ウジェーヌ・フレデリク・ヤンソン

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ウジェーヌ・ヤンソン

ウジェーヌ・フレデリク・ヤンソン(Eugène Fredrik Jansson、1862年3月18日 - 1915年6月15日)は、スウェーデン画家ストックホルム出身。

概要[編集]

青色を基調とする絵を得意とする。1904年から彼は男性のヌードをよく描いたとされる。ヤンソンの両親は、下位中流の社会階級において二人の息子と彼の弟エイドリアンのために、音楽や芸術などを意欲的に取り組んでいたとされる。ウジェーヌはストックホルムのドイツ語学校に通いながらもピアノを習っていた。14歳の時に猩紅熱にかかり、視力と聴力の低下や慢性腎臓などを引き起こし余生も彼を苦しめた。

Tekniska skolan(現在のスウェーデン国立美術工芸大学:Konstfack)で学び、私立のペルセウス(Edvard Perséus)の美術学校で学び、1881年にスウェーデン王立美術院に入学した。多くの同時代の芸術家はパリに留学したが、ヤンソンはストックホルムに留まった。ヤンソンが国外に出るのは、画家としての地位が確立された後の1900年にノルウェーへ旅するのが最初である。

ストックホルムの町の南側地域のSödermalmに母親と弟と住み続け、ストックホルムの街の風景を描いた。

作品[編集]

Gewichtheffen met twee armen 
Gymnast 
Matrozenbal 
In de schemering 
Midzomernacht bij Riddarholmen 
Zomeravond 
Timmermansgatan 
Riddarfjärden, Stockholm 
Circus 
Zonsopgang boven de daken