リリー・エルベ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Lili Elbe, c. 1920
Lili Elbe, 1930

リリー・エルベ(Lili Elbe, 1882年 - 1931年9月)はデンマーク画家イラストレーターであり、世界初の性別適合手術男性から女性)を受けた人物として知られる。本名はエイナル・モーゲンス・ヴェゲネル (Einar Mogens Wegener) 。

リリーの生涯とゲルダ[編集]

リリー・エルベは1882年に生まれ、1904年に当時学んでいたコペンハーゲン芸術学院 (Kunstakademiet) で出会ったゲルダ・ゴットライプ (en:Gerda Wegener) と結婚する。ゲルダもイラストレーターであった。リリー・エルベが女性の服装をするようになったのは、ゲルダの当時不在であったモデルの代わりにエルベにストッキングヒールを身につけさせ、脚のモデルになるよう頼んだことがきっかけであった。二人は1912年以降パリに在住するようになったが、そのころからエルベは女性として生活するようになった。エルベは元来女性的な顔つきと体をしていたため、男性として公に出ても、ズボンをはいて男装した女性のように見えたという。染色体異常SRY)やインターセックスの可能性も指摘されたが、真相は明らかではない。1920年代から1930年にかけては恒久的に女性の身なりで生活するようになった。また、この頃より「リリー・エルベ」(Lili Elbe あるいは Lily という記述の文献もある)と名乗るようにもなった。

そして、ついに女性の身体を求めて「となる為」、1930年から1931年にかけて5回にわたる手術を受けることとなる。

まず1930年にベルリンを訪れマグヌス・ヒルシュフェルトの観察の下に睾丸摘出手術を受けた。次いでドレスデン市立産婦人科診療所にてクルト・ヴァルネクロス (de:Kurt Warnekros) により陰茎の除去と卵巣の移植手術が行われた。提供された卵巣は26歳の女性のものであった。この卵巣は拒絶反応により3回目と4回目の手術により再摘出されたが、1931年5回目の手術により子宮が移植され、50歳を前に念願の「母」の体となることができた。前年の1930年には、リリー・エルベの手術を知ったデンマーク国王クリスチャン10世が即座にエルベとゲルダの婚姻を無効としていた(なお、当時のデンマークは刑法により同性愛を犯罪と規定していた)。それでもゲルダはエルベの性別移行を支援し、エルベは法的性別の変更と新しい「リリー・エルベ」を記されたパスポートを手にすることができた。しかしそのわずか3カ月後拒絶反応で死去した。エルベの亡骸はドレスデンに埋葬された。

ゲルダは離婚後、イタリアの将校で外交官の男性と再婚しモロッコへ航った。そこでゲルダはエルベの死を知る。マラケシュカサブランカで数年過ごすも、ゲルダは再び離婚しデンマークに戻り、1940年にその生涯を終えた。

リリーを題材とした作品[編集]

2001年には作家のデヴィッド・エバーショフはリリー・エルベの生涯をモチーフにした「The Danish Girl」(邦題: 「世界で初めて女性に変身した男と、その妻の愛の物語」、後述の映画化に合わせて「リリーのすべて」のタイトルで再出版)という作品を書いている。この作品は2015年に『リリーのすべて』(原題: The Danish Girl)というタイトルで映画化された[1]

なお、リリー自身も自伝として「Man into Woman」を1931年に出版している。

参考文献[編集]

  • Man into Woman, a book about the life of Lili Erbe ISBN 0954707206
  • Schnittmester des Geschlechts, Transvestitismus und Transsexualität in der fühen Sexalwissenshaft von Dr.Reiner Hern ISBN 3898064638

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ エディ・レッドメインが女性になる新作公開日&邦題決定!『リリーのすべて』”. シネマトゥデイ (2015年11月19日). 2015年11月19日閲覧。

関連事項[編集]

外部リンク[編集]