スコットランド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
蘇格蘭から転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動
スコットランド
Scotland英語、スコットランド)
Albaスコットランド・ゲール語
スコットランドの国旗 スコットランドの国章
国旗 国章
国の標語:In My Defens God Me Defendスコットランド語
(和訳例)神の守りが我が守り
国歌スコットランドの花(事実上)
(他に複数の非公式な国歌的愛唱歌がある。詳細はスコットランドの国歌を参照)
スコットランドの位置
公用語 英語(主な方言としてスコットランド英語およびイギリス英語)、スコットランド・ゲール語スコットランド語イギリス手話
首都 エディンバラ
最大の都市 グラスゴー
政府
連合王国国王 エリザベス2世
首相 ニコラ・スタージョン (MSP)
面積
総計 78,772km2???位
水面積率 1.9%
人口
総計(2012年 5,254,800人(???位
人口密度 65.9人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2010年 1,397億7,400万UKポンド
GDP(MER
合計(xxxx年xxx,xxxドル(???位
1人あたり xxxドル
GDP(PPP
合計(xxxx年xxx,xxxドル(???位
1人あたり xxxドル
建国841年ケネス1世即位年
通貨 UKポンドGBP
時間帯 UTC0 (DST:+1 UTC)
ISO 3166-1 GB (GB-SCT)
ccTLD .scot英語版
国際電話番号 44

スコットランド英語: Scotlandスコットランド語: Scotlandスコットランド・ゲール語: Alba [ˈal̪ˠapə] ( 音声ファイル))は、イギリスを構成するカントリーの一つである。スコットランド本土は、グレートブリテン島の北3分の1を占め[1][2][3]、南東にイングランドとの国境を持ち、北と西に大西洋、北東に北海、南をアイリッシュ海に囲まれている。また、スコットランドには790以上の島々があり[4]、主に北部諸島ヘブリディーズ諸島の群島を中心にしている。

概要[編集]

スコットランド王国は、ヨーロッパ中世初期に独立した主権国家として誕生し、1707年まで存続した。1603年にスコットランドのジェームズ6世イングランドアイルランドの王となり、3つの王国同君連合を形成した。スコットランドはその後、1707年5月1日にイングランド王国と政治連合を結び、新しいグレートブリテン王国を設立した[5][6]。この統合により、スコットランド議会とイングランド議会の後を継ぐグレートブリテン議会も設立された。1801年、グレートブリテン王国はアイルランド王国と政治連合を結び、グレートブリテン及びアイルランド連合王国を設立した(1922年、アイルランド自由国は連合王国から脱退し、1927年にグレートブリテン及び北アイルランド連合王国と正式に名称を変更した)[7]

スコットランド内では、イギリスの君主制が統一前のスコットランド王国に特有の様々なスタイル、称号、その他の王室のシンボルを使用し続けてきた。スコットランドの法制度イングランド、ウェールズ、北アイルランドの法制度とは独立しており、スコットランドは公法と私法の両方において別個の管轄権を有している[8]。法律、教育、宗教、その他の機関が英国の他の地域とは異なる形で存在し続けていることは、1707年のイングランドとの統合以来、スコットランドの文化と国民性の継続に貢献してきた[9]

1999年には、129名の議員で構成される一院制の議会という形でスコットランド議会が再設置され、国内政策の多くの分野で権限を持っている[10]スコットランド政府のトップはスコットランド首相であり、スコットランド副首相の支援を受けている[11]。スコットランドは英国議会に59人の国会議員を擁している。スコットランドはまた、英国・アイルランド評議会のメンバーでもあり[12]、スコットランド議会の5人の議員を英国・アイルランド議会に派遣している[13]

スコットランドは32の行政区画または地方自治体に分割されており、カウンシルエリアとして知られている[14]グラスゴー市は人口ベースで最大のカウンシルエリアであり、ハイランド州は面積ベースで最大のカウンシルエリアである。教育、社会サービス、道路、交通などの事項をカバーする限定的な自治権は、スコットランド政府から各カウンシルエリアに委譲されている[14]

地名[編集]

