ブリーダーズゴールドカップ

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ブリーダーズゴールドカップ
The 21st Breeders Gold Cup 20090813.jpg
第21回ブリーダーズゴールドカップ
開催国 日本の旗 日本
主催者 北海道
競馬場 門別競馬場
創設 1989年10月10日
2018年の情報
距離 ダート2000m
格付け JpnIII
賞金 1着賞金3100万円
出走条件 サラブレッド系3歳以上牝馬指定交流
負担重量 別定(#競走条件・賞金を参照)
出典 [1]
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ブリーダーズゴールドカップは、ホッカイドウ競馬で施行される地方競馬重賞競走ダートグレード競走JpnIII)である。正式名称は「JBC協会農林水産大臣賞典 スポーツニッポン杯 ブリーダーズゴールドカップ」であり、これら各団体より賞の寄贈を受けている。

副賞は一般社団法人JBC協会会長賞、農林水産大臣賞、株式会社スポーツニッポン新聞社賞、日本中央競馬会理事長賞、日本馬主協会連合会長奨励賞、(一社)日本地方競馬馬主振興協会会長賞、全国公営競馬主催者協議会会長賞、地方競馬全国協会理事長賞(2018年)[2]

概要[編集]

1989年に、サラブレッド系4歳(現3歳)以上の馬による中央競馬地方競馬の全国交流競走として創設。1994年までは札幌競馬場のダート2400mで秋季に施行されていたが、1995年より旭川競馬場のダート2300mに変更。施行時期も夏季となり、旭川開催における最大のレースとして定着していた。2008年でホッカイドウ競馬の旭川開催が終了したため、2009年より門別競馬場のダート2000mに変更された。創設時より内国産馬限定で施行されてきたが、2006年から外国産馬も出走可能になった[3]

第1回の1着賞金は3000万円で、最も高かった第8回(1998年)から第13回(2001年)までは5000万円が設定[4]されるなど、ホッカイドウ競馬における最高賞金レースとしての地位を保ち続けている。1997年よりダート競走格付け委員会によってダートグレード競走に指定、ホッカイドウ競馬の競走では最高のGIIに格付けされた(その後格付表記はJpnIIに変更)。創設当時、地方競馬で施行される中央と地方のダート交流重賞は本競走と帝王賞(大井競馬場)しかなく[注 1]、中央・地方交流重賞としては長い歴史を持つが、GI(JpnI)に格上げされることはなかった[6]

2014年より3歳以上の牝馬限定戦に変更され[7]、あわせて格付けもJpnIIIに格下げとなった。また、GRANDAME-JAPAN古馬シーズンの対象競走にも指定された。

牝馬限定競走への変更[編集]

前述の通り2014年から牝馬限定競走となったことから、競走の位置づけが大きく変わり、JBCレディスクラシックを見据えたレースとなることも見込まれている[8]

牝馬限定競走への変更に合わせ、新たな施策も導入された。2014年は新設された2歳牝馬の重賞競走「フルールカップ」が同日に施行されたほか、2013年まで行われていた「夏のケイバまつり」に代わり「シュエット・ジュマン・フェスティバル(素敵な牝馬の祭り)」と銘打ち、女性にスポットを当てたイベントも実施する。また同年より、本競走のシンボルフラワーとして「ダリア」が制定された[9]

ホッカイドウ競馬は馬主に生産者が多く、在籍馬の4割、2歳馬に限れば6割が牝馬であるなど、在籍頭数に占める牝馬の割合が高い(競走馬市場では牡馬が優先して売れていく傾向があり、牝馬が生産地に残りやすいという事情もある[10])という実情を踏まえ、またファンの裾野拡大とホッカイドウ競馬の特色作りを意図し、牝馬レースの充実を図るとしている[11]

競走条件・賞金[編集]

以下の内容は、2018年のもの。

競走条件[編集]

出走資格
サラブレッド系3歳以上牝馬、出走枠は中央競馬所属馬5頭、地方他地区所属馬4頭、北海道所属馬7頭と定められている。
負担重量
3歳53kg、4歳以上55kgを基本に、本年8月10日までのGI・JpnI競走優勝馬は3kg増、GII・JpnII競走優勝馬は2kg増、GIII・JpnIII競走優勝馬は1kg増(2歳時の成績は対象外)[1]

