東海・東南海・南海連動型地震
東海・東南海・南海連動型地震(とうかい・とうなんかい・なんかいれんどうがたじしん)は、東海地震、東南海地震、南海地震という3つの巨大地震のうち2つ以上の地震が同時発生した連動型巨大地震のこと。3連動地震ともいわれる[1]。本項では、単一の震源で同時刻に発生するものだけではなく、3つの地震が起こった時間が非常に近い(同日中 - 数年以内)場合についても記述する。また、南海地震の震源域の南隣にある日向灘地震など、上述の3連動型地震に限らず南海トラフにおける連動型地震全般についても取り上げる。
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[編集] 概要
地質調査や文献資料から、東海地震、東南海地震、南海地震はそれぞれは約90 - 150年(中世以前の発生記録では200年以上)の間隔で発生していることが分かっており、今後も同じような間隔で発生すると推測されている。いずれもマグニチュードが8以上になるような巨大地震で、揺れや津波により大きな被害を出してきた地震である。
これら3つの地震は、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに衝突してその下に沈み込んでいる南海トラフで発生する海溝型地震という点で共通するが[注 1]、地下のプレート構造が原因となってそれぞれ独立した震源域を持っており、別々に発生する場合や数時間 - 数年の間隔で近接して発生する場合、あるいはほぼ同時に発生する場合がある[注 2]。ただしこれまでの記録によると、東海地震の震源域とされる右上図のE領域だけで起こる巨大地震の発生は確認されていない。
江戸時代以前まで歴史をさかのぼると東海地震、東南海地震、南海地震はほぼ同時、または短時間内に発生したことが確認されており、揺れと巨大津波により甚大な被害を受けている。文献によれば、ほぼ同時に発生した1707年の宝永地震(マグニチュード8.6)や32時間を置いて連動した1854年の安政東海地震、安政南海地震(ともにマグニチュード8.4)が確認されている。これ以前については、1498年以前の東海地震の発生記録が無いなど地震の記録が乏しいことや、信憑性や確実性に疑問が残る文献もあることなどから詳しく分かっていないが、連動型が発生していた可能性もあるとされる。近年では、地質調査による裏付け作業なども行われている。
一方で瀬野徹三東京大学地震研究所教授は、3地震の現在の分類を変える必要を挙げ、南海トラフの東端の震源域(東南海の一部及び東海)と連動して静岡付近まで断層の破壊が進む「安政型」、その震源域と連動せず静岡までは断層の破壊が起きない「宝永型」の二種類に分類することができるという説を唱えている[2]。
地震連動の発生の様子を、プレートの相対運動やプレート境界の摩擦特性からシミュレーションを行う試みもあり、連動性は再現されたが地震発生間隔などが歴史記録と一致しない点もある[3][4]。1361年正平地震以前の間隔は記録に欠損があり、例えば13世紀前半と見られる津波や液状化の痕跡は複数の箇所から発見されており、記録を補なうものと考えられている一方で、1096年永長地震以前は確かな証拠は無く津波堆積物の研究から100年と200年の周期が交互に繰り返されているとする説もある[5]。
また、昭和南海地震でも確認されたように、単純なプレート間地震ではなく、スプレー断層(主な断層から分かれて存在する細かな断層)からの滑りをも伴う可能性も指摘され、南海トラフ沿いには過去に生じたと考えられるスプレー断層が数多く確認される[6]。震源域が広くなると長周期地震動と呼ばれる周期が長く遠方まで強い震動が伝える波が発生し、高層ビルやオイルタンクなどに深刻な被害を及ぼす危険性も生じる[注 3][7]。古文書に現れる地震はしばしば半時(はんとき、約1時間)になる強い振動が長時間継続したような記録である。これは大地震に対する恐怖感が誇張的な表現を生んだとする見方もあるが、連動型地震のように震源域が長大になれば破壊が伝わる時間も長くなり、そこからまた別の断層が生ずるなど長い震源時間をもつ多重地震となり、さらに本震後の活発な余震なども原因とされる[8][9]。