スコットランドの名称は、この地を統一したスコット人(Scots)に由来する。スコットランド・ゲール語では「アルバ(Alba)」と呼ぶ。ラテン語では「カレドニア(Caledonia)」と呼ばれる。

語源については、スコットはラテン語でゲール人を指した「スコティ(Scoti)」に由来するとされ、「アルバ」と「カレドニア」は古代に有力だったクランの名に由来するとされる。

地理・地質[編集]

地形区分、島を除く国土は4つに分かれる

スコットランドはグレートブリテン島の北部3分の1を占め、南部でイングランド国境に接する。東方に北海、北西方向は大西洋、南西方向はノース海峡およびアイリッシュ海に接する。本島と別に790以上の島から構成される。

グレートブリテン島の3分の1を占める北部、およびシェトランド諸島オークニー諸島ヘブリディーズ諸島などの島々からなる。南西部のキンタイア半島からアイルランドまで30キロメートル、東海岸からノルウェーまで305キロメートル、北のフェロー諸島まで270キロメートルである。北部(ハイランド)は山岳地帯であり、氷河に削られた丘陵や陸地に食い込んだフィヨルドなど北欧に近い地形である。最高峰ベンネビス山(標高1344メートル)はグランピアン山地英語版西端にある。グレートブリテン島最大の淡水湖であるネス湖もある。地質学的には先カンブリア時代カンブリア紀岩石から成り、それらはカレドニア造山運動で隆起した。例外はデボン紀旧赤色砂岩で主にマレー湾フォース湾岸に分布する。それに対し、中部(ローランド)は、古生代の岩石から成る谷あいで、産業革命に重要な石炭鉄鉱石を産出した。火山活動も盛んであった。南部(アップランド)はシルル紀の岩石が風化されて形成したなだらかな丘陵地帯が続き、イングランドの地形に近い。 グランピアン山地 (右図) をマレー湾とアバディーンから南西に伸びて境する大断層があり、北はグレートグレン断層英語版 、南はハイランド境界断層英語版 と呼ばれる。

気候[編集]

典型的な西岸海洋性気候で、北大西洋海流メキシコ湾流の延長)と偏西風の影響により緯度の割に比較的穏やかである。年較差が小さく過ごし易い。ただし、稀に-20℃以下になることがあるため、建物は寒さ対策を施した造りとなっている。

  • 冬は緯度の割には暖かく、最寒月平均気温は2℃~6℃で、日本関東中部から北部にかけてと同じぐらいの気温にしか下がらない。
  • 夏は最暖月でも14℃~19℃程度と涼しく、日本の北海道西部と同じぐらいの気温にしか上がらない。

首都と都市[編集]

首都エディンバラはスコットランド第2の人口を有する都市であり、ヨーロッパの主要な金融センターの一つである。人口最大の都市であるグラスゴー大グラスゴーの中心であり、都市圏人口は約150万人に及ぶ。スコットランドの沿岸部は北大西洋および北海に接し、その中心都市であるアバディーンは北海油田の基地となっている。

歴史[編集]

古代[編集]

紀元前10世紀頃、大陸よりケルト系ピクト人が到来。その後紀元前43年よりローマ帝国が侵入し、現在のスターリングに前線司令部を設置。ハドリアヌスの長城アントニヌスの長城およびヴィンドランダ要塞英語版などの拠点が築かれた。ローマ軍は、各地の要塞を拠点としながらブリテン島支配を図り、たびたびピクト人との戦いにも勝利したが(グラウピウス山の戦い)、全域を支配するまでには至らなかった。

中世[編集]

407年のローマ軍撤退後、ブリトン人など諸民族が数波にわたり到来する中、隣のアイルランド島より、現在のスコットランド人の直接祖先となるケルト系スコット人英語版ゲール族)が到来。スコットランド北西部をスコット人(ダルリアダ王国)、北東部をピクト人(アルバ王国)、南部をブリトン人(ストラスクライド王国英語版)とアングル人ノーサンブリア王国)が支配し、12世紀頃まで諸民族による勢力均衡・群雄割拠の時代が続いた。また、8世紀頃からヴァイキングが沿岸にたびたび襲来した。

