石橋守
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| 石橋守 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 福岡県 |
| 生年月日 | 1966年10月23日(52歳) |
| 身長 | 160cm |
| 体重 | 53kg |
| 血液型 | O型 |
| 騎手情報 | |
| 所属団体 | 日本中央競馬会 |
| 所属厩舎 |
栗東・境直行(1985 - 1993) 栗東・フリー(1993 - 2013) |
| 初免許年 | 1985年 |
| 騎手引退日 | 2013年2月28日 |
| 調教師情報 | |
| 初免許年 | 2013年(2014年開業) |
石橋 守(いしばし まもる、1966年10月23日 - )は日本中央競馬会(JRA)所属の調教師、元騎手。
来歴[編集]
騎手[編集]
1966年10月23日、福岡県にて出生[注 1][1]。父・守義は上田武司厩舎の厩務員で、一家は栗東トレセン設立に伴い1970年秋より滋賀県に移り住む[1][2]。父は特に騎手になれと言うこともなく、体の弱い石橋に水泳をすすめた[2]。水泳では県大会へ行くほどの成果をあげるが、石橋は自然と騎手を志すようになっていった[1][2]。
1985年、同期の柴田善臣や須貝尚介らと共に競馬学校を卒業[3]。境直行厩舎の所属騎手としてデビューし、初騎乗を初勝利で飾る[2]。1992年にミスタースペインで京阪杯を制し初重賞勝利。ライブリマウントとのコンビでは1995年のフェブラリーステークス(当時GII)、帝王賞等を7連勝。第1回ドバイワールドカップにも遠征している[4][5]。中央でのGI初勝利はデビューから22年目の2006年のことで、メイショウサムソンとのコンビで皐月賞、東京優駿のクラシック二冠を勝利[注 2][2][4]。同馬とのコンビで翌2007年の天皇賞(春)も勝利した[2]。
このほか、海外ではドバイ遠征の直前にバーレーンで騎乗[4]。2009年にはマカオジョッキーシリーズに出場し、最終戦のオータムトロフィー(マカオG3)を6番人気のGolden Pistolsで優勝した[6]。
調教師[編集]
2012年12月、2回目の挑戦で調教師試験に合格し、翌2013年2月に引退[7][8]。河内洋の下で技術調教師として働いたのち、2014年3月1日付で厩舎を開業した[8][9]。開業時の厩舎スタッフには小原義之や芹沢純一(いずれも調教専門の調教助手)がいる[10]。
表彰歴[編集]
- 1985年 関西放送記者クラブ賞(新人賞)[5]
- 1992年 フェアプレー賞[5]
- 2006年 第39回日本プロスポーツ大賞功労賞[11]
騎乗成績[編集]
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ a b c d 『騎手物語』pp276-280.
- ^ a b c d e f 常石勝義 (2013年2月6日). “石橋守騎手が登場!ダービー&ドバイ参戦、28年間の騎手生活に迫る”. netkeiba. 2015年6月14日閲覧。
- ^ “騎手卒業生名簿”. JRA. 2015年6月14日閲覧。
- ^ a b c d 東奈緒美 (2014年2月10日). “石橋守調教師(2)『ドバイワールドカップに日本人として初出場!』”. netkeiba. 2015年6月14日閲覧。
- ^ a b c d e JRA引退騎手名鑑「2013年度」→「石橋 守」(直接リンクができないため、このような表記をしている)2015年6月14日閲覧。
- ^ 石橋守騎手がマカオで重賞制覇 - netkeiba.com
- ^ “石橋守、調教師でもダービー獲る!”. デイリースポーツ (2012年12月7日). 2015年6月14日閲覧。
- ^ a b 東奈緒美 (2014年2月3日). “石橋守調教師(1)『ドバイワールドカップに日本人として初出場!』”. netkeiba. 2015年6月14日閲覧。
- ^ “石橋守厩舎始動、初戦は土曜阪神最終で鞍上は武豊騎手”. netkeiba (2014年2月28日). 2015年6月14日閲覧。
- ^ “06年ダービージョッキー・石橋師、武豊で船出「臨機応変に」”. スポーツニッポン (2014年2月28日). 2015年6月18日閲覧。
- ^ “石橋守騎手が功労賞”. 競馬ブック (2007年1月9日). 2015年6月14日閲覧。
参考文献[編集]
- 木村幸治『騎手物語』(洋泉社、1998年)ISBN 4-89691-298-5