トランス女性

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1926年のリリー・エルベ
2020年のヘリテージ・オブ・プライドのドミニク・ジャクソン(英語版)
1960年のカーメン・ループ(英語版)
左上から時計回りに、リリー・エルベ(1926年。世界初のトランスセクシャル女性。)、ニッキー・ド・ジャガー英語版(2020年)、カーメン・ループ英語版(1960年の)、ドミニク・ジャクソン英語版(2020年。トランスセクシャル女性[1]。)

トランス女性(トランスじょせい・: trans woman、 Male to Femaleの略称MtF )は、出生時には男性割り当てられたが、女性としての性同一性をもつトランスジェンダーである。正式名称は「トランスジェンダー女性」と表する。一様、トランスジェンダーと別の概念になるが性別適合手術済みのトランスセクシャル女性も包括してトランス女性の範疇に入るとされる。

概要[編集]

トランス女性は出生時に割り当てられた性別である男性とは異なり、女性としての性同一性(ジェンダー・アイデンティティ)を持っている[2][3]。トランス女性を「元男性」といった言い方で表現するのは不適切であるとされる[4]。性同一性は自称ではなく、ある程度の一貫性や継続性があるものなので、個人で自由に好きなように性別を選択できるものではない[5][6][7][8]。そのため男性が「今日から女性だ」と言えばすぐさまトランス女性となるといったものではない[9]

他には性別適合手術を予定または、特に済ませたトランス女性を「トランスセクシュアル女性(トランスセクシャル女性)」という区分けされる表記がある。よって、トランスセクシュアルという言葉はトランスジェンダーという用語と比べると使用が避けられる傾向にある[10]

出生時に割り当てられた性別が女性で、性同一性も女性である場合は「シスジェンダー女性」と呼ぶ。また、出生時に割り当てられた性別が女性で、性同一性が男性である場合は「トランスジェンダー男性(トランス男性)」となる[11]

トランス女性とよく似た言葉に「トランスフェミニン」がある。トランスフェミニンとは、出生時に男性に割り当てられた(「Assigned male at birth」の頭文字をとって「AMAB」とも呼ぶ)ものの、自分を女性であると認識している人々を指す包括的な用語である[12][13]。トランスジェンダー女性だけでなく、女性らしさを認識するノンバイナリーの人々や、部分的に女性らしさを認識するデミガール、ジェンダー・フルイド英語版、さらには女性らしさを認識する他のAMABの人々も含む[12]

トランス女性は女性らしい格好を好む人もいれば、そうでない人もいる[14]。しかし、トランス女性はシスジェンダー女性よりも「女らしくしなければいけない」という圧力を受けることもある[14]

トランス女性の性的指向は他のセクシャリティと変わらず様々である。2012年に約3000人のアメリカ国内のトランス女性を対象にした性的指向調査では、31%が両性愛(男女双方が恋愛対象)が最多となった。そして、29%が同性愛(女性が恋愛対象)、23%が異性愛(男性が恋愛対象)、7%が無性愛、7%が「クィア」、2%が「その他」と回答した[15]

女性への性別移行[編集]

トランス女性が性別移行英語版において医学的な手術を行うかどうかは個人で異なる[16]。そもそもトランスジェンダーの人々がみんな性別違和を感じているとは限らない[17]

トランスジェンダーの全体ではないが身体的性別の移行を望む場合、日本では医学的診断である性同一性障害の診断を受けることにより女性ホルモン補充療法(HRT)や性別適合手術美容医療[18]及び家庭裁判所において氏名変更などが公に可能になる。併せて、2004年に施行された性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律による要件を満たす事が記載された厚生労働省の定める二人以上の医師の診断書並び本人の性別取り扱いに関する申し立て書と出生からの全ての戸籍謄本裁判官により認定されれば戸籍を変更することが可能である。施行から18年半近くの2022年末までに性別変更をした性同一性障害当事者は総計1万1919人である[19]。備考としてトランスジェンダーと認知されている当事者で性別適合手術と戸籍変更を合わせて変更を出来た方は全体の2割弱である。理由は手術における断種問題を含める健康面の問題と手術費用を全額自己負担をする金銭面の問題がトランスジェンダー当事者にとって強い負担になる所以である[20]