9世紀(伝統的立場では843年)に、ダルリアダ王国ケネス1世アルバ王国を征服し、スコットランド王国が成立した。1071年、ブリテン島南部イングランド王国を支配するウィリアム征服王が、北部のスコットランド王国への侵攻を開始。以降、両王家には婚姻関係も生まれ、しばしば和議が図られるが、イングランドとスコットランドとの争いはやまず。13世紀から14世紀にかけて長期にわたり、両国間の緊張が続き(スコットランド独立戦争)、1314年ロバート・ブルースがスコットランドの大部分を再征服した(バノックバーンの戦い)。

近世[編集]

1603年ステュアート朝ジェームズ6世がイングランド王ジェームズ1世となり、イングランドと同君連合を結ぶ。スコットランドの宗教改革清教徒革命主教戦争三王国戦争スコットランド内戦英語版イングランド内戦アイルランド同盟戦争英語版アイルランド反乱英語版アイルランド侵略))、イングランド共和国の成立、イングランド王政復古)。殺戮時代名誉革命

1707年には、イングランド王国と合同して、グレートブリテン王国(略称:GB)(又はグレートブリテン連合王国(略称:UK))となる。

現代[編集]

1999年スコットランド議会が設置された。これは、権限委譲と分権議会の設置を定めた1998年スコットランド法の改正によって決定されたプロセスである。2007年5月3日2007年スコットランド議会総選挙英語版スコットランド国民党 (SNP) が第一党となった。2011年5月5日2011年スコットランド議会総選挙英語版でSNPが過半数を獲得。

2012年10月15日Edinburgh Agreementを締結。

2013年11月26日、スコットランド行政府のアレックス・サモンド(Alex Salmond、SNP党首)は、スコットランドの独立の是非を問う住民投票に対する公約となる独立国家スコットランドの青写真「Scotland's Future」を発表[15][16]

2014年9月18日スコットランドの独立の是非を問う住民投票を実施。反対票が55%を占め、独立は否決された[17]

政治[編集]

1707年合同法 (Act of Union) によって、それまで同じ君主を冠してきたものの別々の王国であったイングランド王国とスコットランド王国は合邦し、グレートブリテン王国が成立した。この合邦は形式的には対等とされていたが、新国家の議会や王宮など主な機関は旧イングランド王国に座することになり、イングランドによる不公平な併合であったと考えるスコットランド人が少なくない。

スコットランドは伝統的に労働党の支持者が多く、トニー・ブレアゴードン・ブラウンと2代続けてスコットランド出身の党首・連合王国首相を輩出しているが、先述の経緯からスコットランド独立を掲げる民族主義的なスコットランド国民党(SNP)も多くの支持を集めている。

2014年スコットランド独立住民投票[編集]

2014年9月、スコットランド独立を問う住民投票が実施され、44.7%対55.3%で否決された。スコットランド以外のグレートブリテン及び北アイルランド連合王国諸国は反対派が明らかに多かった。

ウェストミンスター議会[編集]

2005年総選挙[編集]

2005年5月現在、スコットランドに割り当てられているイギリス議会(ウェストミンスター議会)下院の議席数は59である。2005年総選挙で各政党が獲得した議席数は次のようになった。

2015年総選挙[編集]

2015年5月現在、スコットランドに割り当てられているイギリス議会(ウェストミンスター議会)下院の議席数は59である。2015年総選挙で各政党が獲得した議席数は次のようになった。

スコットランド議会[編集]

1707年の合同法でスコットランド議会は閉鎖され事実上廃止となったが、1998年スコットランド法の制定により1999年5月6日1999年スコットランド議会総選挙英語版を行い、再開された。スコットランド議会は一定範囲で所得税率を変更することができる他、スコットランド法でウェストミンスター議会留保事項と規定されている事柄以外について、独自の法令を成立させることができる。これまでに、福祉政策や狐狩り規制、公共施設内での禁煙などに関して、スコットランド独自の法令が施行されている。ウェストミンスター議会留保事項には、外交、軍事、財政・金融、麻薬取締り、移民の規制など、全国的に取り組む必要がある事柄が規定されている。

2003年の選挙結果[編集]