賞金[編集]

1着3100万円、2着620万円、3着465万円、4着310万円、5着155万円[2]

副賞[編集]

過去にはスタリオンシリーズ競走として施行されたことがあり、副賞として以下の種牡馬の種付権が贈られていた(出典で確認できるもののみ記載)。

歴史[編集]

ある日、日高の生産者(ブリーダー)の集まりの中で「競馬の発展があっての我々である。アメリカのブリーダーズカップのようなレースを作れば、競馬に貢献できるのではないか」という話が持ち上がった[13]。その後1987年(昭和62年)ごろ、実現の可能性について地方競馬全国協会へ内々に打診し、「法人、構成員、ある程度の永続性などの条件が満たされれば可能」と回答された。

最初は内輪話程度の小さな火種だったが、徐々に具体性を増し現実味を帯びた話となってくる。構成員所有種牡馬の産駒に限って、出走権や副賞金を与えようといった意見もあがった[13]。また、内部調整などに尽力した関係者の努力なども勘案し、全国から優駿を集めるのがよい、として関係者の同意を得るまでにこぎつけた[13]。こうして1989年(平成元年)に、ジャパンブリーダーズカップ協会の後援による「第1回ブリーダーズゴールドカップ」が札幌競馬場で創設された[13]

このように、当初はアメリカのブリーダーズカップに範をとって生産者主導で計画され、賞金も生産者が拠出する[14]など、主催者の北海道競馬事務所(当時)よりもジャパンブリーダーズカップ協会のほうが意欲的であった[6]

第1回の優勝馬フェートノーザン(笠松)に騎乗した安藤勝己は当時笠松競馬場所属で、まだ開催の正式決定もされていなかった時期から札幌競馬場へ入厩していたフェートノーザンの調教をつけるために、笠松競馬場での騎乗をすべてキャンセルし開催日まで札幌に滞在するなど、開催に向けての協力は大きかった[6]。なお、安藤はその後JRAの騎手免許を取得して移籍したため、第16回ではJRA所属騎手として自身2度目の優勝を果たしている。また、フェートノーザン自身も1988年(昭和63年)11月に行われた第1回全日本サラブレッドカップイナリワン(当時は大井所属)を破った後、1989年(平成元年)は大井競馬場で帝王賞に出走し快勝、その後北海道に渡り第1回ブリーダーズゴールドカップも優勝するなど各地の地方競馬を股にかけて活躍し、交流競走の意義を認めさせた功績は大きい[14]

第1回こそフェートノーザンが制したが、その後は日本中央競馬会(JRA)所属馬の出走が見送られた第19回(2007年)を除き、JRA所属馬が勝利している(2014年現在)。第19回にJRA所属馬の出走が見送られたのは、JRA施設内で所属馬の一部に馬インフルエンザの感染が確認され、JRAに所属する全馬の移動が制限されたためであった(後述)。

1996年の第8回では、スパーキングナイター開催中の川崎競馬場指定交流重賞競走としては初となる地域間場外発売が実施された。この日、川崎競馬場での馬券発売締切時刻は発走10分前であったにもかかわらず、当時関東地方では購入できなかったホッカイドウ競馬の馬券が買えるとあって、地元のみならず関東地方各地からも地方競馬ファンが集まり、この日の川崎競馬場はメインレースが下級条件馬の特別戦であったにも関わらず、重賞開催日並みの盛況をみせた[要出典][注 2]この成功がきっかけとなり、全国各地で広域場外発売が盛んに行われるようになった。[要出典]

年表[編集]