以上のように南海トラフにおける海溝型地震は、一定の間隔で起こる「周期性」と同時に起こる「連動性」が大きな特徴となっている。さらに、南海トラフは約2000万年前の比較的若いプレートが沈み込んでおり、薄くかつ温度も高いため低角で沈み込みプレート境界の固着[注 4]も起こりやすく、震源域が陸地に近いので被害も大きくなりやすい[10]。南海トラフにおける、フィリピン海プレートとユーラシアプレートとのプレート間が連動する確率は100%に近くほぼ完全に固着し、 1年に6.5cmずつ日本列島を押すプレートの運動エネルギーはほとんどが地震のエネルギーとなっていると考えられている。しかし紀伊半島先端部の潮岬沖付近に固着が弱く滑りやすい領域があり、1944年昭和東南海地震、1946年昭和南海地震はいずれもこの付近を震源として断層の破壊がそれぞれ東西方向へ進行したことと関連が深いと見られている[11]。
なお、この地震により発生するとされる災害を「東日本大震災」と対比し、「西日本大震災」と呼称する場合がある[12]。
[編集] 主な地震の一覧
「地震の年表 (日本)」も参照
3地震が同時に起こった可能性の高いものとして歴史上は以下のものがある。宝永地震はほぼ確実、慶長地震も津波波源域は東海から南海に及ぶとされ、房総沖も連動したとする説もある。正平地震および白鳳地震も3地震連動の可能性があり[13]、仁和地震も可能性が高いとされる[9]。また、1498年の地震では南海地震と日向灘地震が連動した可能性、1707年の宝永地震では東海・東南海・南海連動型地震に加えて日向灘地震も連動した可能性が指摘されている。
また、上記のほかに、鎌倉時代以降近い間隔でM7以上の大地震が3つ以上同一地域で連続して起こった例には1596年の慶長地震、観測態勢のできた明治以降では1895 - 97年の三陸地震、1921 - 25年の茨木地震、1931 - 35年の三陸地震、1993 - 94年の北海道東方沖などがある。
<凡例>3地震が同時に起こった可能性の高いものは太字で示した。日付は慶長地震以降はグレゴリオ暦、明応地震以前はユリウス暦(カッコ内はグレゴリオ暦)。マグニチュードは推定値[14]。
- 1世紀頃 M9級の超巨大地震の発生の可能性。高知県土佐市宇佐の海岸から200m以上離れた池で、津波によるそれ以後例のない厚さ50cmの堆積物が発見されている。
- 允恭年間(5世紀前半)、仙台付近で巨大地震。奈良県でも地震の記録あり。
- 684年 白鳳地震:11月26日(11月29日)(天武13年10月14日):M81/4 、『日本書紀』の記録は南海地震を示唆するものであるが、同時期に東海地震と東南海地震が発生したと地質調査により推定されている。山崩れ、家屋、社寺の倒壊多数。津波の襲来後、土佐で船が多数沈没、田畑約12平方キロメートルが沈下し海となったと記録されている。
- 887年 仁和地震:8月22日(8月26日)(仁和3年7月30日):M8.0 - 8.5 、『日本三代実録』の記録は南海地震を示唆するが、同時期に東海地震と東南海地震が発生したと地質調査により推定されている。五畿七道諸国、京都で民家、官舎の倒壊による圧死者多数。特に摂津での被害が大きかった。
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- 950 - 1000年ごろ、東海、東南海、南海地震のいずれかまたは複数が発生したと推定されているが不明。
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- 1293年5月20日(5月27日)(正応6年4月13日) 鎌倉大地震 - M 7.1、建長寺などで火災発生、死者2万人、余震多発。なお、1241年[16]、1257年にも鎌倉周辺でM 7〜7.5の地震が発生している。1257年には5月18日、8月1日、8月23日、9月4日に地震[17]があり、10月2日[18]の 正嘉地震を経て、11月8日にも同様の地震が発生している。