2003年5月1日に開催され、圧倒的な労働党支持の中、スコットランド労働党党首ジャック・マコンネル英語版が首相に任命された。

2007年の選挙結果[編集]

2007年5月3日に開催され、スコットランド国民党が第一党の座を獲得。5月16日にはスコットランド国民党党首のアレックス・サモンドが首相に選出された。

  • スコットランド国民党 (SNP) - 47議席
  • 労働党 - 46議席
  • 保守党 - 17議席
  • 自由民主党 - 16議席
  • 緑の党 - 2議席
  • その他 - 1議席

2011年の選挙結果[編集]

2011年7月1日、エリザベス2世女王が議会に登場

2011年5月5日に開催され、スコットランド国民党が過半数を獲得。党首アレックス・サモンドが首相に再選された。再開以来、初めて単一政党が過半数を獲得した。

ニコラ・スタージョン自治政府首相 (左)
  • スコットランド国民党 (SNP) - 69議席
  • 労働党 - 37議席
  • 保守党 - 15議席
  • 自由民主党 - 5議席
  • 緑の党 - 2議席
  • その他 - 1議席

2016年の選挙結果[編集]

詳細はスコットランド議会を。

  • スコットランド国民党 (SNP) - 63議席、女性党首ニコラ・スタージョンが2014年11月から首相
  • 保守党が最大野党。任期は本来4年であるが、それではたまたま英国議会選挙と重なるため、今期のみ任期を5年とされ、次回選挙は2021年5月に予定されている。

エリザベス2世女王の呼称問題[編集]

グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国国王(1952年2月6日 - )
エリザベス2世女王

1952年2月6日にエリザベス王女が連合王国の国王(イギリスの君主)に即位した際、その呼称が「エリザベス2世女王 (Queen Elizabeth II)」となることをめぐって問題が生じた。というのも、イングランドには過去に同名の国王(エリザベス1世)がいたが、スコットランドには過去に同名の国王が存在していなかったので、イングランドを基準にすれば新国王の呼称は「エリザベス2世女王」であるが、スコットランドを基準にすれば新しい国王の呼称は「エリザベス(1世)女王 (Queen Elizabeth)」となるからである。

そこで、スコットランドの民族主義政党であるスコットランド国民党の指導的立場にいたジョン・マコーミック英語版は、「新国王がスコットランドにおいて「エリザベス2世女王」と名乗ることは、1707年合同法違反だ」として裁判を起こした。裁判の結果はマコーミックの敗訴であった。「王がどう名乗るかは国王大権 (royal prerogative) に属することであり、マコーミックに裁判で争う権利は認められない」とされたのである。これでエリザベスはイングランドでもスコットランドでも「エリザベス2世女王」と堂々と名乗れるようになった。

エリザベス2世は後に将来においても発生し得るこの問題を公平に解決するための新基準を提案している。スコットランド基準とイングランド基準で呼称の「~世」の部分が異なる場合、数値が大きな方を採用するというものである。たとえば、将来ジェームズという名の王が即位する場合、イングランド基準では「ジェームズ3世男王 (King James III)」となるが、スコットランド基準では「ジェームズ8世男王 (King James VIII)」となるため、大きな方の「ジェームズ8世男王」を採用するというものである。ただし実際にこのようなことが起きたとしても、この基準を新国王ジェームズが採用するとは限らない。裁判所が表明したように、どう名乗るかは国王大権に属することであるから、「ジェームズ3世」と「ジェームズ8世」のどちらを名乗るかはそのジェームズに委ねられるからである。

この新基準は過去に遡って適用することが容易である。1707年以降この呼称上の問題が生じるイギリス国王は4人(ウィリアム4世エドワード7世エドワード8世、エリザベス2世)いるが、この新基準の適用を受けても4人の呼称はイングランド基準のままであり、変更の必要がないからである。

イギリスの郵便ポストには王の名が頭文字で刻印されているが、エリザベス2世即位後にスコットランドに設置された郵便ポストは王冠が描かれているのみで王の名は書かれていない。これは、彼女の呼称に不満を抱いた一部の過激な民族主義者がエリザベス2世の名が刻印された郵便ポストを破壊したり、「2世」の部分を削り取ったりしたためである。

