「性同一性」の版間の差分

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| 出典の明記 = 2018年12月25日 (火) 07:20 (UTC)
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'''性同一性'''(せいどういつせい)とは'''ジェンダーアイデンティティ'''(英: gender identity)という英語に対する[[日本語訳]]。自分の性別対する[[同一性|アイデンティティ]]のことを指す。アイデンティティという意味合いは含まれないものの、'''性自認'''という意訳はよく用いられる。
'''性同一性'''(せいどういつせい、英: gender identity)とは、自分自身の[[ジェンダー]]について感覚として深く経験した[[同一性|アイデンティティ]]のことを指す。日本語では「性同一性」のほかに「'''ジェンダーアイデンティティ'''」や「'''性自認'''も表記される。

出生時に[[性別の割り当て|割り当てられた性別]]([[身体性別]]、[[生物学的性差]])と一致する人を[[シスジェンダー]]と言い、逆に身体性と異なる(不一致)な人を[[トランスジェンダー]]という<ref>{{Cite web |title=国際水連が新カテゴリー創設へ トランスジェンダー選手の参加巡り |url=https://www.sankei.com/article/20220620-7LKZFRFLCVMSZBKKQE4PRM7KU4/ |website=産経ニュース |date=2022-06-20 |access-date=2023-06-09 |language=ja}}</ref>。出生時に割り当てられた性別(身体性別)と性同一性が一致しないことは、[[疾病及び関連保健問題の国際統計分類|ICD-11]]では「Gender Incongruence」という呼称で定義されることとなった。日本語においては、性別不合や性別違和と訳されている。他にも同状態は、[[性同一性障害]]、[[トランスセクシュアル|トランスセクシュアル(TS)]]、[[性転換症]]とも呼称される。性別と性同一性の不一致は、精神疾患ではなく、'''医学的な診断名'''および'''状態'''の呼称として扱われるようにった<ref name="jspn">{{Cite web|url= https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1240020134.pdf |title= ICD—11で新設された「性の健康に関連する状態群」 性機能不全・性疼痛における「非器質性・器質性」二元論の克服と多様な性の社会的包摂にむけて |accessdate=2023/03/04|publisher= |author= |date= }}</ref>。


== 概説 ==
== 概説 ==
[[染色体]]、[[ホルモン]]、[[生殖器官]]など{{仮リンク|性的特徴|en|Sexual characteristics}}に基づく、[[女性]]、[[男性]]、[[性分化疾患|インターセックス]]といった[[性別]](sex)が人間社会では認識され、[[性別の割り当て|出生時に性別が割り当てられる]]<ref name=who-gender>{{Cite web|url= https://www.who.int/europe/health-topics/gender#tab=tab_1 |title= Gender |accessdate=2023/07/24|publisher= WHO |author= |date= }}</ref>。その出生時に割り当てられた性別が、自分自身が深く感じて経験した[[ジェンダー]](gender)と一致する人もいれば、一致しない人もいる{{R| who-gender}}。このように自分自身のジェンダーについて深く感じて経験した[[同一性|アイデンティティ]]のことを性同一性(gender identity)と呼ぶ<ref name=unfe-definition>{{Cite web|url= https://www.unfe.org/definitions/ |title= Definitions |accessdate=2023/07/24|publisher= UN Free & Equal |author= |date= }}</ref>。
性同一性(gender identity)は、心理学者[[ジョン・マネー]]によって1950年代に概念化され、60年代に「男性、女性あるいは規定されない性としての、統一性、持続性、一貫性<ref>{{Cite book |title=Sei no shomei : toi naosareru otoko to onna no imi. |url=https://www.worldcat.org/oclc/834624400 |publisher=Jinbunshoin |date=1979 |location=Kyōto |isbn=4-409-23012-3 |oclc=834624400 |others=John William Money, Patricia Tucker, Shin'ichi Asayama, 朝山新一}}</ref>」と定義されている。心理的または精神的介入を用いて個人の性同一性を矯正しようとする「[[転向療法]](コンバージョン・セラピー)」を行う個人や組織も存在するが、多くの専門家や学会はその危険性を指摘し、反対を表明している<ref name=hrc-therapy>{{Cite web|url= https://www.hrc.org/resources/the-lies-and-dangers-of-reparative-therapy |title= The Lies and Dangers of Efforts to Change Sexual Orientation or Gender Identity |accessdate=2021/04/14|publisher= HRC |author= |date= }}</ref><ref name=glaad-therapy>{{Cite web|url= https://www.glaad.org/conversiontherapy |title= What is conversion therapy? |accessdate=2021/04/14|publisher= GLAAD }}</ref>。


{{See also|{{ill|「sex」と「gender」の差異|en|Sex–gender distinction}}}}
人は特定の[[性役割]]と一致する行動、態度、外観を表現することがあるが、そのような表現は必ずしも彼らの性同一性を反映しているとは限らない。用語の性同一性(ジェンダーアイデンティティ)は、もともと1964年にロバートJ.ストラーによって造語された<ref>{{cite journal|last1=STOLLER|first1=ROBERT J.|date=November 1964|title=The Hermaphroditic Identity of Hermaphrodites|journal=The Journal of Nervous and Mental Disease|volume=139|issue=5|pages=453–457|doi=10.1097/00005053-196411000-00005|pmid=14227492|s2cid=22585295}}</ref>。


性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致する人は[[シスジェンダー]]といい、一致しない人は[[トランスジェンダー]]という{{R| unfe-definition}}<ref name=jhu-trans>{{Cite web|url= https://studentaffairs.jhu.edu/lgbtq/education/intro-trans/ |title= Introduction to Transgender Identities |accessdate=2023/07/25|publisher= Johns Hopkins University |author= |date= }}</ref>。トランスジェンダーの略語として「トランス」も用いられる<ref name=transequality-basics>{{Cite web|url= https://transequality.org/issues/resources/understanding-transgender-people-the-basics |title= Understanding Transgender People: The Basics |accessdate=2023/07/25|publisher= National Center for Transgender Equality |author= |date=2023/01/27 }}</ref>。[[トランスジェンダー#トランスセクシュアル(トランスセクシャル)|トランスセクシュアル]]という言葉もあるが、トランスジェンダーという用語と比べると使用が避けられる傾向にある<ref name=medicalnewstoday210224>{{Cite web|url= https://www.medicalnewstoday.com/articles/transgender-vs-transexual |title= Transgender vs. transsexual' |accessdate=2023/07/26|publisher= Medical News Today |author= |date=2021/02/24 }}</ref>。
== 性同一性の決定要因 ==
{{独自研究|section=1|date=2022年10月}}
{{脚注の不足|date=2022年10月|section=1}}


{{See also|トランスジェンダー}}
=== 後天説 ===
* 極めて早い時期から性別再指定手術を施した男児が24歳に達しても女性として生活している事例が存在し、後天的な環境により性同一性が変更された可能性を示唆する。(cf. Bradley, Oliver, Chernick, Zucker 1998)
* 分界条床核は生まれた時点では性分化しておらず、後天的な経験が脳神経に作用することによって分化するのかも知れない。(Chung, De Vries, Swaab 2000)
* 性ホルモン治療を受けた性別移行者の成人[[MtF]]、[[FtM]]の投与前後に渡る追跡調査では、性ホルモンの投与によって脳の容積が変化していることが確認された。(Hulshoff Pol, Cohen-Kettenis, Van Haren, Peper, Brans, Cahn, Schnack, Gooren, Kahn 2006)