  • 1989年 - サラブレッド系4歳(現3歳)以上の馬による中央・地方全国交流競走として創設、札幌競馬場・ダート2400mで施行。
  • 1995年 - 施行場と距離を旭川競馬場・ダート2300mに変更。施行時期が10月から8月になる。
  • 1996年 - 川崎競馬場で場外発売実施[要出典]
  • 1997年 - ダート競走格付け委員会によってダートグレード競走に指定、GII(統一GII)として格付け。
  • 1998年 - 負担重量を定量からグレード別定に変更。
  • 2000年 - スタリオンシリーズ競走に指定。
  • 2006年 - 外国産馬の出走が可能になる[3]
  • 2007年
    • 日本のパートI国昇格に伴い、格付表記をJpnIIに変更。
    • JRA所属馬の一部に馬インフルエンザの感染が確認されたため、出走予定のJRA所属馬が防疫上の理由から競走除外となる(このとき、JRA所属馬は4頭が出走を予定していた[15]ほか、この日は別のJRA交流競走でも同様の理由から6頭のJRA所属馬が競走除外となった[16])。
  • 2009年 - 施行場と距離を門別競馬場・ダート2000mに変更。
  • 2011年 - スタリオンシリーズ競走から外れる。
  • 2012年 - ホッカイドウ競馬所属馬が出走取消のため不在となったうえ、レースも6頭立てと歴代最少頭数になった。
  • 2014年
    • 格付けをJpnIIIに変更。
    • 出走条件を3歳以上牝馬に変更。
    • GRANDAME-JAPAN古馬シリーズに指定。

歴代優勝馬[編集]

優勝馬の馬齢は2000年まで旧表記、2001年以降は現表記。

距離はすべてダートコース。

条件は第1回から第12回まで「4歳以上」、第13回から第25回まで「3歳以上」、第26回は「3歳以上牝馬」。

Rはコースレコードを示す。

回数 施行日 競馬場 距離 頭数 優勝馬 性齢 所属 タイム 優勝騎手 管理調教師
第1回 1989年10月10日 札幌 2400m 12頭 フェートノーザン 牡7 笠松 2:31.9 安藤勝己 吉田秋好
第2回 1990年9月24日 札幌 2400m 10頭 プレジデントシチー 牡8 JRA R2:31.0 村本善之 中尾謙太郎
第3回 1991年10月10日 札幌 2400m 12頭 カミノクレッセ 牡5 JRA 2:32.0 南井克巳 工藤嘉見
第4回 1992年8月27日 札幌 2400m 10頭 マンジュデンカブト 牡7 JRA 2:32.1 山田和広 坪正直
第5回 1993年10月11日 札幌 2400m 11頭 ヒデノリード 牡5 JRA 2:32.8 斉藤博美 斉藤義美
第6回 1994年10月10日 札幌 2400m 12頭 カリブソング 牡9 JRA 2:33.4 安田富男 加藤修甫
第7回 1995年8月16日 旭川 2300m 9頭 ライブリマウント 牡5 JRA 2:28.0 石橋守 柴田不二男
第8回 1996年8月15日 旭川 2300m 10頭 メイショウアムール 牡6 JRA 2:30.2 河内洋 高橋直
第9回 1997年8月20日 旭川 2300m 12頭 デュークグランプリ 牡7 JRA 2:28.8 田中勝春 小西一男
第10回 1998年8月20日 旭川 2300m 12頭 メイショウアムール 牡8 JRA 2:31.0 河内洋 高橋直
第11回 1999年8月16日 旭川 2300m 14頭 スノーエンデバー 牡6 JRA 2:29.2 武豊 森秀行
第12回 2000年8月15日 旭川 2300m 13頭 ウイングアロー 牡6 JRA 2:32.5 岡部幸雄 南井克巳
第13回 2001年8月16日 旭川 2300m 10頭 ウイングアロー 牡6 JRA 2:29.5 岡部幸雄 南井克巳
第14回 2002年8月15日 旭川 2300m 14頭 アルアラン 牡6 JRA 2:30.2 本田優 昆貢
第15回 2003年8月14日 旭川 2300m 11頭 イングランディーレ 牡4 JRA 2:30.7 五十嵐冬樹 清水美波
第16回 2004年8月12日 旭川 2300m 9頭 タイムパラドックス 牡6 JRA 2:31.4 安藤勝己 松田博資
第17回 2005年8月17日 旭川 2300m 14頭 サカラート 牡5 JRA 2:32.2 秋山真一郎 石坂正
第18回 2006年8月17日 旭川 2300m 12頭 ハードクリスタル 牡6 JRA 2:31.0 横山典弘 作田誠二
第19回 2007年8月16日 旭川 2300m 8頭 ギルガメッシュ 牡4 北海道 2:36.2 齋藤正弘 角川秀樹
第20回 2008年8月14日 旭川 2300m 13頭 メイショウトウコン 牡6 JRA 2:31.3 藤田伸二 安田伊佐夫
第21回 2009年8月13日 門別 2000m 15頭 スマートファルコン 牡4 JRA R2:02.2 岩田康誠 小崎憲
第22回 2010年8月12日 門別 2000m 13頭 シルクメビウス 牡4 JRA 2:03.0 田中博康 領家政蔵
第23回 2011年8月11日 門別 2000m 12頭 シビルウォー 牡6 JRA 2:05.0 吉田豊 戸田博文
第24回 2012年8月16日 門別 2000m 6頭 シビルウォー 牡7 JRA 2:02.7 内田博幸 戸田博文
第25回 2013年8月15日 門別 2000m 8頭 ハタノヴァンクール 牡4 JRA 2:04.9 四位洋文 昆貢
第26回 2014年8月14日 門別 2000m 14頭 サンビスタ 牝5 JRA 2:07.4 岩田康誠 角居勝彦
第27回 2015年8月13日 門別 2000m 14頭 アムールブリエ 牝4 JRA 2:08.1 浜中俊 松永幹夫
第28回 2016年8月11日 門別 2000m 10頭 アムールブリエ 牝5 JRA 2:08.7 浜中俊 松永幹夫
第29回 2017年8月17日 門別 2000m 11頭 マイティティー 牝5 JRA 2:08.4 池添謙一 本田優
第30回 2018年8月16日 門別 2000m 15頭 ラビットラン 牝4 JRA 2:05.6 M.デムーロ 中竹和也

