バスケットボール女子日本代表

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 Basketball pictogram.svgバスケットボール女子日本代表
国または地域 日本の旗 日本
協会 日本バスケットボール協会
ヘッドコーチ 内海知秀
FIBAランキング 18位(2012年8月日版)[1]
オリンピック
出場回数 3回
初出場 1976 モントリオール
最高成績 5位(1976)
ワールドカップ (男子) / (女子)
出場回数 12回
初出場 1964 世界選手権
最高成績 Med 2.png準優勝(1975)
アジア選手権
最高成績 Med 1.png優勝(1970,2013)
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バスケットボール女子日本代表(―じょしにほんだいひょう)は、日本バスケットボール協会(JBA)によって編成される女子バスケットボールナショナルチームである。愛称は「隼(ハヤブサ)ジャパン[2]オリンピックには過去3回、世界選手権は1964年の初出場以来1986年と2006年を除きすべて出場している。

歴史[編集]

日本女子バスケが世界レベルの大会に初めて参加したのは1964年世界選手権で、このときは三菱電機の単独チームとしての出場であった。次の1967年世界選手権は混合チームとして出場。5位入賞を果たし、横山アサ子が大会ベスト5に選出された。

黄金期は1970年代。日紡平野尾崎正敏監督の元、「忍者ディフェンス」と「マッハ攻撃」を武器に身長の高い相手に立ち向かい、1974年テヘランアジア大会金メダル獲得、そして1975年にコロンビアで開催された世界選手権ではアメリカなどの強豪を退け準優勝の快挙を成し遂げるとともに生井けい子がMVPと得点王の2冠を獲得。女子バスケットボールが初めて採用された翌1976年のモントリオールオリンピックにも出場した。

だが、モントリオールオリンピック後は世界の女子大型化の波が押し寄せ、尾崎の退任や世代交代の失敗も重なり、成績は下降線を辿り、オリンピックから遠ざかるとともに、世界選手権など国際大会での順位も落としていく。アジア選手権ではしばらく3位以内を維持していたが、1986年アジア選手権では4位に終わるとともに初出場以来続いたそれまでの世界選手権連続出場も6でストップ。日本女子バスケはどん底まで落ちてしまった。

1990年にシャンソン化粧品で実績を積み上げた中川文一ヘッドコーチが就任。1992年バルセロナオリンピック1994年世界選手権での中国の連続銀メダル獲得に伴うアトランタオリンピックのアジア枠拡大とアジア予選の日本開催という恩恵もあり、1995年アジア選手権で3位に入り20年ぶりのオリンピック出場を果たした。本大会では予選リーグで中国カナダを撃破、準々決勝では破れはしたもののアメリカと93-108の大接戦を演じ、7位入賞となった。1998年世界選手権ではアジア最高位かつ1979年以来の一桁順位となる9位に入り、バンコクアジア大会でも2度目の金メダルを獲得。第2の黄金時代を予感させた。

1999年にそれまでチームを引っ張ってきた萩原美樹子が引退。シドニーオリンピック予選を兼ねる同年のアジア選手権では優勝して本大会出場が期待されたものの、韓国に決勝で65-68の惜敗を喫し連続出場はならなかった。

その後、ヘッドコーチは北原憲彦に交代し、2002年世界選手権に出場したものの、13位と惨敗。2003年にジャパンエナジー内海知秀がヘッドコーチに就任する。2004年、アテネオリンピックアジア予選では内海の教え子で当時20歳の大神雄子を大抜擢した。出場権のかかった準決勝にて同じく教え子である矢野良子が34点を取る活躍で、因縁の韓国を延長戦の末に撃破し2大会ぶりのオリンピック出場権を獲得。本大会では予選リーグで1勝しか挙げられず10位に終わった。