性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致しない人はトランスジェンダーだけではなく、{{仮リンク|ジェンダーフルイド|en|Gender fluidity}}、[[ジェンダークイア]]、[[ポリジェンダー]]、[[バイジェンダー]]なども含む[[ノンバイナリー]]([[Xジェンダー]])も存在し、[[性別二元制|男女の二元論]]に当てはまらない場合もある<ref name=trevor210823>{{Cite web|url= https://www.thetrevorproject.org/resources/article/understanding-gender-identities/ |title= Understanding Gender Identities |accessdate=2023/07/25|publisher= The Trevor Project |author= |date=2021/08/23 }}</ref><ref name=webmd220913>{{Cite web|url= https://www.webmd.com/sex/what-is-non-binary-sex |title= Nonbinary People: What to Know |accessdate=2023/07/25|publisher= WebMD |author= |date=2022/09/13 }}</ref>{{Sfn|エリス・上田(訳)|2022|p=10}}<ref name=Takeuchi2020>{{Cite journal|和書|author=武内今日子 |title=X ジェンダーはなぜ名乗られたのか―カテゴリーの力能を規定する社会的文脈に着目して― |journal=年報社会学論集 |issn= |publisher= |year=2020 |month= |volume=33 |issue= |pages=133-144 |naid= |url= |accessdate=2023-07-25}}</ref>。いかなるジェンダーもアイデンティティとしていない人は[[Aジェンダー]](エイジェンダー/アジェンダー)と呼ぶ<ref name=npr210602>{{Cite web|url= https://www.npr.org/2021/06/02/996319297/gender-identity-pronouns-expression-guide-lgbtq |title= A Guide To Gender Identity Terms |accessdate=2023/07/25|publisher= NPR|author= |date=2021/06/02 }}</ref>。
=== 先天説 ===
; 分界条床核
: [[脳]]についての理解が深まるにつれ、男性と女性は生まれつき脳の構造が一部異なっていることが判明した。例えば、人間の性行動に関わりの深い分界条床核の大きさを調べると、男性のものは女性のものよりも有意に大きい([[性差#脳の性差]])。また、男性から女性へ移行した性同一性障害者6名の脳を死後に解剖した結果、分界条床核の大きさが女性とほぼ同じであった。(Zhou, Hoffman, Gooren, Swaab 1995)


男女の典型的な{{仮リンク|性的特徴|en|Sexual characteristics}}とは少し異なる状態で生まれた[[性分化疾患|インターセックス]]の人々の性同一性はより複雑に考えることになるが、やはりその性同一性は男性・女性・ノンバイナリーなどさまざまである<ref name=interact200518>{{Cite web|url= https://interactadvocates.org/faq/intersex-lgbtqia/# |title= FAQ: Intersex, Gender, and LGBTQIA+|accessdate=2023/07/26 |publisher= interACT |author= |date=2020/05/18 }}</ref>。インターセックスの人々の役約8.5~20%が[[性別違和]]を経験しているという研究もあり<ref name=nru2012furtado>{{cite journal |last1=Furtado |first1=Paulo Sampaio |last2=Moraes |first2=Felipe |last3=Lago |first3=Renata |last4=Barros |first4=Luciana Oliveira |last5=Toralles |first5=Maria Betania |last6=Barroso Jr |first6=Ubirajara |date=2012|title= Gender dysphoria associated with disorders of sex development |url= https://www.nature.com/articles/nrurol.2012.182 |journal= Nature Reviews Urology |volume=9|issue=|publisher= Nature |doi= 10.1038/nrurol.2012.182 |access-date=26 July 2023|doi-access=free}}</ref>、「Intersex Human Rights Australia」の2015年の調査によればインターセックスの回答者の4分の1は、「女性や男性」以外の性同一性であると答えた<ref name=oii160203>{{Cite web|url= https://oii.org.au/30313/intersex-stories-statistics-australia/ |title= New publication “Intersex: Stories and Statistics from Australia” |accessdate=2023/07/26|publisher= Intersex Human Rights Australia |author= |date=2016/02/03 }}</ref>。
; 総排泄腔外反症
: 遺伝的には男性である患児計16例(5歳から16歳)の中で、新生児期に外科的処置を行って社会的・法律的にも性別を女性とされた14例の対象者のうち8例が研究の過程で自分は男性であると申告し、他方、男性として育てられた2例は男性のままであった。「出生時に性別を女性とされた遺伝的には男性の総排泄腔外反症児における性同一性の不一致」(William G. Reiner, M.D., and John P. Gearhart, M.D.)。
: この患児は性同一性に従って次のグループに分類できる。
:: 5例は女性として生活していた。
:: 3例は(うち2例が自分は男性であると申告していたが)性同一性が曖昧な状態で生活していた。
:: 8例は男性として生活し、うち6例が性別を女性から男性へと変更していた。
: 16例の対象者は全員、中等度から高度の男性に典型的と考えられる態度や関心を示した。追跡期間は 34~98 ヵ月。
: 総排泄腔外反症児の場合、ホルモン療法等の内分泌的な治療が幼少期より継続的に行なわれたかどうかは未確認であるため、身体の男性的二次性徴の発現や、あるいは総排泄腔外反症の知識を抱く事があったとするならば、それらが性同一性にどれだけ影響を及ぼしたかは不明であることを考慮に入れなければならない。


他にも、世界中には昔から主流のジェンダー規範に当てはまらない人々は存在し、独自の文化を受け継いできており、[[第3の性別]]と表現したりする<ref name=hrw200908>{{Cite web|url= https://www.hrw.org/news/2020/09/08/transgender-third-gender-no-gender-part-ii |title= Transgender, Third Gender, No Gender: Part II |accessdate=2023/07/26|publisher= Human Rights Watch |author= |date=2020/09/08 }}</ref><ref name=cosmopolitan211223>{{Cite web|url= https://www.cosmopolitan.com/sexopedia/a38584885/third-gender/|title= Here’s What to Know About the Term “Third Gender” |accessdate=2023/07/26|publisher= Cosmopolitan |author= |date=2021/12/23 }}</ref>。例えば、[[ネイティブ・アメリカン|アメリカ先住民]]における{{仮リンク|トゥー・スピリット|en|Two-spirit}}、[[ポリネシア]]の{{仮リンク|ファアファフィネ|en|Faʻafafine}}、南アジアの[[ヒジュラー]]などがある{{R| hrw200908}}。こうした男性または女性という主流のジェンダー規範に当てはまらない人々を総称して{{仮リンク|ジェンダー・バリアント|en|Gender variance}}と言うことがある{{R| hrw200908}}。
=== 複合説。 ===
* 性同一性は脳の仕組みにより先天的に原型が定まるが、臨界期には個人差があり、その幅は出生前から生後2歳程度に掛けてなのではないか。
* 臨界期に達する前の極めて早い時期であれば外部からの働きかけで性同一性を変更できるのではないか。
* 最近では思春期などの成長過程や投薬による体内の性ホルモン濃度の変化によっても脳の各部位の容積に変化が起き、性同一性なども随時影響を受けると考えられている。