- 1361年 正平(康安)地震:7月26日(8月3日)(正平16年、康安元年6月24日):M81/4 - 8.5 、『太平記』の記録は南海地震を示唆するものである。摂津四天王寺の金堂転倒し、圧死5。その他、諸寺諸堂に被害が多かった。津波で摂津・阿波・土佐に被害、特に阿波の雪(由岐)湊で流失1700戸、流死60余。被害地震記録は6月16日-8月24日の約10回ある。東海地震の発生は不明だが、南海地震と同時期に東南海地震が発生したという説もある。
- 1498年9月11日(9月20日)(明応7年8月25日) 明応地震(東海・東南海地震):M8.2 - 8.4。伊勢や駿河など広い地域に津波、死者3 - 4万人。
- 1596年9月1日(文禄5年閏7月9日)夜、慶長伊予地震発生。3日後に慶長豊後地震、さらにその翌日に慶長伏見地震が発生。いずれもM7.0規模と推定。大分、四国、近畿など中央構造線上で発生した連動型地震とされる[19]。
- 1605年2月3日(慶長9年12月16日) 慶長地震:東海・東南海地震と南海地震が同時に発生したとみられる M7.9 - 8.0 の地震。さらには、房総沖が連動したとする説もある。他の連動型地震と違い、津波地震であったと推定されている。地震動による被害は少なかったが房総半島から九州に至る太平洋岸で津波発生、死者1 - 2万人。
- 1707年10月28日(宝永4年10月4日) 宝永地震:東海・東南海地震と南海地震が同時に発生した M8.6 の地震。死者2万人余、倒壊家屋6万戸余。土佐を中心に大津波が襲った。49日後に富士山が噴火し宝永山(火口)ができる(宝永大噴火)。4年前の元禄16年11月23日(1703年12月31日)の元禄大地震(M8.1)との連動の可能性が指摘されている。
- 1854年12月23日・24日(嘉永7年11月4日・5日) 安政地震:安政東海地震(東南海地震含む)が発生し、32時間後に安政南海地震が発生した。ともにM8.4。死者は合計で5,000人以上、余震が9年間続く。またさらに40時間後の12月26日(嘉永7年11月7日)豊予海峡地震- M 7.4が発生。合計72時間で3つの海溝型地震が発生したことになる。
- 1944年(昭和19年)12月7日 昭和東南海地震:M7.9、静岡・愛知・三重などで合わせて死・不明1223、住家全壊17599、半壊36520、流失3129。津波のため尾鷲が壊滅した。このほか、長野県諏訪盆地でも住家全壊12などの被害があった。津波が各地に来襲し、波高は熊野灘沿岸で 6 - 8 m 、遠州灘沿岸で 1 - 2 m 。紀伊半島東岸で 30 - 40 cm 地盤が沈下した。最大波高は尾鷲市賀田地区で記録された9m。戦時中のため詳細不明。ニューヨークタイムズは「地球が6時間にわたって揺れ、世界中の観測所が、「破壊的」と表現した」と、大々的に報じた。
- 1946年(昭和21年)12月21日 昭和南海地震:M8.0、被害は中部以西の日本各地にわたり、死1330、家屋全壊11591、半壊23487、流失1451、焼失2598。津波が静岡県より九州にいたる海岸に来襲し、高知・三重・徳島沿岸で 4 - 6 m に達した。室戸・紀伊半島は南上がりの傾動を示し、室戸で 1.27 m 、潮岬で 0.7 m 上昇、須崎・甲浦で約 1 m 沈下。高知付近で田園15km2が海面下に没した。1944年の昭和東南海地震との連動地震とみられる。

[編集] 予想と研究
今村明恒は過去の歴史記録にある、仁和地震など五畿七道大地震は何れも津波を伴い南海道沖を震源域とする巨大地震と考え、歴史的に繰り返されてきたことを論じている[20]。
今後発生が予測されている東海・東南海・南海連動型地震のうち最大のものはマグニチュード8.7とされる。破壊領域は長さ700km程度の宝永地震レベルである[21]。
