小野田市となる[1]

産業[編集]

明治維新後、セメントを中心とした工業都市として発展。 隣接する宇部市と共に、北九州工業地帯の一角を担っている。

漁業[編集]

  • 高泊漁港
  • 刈屋漁港

主な企業[編集]

公共施設[編集]

教育[編集]

大学・短期大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

小野田市出身の有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e “山陽小野田市誕生10周年 市民ら発展誓い合う”. 読売新聞(読売新聞社). (2015年3月23日)

関連項目[編集]