{{See also|第3の性別}}
幼少期のTSの場合には成人までの間に性同一性が変化したと思われる次のような報告もある。

* Richard Greenが行った研究では,子供のTSが20歳以降もTSであったのは44人中1人。 (1987)
性同一性は自称ではなく、ある程度の一貫性や継続性があるものなので、個人で好きなように自由に性別を選択できるものではない<ref name=tokyo230511>{{Cite web|url= https://www.tokyo-np.co.jp/article/249127 |title= LGBTQ理解増進法案「かなり後退」内容修正へ 合意ほごに動く自民の思惑は?「性自認」巡る<Q&A>も |accessdate=2023/07/24|publisher= 東京新聞 |author= |date=2023/05/11 }}</ref><ref name=yahoo230511>{{Cite web|url= https://news.yahoo.co.jp/byline/matsuokasoshi/20230511-00349138 |title=LGBT法案「大きく後退」修正案の問題点を解説 |accessdate=2023/07/25|publisher= Yahoo!(松岡宗嗣) |author= |date=2023/05/11 }}</ref><ref name=gendai230723>{{Cite web|url= https://gendai.media/articles/-/113668 |title=「男性役員が女の性自認になればいい」トランスジェンダーへの無理解発言、あまりの罪深さ |accessdate=2023/07/25|publisher= FRaU |author= |date=2023/07/23 }}</ref><ref name=globe230725>{{Cite web|url= https://globe.asahi.com/article/14959616 |title=自称すれば女性?トランスジェンダーへの誤解 マジョリティーは想像で語らないで |accessdate=2023/07/25|publisher= 朝日新聞GLOBE+|author= |date=2023/07/25 }}</ref>。そのため男性が「今日から女性だ」と言えばすぐさま性同一性が女性になるといったものではない<ref name=tokyo230614>{{Cite web|url= https://www.tokyo-np.co.jp/article/256412 |title= 「誤った前提」に立つLGBTQ理解増進法案 「女性の権利を侵害」とも無関係・・・内藤忍さんが語る |accessdate=2023/07/25|publisher= 東京新聞 |author= |date=2023/06/14 }}</ref>。性同一性は日本では一般的に「心の性別」と表現されることがあるが、性同一性とは自分がどの性別集団に属しているのかについての帰属意識に関係するものであり、ゆえに「心の性別」という表現は不正確である{{Sfn|周司・高井|2023|p=10}}<ref name=lgbtetc220418>{{Cite web|url= https://lgbtetc.jp/news/2467/ |title= 「LGBTQ 報道ガイドライン –多様な性のあり方の視点から -」第2版策定 |accessdate=2023/07/26|publisher= LGBT法連合会 |author= |date=2022/04/18 }}</ref>。
* オランダでは、20歳以降もTSであったのは男77人中15人、女26人中11人。

* Zucker(カナダ)が行った研究では、男40人、女45人中、20歳以降も性別違和感が継続したのは28%、SRSを希望したのは13%。
性同一性は[[性的指向]]とは異なる概念である<ref name=pedia2018rafferty>{{cite journal|last1=Rafferty|first1=Jason |date=2018|title= Ensuring Comprehensive Care and Support for Transgender and Gender-Diverse Children and Adolescents|url= https://publications.aap.org/pediatrics/article/142/4/e20182162/37381/Ensuring-Comprehensive-Care-and-Support-for |journal= Pediatrics|volume=142|issue=4|publisher= American Academy of Pediatrics |doi= 10.1542/peds.2018-2162|access-date=25 July 2023|doi-access=free}}</ref>。性同一性がなんであれ、どんな性別の人に惹かれるか([[異性愛]]か、[[同性愛]]か、[[両性愛]]かなど)は個人で違ってくる{{R| pedia2018rafferty}}。例えば、ゲイの男性は男性に惹かれるからといって「女性になりたい」というわけではない{{Sfn|ショーン・高井(訳)|2022|p=333}}。同性愛者だったが後に性同一性を自覚してトランスジェンダーとして生きる人もごくわずかには出現するが、そうした人が大勢いるという事実はない{{Sfn|ショーン・高井(訳)|2022|p=346}}。

人が自分のジェンダーを服装や髪形など外面的にどう表現するかは[[ジェンダー表現]](性表現)と呼ばれるが、人々の中には自分の性同一性とジェンダー表現を合わせる者もいれば、あまり気にせずに自己表現する人もいる<ref name=pinknews211117>{{Cite web|url= https://www.thepinknews.com/2021/11/17/gender-identity-expression-difference/ |title= Everything you need to know about gender identity vs gender expression this Trans Awareness Week |accessdate=2023/07/24|publisher= PinkNews |author= |date=2021/11/17 }}</ref>。なので、ある女性がボーイッシュな格好をしていても性同一性が男性ということには必ずしもならない。社会における男女二元論的な規範とは異なるかたちで自分を表現したりする人の総称として{{仮リンク|ジェンダー・ノンコンフォーミング|en|Gender nonconforming}}という言葉もある{{Sfn|アシュリー・須川(訳)|2017|p=111}}。

===日本語の表記===
日本語では「gender identity」の訳語には「性同一性」「性自認」「ジェンダー・アイデンティティ」があり、いずれも意味は同じである{{R| tokyo230511}}<ref name=yahoo230510>{{Cite web|url= https://news.yahoo.co.jp/byline/mikiyanakatsuka/20230510-00349027 |title= LGBT法案成立の行方は? G7サミットの議長国に求められる「共通の価値観」 |accessdate=2023/07/24|publisher= Yahoo!(中塚幹也) |author= |date=2023/05/10 }}</ref><ref name=yahoo230530>{{Cite web|url= https://news.yahoo.co.jp/byline/matsuokasoshi/20230530-00351531 |title= LGBT法案、異例の「3つの案」で混迷。今国会成立の見通し立たず |accessdate=2023/07/25|publisher= Yahoo!(松岡宗嗣) |author= |date=2023/05/30 }}</ref><ref name=outjapan-gi>{{Cite web|url= https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/glossary/sa/5.html |title= 性自認 |accessdate=2023/07/25|publisher= Magazine for LGBTQ+Ally - PRIDE JAPAN |author= |date= }}</ref>{{Sfn|周司・高井|2023|p=13}}。

しかし、一部には、「性自認」は「自称」にすぎず、「性同一性」は[[性同一性障害]]を前提にした医師の診断に基づく医学用語かのような誤解を招く用い方をする人もみられ、2023年6月に成立した[[性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律]](LGBT理解増進法)の議論においても主に[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の[[保守|保守系]]の政治家がそうした主張を展開していた{{R| tokyo230511}}{{R| yahoo230511}}。

結局、最終的に成立したLGBT理解増進法では「ジェンダーアイデンティティ」が採用されたが、その国会審議にて「性同一性」「性自認」「ジェンダーアイデンティティ」のどちらも意味は同じだと再確認された<ref name=tokyo230619>{{Cite web|url= https://www.tokyo-np.co.jp/article/257511 |title= <Q&A>LGBTQへの理解増進法で何が変わるのか? SNSでは不安煽る主張も拡散 |accessdate=2023/07/24|publisher= 東京新聞 |author= |date=2023/06/19 }}</ref>。

==歴史==
「gender identity」という用語は{{仮リンク|ロバート・ストーラー|en|Robert Stoller}}という[[精神医学]]の研究者によって1964年に造語され、導入された<ref name=asb2010green>{{cite journal|last1=Green |first1=Richard |date=2010|title= Robert Stoller’s Sex and Gender: 40 Years On |url= https://link.springer.com/article/10.1007/s10508-010-9665-5 |journal= Archives of Sexual Behavior |volume=39|issue=|publisher= International Academy of Sex Research |doi= 10.1007/s10508-010-9665-5 |access-date=26 July 2023|doi-access=free}}</ref><ref>{{cite journal|last1=Stoller|first1=Robert J.|date=November 1964|title=The Hermaphroditic Identity of Hermaphrodites|journal=The Journal of Nervous and Mental Disease|volume=139|issue=5|pages=453–457|access-date=27 July 2023|doi=10.1097/00005053-196411000-00005|pmid=14227492|s2cid=22585295}}</ref>。そして1960年代に[[ジョン・マネー]]によって用語は普及し、ジョン・マネーは[[ジョンズ・ホプキンズ大学]]にジェンダーアイデンティティ・クリニックを設立した<ref name=ucf220603>{{Cite web|url= https://www.ucf.edu/news/gender-identity/ |title= What Is Gender Identity? And Other Questions You May Have |accessdate=2023/07/26|publisher= University of Central Florida News |author= |date=2022/06/03}}</ref>。[[性科学]]者のジョン・マネーはジョンズ・ホプキンズ大学の同僚であったジョーン・ハンプソンとジョン・ハンプソンと共に、1950年代からインターセックスの状態をもって生まれた人々における性別のアイデンティティの発達に関する研究を行っていた<ref name=Susan2020>{{Cite journal|和書|author=スーザン・ストライカー |title=「トランスジェンダー」の旅路 |journal=ジェンダー研究 |issn= |publisher= |year=2020 |month= |volume=23 |issue= |pages= |naid= |url=https://www2.igs.ocha.ac.jp/wp-content/uploads/2020/10/special-1.pdf |accessdate=2023-07-26}}</ref>。身体が物理的に曖昧で、性器が明確には男性形でも女性形でもないインターセックスの人々が自分自身を男性や女性と考えるようになるのはなぜなのか解明することを目的とし、当時は心理社会的なプロセスの結果だと推測していた{{R| Susan2020}}。ただし、この時期の研究は倫理的な問題も多く指摘され、とくに[[デイヴィッド・ライマー]]の件は悲劇として語られることもある<ref name=can-gender>{{Cite web|url= https://can-sg.org/frequently-asked-questions/are-people-born-with-a-gender-identity/ |title=Are people born with a gender identity? |accessdate=2023/07/26|publisher= Clinical Advisory Network on Sex and Gender |author= |date=2022/06/03}}</ref>。