大会後、代表の主力選手が多数引退。加えて内海ヘッドコーチが体調不良のため辞任し、その後任選びが難航を極めた。結局、これらが影響して2006年世界選手権出場権を逃した。その後内海が復帰するものの、日本開催の2006年男子世界選手権の赤字を巡る日本協会の内紛に巻き込まれ、代表活動にも影響をきたした。日本協会のJOC会員資格停止により北京オリンピック出場権を獲得しても出場できない可能性もあったが、最終的に特例措置により認められる方向となった。北京オリンピック世界最終予選ではグループゲームラウンドを突破したが、ノックアウトラウンドでチェコキューバに連敗し、出場権を逃した。予選後、内海は責任を取り代表ヘッドコーチ職を辞任した。

2009年、日本協会の体制が一新され、心機一転を図るために、代表専任の条件で中川がヘッドコーチに復帰。2010年世界選手権はアジア予選会を兼ねるアジア選手権がWリーグ開幕直前に延期となるアクシデントに見舞われたが、3位決定戦でチャイニーズタイペイを降し、中川体制の下で出場権を獲得した。本大会ではベスト8を目標に掲げて挑んだものの、直前になって帰化選手がナショナルチーム資格に抵触して出場が認められず追加招集もできなかったため、1人欠いて臨まざるを得ず、2次リーグで敗退し10位に終わったが、試合内容を見ると格上のチーム相手に接戦、延長戦を演じ、個人成績でも大神が得点王(1試合平均得点制で日本初)、吉田亜沙美もアシスト王を獲得するなど、ロンドンオリンピック及び2014年世界選手権へ向けた課題のみならず大きな収穫を得られた大会となった。

2011年8月、ロンドンオリンピックアジア予選を兼ねて開催されたアジア選手権では3位となり、世界最終予選にまわることとなった。12月になって日本協会はヘッドコーチの中川を解任し、後任のヘッドコーチにJXを勇退して再登板の内海知秀が就任。コーチにトヨタ自動車HCの丁海鎰デンソーHCの小嶋裕二三と、Wリーグ上位チームのHCを据える体制を敷いた(両コーチは最終予選終了まで帯同)。世界最終予選ではグループリーグを2位で突破して五輪決定戦に進出したがチェコに惜敗。敗者復活トーナメントで韓国に大勝し、最後の1枠を賭けたカナダ戦に挑んだが、第1Qで10点差付けられ、第2Q以降巻き返すも及ばず、2大会連続でオリンピック出場を逃した。

2013年11月にバンコクで開催されたアジア選手権では予選リーグから決勝まで全勝で22大会43年ぶり2回目の優勝を達成。渡嘉敷来夢がMVPに選出された。

2014年は世界選手権仁川アジア大会の開催期間が重なるため、後者は若手主体で臨む。世界選手権では正PGの吉田亜沙美を故障で欠いたうえ、強豪のスペイン、チェコ、ブラジルと同組となり3連敗で敗退した。

国際大会の成績[編集]

夏季オリンピック[編集]

ワールドカップ(旧世界選手権)[編集]


アジア選手権[編集]


アジア競技大会[編集]


東アジア競技大会[編集]

歴代ヘッドコーチ[編集]

歴代の代表選手[編集]

1964年 世界選手権
  • 秋山捷子,小島悦子,酒井香世子,大木紀和子,大田芳子,片岡靖子,古田ミサ子,早副禎子,金武明子,藤原良美,山口温子,難波武子

現行ロースター[編集]

