オルセー美術館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg オルセー美術館
Musée d'Orsay
MuseeOrsay 20070324.jpg
オルセー美術館内部。奥に写っているのがオルセー名物の大時計。オルセー駅から付いていたものでターミナル駅オルセーの面影を残す
MuseeOrsay 20070324.jpg
オルセー美術館の位置(パリ内)
オルセー美術館
パリ内の位置
施設情報
正式名称 Musée d'Orsay
専門分野 19世紀美術
収蔵作品数 常設展示で4000作品
来館者数 3,000,000人 (2016年)[1]
開館 1986年
所在地 フランスの旗 フランス パリ7区リール通り62番地
62 rue de Lille 75343 Paris cedex 07
位置 北緯48度51分36秒 東経2度19分37秒 / 北緯48.86000度 東経2.32694度 / 48.86000; 2.32694座標: 北緯48度51分36秒 東経2度19分37秒 / 北緯48.86000度 東経2.32694度 / 48.86000; 2.32694
アクセス ミュゼ・ドルセー駅
外部リンク 公式ウェブサイト
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オルセー美術館(オルセーびじゅつかん、: Musée d'Orsay)は、フランスパリにある19世紀美術専門の美術館である。印象派の画家の作品が数多く収蔵されていることで有名。

概要[編集]

オルセー美術館の建物はもともと1900年パリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の鉄道駅舎兼ホテルであった。設計者はヴィクトール・ラルー1850年 - 1937年)である。もともとオルセー駅はオルレアンやフランス南西部へ向かう長距離列車のターミナルであり、かまぼこ状の大屋根(トレイン・シェッド)の下の地下に10線以上のホームを備えていた。狭くて不便だったことから、1939年に近距離列車専用駅となり、駅施設を大幅に縮小した。その後、この建物はさまざまな用途に用いられ、一時は取り壊しの話もあったが、1970年代からフランス政府によって保存活用策が検討されはじめ、イタリアの建築家ガエ・アウレンティの改修により19世紀美術を展示する美術館として生まれ変わることとなった。こうして1986年、オルセー美術館が開館した。美術館の中央ホールは、地下ホームのトレイン・シェッドによる吹き抜け構造をそのまま活用している。建物内部には鉄道駅であった面影が随所に残る。現在ではパリの観光名所としてすっかり定着した感がある。なお、旧印象派美術館(ジュ・ド・ポーム)の収蔵品はすべてオルセーに引き継がれている。

館の方針としては、原則として2月革命のあった1848年から、第一次世界大戦が勃発した1914年までの作品を展示することになっており、それ以前の作品はルーヴル美術館、以降の作品はポンピドゥー・センターという役割分担がなされている(むろん、多少の例外はある)。絵画彫刻だけでなく、写真、グラフィック・アート、家具工芸品など19世紀の幅広い視覚芸術作品も収集・展示の対象になっている。

オルセーでは、印象派やポスト印象派など19世紀末パリの前衛芸術のコレクションが世界的に有名だが、19世紀の主流派美術で後に忘却されたアカデミズム絵画アール・ポンピエ)を多数収蔵・展覧し、その再評価につなげていることもこの美術館の重要な活動の側面である。

オルセー美術館の外観
オルセー美術館の祝祭の間

主な収蔵品[編集]

新古典主義からアカデミズムへ[編集]

『退廃期のローマ人たち』(1847年)トマ・クチュール
『テピダリウム』(1853年)テオドール・シャセリオー
『アルジェリアの鷹狩り』(1863年)ウジェーヌ・フロマンタン
『バーブ・ドゥ・リムスキー=コルサコフ夫人の肖像』(1864年)フランツ・ヴィンターハルター
『ローマのペスト』(1869年ジュール=エリー・ドローネー
『ムーア王支配下のグラナダでの裁判抜きの処刑』(1870年アンリ・ルニョー
『ロベール敬虔王の破門』(1875年)ジャン=ポール・ローランス
『カイン』(1880年) フェルナン・コルモン
『サン・プリヴァの墓地』(1885年)アルフォンス・ド・ヌヴィル
『ロジェ・ジュールダン夫人の肖像』(1886年)アルベール・ベナール
『手術の前』(1889年)アンリ・ジェルベクス
『画家トーロゥと彼の子供たち』(1895年)ジャック=エミール・ブランシュ
『突撃』(1901年)アンドレ・ドゥヴァンベーズ

アカデミズムの彫刻[編集]

『サッフォー』(1852年)ジャン=ジャック・プラディエ
『ダンス』(1863-1869年)ジャン=バティスト・カルポー
左『ポンペイの掘り出し物』(1863年)イッポリト・ムーラン/右『闘鶏の勝利者』(1864年)アレクサンドル・ファルギエール
『ダヴィデ』(1869年-1872年)アントナン・メルシエ
『科学の前にヴェールを剥ぐ自然』(1899年)ルイ=エルネスト・バリアス
『泉のミューズ』(1900年) ジャン=バティスタ・ユーグ
『六大陸』(1878年)

オルセー美術館館外彫刻[編集]

写実主義と自然主義[編集]

