秩父宮ラグビー場

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秩父宮ラグビー場
Chichibunomiya3.JPG
秩父宮ラグビー場の位置(東京23区内)
秩父宮ラグビー場
施設情報
所在地 東京都港区北青山二丁目8番35号
位置 北緯35度40分21.4秒
東経139度43分5.43秒
座標: 北緯35度40分21.4秒 東経139度43分5.43秒
開場 1947年(昭和22年)
修繕 1973年(昭和48年)
2003年(平成15年)
所有者 日本スポーツ振興センター
運用者 日本スポーツ振興センター
グラウンド 天然芝
照明 鉄塔式4基1000ルクス
大型映像装置 1基
旧称
東京ラグビー場(1947年-1953年)
使用チーム、大会
ジャパンラグビートップリーグ
サンウルブズスーパーラグビー
収容能力
24,871人
アクセス
東京メトロ銀座線外苑前駅徒歩5分
敷地内にある「出陣学徒壮行の地」の碑(2018年2月24日撮影)
秋篠宮ご夫妻トップリーグを観戦、秋篠宮さまはラグビーW杯日本大会の名誉総裁を務めている(2019年1月19日撮影)

秩父宮ラグビー場(ちちぶのみやラグビーじょう)は、東京・明治神宮外苑港区北青山)にあるラグビー専用競技場である。独立行政法人日本スポーツ振興センターによって運営される国立霞ヶ丘競技場の一施設。

施設の概要・歴史[編集]

戦前の関東のラグビーの試合は、明治神宮競技場を専用グランドに近い格好で使用していたが、戦後はアメリカ軍が同グラウンドを接収し「ナイルキニックスタジアム」と名を変え、日本人は自由に使うことができなくなったため、神宮球場後楽園球場(現・東京ドーム)でラグビーの試合を行わざるをえない状態となった。

そこで関東ラグビー協会は、昭和22年頃から新しい専用ラグビー場を建築すべく、候補地捜しを開始した。明治大学ラグビー部出身で協会理事であった伊集院浩(当時毎日新聞記者)が見つけてきた土地が、アメリカ軍による東京大空襲(山の手大空襲)によって焼失した女子学習院跡地で、アメリカ軍の駐車場になっていた現在の秩父宮ラグビー場の地であった。香山蕃理事長(当時)の戦災火災保険金と各大学OBの浄財等によって、建設資金のめどがつき、難波経一(東大)、岡田秀平(東大)、鹿島建設の尽力で1947年昭和22年)4月に着工され、ラガーマンの汗の勤労奉仕が加わり、同年11月「東京ラグビー場」として完成した。

香山蕃は「その集めた資金は血のにじむような尊い結晶でありました。あるものは時計やカメラ、またあるものは家のじゅうたんを売ってひたぶるに自分たちの心のふるさとをきずきあげようという情熱に燃えた。工事が始まったある日、雨のふるなか秩父宮様がこられご病身をかえり見ずゴム長ぐつを履かれて励まし下され、鹿島の関係者に“ラグビー協会は貧乏だからよろしくたのむ”と頭を下げられました。私は流れる涙をこらえることが出来なかった」と後日、毎日新聞の中で綴っている。

杮落としは1947年11月22日、明治大学OB対学生選抜と明治大学対東京大学戦の2試合が行われた[1]。また1949年1月に第28回全国高等学校ラグビーフットボール大会が行われた。当ラグビー場が全国高等学校ラグビーフットボール大会の開催会場となったのは第28回大会のみである[2]

なお、日本ラグビー協会名誉総裁だった秩父宮雍仁親王薨去1953年(昭和28年)、親王の遺徳を偲び「秩父宮ラグビー場」に名称が変更された[3]

当ラグビー場の管理は当初、日本ラグビーフットボール協会が行っていたが、1962年(昭和37年)10月1日より国立競技場(現・日本スポーツ振興センター)に移管している[4]

日本のラグビーにとっては「西の花園・東の秩父宮」と称され[5]、日本ラグビーの聖地とも言える中心的な競技場である。

最大収容人員は2万5千194人。2003年平成15年)シーズンから電光掲示板を一新[6]し、映像も取り込めるようになった。主要な試合では、場内ミニFM放送を行っている。

1962年(昭和37年)にナイター設備が設置されたが[7]1973年(昭和48年)の改修工事の際、オイルショックによる資金難から照明を撤去された。しかし、2007年平成19年)にナイター設備が再び設置され[8]8月10日に再建後最初の試合(日本代表対アジア・バーバリアンズ戦)が行われた。

関東におけるラグビーのメッカであり、1971年(昭和46年)に日本代表イングランド代表と3対6の大接戦を演じた試合、1989年(平成元年)に日本代表がスコットランド代表を28対24で破った試合など、日本ラグビー史に残る数々の名勝負が行われた。現在、日本代表の試合やトップリーグラグビー日本選手権全国大学ラグビー選手権、関東大学ラグビー(対抗戦Aグループ・リーグ戦1部)、全国高校ラグビー東京都代表決勝など頻繁に使用される。