[編集]

スコットランド法大陸法を基調とする。チャンネル諸島を除くブリテン諸島ではアイルランド共和国にいたるまで英米法を採用しており、スコットランドが唯一の大陸法社会である。

経済[編集]

北海に位置する掘削装置

古くは石炭がスコットランドの主要産業であり、産業革命を支えた。

1960年代に北海油田が開発されると、漁港アバディーンは石油基地として大きな発展をとげた。石油資源の存在はスコットランド独立派の強みとなっている。

1980年代からは半導体産業や情報通信産業の誘致が盛んに行われており、スコットランド中部のIT産業の集積地帯はシリコングレンと呼ばれている。

国民[編集]

文化[編集]

グレート・ハイランド・バグパイプを演奏するパイプ・メジャー

民族衣装として名高いタータンキルトは、元々はハイランド地方の伝統衣装であった。ジャコバイト反乱(1715年の反乱1745年の反乱)後、18世紀半ばに禁止された。その後、1822年ジョージ4世がスコットランド訪問の時にタータン柄のキルトを着用したため、スコットランド全域に広がった。

経済学の父」ことアダム・スミス、詩人ロバート・バーンズ、作家ウォルター・スコットシャーロック・ホームズの生みの親アーサー・コナン・ドイル、『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』の作家ロバート・ルイス・スティーヴンソンジェームズ・ボズウェルトーマス・カーライル、俳優のショーン・コネリーユアン・マクレガージェラルド・バトラーなどはスコットランドの生まれである。

スコットランドは、産業革命以前より、科学・技術の中心地であったため、多くの科学者・技術者を輩出している。その発見・発明は、現代社会にはなくてはならないものが多い。電話を発明したグレアム・ベルペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミング蒸気機関を発明したジェームズ・ワットファックスを発明したアレクサンダー・ベインテレビを発明したジョン・ロジー・ベアード、空気入りタイヤを発明したジョン・ボイド・ダンロップ、道路のアスファルト舗装マカダム舗装)を発明したジョン・ロウドン・マカダム消毒による無菌手術を開発したジョゼフ・リスターなどはスコットランドの生まれである。

羊の内臓を羊の袋に詰めて茹でたハギスが有名。また、スコッチ・ウイスキーは定義上スコットランド産でなければならない。スコットランドには、100以上もの蒸留所があり、世界的にも愛好家が多い。

コリン・ジョイス(『驚きの英国史』NHK出版新書 2012年pp.79-83)ではイギリス人の生活を皮肉って次の物がすべてスコットランド人によるものだとしている。マーマレードレインコート自転車タイヤ乾留液(タールマック舗装)、蒸気エンジンイングランド銀行、糊つき切手タバコ電話ローストビーフアメリカ海軍麻酔薬などである。『聖書』にもスコットランド人が最初に出てくるが、これはジェームズ6世が英訳を進めたからである。

スコットランドの花 (The Flower of Scotland) が事実上の「国歌」である。

宗教[編集]

カトリックプロテスタントがほぼ拮抗している。公立学校も、カトリック校と無宗教校(事実上プロテスタント)に分かれている。これはスポーツの世界にも影響を及ぼしており、カトリック系住民が応援するセルティックFCとプロテスタント系住民が応援するレンジャーズFCと激しいライバル関係となってあらわれている。

スポーツ[編集]

スコットランドはゴルフの発祥の地としても知られ、セント・アンドルーズは聖地として世界中のゴルファーの憧れの地となっている。また、カーリングもスコットランドの発祥とされるため、国際大会の前には勇敢なるスコットランドが演奏される。

国民的にはサッカーが最も人気のあるスポーツであり、セルティックFCレンジャーズFCは絶大な支持を得ている。国際試合では目立った成績を残せていないものの、伝統的に優れた指揮官をイングランドへ輩出しており、特にマット・バスビーアレックス・ファーガソンサーの称号を得たほどである。