{{See also|{{ill|ジェンダーの社会的構築|en|Social construction of gender}}}}

その後、「gender identity」はトランスジェンダーの人々を説明する際に利用される概念となった{{R| Susan2020}}。

{{See also|{{ill|トランスジェンダーの歴史|en|Transgender history}}}}

2006年には[[ジョグジャカルタ原則]]が採択され{{Sfn|大阪弁護士会人権擁護委員会|2016|p=4}}、2011年には[[国際連合人権理事会]]で「人権と性的指向・性自認」という決議が採択もされた{{Sfn|LGBT法連合会|2019|p=11}}。以降、国連が中心となって「{{仮リンク|United Nations Free & Equal|en|United Nations Free & Equal}}」という啓発キャンペーンが行われるようになり、性同一性は[[人権]]として認識されている<ref name=ohchr-humanrights>{{Cite web|url= https://www.ohchr.org/en/sexual-orientation-and-gender-identity |title=OHCHR and the human rights of LGBTI people |accessdate=2023/07/26|publisher= OHCHR |author= |date=}}</ref>。

==メカニズム==
===自覚===
性同一性は2~3歳<ref name=hopkins-earlysexual>{{Cite web|url= https://www.hopkinsallchildrens.org/Patients-Families/Health-Library/HealthDocNew/Understanding-Early-Sexual-Development |title= Understanding Early Sexual Development |accessdate=2023/07/25|publisher= Johns Hopkins All Children’s Hospital |author= |date= }}</ref>や3~4歳{{Sfn|遠藤|2016|p=55}}で認識し始めると言われている。この年齢の子供たちは、男の子と女の子の違いを理解し始め、自分がどちらであるかを認識できるようになる{{R| hopkins-earlysexual}}。そして[[性役割]]を自覚して行動するようになり始める{{R| hopkins-earlysexual}}。

その子どもが典型的な性役割と異なる行動(例えば、男の子が女の子向けのドレスを着たいと言ったり、女の子になりたいと主張するなど)を一度か二度見せたとしても、ただちにその子の性同一性を断定することはできない<ref name=hrc-transchild>{{Cite web|url= https://www.hrc.org/resources/transgender-children-and-youth-understanding-the-basics |title= Transgender Children & Youth: Understanding the Basics |accessdate=2023/07/25|publisher= Human Rights Campaign |author= |date=}}</ref>。ある程度の一貫性があり、固執して、数か月、または数年にわたってそうした行動をとる場合、その子の性同一性は出生時に割り当てられた性別とは一致していない可能性がある{{R| hrc-transchild}}。子どもの性同一性に関する言動は千差万別なので、不安なときは{{仮リンク|ジェンダー・アファーミング・ケア|en|Transgender health care}}(トランスジェンダー・ヘルスケア)に精通した専門家や{{仮リンク|ジェンダークリニック|en|Gender identity clinic}}に相談するのが望ましい{{R| hrc-transchild}}。ただし、だからといって思春期前の幼い子どもが{{仮リンク|性別移行|en|Gender transition}}の医療処置を受けさせられることはない<ref name=factcheck230522>{{Cite web|url= https://www.factcheck.org/2023/05/scicheck-young-children-do-not-receive-medical-gender-transition-treatment/ |title= Young Children Do Not Receive Medical Gender Transition Treatment |accessdate=2023/07/26|publisher= FactCheck.org |author= |date=2023/05/22}}</ref>。

性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致しないことによって起きる心理的苦痛は[[性別違和]](gender dysphoria)と呼ばれる<ref name=psychiatry-dyspho>{{Cite web|url= https://www.psychiatry.org/patients-families/gender-dysphoria/what-is-gender-dysphoria |title= What is Gender Dysphoria? |accessdate=2023/07/25|publisher= American Psychiatric Association |author= |date=}}</ref>。性別違和は小児期に始まることもあるが、基本的に人生のいつでも起こりうる<ref name=cnn230719>{{Cite web|url= https://edition.cnn.com/2023/07/19/health/is-gender-dysphoria-mental-disorder-treatment-wellness/index.html |title= Is gender dysphoria a mental disorder? Here’s what you should know |accessdate=2023/07/25|publisher= CNN |author= |date=2023/07/19 }}</ref>。一部の人にとって、性同一性は流動的であり、さまざまな状況で変化する可能性がある{{R| pedia2018rafferty}}。

===決定要因===
性同一性がどのように決定されるかについて単一の説明はできない<ref name=apa230309>{{Cite web|url= https://www.apa.org/topics/lgbtq/transgender-people-gender-identity-gender-expression |title= Understanding transgender people, gender identity and gender expression |accessdate=2023/07/25|publisher= American Psychological Association |author= |date=2023/03/09 }}</ref>。遺伝的影響や出生前ホルモンレベルなどの生物学的要因、思春期や成人期以降の経験など、各種の要因が複合的に寄与していると科学的に考えられている{{R| pedia2018rafferty}}{{R| apa230309}}。{{仮リンク|米国内分泌学会|en|Endocrine Society}}では、性同一性には生物学的な基盤を示す科学的根拠があり、施策にはこれを考慮すべきであるという見解をだしている<ref name=endocrine201216>{{Cite web|url= https://www.endocrine.org/advocacy/position-statements/transgender-health |title= Transgender Health |accessdate=2023/07/26|publisher= Endocrine Society |author= |date=2020/12/16 }}</ref>。

性同一性の原因に関する研究は各所で行われているが、これらの理論は、トランスジェンダーの人々をシスジェンダーにするための「治療」へと接続する誤った方向の要求を増大させるだけではないかという指摘もある<ref name=scientificame201023>{{Cite web|url= https://www.scientificamerican.com/article/the-disturbing-history-of-research-into-transgender-identity/ |title= The Disturbing History of Research into Transgender Identity |accessdate=2023/07/26|publisher= Scientific American |author= |date=2020/10/23 }}</ref>。なお、性同一性を強制的に変えようとする行為は「[[転向療法]](コンバージョン・セラピー)」と呼ばれており、[[米国小児科学会]]や[[アメリカ医師会]]などは転向療法の危険性を指摘し、反対の立場を示している<ref name=hrc-therapy>{{Cite web|url= https://www.hrc.org/resources/the-lies-and-dangers-of-reparative-therapy |title= The Lies and Dangers of Efforts to Change Sexual Orientation or Gender Identity |accessdate=2023/07/26|publisher= Human Rights Campaign |author= |date= }}</ref><ref name=glaad-therapy>{{Cite web|url= https://www.glaad.org/conversiontherapy |title= What is conversion therapy? |accessdate=2023/07/27|publisher= GLAAD }}</ref>。転向療法は{{仮リンク|ジェンダー・アファーミング・ケア|en|Transgender health care}}や{{仮リンク|性別移行|en|Gender transition}}とは全く異なるものである<ref name=stonewall-therapy>{{Cite web|url= https://www.stonewall.org.uk/everything-you-need-know-about-conversion-therapy |title= Everything you need to know about conversion therapy |accessdate=2023/07/26|publisher= Stonewall |author= |date= }}</ref>。