この3つの地震が一挙に起きた場合、また安政地震のように短い間隔で起きた場合は、太平洋ベルト全域に地震動による被害が及び、地域相互の救援・支援は実質不可能となると見られており[注 6]早急に地方自治体は連動型地震を視野に入れた防災対策を講じる必要があるとされている。2010年の防災の日には初めて3地震の連動発生を想定した訓練が実施されている[22]。
津波は、東海地震、東南海地震、南海地震の3つの地震が生じた場合、または数分 - 数十分の時間差を置いて連動発生した場合、波の高さが重なり合って土佐湾西部と東海沿岸のいくつかの狭い範囲で10m近い高さに達することがあるとシミュレーションされている。とくに浜岡原発にも近い御前崎付近では同時発生の時に比べて、海上波高が2倍以上となり11mに達することがあるという[23]。
また、この連動型地震はさらに数百年に1回、震源域が日向灘まで伸びて、津波が九州佐伯市に押し寄せていた可能性が指摘されている(4連動型:日向灘の地震については日向灘地震も参照)。1707年の宝永地震がそれに当たり、再び起きた場合、津波高の想定は、九州太平洋沿岸で従来予想2m付近から最大で8m級に、四国南端部の土佐清水市で従来6m級から10m以上になる可能性がある。加えて、瀬戸内海まで津波が入り込む恐れもあるという[24]。
さらに1605年の慶長地震を引き起こしたとされる、通常の3連動型地震の震源域より沖合いの南海トラフにかなり近い領域(プレート境界のうち浅い部分)においても、これらの連動型地震と連動してほぼ同時に地震が発生することで、M9クラスの超巨大地震になる可能性が指摘されている[25][26]。このような広域連動型地震が発生した場合、津波の高さも宝永地震タイプの1.5倍から2倍になる可能性があるという[27][注 7]。
大分県佐伯市の間越龍神池では3300年前までの地層中に8枚の津波堆積物が発見されており、特に大規模な地震のみが津波堆積物を残したと考えられる。有史以来ではこのうち3枚であり、新しいものから1707年宝永地震、1361年正平地震、684年白鳳地震に対応すると推定される[13]。さらに高知県土佐市蟹ヶ池では約2000年前に堆積した、宝永地震の約3倍に上る津波堆積物が発見されている[28]。
この他、南海トラフから琉球海溝まで全長1000kmにも及ぶ断層が連動して破壊されることで、非常に細長い領域におけるM9クラスの連動型地震、あるいはM9クラスの二つの超巨大地震が連動して発生する可能性も近年では指摘されている[25][26]。この場合の震源域の全長は2004年のスマトラ島沖地震に匹敵するもので、過去には平均1700年間隔で発生していたとされる。これは御前崎(静岡県)、室戸岬(高知県)、喜界島(鹿児島県)の3カ所の海岸に残されていた、通常の南海トラフ連動型地震による隆起予測と比べて明らかに大きな隆起地形から推定されている[29]。
文部科学省の委託を受けて、東京大学、東北大学、名古屋大学、京都大学、海洋研究開発機構が「東海・東南海・南海地震の連動性評価研究プロジェクト」を2008年度から2012年度まで実施している。
2012年1月、東京大学と海洋開発研究機構の研究グループは、紀伊半島沖の東南海と南海の震源域にまたがる長さ200km以上、高さ500m-1kmの分岐断層を発見したと発表した。これは東南海・南海の過去の連動の証拠だとされている。また、地震の際に津波を増幅させるもので、同時に活動した場合に大きな津波が発生する可能性があるとされている[30][31]。
[編集] 想定
3連動地震が発生した場合のシミュレーションは、中央防災会議や地方自治体、および各研究者によって行われている。