ラグビーも人気のあるスポーツで、ラグビー代表は歴代10大会中8大会で決勝トーナメント進出、91年の第2回大会では4位となった。2011,19年はいずれもグループリーグ3位。2015,19年と日本代表戦が行われ、その間の2016年にも日本とのテストマッチが組まれた。(2019年は日本勝利、他3回はスコットランド勝利) 毎年2 - 3月は6か国対抗のシックスネイションズ (Six Nations)に参加している。5ネイションズ時代の1999年を最後に優勝から遠ざかっている。

行政区画[編集]

Scotland1974Numbered.png

スコットランドを大きく分けると、「ハイランド地方」と「ローランド地方」の2つに区分することができる。

リージョン(地方)[編集]

1973年1996年までは、9つの地方と3つの島嶼部リージョンに分けられていた。また、一部カウンシル・エリアと同地域もある。

現在も警察・消防など行政機関の中には、かつてのリージョンの区画を管轄区分に用いるものがある。

地図上のNo. 地方・島嶼部 中心都市[18] 面積
(ヘクタール)[18]
人口[18]
01 ストラスクライド地方 グラスゴー 1,350,283 2,286,800
02 ダンフリーズ・アンド・ガロウェイ地方 ダンフリーズ 639,561 147,900
03 ボーダーズ地方 ニュータウン・セント・ボスウェルズ 471,253 105,300
04 ロージアン地方 エディンバラ 171,595 750,600
05 セントラル地方 スターリング 263,455 272,900
06 ファイフ地方 グレンロセス 131,201 351,200
07 テイサイド地方 ダンディー 749,650 395,200
08 グランピアン地方 アバディーン 869,772 528,100
09 ハイランド地方 インヴァネス 2,539,759 206,900
10 ウェスタンアイランズ地方 (島嶼部) ストーノーウェイ 289,798 29,600
未表示 シェトランド地方 (島嶼部) ラーウィック 143,268 22,522
未表示 オークニー地方 (島嶼部) カークウォール 97,581 19,600

カウンシル(州)[編集]

ScotlandLabelled.png

32のカウンシル・エリア (council area) に区分される。

No. カウンシル・エリア名 行政中心地 人口(2011年) 面積(km²) 人口密度
1 インヴァークライド グリーノック 81,500 160 509
2 レンフルーシャー ペイズリー 174,900 261 670
3 ウェスト・ダンバートンシャー ダンバートン 90,700 159 570
4 イースト・ダンバートンシャー カーキンティロッホ英語版 105,000 175 600
5 グラスゴー - 593,200 175 3,389
6 イースト・レンフルーシャー ギフノック英語版 90,600 174 520
7 ノース・ラナークシャー マザーウェル 156,000 297 525
8 フォルカーク フォルカーク 156,000 297 525
9 ウェスト・ロージアン リヴィングストン 175,100 427 410
10 エディンバラ - 476,600 259 1,840
11 ミッドロージアン ダルキース 83,200 354 235
12 イースト・ロージアン ハッディントン英語版 99,700 679 146
13 クラックマナンシャー アロア英語版 51,400 159 323
14 ファイフ グレンロス英語版 365,200 1,325 275
15 ダンディー - 147,300 67 2,198
16 アンガス フォーファー英語版 116,000 2,082 55
17 アバディーンシャー アバディーン 253,000 6,313 40
18 アバディーン - 222,800 186 1,197
19 マレー エルギン 93,300 2,238 41
20 ハイランド インヴァネス 232,100 30,659 7
21 アウター・ヘブリディーズ
(西部島嶼)
ストーノーウェイ 27,700 3,071 9
22 アーガイル・アンド・ビュート ロッホギルフェッド英語版 88,200 6,909 12
23 パース・アンド・キンロス パース 146,700 5,286 27
24 スターリング スターリング 90,200 2,187 41
25 ノース・エアシャー
(ノース・エアーシア)
アーバイン 138,200 885 156
26 イースト・エアシャー
(イースト・エアーシア)
キルマーノック 122,700 1,262 97
27 サウス・エアシャー
(サウス・エアーシア)
エア 112,800 1,222 92
28 ダンフリーズ・アンド・ガロウェイ ダンフリーズ 151,300 6,426 23
29 サウス・ラナークシャー ハミルトン 313,800 1,772 177
30 スコティッシュ・ボーダーズ ニュータウン・セント・ボスウェルズ英語版 113,900 4,732 24
31 オークニー カークウォール 21,400 990 21
32 シェトランド ラーウィック 23,200 1,468 15

