荻野要

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荻野要
Kaname-Ogino20101121.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府
生年月日 (1979-08-28) 1979年8月28日(39歳)
身長 166cm
体重 51kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 石坂正(栗東)
初免許年 2002年
免許区分 平地
騎手引退日 2013年9月20日
経歴
所属 増本豊(栗東)→土門一美(栗東)→
藤岡範士(栗東)→フリー→
境直行(栗東)→フリー→
石坂正(栗東)
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荻野 要(おぎの かなめ、1979年8月28日 - )は、日本中央競馬会栗東トレーニングセンター石坂正厩舎に所属する調教助手、元騎手

来歴[編集]

競馬学校14期生で、同期に池添謙一太宰啓介酒井学などがいる。1998年、栗東・増本豊厩舎所属騎手としてデビュー。初騎乗は1998年3月1日中京競馬場第5競走のホシメールで、15頭立ての4着。同年3月7日中京競馬場第7競走でレッドマルスに騎乗し初勝利を挙げた[1]。1998年9月12日エルムステークスでタヤスロベルトに騎乗し重賞初騎乗(7着)を記録した。

なお2001年2002年に障害競走への騎乗経験もあったが、のちに障害免許を返上し平地のみの騎乗となった。

デビュー初年度に15勝を記録も、1999年1月京都にて第7、8、9胸椎圧迫骨折、さらに7月函館でも左踵骨骨折および左第二指末節骨骨折と、落馬負傷が相次ぐ不運にも見舞われ、1999年以降の勝ち鞍は一桁台で推移し伸び悩みが続いた。

減量騎手より外れる2001年からは騎乗機会も減少、2005年10月を最後に勝ち星からも遠ざっていた。2012年10月20日、オペラモーヴに騎乗し7年ぶりに1番人気に推されたが2着、次走でも1番人気に推されたが13着に敗れチャンスを生かせなかった。

2013年9月20日限りで騎手を引退し[2]石坂正厩舎の調教助手に転身した。

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1998年3月1日 1回中京2日5R 5歳上500万円下 ホシメール 15頭 5 4着
初勝利 1998年3月7日 1回中京3日7R 5歳上500万円下 レッドマルス 14頭 1 1着
重賞初騎乗 1998年9月12日 2回札幌3日11R エルムステークス タヤスロベルト 10頭 8 7着
年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
1998年 15 24 27 278 .054 .140 .237
1999年 6 9 12 154 .039 .097 .175
2000年 5 7 6 176 .028 .068 .102
2001年 2 4 1 84 .024 .071 .083
2002年 5 2 2 84 .060 .083 .107
2003年 2 2 2 76 .026 .053 .079
2004年 6 1 4 67 .090 .104 .164
2005年 4 7 1 71 .056 .155 .169
2006年 0 1 0 46 .000 .022 .022
2007年 0 0 0 35 .000 .000 .000
2008年 0 1 0 21 .000 .048 .048
2009年 0 1 0 25 .000 .040 .040
2010年 0 0 1 14 .000 .000 .071
2011年 0 0 0 7 .000 .000 .000
2012年 0 2 0 11 .000 .182 .182
2013年 0 0 0 8 .000 .000 .000
平地 45 61 56 1157 .039 .092 .140
障害 0 0 0 2 .000 .000 .000
地方 1 3 3 25 .040 .160 .280

主な騎乗馬[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ニュースぷらざ”. ケイバブック. 2015年6月7日閲覧。
  2. ^ 荻野要騎手が引退 調教助手に転身 サンケイスポーツ 2013年9月15日閲覧

関連項目[編集]