2003年の中央防災会議では、3連動型が早朝5時に発生した場合の被害予想として、建物全壊棟数は約51万3000から56万8600棟[32]、死者数は約2万2000から2万8300人にのぼり[33]、経済被害は約53 - 81兆円[34]と試算された。静岡県、愛知県などで最大震度7を観測すると予測され[35]、茨城県から鹿児島県まで、広い範囲で津波が観測され、愛知県、静岡県には平均して4 - 5m、四国太平洋沿岸では平均10〜12m、最大30m近い波が予想される。
[編集] 2011年東北地方太平洋沖地震以後
2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震を受け再検討された中央防災会議の中間報告では[36]、南海トラフ連動型の最大クラスの地震・津波の想定がなされ、Mw9.0との暫定値が発表された(従来は最大M8.7)。座長の阿部勝征[注 8]は、想定の地震が起きれば「巨大西日本地震」となると述べた[37][38][39]。
検討には古文書・津波堆積物などの研究結果が用いられ[注 9]、想定される震源域は、南西側は日向灘より南西の九州・パラオ海嶺の北側(日向灘地震の震源領域含む)まで、内陸側は四国のほとんどを含む陸域[注 10][注 11]、北東側は富士川河口断層帯(静岡県)北端まで含めらり、長さは750km、面積は約11万平方kmとなり、従来の約6万平方kmからほぼ2倍になる。想定される波源域も南海トラフ寄りの深さ約10kmの浅い領域までを含めることとなり[注 12]、地域によっては従来の想定より2倍程高くなった[37]。阿部は、東北よりも人口が多いため、東日本大震災での被害とは異なるとした[40]。最終とりまとめは2012年の3〜4月に公表され、それをもとに国が同年秋までに被害想定をまとめる予定[41]。
ほか、2011年10月の三重県によるM9連動地震の想定[42][43]では、津波は熊野市二木島で高さ19mとなり[注 13]、防潮堤が機能すれば130k㎡が高さ2mで浸水、防潮堤が機能しない場合319k㎡が浸水する。防潮堤点検結果によると、空洞化している部分が少なくとも138カ所あるため対策が急がれている[注 14][44]。 震源が近く初期微動時間がない熊野市・尾鷲市・紀宝町などでは、地震から津波の到達まで3-4分しかなく、避難時間確保のためにも防潮堤の復旧が大事である。[注 15]
2011年12月の徳島県の報告[45]によると、浸水面積は従来の想定の73k㎡から159k㎡と2倍以上に拡大し、美波町阿部漁港奥の20.2mをはじめとして海陽町宍喰海岸で19mなど最大津波高も高くなった。内陸部の徳島市富田地区(高さ1-2m)や北島町などが新しく津波浸水地域に指定された[46]。20cmの津波の到達時間は、牟岐町牟岐漁港湾口で3分、徳島市のマリンピア沖洲東端で32分とされ、最大の高さの津波が来る時間は30分から90分後とした[47][48]。
この他、2012年1月発表の東京大学総合防災情報研究センターの古村孝志教授らの計算では、津波の最大の高さは土佐湾で20m、三重県周辺で15m、愛知県・静岡県周辺で10mとなった[49]。
[編集] 地震と地形
フィリピン海プレートの沈み込みによりユーラシアプレートは圧縮応力を受け続け、地震により応力が開放された結果、地殻変動は南東上がりの傾動を示す。御前崎、潮岬、室戸岬および足摺岬は東海・南海地震の度に隆起し、地震後から次回の地震までゆっくりと沈降して回復するが、トータルでは隆起がやや上回る[50]。室戸岬に見られる隆起による海岸段丘や、高知付近の沈降地形は長年に亘る南海地震の繰り返しにより形成された[51]。室戸岬や足摺岬に見られる段丘が現在の高さになるには約15万年の年月がかかる計算となり、南海トラフ沿いの地震は有史以前から幾度となく繰り返されてきたことが窺われる[52]。地球深部探査船「ちきゅう」による紀伊半島沖の掘削調査により南海トラフ沿いの巨大地震は195万年前の断層活動に遡り、155万年前にほぼ現在のような活動が始まったとする推定結果も出されている[53][54]。
