浜島裕英

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浜島 裕英(2008年F1日本グランプリにて)

浜島 裕英(はましま ひろひで、1952年 - )は、日本のタイヤ技術者。東京都出身。東京農工大学大学院工学研究科修了。F1関係者の間での愛称はハミー[1]

ブリヂストンにて長年モータースポーツ用タイヤの開発を手がけ、モータースポーツ・モーターサイクルタイヤ開発本部長としてF1参戦の総指揮を務めた。2012年2月1日よりスクーデリア・フェラーリのビークル&タイヤ・インタラクション・ディベロップ・ディレクターに就任、車体とタイヤの相互関係を研究開発している[2][3][4]

略歴[編集]

ブリヂストン入社後、基礎技術研究、乗用車タイヤ開発を経て、モータースポーツ用タイヤの開発を担当。インディカーF2等のタイヤ開発に携わる。特に1997年から2010年にかけて行われたブリヂストンのF1参戦において、参戦全期間である14年に渡って総指揮を執ったことで一般に名前を知られるようになる。

当時は同社モータースポーツ・モーターサイクルタイヤ開発本部長を務めていたが、F1参戦終了に伴いタイヤ開発第2本部長付フェロー[5]に異動。但し2011年オートバイロードレース世界選手権(MotoGP)へ頻繁に姿を見せるなど、以後もモータースポーツ部門には携わっていた。

フジテレビF1グランプリ中継では、当日のコースコンディションなどについてのインタビューに多く答えているほか、『F1GPニュース』(フジテレビ721)へのゲスト出演も多数。これらの番組で、「日本人で唯一、ミハエル・シューマッハを(面と向かって)シューミと呼べる人物」と紹介され、実際にシューマッハをはじめ担当したF1ドライバーとは強い信頼感で結ばれている。

2012年で60歳を迎えブリヂストンの定年に達することから以後の去就が注目されていたが、2012年1月11日スクーデリア・フェラーリと契約を結んだことが発表された[1]。フェラーリではテクニカルディレクターパット・フライの直属下で、ピレリタイヤとシャシーのマッチングなどに関する開発を担当する[6]

主な著書[編集]

  • 世界最速のF1タイヤ - ブリヂストン・エンジニアの闘い(新潮新書)2005年
  • F1戦略の方程式 - 世界を制したブリヂストンのF1タイヤ(角川書店)2011年

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]