日本では、性同一性障害特例法に対して第4号の要件については2023年10月25日に最高裁判所大法廷憲法13条(個人の尊厳・幸福追求権)に違反し無効であると判断している[21]。 併せて、主に陰茎切除術等のトランス女性に必須であった「変更先の性別の性器に類似した外観を持つようにするための手術を必要とする要件」(本法3条1項第5号)については高裁にて検討されていないとしてここでは判断はせずに審理を高裁に差し戻した[22][23]。結果として、国会が特例法の両手術要件や未成年の子なし要件の3要件削除を包括しての改正等を検討している[24]

差別[編集]

トランス女性は多くの差別や偏見に晒されている。現実社会ではいまだ偏見が残り「男のくせに」または「気持ち悪い」や「おかま」と蔑称され、冷ややかな視線や蔑視されたりなどをして元男性である事を棚に上げて嘲笑されたり侮蔑される現実がある[25][26]

とくにトランス女性は女性専用スペースなどでシスジェンダー女性への脅威となるという主張がたびたび持ち上がる[27][28]。しかし、実際にはトランス女性がシスジェンダー女性の危険に繋がるという証拠はない[27][29][30]

一方で、トランス女性はシスジェンダー女性と同様か、もしくはシスジェンダー女性以上の危険に直面している。例えば、イギリスの調査によれば家庭内暴力を経験したシスジェンダー女性は7.5%だったのに対し、トランス女性は16%であった[27]。また、アメリカの調査では、トランスジェンダーの47%が生涯のある時点で性暴力を受けていることが示されており[31]、9%はトイレで性的暴行を受けている[32]。日本の調査でも、トランス女性の66.2%が何らかの暴力被害の経験があり、一方で半数は誰にも相談していないと答えている[33]。インドでは、トランスジェンダーの約80%がセックスワーカーか物乞いをしており、暴力や虐待に直面しているという指摘もある[34]。女性トイレを利用しただけで殺害されたトランス女性もいる [35]

トランスフェミニストジュリア・セラーノ英語版は著書『ウィッピング・ガール英語版[36]の中で、トランス女性はトランスフォビア女性嫌悪が組み合わさってより過激な攻撃の対象となることを説明し、これをトランスミソジニー英語版と呼んでいる[37][38]

日本では、2023年6月施行されたLGBT理解増進法によって性的少数者やトランスジェンダーへの社会的理解を深める啓発と性教育に取り組む法律が成立施行した。

トランスフェミニズム[編集]

トランス女性に関するフェミニストの見解は時代とともに変化してきたが、一般的にはより包括的なものになってきている。第三波フェミニズムの出現で、トランスジェンダーのアイデンティティを包括し、インターセクショナリティを重視する第四波フェミニズムは幅広くトランスジェンダーを受け入れている[39]。こうしたフェミニズムは「トランスフェミニズム英語版」と呼ばれている[39][40]。従来は性別は生殖器によって男と女の2種類に明確に分けられるという性別二元論がまかり通っていたが、科学の進歩と共に、性別には性的特徴の複雑な相互作用があり、インターセックスの存在なども知られるようになった[41]

一方でトランス女性を受け入れない「トランス排除的ラディカルフェミニスト(TERF)」や「gender-critical feminists(ジェンダーに批判的なフェミニスト、ジェンダー・クリティカル・フェミニスト)」と呼ばれる人たちも存在する[42]。これらの人々は「人間は生まれながらに決して変えることのできない特定の性的特徴を持っているのであって、女性であることが社会でどのように扱われるかという点も合わせて、独特の特徴を共有している。ゆえにトランス女性は真の女性ではない」という考え方を基盤としており[43]、性別は男と女の2つのみであるという独自の「生物学的性別」を優先的な関心事とする[39]

著名なトランスセクシャル女性[編集]