{{See also|{{ill|性別不合の原因|en|Causes of gender incongruence}}}}

===医学的な扱い===
性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致しないことによって心理的苦痛([[性別違和]])を感じている場合は、[[アメリカ精神医学会]]の『[[精神障害の診断と統計マニュアル]](DSM)』では[[精神障害]]と診断されることがあり、これはもっぱら医療的な{{仮リンク|ジェンダー・アファーミング・ケア|en|Transgender health care}}(トランスジェンダー・ヘルスケア)を受けるために必要となるからである{{R| cnn230719}}。出生時に割り当てられた性別と一致しない性同一性を持つこと自体が精神障害というわけではない{{R| cnn230719}}。

[[世界保健機関]](WHO)が死因や疾病の国際的な統計基準として公表している分類『[[疾病及び関連保健問題の国際統計分類]](ICD)』の「ICD-11」では、出生時に割り当てられた性別と自分が認識する性同一性が一致しないことは「'''[[性別不合]]'''(gender incongruence)」という呼称で定義されるようになり、[[精神疾患]]としては扱われなくなった<ref name=jspn>{{Cite web|url= https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1240020134.pdf |title= ICD—11で新設された「性の健康に関連する状態群」 性機能不全・性疼痛における「非器質性・器質性」二元論の克服と多様な性の社会的包摂にむけて |accessdate=2023/07/26|publisher= |author= |date= }}</ref>。例えば「ICD-10」にあった「[[性転換症]](トランスセクシュアリズム)」「子どもの[[性同一性障害]]」といった診断カテゴリは「成人期・思春期の性別不合」「小児期の性別不合」にそれぞれ置き換えられた<ref name=who-icd>{{Cite web|url= https://www.who.int/standards/classifications/frequently-asked-questions/gender-incongruence-and-transgender-health-in-the-icd |title= Gender incongruence and transgender health in the ICD |accessdate=2023/07/26|publisher= WHO |author= |date= }}</ref>。これにともない、医療分類を見直すことを各国に促している<ref name=ohchr-trans>{{Cite web|url= https://www.ohchr.org/en/special-procedures/ie-sexual-orientation-and-gender-identity/struggle-trans-and-gender-diverse-persons|title= The struggle of trans and gender-diverse persons |accessdate=2023/07/25|publisher= OHCHR |author= |date=}}</ref>。

性同一性に関する心理的苦痛を感じている当事者のために、{{仮リンク|ジェンダー・アファーミング・ケア|en|Transgender health care}}(トランスジェンダー・ヘルスケア)が提供される<ref name=aamc220412>{{Cite web|url= https://www.aamc.org/news/what-gender-affirming-care-your-questions-answered |title= What is gender-affirming care? Your questions answered |accessdate=2023/07/26 |publisher= Association of American Medical Colleges |author= |date=2022/04/12}}</ref>。具体的には[[ホルモン療法#ホルモン補充療法(HRT)|ホルモン補充療法]]や[[性別適合手術]]などの医学的処置も含む。こうして人が自分の身体や生活スタイルを自分の性同一性に近いものへと変えていくプロセスを{{仮リンク|性別移行|en|Gender transition}}と呼ぶ{{R| apa230309}}。この医学的ケアについては{{仮リンク|世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会|en|World Professional Association for Transgender Health}}(WPATH)が基準となる専門的ガイダンスをまとめている<ref name=can-wpath>{{Cite web|url= https://can-sg.org/frequently-asked-questions/what-is-wpath-and-what-are-their-guidelines/ |title= What is WPATH and what are their guidelines? |accessdate=2023/07/26 |publisher= Clinical Advisory Network on Sex and Gender |author= |date=}}</ref>。

==差別==
{{Main|{{ill|反ジェンダー運動}}|{{ill|LGBT権利への反対|en|LGBT rights opposition}}|{{ill|アンチLGBTのレトリック|en|Anti-LGBT rhetoric}}}}

性同一性に対する[[差別]]や[[偏見]]が社会には蔓延している。とくにマイノリティな性同一性の人々は深刻な不平等を経験している。例えば、性同一性を尊重せずにその人の性別を誤って扱ってしまうことは[[ミスジェンダリング]]と呼ばれる<ref name=webmd221110>{{Cite web|url= https://www.webmd.com/sex/health-effects-misgendering |title= Health Effects of Misgendering |accessdate=2023/07/26 |publisher= WebMD|author= |date=2022/11/10}}</ref><ref name=trans101-term>{{Cite web|url= https://trans101.jp/term/ |title= 用語集|accessdate=2023/07/27 |publisher= はじめてのトランスジェンダー trans101.jp |author= |date=}}</ref>。具体的には、その人の望む[[代名詞]]を使わないこと、使わなくなった古い名前([[デッドネーミング]])を用いてしまうことなどである{{R| webmd221110}}。

性同一性の概念を否定したり、冷笑する動きは世界で観察されている。一部の{{仮リンク|右翼メディア|en|Alternative media (U.S. political right)}}は、性同一性など[[LGBT]]に関わることを学校教育で子どもに教えるべきでないと主張する([[LGBTグルーミング陰謀論]])<ref name=fair230309>{{Cite web|url= https://fair.org/home/right-wing-medias-grooming-rhetoric-has-nothing-to-do-with-concern-for-children/ |title=Right-Wing Media’s ‘Grooming’ Rhetoric Has Nothing to Do With Concern for Children |accessdate=2023/07/26|publisher= FAIR |author= |date=2023/03/09 }}</ref><ref name=npr220511>{{Cite web|url= https://www.npr.org/2022/05/11/1096623939/accusations-grooming-political-attack-homophobic-origins |title=Accusations of 'grooming' are the latest political attack — with homophobic origins|accessdate=2023/07/27|publisher= NPR |author= |date=2022/05/11 }}</ref>。一部の[[カトリック教]]や[[神道]]などの宗教関係者も性同一性に敵対的である<ref name=conversation230323>{{Cite web|url= https://theconversation.com/how-a-gender-conspiracy-theory-is-spreading-around-the-world-133854 |title= How a gender conspiracy theory is spreading around the world |accessdate=2023/07/27|publisher= The Conversation |author= |date=2023/03/23}}</ref><ref name=asahi221115>{{Cite web|url= https://www.asahi.com/articles/ASQCG74K2QBPOIPE00S.html |title= 議員ら会合でLGBTQ差別冊子、「加担怖い」 当事者の神職ら抗議 |accessdate=2023/07/27|publisher= 朝日新聞 |author= |date=2022/11/15}}</ref>。性同一性に対する差別を積極的に行う人々の中には「[[ジェンダー・イデオロギー]]」や「[[トランスジェンダリズム]]」といった言葉を独自に好んで持ち出す事例もある<ref name=xtramagazine230310>{{Cite web|url= https://xtramagazine.com/health/trans-health/trans-language-knowles-247358 |title= Decoding the language of the anti-trans movement |accessdate=2023/07/26|publisher= Xtra Magazine |author= |date=2023/03/10}}</ref><ref name=fair230310>{{Cite web|url= https://fair.org/home/a-taste-of-whats-in-store-if-right-wing-zealots-get-green-light-to-sue-media/ |title=A Taste of What’s in Store if Right-Wing Zealots Get Green Light to Sue Media |accessdate=2023/07/26|publisher= FAIR |author= |date=2023/03/10 }}</ref>。

{{See also|トランスフォビア|ノンバイナリーの人々に対する差別|{{ill|インターセックスの人々に対する差別|en|Discrimination against intersex people}}}}