『耕作、ニヴェルネ地方にて』(1849年ローザ・ボヌール
『クリスパンとスカパン』(1864年頃)オノレ・ドーミエ
『オルナンの埋葬』(1850年)ギュスターヴ・クールベ
『洗濯女』(1860年)ポール・ギグー
『干し草』(1877年)ジュール・バスティアン・ルパージュ
『収穫者たちへの俸給』(1882年)レオン=オーギュスタン・レルミット
『黒い大地』(1890年)コンスタン・ムーニエ
『夏の夜』(1890年)ウィンスロー・ホーマー
『偉大なる農民』(1897年-1902年)エメ・ジュール・ダルー

印象主義[編集]

『トゥルーヴィルの海岸』(1865年)ウジェーヌ・ブーダン
『バティニョールのアトリエ』(1870年)ファンタン=ラトゥール
『ゆりかご』(1872年)ベルト・モリゾ
『赤い屋根、冬の効果』(1877年)カミーユ・ピサロ
『メリクの別荘のテラスにおける家族の集い』(1867年)フレデリック・バジール
『ルーアンの大聖堂、昼』(1892-1893年)クロード・モネ
『庭で縫物をする若い女性』(1880年-1882年)メアリー・カサット
『ポール・マルリーの洪水と小舟』(1876年)アルフレッド・シスレー
『イブリーの落陽』(1873年)アルマン・ギヨマン

ポスト印象主義[編集]

『白い馬』(1898年)ポール・ゴーギャン
『サーカス』(1890年)ジョルジュ・スーラ
『ハイストの浜辺』(1891年) ジョルジュ・レメン
『夕風』(1893年-1894年)アンリ=エドモン・クロス
『1871年5月パリの街路』(1903年-1906年)マクシミリアン・リュス
『女道化師シャ=ユ=カオ』(1895年アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
(1990年に日本人実業家齊藤了英が約125億円で購入したものとは同名別作品)

象徴主義と世紀末芸術[編集]

『オルフェウスの首を持つトラキアの娘』(1865年)ギュスターヴ・モロー
『海岸の少女たち』(1879年)ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ
『仏陀』(1904年)オディロン・ルドン
『焚香』(1898年)フェルナン・クノップフ
『墓掘り人夫の死』(1890年)カルロス・シュヴァーベ
『静穏』(1899年)アンリ・マルタン(1899年)

アール・ヌーヴォーの工芸[編集]

『色絵付装飾皿』(1878年頃)エミール・ガレ
『ベナール邸の食堂』(1900年)アレクサンドル・シャルパンティエ

20世紀芸術の萌芽[編集]

『タリスマン』(1888年) ポール・セリュジエ
『愛の森のマドレーヌ』(1888年)エミール・ベルナール
『格子縞のブラウス』(1892年) ピエール・ボナール
『寝台で』(1891年)ヴュイヤール
『存在』(1894年-1896年)ジョルジュ・ラコンブ
『戦争』(1894年)アンリ・ルソー

ロダン以後の彫刻[編集]

『青銅時代』(1877年)オーギュスト・ロダン
『弓を射るヘラクレス』(1924年) アントワーヌ・ブールデル
『地中海』(1902年-1905年)アリスティド・マイヨール

その他[編集]

収蔵品のギャラリー[編集]

関連文献[編集]

  • 『新生オルセー美術館』 高橋明也、新潮社とんぼの本〉、2017年
    • 旧版『パリ オルセ美術館と印象派の旅』新潮社〈とんぼの本〉、1990年。丹尾安典ほか
  • 『オルセーはやまわり さっと深読み名画40』有地京子、中央公論新社、2014年
  • 『別冊太陽 パリ オルセー美術館』 平凡社、2006年
  • 『活字でみるオルセー美術館 近代美の回廊をゆく』 小島英煕、丸善ライブラリー、2001年
  • 『世界美術館紀行6 オルセー美術館』NHK「世界美術館紀行」取材班編、日本放送協会出版(現:NHK出版)、2005年
  • 『オルセー美術館の名画101選』 島田紀夫監修、アートセレクション:小学館、2010年
  • 『オルセ美術館 絵画 みすず美術館シリーズ1』
    • ミシェル・ラクロット解説、田辺徹訳、みすず書房、1989年
  • 『NHKオルセー美術館』全6巻、日本放送出版協会、1990年。丹尾安典責任編集

関連項目[編集]

  • ガラスのベンチ『Water Block』(2002)吉岡徳仁
    松方コレクション - 日本人の個人資産であったこのコレクションは、第二次大戦後にフランスに接収され、長らく未返還であった。1951年のサンフランシスコ平和条約により日本に返還される(国立西洋美術館の所蔵)ことになるが、条件付きで返還されなかった一部はフランスの資産とされ、オルセー美術館が保有している。
  • 吉岡徳仁作 ガラスのベンチ『Water Block』(2002) - 2011年より印象派ギャラリー常設展示に使用されている。
  • ミュゼ・ドルセー駅 - 旧オルセー駅の一部を改良したフランス国鉄RER C線の地下駅で、開館以来ここが最寄駅となっている。
  • サロン・ド・パリ - フランスにおける官展のこと。19世紀後半のアカデミズムと写実主義・印象主義の対立の場であり、オルセー美術館のコレクションにもその動向が反映している。

参照[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ The Art Newspaper Ranking VISITOR FIGURES 2016 (PDF)”. The Art Newspaper. 2016年10月9日閲覧。

外部リンク[編集]