代表的な都市[編集]

順位 都市名 カウンシルエリア 人口 順位 都市名 カウンシルエリア 人口
1 グラスゴー 590,507人 6 イースト・キルブライド サウス・ラナークシャー 74,395人
2 エディンバラ 459,366人 7 インヴァネス ハイランド 62,470人
3 アバディーン 195,021人 8 リヴィングストン ウェスト・ロージアン 56,269人
4 ダンディー 147,285人 9 ハミルトン サウス・ラナークシャー 53,188人
5 ペイズリー レンフルーシャー 76,834人 10 カンバーノールド ノース・ラナークシャー 52,270人
その他の主な都市

教育[編集]

日本との関係[編集]

姉妹自治体・提携自治体[編集]

姉妹都市[編集]

日本 - 都市名・自治体名

著名人[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ The Countries of the UK”. Office for National Statistics (2010年4月6日). 2012年6月24日閲覧。
  2. ^ Countries within a country”. 10 Downing Street. 2010年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月24日閲覧。 “The United Kingdom is made up of four countries: England, Scotland, Wales and Northern Ireland”
  3. ^ ISO 3166-2 Newsletter Date: 28 November 2007 No I-9. "Changes in the list of subdivision names and code elements" (Page 11)”. International Organization for Standardization codes for the representation of names of countries and their subdivisions – Part 2: Country subdivision codes. 2008年5月31日閲覧。 “SCT Scotland country
  4. ^ Scottish Executive Resources”. Scotland in Short. Scottish Executive (2007年2月17日). 2006年9月14日閲覧。
  5. ^ Keay, J. & Keay, J. (1994) Collins Encyclopaedia of Scotland. London. HarperCollins.
  6. ^ Mackie, J.D. (1969) A History of Scotland. London. Penguin.
  7. ^ Parliament and Ireland”. The Houses of Parliament. 2016年12月26日閲覧。
  8. ^ Collier, J. G. (2001) Conflict of Laws (Third edition)(pdf) Cambridge University Press. "For the purposes of the English conflict of laws, every country in the world which is not part of England and Wales is a foreign country and its foreign laws. This means that not only totally foreign independent countries such as France or Russia ... are foreign countries but also British Colonies such as the Falkland Islands. Moreover, the other parts of the United Kingdom – Scotland and Northern Ireland – are foreign countries for present purposes, as are the other British Islands, the Isle of Man, Jersey and Guernsey."
  9. ^ Devine, T. M. (1999), The Scottish Nation 1700–2000, P.288–289, ISBN 0-14-023004-1 "created a new and powerful local state run by the Scottish bourgeoisie and reflecting their political and religious values. It was this local state, rather than a distant and usually indifferent Westminster authority, that in effect routinely governed Scotland"
  10. ^ Devolution Settlement, Scotland”. gov.uk. 2017年5月7日閲覧。
  11. ^ Cabinet and ministers”. Gov.scot. 2019年1月3日閲覧。
  12. ^ Scotland / Alba”. British-Irish Council (2011年12月7日). 2013年5月4日閲覧。
  13. ^ Members”. British-Irish Parliamentary Assembly. 2018年8月1日閲覧。
  14. ^ a b Scottish Local Government”. Cosla.gov.uk. 2019年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月3日閲覧。
  15. ^ “スコットランド独立国家へ白書発表”. NHK NEWS WEB (日本放送協会). (2013年11月27日). オリジナルの2013年11月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131129184248/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131127/k10013365121000.html 
  16. ^ 行政府首相、スコットランド独立の青写真発表
  17. ^ Scottish referendum: Scotland votes 'No' to independence(BBC 2014年9月19日)
  18. ^ a b c Whitaker's Concise Almanack 1995. London: J Whitaker & Sons Ltd. (1994). pp. 570–571. ISBN 0-85021-247-2 

参考文献[編集]

  • 富田理恵『世界歴史の旅 スコットランド』山川出版社、2002。ISBN 4-634-63270-5

関連項目[編集]

外部リンク[編集]