== 法的対応 ==
性同一性はその人のアイデンティティの基礎であり、これを否定することは、その人の生活のあらゆる側面に悪影響を及ぼす{{R| ohchr-trans}}。[[国際法律家委員会]]や元[[国際連合人権委員会]]の構成員や有識者らは、[[ジョグジャカルタ原則]]にて、性同一性に関係なく人は[[法の下の平等|平等]]であることを再確認した。そこで[[国際連合人権高等弁務官事務所]](OHCHR)は、性同一性の法的認知のプロセスについて、その人の性同一性に基づくこと、虐待的な医学的または法的要件を満たすように要求しないことなどを求めている{{R| ohchr-trans}}。そしてセクシュアル・マイノリティとなっている性同一性の社会的偏見を取り除き、性同一性を含む差別禁止法を採択することの必要性を各国に伝えている{{R| ohchr-trans}}。

{{See also|国際連合におけるLGBTの権利}}


== 各国及び国際会議 ==
{{See also|セルフID制度|性別適合手術}}
{{See also|セルフID制度|性別適合手術}}

=== ヨーロッパ ===
=== ヨーロッパ ===
* [[イギリス]]では、2004年から18歳以上であること、性別違和である診断の医学的証拠を委員会へ申請すること、最低2年間は希望変更先の性別的に生活していることを義務付けており、これらを満たした場合は[[性別適合手術]]を受けていなくとも法的性別変更を認める「性別承認法([[:en:Gender Recognition Act]])」を適用しているが、トランスの一部の人々は、現在の法的性別変更における医療要件さえもを「押し付けがましく、屈辱的である」と医療要件の廃止(セルフID制度導入)を要求している<ref>{{Cite news |title=UK government drops gender self-identification plan for trans people |url=https://www.theguardian.com/society/2020/sep/22/uk-government-drops-gender-self-identification-plan-for-trans-people |work=The Guardian |date=2020-09-22 |access-date=2023-02-22 |issn=0261-3077 |language=en-GB |first=Simon |last=Murphy |first2=Libby |last2=Brooks}}</ref>。
* [[イギリス]]では、2004年から18歳以上であること、性別違和である診断の医学的証拠を委員会へ申請すること、最低2年間は希望変更先の性別的に生活していることを義務付けており、これらを満たした場合は[[性別適合手術]]を受けていなくとも法的性別変更を認める「性別承認法([[:en:Gender Recognition Act]])」を適用しているが、トランスの一部の人々は、現在の法的性別変更における医療要件を「押し付けがましく、屈辱的である」として廃止セルフID制度導入を要求している<ref>{{Cite news |title=UK government drops gender self-identification plan for trans people |url=https://www.theguardian.com/society/2020/sep/22/uk-government-drops-gender-self-identification-plan-for-trans-people |work=The Guardian |date=2020-09-22 |access-date=2023-02-22 |issn=0261-3077 |language=en-GB |first=Simon |last=Murphy |first2=Libby |last2=Brooks}}</ref><ref name=pinknews230609>{{Cite web|url= https://www.thepinknews.com/2023/06/09/labour-gender-recognition-act-reforms-greens-snp-trans/ |title= Labour remains vague on Gender Recognition Act reforms as Greens and SNP call for change |accessdate=2023/07/27|publisher= PinkNews |author= |date=2023/06/09}}</ref>。
* [[スペイン]]では、2006年に性別違和だと診断された医療レポートと2年間のホルモン治療のテストなどの要件を満たした場合に性別変更を認める「性同一性に関する法律 (Ley de identidad de género)」を成立させている<ref>{{Cite web |title=España aprueba ley que permite cambio de género desde los 16 años |url=https://www.eltiempo.com/mundo/europa/espana-aprueba-cambiar-de-genero-a-los-16-y-licencia-por-menstruacion-742628 |website=El Tiempo |date=2023-02-16 |access-date=2023-02-22 |language=spanish |first=Casa Editorial El |last=Tiempo}}</ref>。2023年2月16日に、16歳以上は無条件で「行政上の申告」のみ、14歳~16歳未満は保護者の同意、12~14歳未満は裁判所から承認が得られれば、それぞれ性適合手術など医者の関与無しで法的性別変更を認める法案を可決した<ref>{{Cite web |title=España aprueba ley que permite cambio de género desde los 16 años |url=https://www.eltiempo.com/mundo/europa/espana-aprueba-cambiar-de-genero-a-los-16-y-licencia-por-menstruacion-742628 |website=El Tiempo |date=2023-02-16 |access-date=2023-02-22 |language=spanish |first=Casa Editorial El |last=Tiempo}}</ref>
* [[スペイン]]では、2006年に性別違和だと診断された医療レポートと2年間のホルモン治療のテストなどの要件を満たした場合に性別変更を認める「性同一性に関する法律 (Ley de identidad de género)」を成立させている<ref name=eltiempo>{{Cite web |title=España aprueba ley que permite cambio de género desde los 16 años |url=https://www.eltiempo.com/mundo/europa/espana-aprueba-cambiar-de-genero-a-los-16-y-licencia-por-menstruacion-742628 |website=El Tiempo |date=2023-02-16 |access-date=2023-02-22 |language=spanish |first=Casa Editorial El |last=Tiempo}}</ref>。2023年2月16日に、16歳以上は無条件で「行政上の申告」のみ、14歳~16歳未満は保護者の同意、12~14歳未満は裁判所から承認が得られれば、それぞれ性適合手術など医者の関与無しで法的性別変更を認める法案を可決した{{R| eltiempo}}。


=== アフリカ ===
=== アフリカ ===
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=== オーストラリア ===
=== オーストラリア ===
* [[オーストラリア]]では1984年性差別禁止法が定められ、その後、数次にわたって改正が行われており、同法の補正法として2013年改正性差別禁止法が定められ、性同一性等に基づく不利益な取扱いや不利な条件・要件・慣行が禁止された<ref>{{Cite web|author=株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所|url=https://www.soumu.go.jp/main_content/000623698.pdf|title=諸外国におけるダイバーシティの視点からの行政評価の取組に関する調査研究報告書|accessdate=2021-12-11|publisher=総務省}}</ref><ref>{{Cite web|url=https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/eikyo-kenkyu/eikyou-houkoku-kaigai/pdf/iv.pdf|title=男女共同参画影響調査研究会海外調査報告 オーストラリア|accessdate=2021-12-11|publisher=内閣府男女共同参画局}}</ref>。
* [[オーストラリア]]では1984年性差別禁止法が定められ、その後、数次にわたって改正が行われており、同法の補正法として2013年改正性差別禁止法が定められ、性同一性等に基づく不利益な取扱いや不利な条件・要件・慣行が禁止された<ref>{{Cite web|author=株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所|url=https://www.soumu.go.jp/main_content/000623698.pdf|title=諸外国におけるダイバーシティの視点からの行政評価の取組に関する調査研究報告書|accessdate=2021-12-11|publisher=総務省}}</ref><ref>{{Cite web|url=https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/eikyo-kenkyu/eikyou-houkoku-kaigai/pdf/iv.pdf|title=男女共同参画影響調査研究会海外調査報告 オーストラリア|accessdate=2021-12-11|publisher=内閣府男女共同参画局}}</ref>。