性別適合手術を受けたトランスセクシャル女性として、日本人初・トランスセクシャルならびにニューハーフタレントパイオニアと言われるカルーセル麻紀[44][45]KABA.ちゃん[46]はるな愛(戸籍は名前と性を維持)[47]マスメディアや公式アカウントYouTubeTikTok等で有名になり「美人過ぎるニューハーフ」として話題になった美人ニューハーフのMeiなどがいる。Meiは2022年9月に戸籍変更をして本名も「めい」にした。2023年8月には長年交際していた一般男性と正式に結婚をした[48]

出典[編集]

  1. ^ https://www.essence.com/celebrity/pose-dominique-jackson-importance-gender-affirming-surgeries/
  2. ^ GLAAD Media Reference Guide - Transgender Terms”. GLAAD. 2023年3月13日閲覧。
  3. ^ ショーン・高井(訳) 2022, p. 13.
  4. ^ 「LGBTQ 報道ガイドライン –多様な性のあり方の視点から -」第2版策定”. LGBT法連合会 (2022年4月18日). 2022年11月26日閲覧。
  5. ^ LGBTQ理解増進法案「かなり後退」内容修正へ 合意ほごに動く自民の思惑は?「性自認」巡る<Q&A>も”. 東京新聞 (2023年5月11日). 2023年7月24日閲覧。
  6. ^ LGBT法案「大きく後退」修正案の問題点を解説”. Yahoo!(松岡宗嗣) (2023年5月11日). 2023年7月25日閲覧。
  7. ^ 「男性役員が女の性自認になればいい」トランスジェンダーへの無理解発言、あまりの罪深さ”. FRaU (2023年7月23日). 2023年7月25日閲覧。
  8. ^ 自称すれば女性?トランスジェンダーへの誤解 マジョリティーは想像で語らないで”. 朝日新聞GLOBE+ (2023年7月25日). 2023年7月25日閲覧。
  9. ^ 「誤った前提」に立つLGBTQ理解増進法案 「女性の権利を侵害」とも無関係・・・内藤忍さんが語る”. 東京新聞 (2023年6月14日). 2023年7月25日閲覧。
  10. ^ Transgender vs. transsexual'”. Medical News Today (2021年2月24日). 2023年7月26日閲覧。
  11. ^ トランス男性が縛られていた「男らしさ」 追い求めた果てに得た自由”. 朝日新聞 (2023年11月23日). 2023年11月25日閲覧。
  12. ^ a b What Does It Mean to Be Transfeminine?”. Healthline (2021年1月14日). 2023年11月25日閲覧。
  13. ^ What does transfeminine mean?”. Medical News Today (2023年7月27日). 2023年11月25日閲覧。
  14. ^ a b 【アーカイブ】高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」クロストーク”. wezzy (2023年10月24日). 2023年11月25日閲覧。
  15. ^ Injustice at Every Turn: A Report of the National Transgender Discrimination Survey”. National Center for Transgender Equality & National Gay and Lesbian Task Force. p. 29 (2015年1月21日). 2012年7月3日閲覧。
  16. ^ 10 Misconceptions About Being a Trans Woman”. Pride (2020年6月23日). 2023年11月25日閲覧。
  17. ^ Navigating myths”. TransHub. 2023年11月25日閲覧。
  18. ^ 性同一性障害”. 一般社団法人 日本形成外科学会. 2023年4月9日閲覧。
  19. ^ “戸籍の性別変更に手術必要”は憲法違反か 27日最高裁で弁論”. NHK. 2023年9月26日閲覧。
  20. ^ “手術要件”なくして 断種を迫られるトランスジェンダーの声”. NHK NEWS WEB. 2021年10月18日閲覧。
  21. ^ 裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan”. www.courts.go.jp. 2023年10月27日閲覧。
  22. ^ トランスジェンダー性別変更、生殖不能の手術要件は「違憲」 最高裁”. 朝日新聞 (2023年10月25日). 2023年10月27日閲覧。
  23. ^ 「お気持ちだけで戸籍上の性別が変更できる」は誤り【ファクトチェック】”. 日本ファクトチェックセンター (2023年10月23日). 2023年10月27日閲覧。
  24. ^ 性別変更、3要件削除を検討 立民・長妻氏”. 時事通信. 2023年11月2日閲覧。
  25. ^ 性的少数者の自殺リスクその背後にある「生きづらさ」とは”. 東京都人権啓発センター. 2022年2月7日閲覧。