バスケットボール女子日本代表ロースター
選手 その他
Pos # 名前 年齢 身長  体重 出身
G 4 大庭久美子 27 (1988/5/17 ) 1.69 m (5 ft 7 in) 59 kg (130 lb) デンソーアイリス 日本の旗
C 5 高田真希 25 (1989/8/23 ) 1.83 m (6 ft 0 in) 74 kg (163 lb) デンソーアイリス 日本の旗
PF 6 間宮佑圭 25 (1990/4/3 ) 1.83 m (6 ft 0 in) 72 kg (159 lb) JX-ENEOSサンフラワーズ 日本の旗
SF 7 山本千夏 23 (1991-8-12 ) 1.76 m (5 ft 9 in) 68 kg (150 lb) 富士通レッドウェーブ 日本の旗
G/F 8 宮元美智子 29 (1986/4/9 ) 1.75 m (5 ft 9 in) 60 kg (132 lb) 三菱電機コアラーズ 日本の旗
G 9 久手堅笑美 30 (1984/8/3 ) 1.65 m (5 ft 5 in) 65 kg (143 lb) トヨタ自動車アンテロープス 日本の旗
F/C 10 渡嘉敷来夢 24 (1991/6/11 ) 1.91 m (6 ft 3 in) 77 kg (170 lb) JX-ENEOSサンフラワーズ 日本の旗
F 11 栗原三佳 26 (1989/5/14 ) 1.76 m (5 ft 9 in) 67 kg (148 lb) トヨタ自動車アンテロープス 日本の旗
SF 12 長岡萌映子 21 (1993/12/29 ) 1.80 m (5 ft 11 in) 69 kg (152 lb) 富士通レッドウェーブ 日本の旗
PG 13 大神雄子 (Yuko Oga)キャプテン 32 (1982/10/17 ) 1.70 m (5 ft 7 in) 63 kg (139 lb) 日本バスケットボール協会 日本の旗
F 14 宮澤夕貴 22 (1993/6/2 ) 1.81 m (5 ft 11 in) 64 kg (141 lb) JX-ENEOSサンフラワーズ 日本の旗
C 15 王新朝喜 27 (1987/12/16 ) 1.89 m (6 ft 2 in) 85 kg (187 lb) 三菱電機コアラーズ 日本の旗
ヘッドコーチ
アシスタントコーチ
  • 日本の旗

備考
  • キャプテン - チーム・キャプテン
  • 所属 – 大会時所属
  • 年齢 – 現時点


現在の代表選手[編集]

女子日本代表チーム、ニュージーランドとの親善試合。2010年8月29日、仙台市青葉体育館

2014年女子バスケットボール世界選手権に出場するメンバー。

No. 氏名 P 身長/体重 生年月日 所属 備考
4 大庭久美子 SG 169/59 1988/5/17 デンソーアイリス
5 髙田真希 / 19// デンソーアイリス
6 間宮佑圭 PF 183/73 1990/4/3 JX-ENEOSサンフラワーズ
7 山本千夏 / 19// 富士通レッドウェーブ
8 宮元美智子 / 19// 三菱電機コアラーズ
9 久手堅笑美 PG 165/65 1984/8/3 トヨタ自動車アンテロープス
10 渡嘉敷来夢 / 19// JX-ENEOSサンフラワーズ
11 栗原三佳 1/ 19// トヨタ自動車アンテロープス
12 長岡萌映子 / 19// 富士通レッドウェーブ
13 大神雄子NYCS-bull-trans-C.svg SG 170/63 1982/10/17 日本バスケットボール協会
14 宮澤夕貴 / 19// JX-ENEOSサンフラワーズ
15 王新朝喜 / 19// 三菱電機コアラーズ
  • 2014年アジア競技大会に出場するメンバー。世界選手権と時期が重なるため2020年東京五輪も見据えて若手主体で挑む。
No. 氏名 P 身長 生年月日 所属 備考
4 馬瓜エブリン C 180   アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス
5 諏訪裕美NYCS-bull-trans-C.svg C 183   アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス
6 本川紗奈生 SG 176   シャンソンVマジック
7 森ムチャ PF 180   トヨタ自動車アンテロープス
8 川原麻耶 SG 168   トヨタ自動車アンテロープス
9 牛田悠理 PF 181   デンソーアイリス
10 町田瑠唯 PG 162   富士通レッドウェーブ
11 三好南穂 PG 167   シャンソンVマジック
12 加藤瑠倭 SF 173   デンソーアイリス
13 大沼美琴 SF 174   JX-ENEOSサンフラワーズ
14 渡邉亜弥 SG 169   三菱電機コアラーズ
15 赤穂さくら C 184   昭和学院高等学校