=== 国際会議 ===
* [[国際法律家委員会]]や元[[国際連合人権委員会]]の構成員や有識者らは、[[ジョグジャカルタ原則]]にて、性同一性に関係なく人は[[法の下の平等|平等]]であることを再確認した。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|周司・高井|2023}} |reference=[[周司あきら]] 著、[[高井ゆと里]] 著『トランスジェンダー入門』 [[集英社]]、2023年、232頁。{{ISBN2|978-4-08-721274-7}}}}
* 『ブレンダと呼ばれた少年』 [[ジョン・コラピント]](John Colapinto)著、[[村井智之]]訳、[[扶桑社]]、2005 ISBN 978-4594049584 (再刊)
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|ショーン・高井(訳)|2022}} |reference=ショーン・フェイ 著、[[高井ゆと里]] 訳『トランスジェンダー問題——議論は正義のために』 [[明石書店]]、2022年、436頁。{{ISBN2|978-4750354637}}}}
* 「Discordant Sexual Identity in Some Genetic Males with Cloacal Exstrophy Assigned to Female Sex at Birth」 [http://content.nejm.org/cgi/content/full/350/4/333 The New England Journal of Medicine ]
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|エリス・上田(訳)|2022}} |reference=エリス・ヤング 著、上田勢子 訳『ノンバイナリーがわかる本 ――heでもsheでもない、theyたちのこと』 [[明石書店]]、2022年、352頁。{{ISBN2|978-4750353272}}}}
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|遠藤|2016}} |reference=[[遠藤まめた]] 著『先生と親のための LGBTガイド: もしあなたがカミングアウトされたなら』 [[合同出版]]、2016年、223頁。{{ISBN2|978-4772612715}}}}
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|大阪弁護士会人権擁護委員会|2016}} |reference=大阪弁護士会人権擁護委員会性的指向と性自認に関するプロジェクトチーム 著『LGBTsの法律問題Q&A』 [[LABO]]、2016年、152頁。{{ISBN2|978-4904497289}}}}
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|LGBT法連合会|2019}} |reference=LGBT法連合会 編『日本と世界のLGBTの現状と課題』 [[かもがわ出版]]、2019年、160頁。{{ISBN2|978-4780310160}}}}
* {{Wikicite|ref={{Sfnref|アシュリー・須川(訳)|2017}} |reference=アシュリー・マーデル 著、須川綾子 訳『13歳から知っておきたいLGBT+』 [[ダイヤモンド社]]、2017年、216頁。{{ISBN2|978-4478102961}}。}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[性別]]
* [[同一性]]
* [[性別不合]]([[性同一性障害]]・[[性転換症]])
* [[性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律]]
* [[性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律]]
* [[トランスジェンダー]]
* [[トランスフォビア]]
* [[性役割]]
* [[ジェンダー]]
* [[Xジェンダー]]
* [[ジェンダーフリー]]
* [[SOGI]]


==外部リンク==
==外部リンク==
* [https://www.unfe.org/ UN Free & Equal]
* [http://www.unhcr.org/refworld/docid/48abd5660.html 国際連合難民高等弁務官の性的指向と性同一性に由来する難民についての指導書 ]
* [http://wcd.coe.int/ViewDoc.jsp?id=1476365 「人権と性同一性」] (2009年7月29日付の欧州評議会公文書 トマス・ハマーベリ著)
* [http://www.ohchr.org/Documents/Publications/BornFreeAndEqualLowRes.pdf BORN FREE AND EQUAL - Sexual orientation and gender identity in international human rights law] ([[国際連合人権高等弁務官事務所]]、2012年)


{{性}}
{{性}}

2023年7月27日 (木) 02:55時点における版

性同一性(せいどういつせい、英: gender identity)とは、自分自身のジェンダーについて感覚として深く経験したアイデンティティのことを指す。日本語では「性同一性」のほかに「ジェンダーアイデンティティ」や「性自認」とも表記される。

概説

染色体ホルモン生殖器官など性的特徴に基づく、女性男性インターセックスといった性別(sex)が人間社会では認識され、出生時に性別が割り当てられる[1]。その出生時に割り当てられた性別が、自分自身が深く感じて経験したジェンダー(gender)と一致する人もいれば、一致しない人もいる[1]。このように自分自身のジェンダーについて深く感じて経験したアイデンティティのことを性同一性(gender identity)と呼ぶ[2]

性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致する人はシスジェンダーといい、一致しない人はトランスジェンダーという[2][3]。トランスジェンダーの略語として「トランス」も用いられる[4]トランスセクシュアルという言葉もあるが、トランスジェンダーという用語と比べると使用が避けられる傾向にある[5]

性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致しない人はトランスジェンダーだけではなく、ジェンダーフルイドジェンダークイアポリジェンダーバイジェンダーなども含むノンバイナリーXジェンダー)も存在し、男女の二元論に当てはまらない場合もある[6][7][8][9]。いかなるジェンダーもアイデンティティとしていない人はAジェンダー(エイジェンダー/アジェンダー)と呼ぶ[10]

男女の典型的な性的特徴とは少し異なる状態で生まれたインターセックスの人々の性同一性はより複雑に考えることになるが、やはりその性同一性は男性・女性・ノンバイナリーなどさまざまである[11]。インターセックスの人々の役約8.5~20%が性別違和を経験しているという研究もあり[12]、「Intersex Human Rights Australia」の2015年の調査によればインターセックスの回答者の4分の1は、「女性や男性」以外の性同一性であると答えた[13]

他にも、世界中には昔から主流のジェンダー規範に当てはまらない人々は存在し、独自の文化を受け継いできており、第3の性別と表現したりする[14][15]。例えば、アメリカ先住民におけるトゥー・スピリットポリネシアファアファフィネ英語版、南アジアのヒジュラーなどがある[14]。こうした男性または女性という主流のジェンダー規範に当てはまらない人々を総称してジェンダー・バリアントと言うことがある[14]

性同一性は自称ではなく、ある程度の一貫性や継続性があるものなので、個人で好きなように自由に性別を選択できるものではない[16][17][18][19]。そのため男性が「今日から女性だ」と言えばすぐさま性同一性が女性になるといったものではない[20]。性同一性は日本では一般的に「心の性別」と表現されることがあるが、性同一性とは自分がどの性別集団に属しているのかについての帰属意識に関係するものであり、ゆえに「心の性別」という表現は不正確である[21][22]

性同一性は性的指向とは異なる概念である[23]。性同一性がなんであれ、どんな性別の人に惹かれるか(異性愛か、同性愛か、両性愛かなど)は個人で違ってくる[23]。例えば、ゲイの男性は男性に惹かれるからといって「女性になりたい」というわけではない[24]。同性愛者だったが後に性同一性を自覚してトランスジェンダーとして生きる人もごくわずかには出現するが、そうした人が大勢いるという事実はない[25]

人が自分のジェンダーを服装や髪形など外面的にどう表現するかはジェンダー表現(性表現)と呼ばれるが、人々の中には自分の性同一性とジェンダー表現を合わせる者もいれば、あまり気にせずに自己表現する人もいる[26]。なので、ある女性がボーイッシュな格好をしていても性同一性が男性ということには必ずしもならない。社会における男女二元論的な規範とは異なるかたちで自分を表現したりする人の総称としてジェンダー・ノンコンフォーミングという言葉もある[27]

日本語の表記

日本語では「gender identity」の訳語には「性同一性」「性自認」「ジェンダー・アイデンティティ」があり、いずれも意味は同じである[16][28][29][30][31]

しかし、一部には、「性自認」は「自称」にすぎず、「性同一性」は性同一性障害を前提にした医師の診断に基づく医学用語かのような誤解を招く用い方をする人もみられ、2023年6月に成立した性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(LGBT理解増進法)の議論においても主に自由民主党保守系の政治家がそうした主張を展開していた[16][17]

結局、最終的に成立したLGBT理解増進法では「ジェンダーアイデンティティ」が採用されたが、その国会審議にて「性同一性」「性自認」「ジェンダーアイデンティティ」のどちらも意味は同じだと再確認された[32]

歴史

「gender identity」という用語はロバート・ストーラー英語版という精神医学の研究者によって1964年に造語され、導入された[33][34]。そして1960年代にジョン・マネーによって用語は普及し、ジョン・マネーはジョンズ・ホプキンズ大学にジェンダーアイデンティティ・クリニックを設立した[35]性科学者のジョン・マネーはジョンズ・ホプキンズ大学の同僚であったジョーン・ハンプソンとジョン・ハンプソンと共に、1950年代からインターセックスの状態をもって生まれた人々における性別のアイデンティティの発達に関する研究を行っていた[36]。身体が物理的に曖昧で、性器が明確には男性形でも女性形でもないインターセックスの人々が自分自身を男性や女性と考えるようになるのはなぜなのか解明することを目的とし、当時は心理社会的なプロセスの結果だと推測していた[36]。ただし、この時期の研究は倫理的な問題も多く指摘され、とくにデイヴィッド・ライマーの件は悲劇として語られることもある[37]