  26. ^ 性同一性障害が気持ち悪いと思われてしまうのはなぜ?話し方一つで相手の印象はだいぶ変えられる”. 性同一性障害(性別不合)当事者の声とGIDに関する情報サイト. 2022年3月13日閲覧。
  27. ^ a b c Fears About Transgender People Are a Distraction From the Real Struggles All Women Face”. Time (2020年7月10日). 2023年11月25日閲覧。
  28. ^ 福永 玄弥「フェミニストと保守の奇妙な<連帯>韓国のトランス排除言説を中心に」『ジェンダー史学』第18巻、2022年、75-85頁、2023年11月25日閲覧 
  29. ^ No link between trans-inclusive policies and bathroom safety, study finds”. NBCNews (2018年9月20日). 2022年11月25日閲覧。
  30. ^ Why LGBT Advocates Say Bathroom 'Predators' Argument Is a Red Herring”. Time (2016年5月2日). 2022年11月25日閲覧。
  31. ^ Sexual Assault and the LGBTQ Community”. Human Rights Campaign. 2023年11月25日閲覧。
  32. ^ Why All Public Bathrooms Should Be Gender Neutral”. The Daily Beast (2016年4月18日). 2023年11月25日閲覧。
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  34. ^ ‘They thought I was a curse’: The struggles of India’s trans community”. openDemocracy (2023年4月7日). 2023年11月25日閲覧。
  35. ^ Bathroom Bans: How Trans Students Can Organize for Bathroom Access at Their Schools”. Teen Vogue (2023年3月31日). 2023年11月25日閲覧。
  36. ^ ジュリア・矢部(訳) 2023, p. 1.
  37. ^ Transmisogyny: what it is and why we need to talk about it”. Overland literary journal (2022年8月10日). 2023年11月25日閲覧。
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  39. ^ a b c Feminists explain how the fights for women’s rights and trans rights are one and the same”. PinkNews (2023年3月8日). 2023年11月25日閲覧。
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  41. ^ Trans women pose no threat to cis women, but we pose a threat to them if we make them outcasts”. The Guardian (2020年8月10日). 2023年11月25日閲覧。
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  44. ^ Company, The Asahi Shimbun (2012年6月7日). “カルーセル麻紀さん 「●●●を取ったらもてなくなった」〈週刊朝日〉”. AERA dot. (アエラドット). 2022年6月21日閲覧。
  45. ^ カルーセル麻紀 WEB ザ・テレビジョン”. © KADOKAWA CORPORATION. 2023年2月13日閲覧。
  46. ^ KABA.ちゃん、性別適合手術が無事成功”. モデルプレス. 2022年6月21日閲覧。
  47. ^ Company, The Asahi Shimbun (2014年7月15日). “はるな愛「女性になったけど、大西賢示のまま戸籍は男のままでいたいと思った」〈週刊朝日〉”. AERA dot. (アエラドット). 2022年6月21日閲覧。
  48. ^ 性転換から1年半…元男子タレント・Mei、結婚 お相手はモデル男性「私が男子の頃から好きだった人」”. 毎日新聞. 2023年8月21日閲覧。

参考文献[編集]

  • ショーン・フェイ 著、高井ゆと里 訳『トランスジェンダー問題——議論は正義のために』 明石書店、2022年、516頁。ISBN 978-4750354637
  • ジュリア・セラーノ 著、矢部文 訳『ウィッピング・ガール トランスの女性はなぜ叩かれるのか』 サウザンブックス社、2023年、466頁。ISBN 978-4909125408

関連項目[編集]