規模の大きな地震により段丘が形成され、最も下にある最新のものは18世紀初頭、すなわち宝永地震の際に生成したものであり、次は平安時代の終わり頃、奈良時代と平安時代の間頃と続く[21]。日本史上最大級といわれた宝永地震も地質時代を通じた歴史の中では一介の地震に過ぎない。
富士川河口付近では長年の断層による変位を伴う地震活動の繰り返しの結果、富士川河床に露出した13800年前の溶岩は東側の富士市では地下100mに埋もれている程のギャップを生じている。これも東海地震の度に生じた断層活動の累積の結果である[55]。東海地震や南海地震の度に高知付近や遠州灘沿岸は地盤の沈降が見られたが、例えば浜名湖は沈降したところに津波が襲うことを繰り返すことにより形成された湖であると推定される[56]。高知平野などは地震の度に沈降し、沈降後に堆積作用が働いた沖積平野である。また須崎の東側の横浪三里は沈降地形であるリアス式海岸である。このようなリアス式海岸は志摩半島、紀伊水道両岸、宇和海沿岸および佐賀関南側に広く分布し、地震の度に沈降の見られる地域に一致する[57]。
さらに南海トラフに平行して西南日本外帯には赤石山脈、紀伊山地、四国山地と高峰が連なり、例えば御前崎から赤石山脈にかけて波曲しながら階段状に次第に高度を上げる地形が見られる。このような地形はフィリピン海プレートの沈み込みによりユーラシアプレート上の大地が圧縮を受け褶曲活動の結果、もたらされたものである[58]。さらにフィリピン海海底からもたらされた付加体がこれらの山地の形成に関わっている[59]。国土地理院のGEONET測量により、普段は東海地方、紀伊半島中央部、四国中央部および九州東部は隆起し、他方、御前崎、潮岬、室戸岬および足摺岬は沈降と地震による地殻変動とは逆の上下変動が示された。また、GPS解析により東海・東南海・南海地震震源域ではプレート境界の滑り遅れが見られ、固着域の存在と次期地震への準備が着実に進行しつつあることが示された[60][61]。
[編集] 日本近海における類似の連動型地震
「連動型地震#日本近海」を参照
[編集] 脚注
[編集] 注釈
- ^ 南海トラフの東海地震震源域部分については「駿河トラフ」とも呼称される。
- ^ 連動のタイプとしては、ほぼ同時に発生する「宝永型」の地震、短時間内に発生する「安政型」の地震、数年以内に発生する「昭和型」の地震(ただし、昭和の地震は東海地震が発生せず)がある。
- ^ 高層ビルは「地震動の周期が短くビルの共振周期と異なり大きな破壊は生じない」という仮定で建てられており、長周期振動は想定外である。もっとも旧建設省の特認を受けしっかりとした構造設計と施工がなされている。また上層階で揺れが大きく「ビルは無事だったが、中の人間は大被害を受ける」といわれる不安を抱えている。オイルタンクは「スロッシング」と呼ばれる内部の原油が大きく揺れタンクのふたなどを損傷することがある。オイルタンクは地盤の弱い海岸部に設置され、消防局にさえ詳細な情報が開示されていないにもかかわらず、いったん被害が発生すると大きな海洋汚染や大気汚染の原因となるため、危惧されている。
- ^ 断層同士がくっついていること。連動しやすくなる。逆に温度が高く柔らかいのではがれやすいともいえる
- ^ 今までの学説では東北沖での連動はないことになっていた。今回の地震で、地震区域の連動性は少ないという学説と固着域の学説に疑問が投げかけられている。もともと3連動地震の発生する確率が異常に高かった上に、今回の地震で日本列島自体が相当ゆがんだために3連動地震の発生時期が早まる可能性がどれだけ上がったかを検討中である
- ^ 2011年東北地方太平洋沖地震では、自衛隊の全力を使っても救援が間に合わず、その3倍以上の規模とされる各地震ではもっと困難である。また生産・輸送力・人的資源などの主力である3連動地震地域に被害がなかったにもかかわらず、影響は日本全域から世界に及んだ。3連動地震だけではなく単独地震の被害でも超巨大だと考えられているので、各地方自治体は対策に苦悩している。
