ラグビー女子日本代表

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ラグビー女子日本代表
ユニオン 日本ラグビー協会
エンブレム サクラ
チームカラー
チェンジカラー
ラグビーワールドカップ
出場回数 4 (1991年初出場)
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ラグビー女子日本代表(―じょしにほんだいひょう)は、日本における女子ラグビーナショナルチームである。

歴史[編集]

1983年に日本で最初の女子ラグビーチーム、「世田谷レディース」が創設された。(世界的に女子ラグビーは19世紀末のフランスやニュージーランドが発祥とされるが、当時は女性のスポーツ進出に偏見があり、記録が残されていない。第二次大戦前にフランスで女子ラグビーを写した映像が残っている。また、1940年代に、戦争の被害者へのチャリティーとして、ウェールズで慈善試合が行われた記録がある。)

1988年4月、日本女子ラグビーフットボール連盟が発足し、1989年に初の海外遠征を行った。

1991年第1回、次いで1994年第2回女子W杯に招待されて出場し、第2回大会でスウェーデンから1勝を挙げたが、1998年第3回大会には「最近のテストマッチの実績が乏しい」として招待されなかった。

第4回大会も当初は書類選考のみで出場国を決定することになっていたが、2000年11月に、日本・香港・サモアの3か国でアジア・太平洋地区予選を行って上位2か国に出場権を与えること、同年7月に日本がサモアを12-10で破った試合を予選として扱うことが決定された。この時点で日本の出場権獲得は決定的になったが、12月には香港にも62-0で勝ち、これで正式に出場が決まった。本大会は2002年5月にバルセロナで開催され、日本はオランダを37-3で破って男子より先にW杯2勝目を上げ、出場16か国中14位となった。

その直前の2002年4月に女子連盟が日本ラグビーフットボール協会に正式加盟したことで、日本の女子ラグビーは公式に認められた存在となった。

2006年に本大会が開催された第5回W杯では出場枠が16から12に減らされ、日本はアジアで実績最上位のカザフスタンと出場権を争うことになった。アジア予選は2005年6月にタイで行われたが、日本は初戦香港に78-0で勝つも、決勝でカザフスタンに3-19で敗れ、本大会出場権を逃した。

2010年の第6回W杯もカザフスタンの壁を破ることができず、2大会連続で出場できず。

2014年の第7回W杯もカザフスタンの壁を破ることができず、3大会連続で出場できず。

現在の女子日本代表選手(2015年)[編集]

[1]

  • 片岡瑞帆(日本体育大学女子
  • 齊藤聖奈(カンタベリー大学
  • 伊藤真葵(名古屋レディース)
  • 日向寺亜依(YOKOHAMATKM)
  • 乾あゆみ(兵庫レディース)
  • 高野眞希(日本体育大学女子)
  • 鈴木実沙紀(PHOENIX)
  • マテイトンガ・ボギドゥラウマイナダヴェ(ARUKAS QUEEN KUMAGAYA)
  • 井上愛美(RKUラグビー龍ケ崎GRACE)
  • 山本実(日本体育大学女子)
  • 本間美月(名古屋レディース)
  • バティヴァカロロ・ライチェル・海遥(板橋有徳高校
  • 黒木理帆(石見智翠館高校
  • 堤ほの花(佐賀工業高校
  • 田坂藍(ARUKAS QUEEN)
  • 山本さやか(名古屋レディース)
  • 山あずさ(YOKOHAMATKM)
  • 南早紀(日本体育大学女子)
  • 櫻井綾乃(日本体育大学女子)
  • 伊藤優希(日本体育大学女子)
  • 野田夢乃(福岡レディース)
  • 寺内美樹(RKUラグビー龍ケ崎GRACE)
  • 伊藤絵美(名古屋レディース)

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]