その後、「gender identity」はトランスジェンダーの人々を説明する際に利用される概念となった[36]

2006年にはジョグジャカルタ原則が採択され[38]、2011年には国際連合人権理事会で「人権と性的指向・性自認」という決議が採択もされた[39]。以降、国連が中心となって「United Nations Free & Equal英語版」という啓発キャンペーンが行われるようになり、性同一性は人権として認識されている[40]

メカニズム

自覚

性同一性は2~3歳[41]や3~4歳[42]で認識し始めると言われている。この年齢の子供たちは、男の子と女の子の違いを理解し始め、自分がどちらであるかを認識できるようになる[41]。そして性役割を自覚して行動するようになり始める[41]

その子どもが典型的な性役割と異なる行動(例えば、男の子が女の子向けのドレスを着たいと言ったり、女の子になりたいと主張するなど)を一度か二度見せたとしても、ただちにその子の性同一性を断定することはできない[43]。ある程度の一貫性があり、固執して、数か月、または数年にわたってそうした行動をとる場合、その子の性同一性は出生時に割り当てられた性別とは一致していない可能性がある[43]。子どもの性同一性に関する言動は千差万別なので、不安なときはジェンダー・アファーミング・ケア英語版(トランスジェンダー・ヘルスケア)に精通した専門家やジェンダークリニック英語版に相談するのが望ましい[43]。ただし、だからといって思春期前の幼い子どもが性別移行の医療処置を受けさせられることはない[44]

性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致しないことによって起きる心理的苦痛は性別違和(gender dysphoria)と呼ばれる[45]。性別違和は小児期に始まることもあるが、基本的に人生のいつでも起こりうる[46]。一部の人にとって、性同一性は流動的であり、さまざまな状況で変化する可能性がある[23]

決定要因

性同一性がどのように決定されるかについて単一の説明はできない[47]。遺伝的影響や出生前ホルモンレベルなどの生物学的要因、思春期や成人期以降の経験など、各種の要因が複合的に寄与していると科学的に考えられている[23][47]米国内分泌学会英語版では、性同一性には生物学的な基盤を示す科学的根拠があり、施策にはこれを考慮すべきであるという見解をだしている[48]

性同一性の原因に関する研究は各所で行われているが、これらの理論は、トランスジェンダーの人々をシスジェンダーにするための「治療」へと接続する誤った方向の要求を増大させるだけではないかという指摘もある[49]。なお、性同一性を強制的に変えようとする行為は「転向療法(コンバージョン・セラピー)」と呼ばれており、米国小児科学会アメリカ医師会などは転向療法の危険性を指摘し、反対の立場を示している[50][51]。転向療法はジェンダー・アファーミング・ケア英語版性別移行とは全く異なるものである[52]

医学的な扱い

性同一性が出生時に割り当てられた性別と一致しないことによって心理的苦痛(性別違和)を感じている場合は、アメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)』では精神障害と診断されることがあり、これはもっぱら医療的なジェンダー・アファーミング・ケア英語版(トランスジェンダー・ヘルスケア)を受けるために必要となるからである[46]。出生時に割り当てられた性別と一致しない性同一性を持つこと自体が精神障害というわけではない[46]

世界保健機関(WHO)が死因や疾病の国際的な統計基準として公表している分類『疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)』の「ICD-11」では、出生時に割り当てられた性別と自分が認識する性同一性が一致しないことは「性別不合(gender incongruence)」という呼称で定義されるようになり、精神疾患としては扱われなくなった[53]。例えば「ICD-10」にあった「性転換症(トランスセクシュアリズム)」「子どもの性同一性障害」といった診断カテゴリは「成人期・思春期の性別不合」「小児期の性別不合」にそれぞれ置き換えられた[54]。これにともない、医療分類を見直すことを各国に促している[55]

性同一性に関する心理的苦痛を感じている当事者のために、ジェンダー・アファーミング・ケア英語版(トランスジェンダー・ヘルスケア)が提供される[56]。具体的にはホルモン補充療法性別適合手術などの医学的処置も含む。こうして人が自分の身体や生活スタイルを自分の性同一性に近いものへと変えていくプロセスを性別移行と呼ぶ[47]。この医学的ケアについては世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会英語版(WPATH)が基準となる専門的ガイダンスをまとめている[57]

差別

性同一性に対する差別偏見が社会には蔓延している。とくにマイノリティな性同一性の人々は深刻な不平等を経験している。例えば、性同一性を尊重せずにその人の性別を誤って扱ってしまうことはミスジェンダリングと呼ばれる[58][59]。具体的には、その人の望む代名詞を使わないこと、使わなくなった古い名前(デッドネーミング)を用いてしまうことなどである[58]

性同一性の概念を否定したり、冷笑する動きは世界で観察されている。一部の右翼メディア英語版は、性同一性などLGBTに関わることを学校教育で子どもに教えるべきでないと主張する(LGBTグルーミング陰謀論[60][61]。一部のカトリック教神道などの宗教関係者も性同一性に敵対的である[62][63]。性同一性に対する差別を積極的に行う人々の中には「ジェンダー・イデオロギー」や「トランスジェンダリズム」といった言葉を独自に好んで持ち出す事例もある[64][65]

法的対応

性同一性はその人のアイデンティティの基礎であり、これを否定することは、その人の生活のあらゆる側面に悪影響を及ぼす[55]国際法律家委員会や元国際連合人権委員会の構成員や有識者らは、ジョグジャカルタ原則にて、性同一性に関係なく人は平等であることを再確認した。そこで国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、性同一性の法的認知のプロセスについて、その人の性同一性に基づくこと、虐待的な医学的または法的要件を満たすように要求しないことなどを求めている[55]。そしてセクシュアル・マイノリティとなっている性同一性の社会的偏見を取り除き、性同一性を含む差別禁止法を採択することの必要性を各国に伝えている[55]

ヨーロッパ

  • イギリスでは、2004年から18歳以上であること、性別違和である診断の医学的証拠を委員会へ申請すること、最低2年間は希望変更先の性別的に生活していることを義務付けており、これらを満たした場合は性別適合手術を受けていなくとも法的性別変更を認める「性別承認法(en:Gender Recognition Act)」を適用しているが、トランスの一部の人々は、現在の法的性別変更における医療要件を「押し付けがましく、屈辱的である」として廃止(セルフID制度導入)を要求している[66][67]
  • スペインでは、2006年に性別違和だと診断された医療レポートと2年間のホルモン治療のテストなどの要件を満たした場合に性別変更を認める「性同一性に関する法律 (Ley de identidad de género)」を成立させている[68]。2023年2月16日に、16歳以上は無条件で「行政上の申告」のみ、14歳~16歳未満は保護者の同意、12~14歳未満は裁判所から承認が得られれば、それぞれ性適合手術など医者の関与無しで法的性別変更を認める法案を可決した[68]

アフリカ

  • 南アフリカ共和国では、2009年7月、性別適合手術や医療介入無くして当事者の法的性別変更を認める行政的決定がなされた。

南アメリカ

  • アルゼンチンでも同様に、2012年5月、性別適合手術やホルモン療法も含めた医療介入無くして性別変更を認める立法が制定された。

オーストラリア

  • オーストラリアでは1984年性差別禁止法が定められ、その後、数次にわたって改正が行われており、同法の補正法として2013年改正性差別禁止法が定められ、性同一性等に基づく不利益な取扱いや不利な条件・要件・慣行が禁止された[69][70]

脚注

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参考文献

関連項目

外部リンク