それゆえ、シーズン終盤である1月から2月には芝の傷みが激しく、プレーに支障が出ることが多い。2016年1月末の日本選手権決勝では、特に中央部分は完全に芝がはげ、グラウンドが砂場化していた[9]。実際に試合中、砂場に足を取られて転倒する選手も多く、明らかにゲームの質を落としていた[9]。2016年2月末のスーパーラグビー2016英語版開幕戦の前日練習後には、ウイングの山田章仁選手が芝がぼろぼろになって土に近い部分が残っていたピッチを指摘し、「グラウンドの問題は、大きいと思います」と苦言を呈した[10]

2009年(平成21年)6月にラグビージュニア世界選手権の会場の1つとして使用され、決勝戦も行われた。2012年(平成24年)6月に東京セブンズの会場として使用された。

2015年からスーパーラグビーに参戦したサンウルブズの日本における事実上のホームスタジアムにもなっている。

ラグビー以外での使用例[編集]

本競技場では1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは、サッカー競技の会場として利用され[11]2012 FIFA U-20女子ワールドカップにおける日本女子代表が練習場として使用した例がある[12]

2019年にはJリーグに所属するFC東京が、ホームスタジアムである味の素スタジアムラグビーワールドカップ2019に向けた改装工事のため同年の平日試合を主催できなくなったことから、その代替地として2019JリーグYBCルヴァンカップの公式戦ホームゲームの2試合を本競技場で開催する予定である[13][14]

また2012年8月14日に、アイドルグループNEWSが本競技場史上初の音楽ライブコンサート(『NEWS LIVE TOUR 2012 〜美しい恋にするよ〜』)を開催した[15]。尚、本競技場での音楽イベントを開催したアーティストはNEWS(2012年、2013年)と乃木坂462018年7月)[16]の2組である。

建て替え計画[編集]

神宮外苑は2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催に合わせて、新国立競技場の建設を手始めとした大規模リニューアル工事を計画している。秩父宮ラグビー場は、上記の通り1947年建築により基本躯体の老朽化が課題となっていたことから建て替えが検討され、2013年には明治神宮野球場との場所交換により現・神宮球場の跡地に新ラグビー場を建設する案が浮上したと報じられた[17]

その後、2015年4月1日に東京都、日本スポーツ振興センター明治神宮の3団体が五輪後に再開発する計画を正式発表した。それによると、五輪前までに現在のラグビー場を撤去・解体し、その後は暫定的に駐車場として利用する。その後、現ラグビー場の跡地に新野球場を建設する工事に取り掛かり、新野球場の完成後、今度は現・神宮球場跡地に新ラグビー場を建設する計画としている。この間の主要なラグビー大会は新国立競技場など近接地の会場で代替する[18]

また、同じく老朽化が進む神宮第二球場(兼明治神宮外苑ゴルフ練習場・西練習場)も取り壊して、可能な限り滞りなくラグビーの試合ができるよう新たな球技専用スタジアムの建設も予定していると報じられている[19]

2014年10月、旧国立競技場にあった「出陣学徒壮行の地」の碑が秩父宮ラグビー場に一時移設された[20]

その後、2017年7月に当初の計画案から順番を入れ替えた形で秩父宮ラグビー場、神宮球場の順に建て替える方向で調整が進められていることが明らかになった[21]

そして、2019年2月25日に神宮球場を所有する明治神宮、秩父宮ラグビー場を所有する日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事三井不動産の4者で神宮球場と秩父宮ラグビー場の場所を入れ替えて再整備する神宮外苑地区の再開発の基本協定が締結された。2020年東京オリンピック・パラリンピックの翌2021年に神宮第二球場を解体し、2022年以降に新たなラグビー場の建設を開始する。新たなラグビー場の工事が一旦完了する2024年以降に現在の秩父宮ラグビー場を解体し、その跡地に新たな野球場を建設する。新たな野球場が完成する2027年以降に現在の神宮球場を取り壊して、ラグビー場の観客席を増設するという。神宮外苑地区の再開発は2030年秋ごろに完了予定である。

2019年(平成31年)2月22日時点の秩父宮ラグビー場

こぼれ話[編集]

1964年(昭和39年)東京五輪のサッカーの会場となった際、更衣室・シャワー室を2チーム分作ってはという意見があったが、「ラグビーの伝統」である「ノーサイド」後の儀式(出場選手が対戦チームの枠組みを超えてシャワーを浴びたり、着替えたり、談笑したりする行為)を重視したいという意向もあり、それらの計画は却下されたという経緯があった(出典:フジテレビジョン番組「かんぽスポーツいい話」のブックレット掲載のラグビー特集より)。

アクセス[編集]

開催されている主な大会・イベント[編集]

