ギュスターヴ・ブーランジェ

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ギュスターヴ・ブーランジェ(Albert Lévy画)

ギュスターヴ・ロドルフ・クラランス・ブーランジェGustave Rodolphe Clarence Boulanger、またはギュスターヴ・クラランス・ロドルフ・ブーランジェ、1824年4月25日 パリ - 1888年10月 パリ)はアカデミック絵画およびオリエンタリズムフランス画家

生涯[編集]

ギュスターヴ・ブーランジェはクレオールの両親から生まれ、14歳で孤児となった。1846年エコール・デ・ボザールに入学し、ピエール・ジュール・ジョリヴェ(Pierre Jules Jollivet, 1754年 - 1871年)およびポール・ドラローシュについて絵を学んだ。

1849年、『エウリュクレイアによって見分けられるオデュッセウス[1]ローマ賞を受賞。1882年芸術アカデミー会員とアカデミー・ジュリアンの教授となる。

ガルニエ宮(オペラ座)の稽古場、モンテカルロ歌劇場パリ13区区役所などの装飾も手掛けた。

代表作[編集]

ブーランジェ『奴隷市場』
  • エウリュクレイアによって見分けられるオデュッセウス(1849年) - ローマ賞受賞作。
  • オデュッセウスとエウリュクレイアのスケッチ(ディジョン、マニャン美術館)
  • 四季(1850年。クリーブランド美術館
  • フリュネ(1850年。ゴッホ美術館
  • ポンペイの悲劇詩人の家でのリハーサル(1855年 - 1857年。エルミタージュ美術館
  • カエサルルビコン川に着く(1857年)
  • アラビアの羊飼い
  • ポンペイのアトリウムでの笛吹とディオメデスの女性とナポレオン王子のリハーサル(1860年。ヴェルサイユ宮殿トリアノン城国立美術館)
  • セバスティアヌスと皇帝マクシミアヌス(1877年にパリの美術サロンに出典。情報元:ARCHIM
  • ユダヤ人のポーター アルジェの思い出(1884年)
  • 洗濯女とその愛人(1887年)
  • ランビネ夫人旧名ナタリー・シンクレアの肖像(1887年。ランビネ美術館 Musée Lambinet
  • 敗走するカビール族
  • サハラの騎士
  • DjeïdとRahia

脚注[編集]

  1. ^ Ulysse reconnu par sa nourrice Euryclée (esquisse) (année 1849) de Boulanger Gustave Clarence Rodolphe at reproductions.chapitre.com

外部リンク[編集]