脚注[編集]

  1. ^ 当時の中央競馬では、芝のオールカマー中山競馬場)が地方競馬との交流競走として行われていたほか、当時地方競馬の開催が行われていた中京競馬場でも、第1回ブリーダーズゴールドカップと同日に芝の中央・地方交流競走として「名古屋市制100周年記念」が行われた(翌年からは地方交流競走「ターフチャンピオンシップ」に改められた)[5]
  2. ^ 現在では、南関東地方競馬の電話投票システム「SPAT4」でホッカイドウ競馬全レースの購入が可能である。

出典[編集]

  1. ^ a b ブリーダーズゴールドカップ”. 地方競馬全国協会. 2018年8月14日閲覧。
  2. ^ a b 門別競馬出走馬一覧表平成30年度第9回門別競馬第6日8月16日(金) (PDF)”. 名古屋けいばオフィシャルサイト. 2018年8月14日閲覧。
  3. ^ a b 2006年(1月 - 12月)ダートグレード競走一覧 - 地方競馬全国協会、2014年8月11日閲覧
  4. ^ ブリーダーズゴールドカップ(JpnIII) 歴代優勝馬 - 地方競馬全国協会、2014年8月15日閲覧
  5. ^ 『地方競馬史 第四巻(P126-127)』 - 地方競馬全国協会
  6. ^ a b c 馬三郎タイムズ コラム(馬三郎25時:歴史ある門別の熱い戦いに注目) - デイリー馬三郎、2014年8月15日閲覧
  7. ^ 平成26年度ホッカイドウ競馬の開催日程決定!!”. ホッカイドウ競馬 (2014年2月13日). 2014年5月11日閲覧。
  8. ^ OddsParkClub vol.34(2014.7~9)”. オッズパーク. 2014年8月18日閲覧。
  9. ^ 《シュエット・ジュマン・フェスティバル》(素敵な牝馬の祭り)について - ホッカイドウ競馬、2014年8月11日閲覧
  10. ^ 『THE JR Hokkaido(No.319、P7)』北海道ジェイ・アール・エージェンシー
  11. ^ 牝馬レース、紅茶講座楽しんで 門別競馬場、14日にレディースDAY(2014年8月2日) - 北海道新聞社、2014年8月11日閲覧
  12. ^ 2001年(1月 - 12月)ダートグレード競走一覧 - 地方競馬全国協会、2014年8月11日閲覧
  13. ^ a b c d 『地方競馬史 第四巻(189P)』 - 地方競馬全国協会
  14. ^ a b 『地方競馬史 第四巻(126P)』 - 地方競馬全国協会
  15. ^ 第19回ブリーダーズゴールドカップJpnII(競走成績) - 地方競馬全国協会、2014年8月11日閲覧
  16. ^ リゲル特別C2-1組(競走成績) - 地方競馬全国協会、2014年8月11日閲覧

各回競走結果の出典[編集]

関連項目[編集]