年代別代表[編集]

男子同様、国籍以外で特に制限のないナショナルチーム(A代表)の他に、年齢の上限が設けられた大会に派遣されるいわゆる年代別代表も存在する。

  • U-24(ユニバーシアード)日本代表
大学生による競技大会であるユニバーシアードに派遣されるナショナルチーム。原則として大学または大学院に在学中、ならびに大会前年に大学または大学院を卒業した選手が資格を得る。24歳以下の選手で構成されるためU-24日本代表と表現する場合もあるが、男子とは異なり代表クラスに高卒選手も多いため厳密なU-24代表とは言えない。ユニバーシアード日本代表は1967年の東京大会での準優勝(ただし出場3チーム)が最高成績である。1995年の福岡大会では銅メダルを獲得。2010年からは正式なU-24日本代表が発足され、その中から出場資格を持つ選手がユニバーシアードに出場する。
  • U-19日本代表
19歳以下の大会であるU-19世界選手権およびその予選を兼ねたU-18アジア選手権に派遣されるナショナルチーム。2004年までは18歳以下のジュニア日本代表と呼ばれていた。世界選手権では1993年の8位が最高。2008年アジアU-18選手権で初優勝を遂げる。
  • U-17日本代表
2010年に第1回が開催される17歳以下の大会であるU-17世界選手権およびその予選を兼ねたU-16アジア選手権に派遣されるナショナルチーム。2009年に新設。2009年U-16アジア選手権では準優勝、2010年U-17世界選手権では5位。2011年U-16アジア選手権では決勝で韓国を102-56で下して初優勝、翌2012年U-17世界選手権では予選リーグを1位突破、初の準決勝進出を達成して前回を上回る4位。

国際大会結果[編集]

ユニバーシアード[編集]

FIBA U-19世界選手権[編集]

  • 1993年 8位
  • 1997年 12位
  • 2001年 11位
  • 2007年 13位
  • 2009年 12位
  • 2011年 7位
  • 2013年 8位
  • 2015年 2014年 U-18アジア選手権で2位となり、出場権を獲得していたが、日本バスケットボール協会FIBAより資格停止処分を受けたため、出場権を失った[3]

FIBAアジアU-18選手権[編集]

上位に入ると翌年のU19世界選手権の出場権を獲得。

  • 1970年 Med 2.png準優勝
  • 1972年 不参加
  • 1974年 Med 2.png準優勝
  • 1977年 不参加
  • 1978年 不参加
  • 1980年 5位
  • 1982年 Med 3.png3位
  • 1984年 Med 3.png3位
  • 1986年 4位
  • 1989年 Med 3.png3位
  • 1990年 Med 2.png準優勝
  • 1992年 Med 3.png3位
  • 1996年 Med 2.png準優勝
  • 1998年 4位
  • 2000年 Med 2.png準優勝
  • 2002年 4位
  • 2004年 Med 3.png3位
  • 2007年 Med 2.png準優勝
  • 2008年 Med 1.png優勝
  • 2010年 Med 2.png準優勝
  • 2012年 Med 2.png準優勝
  • 2014年 Med 2.png準優勝


FIBA U-17世界選手権[編集]

  • 2010年 5位
  • 2012年 4位
  • 2014年 7位

FIBAアジアU-16選手権[編集]

上位に入ると翌年のU17世界選手権の出場権を獲得

  • 2009年 Med 2.png準優勝
  • 2011年 Med 1.png優勝
  • 2013年 Med 2.png準優勝

脚注[編集]

  1. ^ FIBA Ranking for WomenFIBA
  2. ^ バスケットボール男女日本代表チーム ニックネーム決定”. JBA (2011年7月26日). 2014年10月3日閲覧。
  3. ^ PR N°4: Chinese Taipei completes field for 2015 FIBA U19 Women's World Championship”. FIBA (2015年3月23日). 2015年4月19日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]