アンリ・ファンタン=ラトゥール

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ファンタン=ラトゥール『自画像』(1859年グルノーブル美術館

アンリ・ジャン・テオドール・ファンタン=ラトゥールHenri Jean Théodore Fantin-Latour, 1836年1月14日 - 1904年8月25日)は、フランス画家リトグラフ版画家

生涯[編集]

ファンタン=ラトゥールはフランス、イゼール県グルノーブルに生まれ、パリエコール・デ・ボザールで絵を学んだ。

1876年、画家仲間だったヴィクトリア・デュブールと結婚。以後、夏になるとオルヌ県ビュレ(Buré)にあった妻の家族の田舎の邸宅で過ごし、その場所でファンタン=ラトゥールは亡くなった。遺体はパリのモンパルナス墓地に埋葬された。

作品[編集]

ファンタン=ラトゥールの作品でよく知られているのは、静物画、花の絵、友人の画家・作家たちのグループ肖像画、クラシックの大作曲家たちの作品を描いた精巧なリトグラフ [1]などである。

ファンタン=ラトゥールをイギリスに紹介したのは、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーだった。

ファンタン=ラトゥールの絵の1つは現在250万USドルする。

ギャラリー[編集]

カラフ、花、果物のある静物画(1865年東京国立西洋美術館所蔵 
サンザシの花瓶、サクランボの鉢、日本のお椀、カップと皿のある静物画(1872年) 
ドラクロワへのオマージュ(1864年)前列左よりデュランティ、ファンタン=ラトゥール、ホイッスラー、シャンフルーリ、ボードレール、後列左よりコルディエール、ルグロマネ、ブラックモン、バルロワ 
義理の妹シャルロット・デュボーグの肖像(1882年) 
テーブルの片隅(1872年)前列左よりヴェルレーヌランボー、L・ヴァラード、E・デルヴィリィ、C・ペルタン、後列左よりP・エルゼアル・ボニエ、E・ブレモン、J・エカール 

脚注[編集]

  1. ^ ロベルト・シューマンの同名の曲を描いた『楽園とペリ』(1884年THE CLIEVELAND MUSEUM OF ART