関連項目[編集]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「ラグビー戦後70年史」、『甦る日本スポーツ「栄光の記憶」』第6号、ベースボール・マガジン社、2015年7月、 40頁、 ISBN 978-4-583-62321-4
  2. ^ 「ラグビー戦後70年史」、『甦る日本スポーツ「栄光の記憶」』第6号、ベースボール・マガジン社、2015年7月、 45頁、 ISBN 978-4-583-62321-4
  3. ^ 「ラグビー戦後70年史」、『甦る日本スポーツ「栄光の記憶」』第6号、ベースボール・マガジン社、2015年7月、 42頁、 ISBN 978-4-583-62321-4
  4. ^ 国立競技場 『国立競技場十年史』、1969年、65頁。 
  5. ^ 独立行政法人日本スポーツ振興センター - 秩父宮ラグビー場. 2014年11月29日閲覧
  6. ^ 開設当初はそれぞれの得点種別(トライ・ゴール・ドロップゴール・ペナルティーゴール)ごとの得点と合計得点を掲示したの手書きパネルと、合計得点の部分だけを電光表示したものの2種類があった。1986年(昭和61年)のスタンド増築に伴う改修で表示板を磁気反転の1本に統合している
  7. ^ 「ラグビー戦後70年史」、『甦る日本スポーツ「栄光の記憶」』第6号、ベースボール・マガジン社、2015年7月、 45,53、 ISBN 978-4-583-62321-4
  8. ^ フジテレビジョン・上田昭夫のページによると、ナイター用の照明鉄塔は4基あるが、新たにナイター用に常設の電源設備を整える場合に費用がかかるという事由で、当面は電源設備を取り入れた車両からナイター用の電源を付けている。そのためナイターを開催する場合は、あらかじめナイターでの開催が予定されている試合だけでしか使われず、冬季の薄暮開催(15時台後半以後)ではナイターの電源が入れないというデメリットもある。
  9. ^ a b 阿部令 (2016年3月15日). “せめて青々とした芝を…世界レベルと言えぬ「秩父宮ビーチ」問題”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/03/15/kiji/K20160315012216170.html 2017年1月3日閲覧。 
  10. ^ 向風見也 (2016年3月1日). “「言っても変わらないかもしれませんけど」サンウルブズ山田、辛口提言の理由”. ラグビーリパブリック. http://rugby-rp.com/news.asp?idx=109300 2017年1月3日閲覧。 
  11. ^ 公益財団法人日本オリンピック委員会 - 東京オリンピック1964 - メモリアル・プレイス - 秩父宮ラグビー場. 2014年11月29日閲覧
  12. ^ 秩父宮ラグビー場、48年ぶりのサッカー使用許可…U-20女子W杯 - スポーツ報知、2012年8月24日配信、2012年9月15日閲覧
  13. ^ “FC東京 ルヴァン杯1次Lホーム2戦、秩父宮で開催へ”. Sponichi ANNEX. 産業経済新聞社. (2019年1月22日). https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2019/01/22/kiji/20190122s00002010016000c.html 2019年1月22日閲覧。 
  14. ^ “2019シーズンの日程が発表【Jリーグ】” (日本語) (HTML) (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2019年1月23日), https://www.jleague.jp/news/article/13964/ 2019年1月23日閲覧。 
  15. ^ “NEWS、秩父宮ラグビー場公演がDVD化” (日本語) (HTML) (プレスリリース), TOWER RECORDS, (2012年12月13日), https://tower.jp/article/feature_item/2012/12/13/0701 2019年1月22日閲覧。 
  16. ^ “乃木坂46、史上初となる2会場同時併催ライヴ完走。齋藤飛鳥センターの21thシングル宇宙初公開&「ザンビプロジェクト」始動も” (日本語) (HTML) (プレスリリース), TOWER RECORDS, (2018年7月9日), https://tower.jp/article/news/2018/07/09/tg008 2019年1月22日閲覧。 
  17. ^ 神宮と秩父宮、入れ替え構想 20年五輪を機に再開発朝日新聞デジタル
  18. ^ 神宮球場建て替えなど神宮外苑を再開発(NHK2015年4月1日 4月2日閲覧)
  19. ^ 神宮球場建て替えへ 神宮外苑地区をスポーツ拠点として再整備(FNN2015年4月1日 4月2日閲覧)
  20. ^ 「出陣学徒壮行の地」の碑を移設 新国立へ歴史つなぐ 静岡新聞アットエス、2014年10月17日
  21. ^ 神宮外苑再開発、新秩父宮の建設先行で調整 球場は後サンケイスポーツ、2017年7月29日閲覧
  22. ^ 7月28日は、27日実施分の雨天中止による代替公演
  23. ^ 明治神宮野球場と2会場同時併催。隣接する両会場間をメンバーが2組に分かれて行き来し、それぞれの会場でパフォーマンスした。

外部リンク[編集]