- ^ 2011年の東北地方太平洋沖地震においても、日本海溝寄りの領域が連動したことで海底が大きく隆起し、津波の巨大化に至った可能性が指摘されている。
- ^ あべかつゆき。(財)地震予知総合研究振興会副理事長・地震調査研究センター長 東京大学名誉教授。1989年東大地震研教授。2008年から地震防災対策強化地域判定会会長、2011年現在文部科学省地震調査委員会委員長。
- ^ 海岸から400m内陸に位置する高知県土佐市蟹ヶ池では、約2000年前の地層から津波による厚さ50cmの堆積物が見つかっている。宝永地震(1707年、Mw8.4-8.7)の蟹ヶ池での津波堆積物の厚さの約3倍にあたるため、より規模の大きいM9クラスの巨大地震が起こったことは確実とされている。またひずみ蓄積の速度を考えると、地質学的に近い将来(数百年の内)の発生の可能性が考えられる。
- ^ 2002年以前に見つかった、従来の深さ30kmよりやや深い最大40km付近の領域まで通常とは異なる「深部低周波地震」が発生している領域。
- ^ 東北地方太平洋沖地震での震源が24km、最深部は40km(平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震. 震源断層モデルの概念図)というプレート境界のかなり深いところだった(初期観測では10kmと公表)ので、また4月7日の余震の震源の深さが66kmであったため、予想震源域も30kmより深いところに広がった。
- ^ 東北地方太平洋沖地震の震源域の最浅部が深さ10kmとされたため。また前震と見られる3月9日の地震の震源も深さ10kmとされる。
- ^ 人間が耐えられない津波の高さといわれる50cmになるまで4分、19mになるまで13分である。速さ2番目の尾鷲市野浦元行野では50cmになるまで3分、13mになるまで14分である。高さ2位の志摩市志摩町越賀では16mまで17分。
- ^ 1959年伊勢湾台風後に作られ、195kmは改修されていない。全面改修には約100億円必要。最大の空洞は幅6m、深さ90cm。河田恵昭は『張り子の虎状態』という。三重県は山がちであり可住地面積は約2,000k㎡しかなく、多くは沿岸部にある。また山岳部は地震や豪雨で崩れやすい。
- ^ 数分だとすると、地震動の最中に津波が来ることもあり、地震動に対する「一次避難」(机の下に隠れる)や「二次避難」(校庭や屋外に避難する)の時間が、津波避難時間を減らす。
[編集] 出典
- ^ たとえば気象庁平成23年8月8日中間とりまとめ4頁。ほか、新聞各紙報道でも多く使用される。毎日新聞2012年1月24日静岡地方版など。
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- ^ 震源域、従来想定の2倍に=南海トラフ地震で中間報告-政府2011年12月27日発表
- ^ a b 南海トラフの巨大地震モデル検討会 中間とりまとめ
- ^ 震源域、従来想定の2倍に=南海トラフ地震で中間報告-政府 - 時事通信
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- ^ 3連動地震:津波被害、浸水域2倍以上に 県が新たな予測図公表/徳島:毎日新聞2012年1月21日
- ^ [県、津波浸水域を拡大:読売新聞徳島版2012年1月21日]
- ^ 津波高暫定値説明書(概要):津波高暫定値の公表について:安心とくしま
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[編集] 参考文献
- 防災システム研究所 東海道、南海道の地震
[編集] 関連項目
- 連動型地震
- 誘発地震
- 東海地震
- 南海地震
- 東南海地震
- 日向灘地震
- 紀伊半島南東沖地震
- 南海トラフ
- 東北地方太平洋沖地震 - 2011年に発生した日本海溝における連動型地震。
- 三陸沖地震
- スマトラ島沖地震
- 関東地震
- 地震の年表 (日本)
- 富士山の噴火史
- 稲むらの火