芹沢純一

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芹沢純一
Jyunichi-Serizawa20111120.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県静岡市駿河区
生年月日 (1968-09-04) 1968年9月4日(49歳)
身長 156cm
体重 50kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 フリー
初免許年 1988年
免許区分 平地
騎手引退日 2012年12月20日
経歴
所属 栗東・鹿戸幸治(1988 - 1994)→
栗東・フリー(1994 - 2009.9.30)→
栗東・須貝彦三(2009.10.1 - 2009.11.20)→
栗東・フリー(2009.11.21 -2012.12.20)
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芹沢 純一(せりざわ じゅんいち、1968年9月4日 - )は、JRA栗東トレーニングセンターに所属する調教助手で元騎手

常用外漢字の使用に制約がある新聞・JRA公式ホームページなどでは「芹沢」と表記されるが、戸籍上の表記は「芹澤 純一」である。

来歴[編集]

1968年静岡県静岡市(現・同市駿河区域)にて出生。両親は自営業を営むものちに倒産、芹沢の幼少期には取り立てから逃げるための引越しを繰り返したという。

そんな生活苦から抜け出すためスポーツ選手となることを思いついた芹沢は父に何がいいかを訊ね、「(体が小さいから)騎手しかないな」と言われたのを契機に騎手も進路のひとつとして考えるようになる。

競馬学校に進学した芹沢は本来なら1987年デビュー予定であったが、卒業試験直前に落馬骨折するけがを負い、騎手免許試験を不合格となり留年したため1年遅れの1988年、競馬学校第3期生鹿戸幸治厩舎所属騎手としてデビューとなった。同期には蛯名正義武豊塩村克己らがいる。

デビュー初日にJRA初騎乗初勝利という記録を達成し、デビュー初年度に23勝を記録。師匠である鹿戸幸治の尽力により1年目より他厩舎[1]からも騎乗馬を集め、勝利数を順調に伸ばす。

1990年には栗東トレセン内で交通事故を起こし騎乗数を減らされるなか[2]23勝を挙げるも、翌年以降は落馬負傷等により低迷、デビュー当時にあったGI競走への騎乗依頼もなくなる。

この当時、中央場所(京都・阪神)中心の騎乗だった芹沢だが、勝ち鞍を伸ばすためローカル開催へと騎乗の場を移し、1994年には北九州記念をイブキファイブワンで制し重賞初制覇を達成。またこの年フェアプレー賞を初めて受賞し、これまでに同賞を4度受賞している。ローカル転戦によりふたたび勝利数を伸ばし始めた芹沢はこの後も重賞勝利を重ねたほか、1996年には7年ぶりのGI騎乗も果たしている。

関西を拠点とする騎手であるが、先述の通りローカルでの騎乗が多く、関西主場である京都・阪神での騎乗数は全体の2割強にとどまり、6割超が福島・新潟・小倉・中京の4場を占める。なかでも福島・新潟の2場では福島記念2勝2着2回のほか、1993年から2000年にかけカブトヤマ記念騎乗機会6年連続2着という好成績を残している[3]

2012年12月20日を以って騎手を引退し、鹿戸明厩舎の調教助手に転身した[4]2014年には鹿戸の勇退による厩舎解散により新たに開業した石橋守厩舎に移籍した。

人物[編集]

  • 先行して粘りこむ競馬を得意としている。
  • 藤田伸二とは仲が良く、藤田の著書「番長の話」では芹沢の行動のあれこれを取り上げられている。

おもな騎乗馬[編集]

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗初勝利 1988年3月5日 1回中京1日1R アラ4歳未勝利 カンキョウカンカン 15頭 3 1着
重賞初騎乗 1988年11月13日 5回京都4日10R エリザベス女王杯 ムーンライトマリー 18頭 16 12着
重賞初勝利 1994年7月24日 3回小倉4日11R 北九州記念 イブキファイブワン 14頭 6 1着
年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率 備考
1988年 26 21 27 326 .080 .144 .227
1989年 20 21 27 339 .059 .121 .201
1990年 23 13 20 269 .086 .134 .208
1991年 6 11 12 192 .031 .089 .151
1992年 15 13 20 213 .070 .131 .225
1993年 34 32 15 325 .105 .203 .249
1994年 49 56 39 499 .098 .210 .289 フェアプレー賞
1995年 47 44 38 411 .114 .221 .314
1996年 43 47 46 447 .096 201 .304 フェアプレー賞
1997年 32 41 38 367 .087 .199 .302 フェアプレー賞
1998年 36 30 35 381 .094 .173 .265
1999年 47 35 45 422 .111 .194 .301
2000年 43 39 41 477 .090 .172 .258
2001年 37 34 29 481 .077 .148 .208 フェアプレー賞
2002年 23 37 26 416 .055 .144 .207
2003年 20 20 18 329 .061 .122 .176
2004年 28 30 23 388 .072 .149 .209
2005年 20 23 17 334 .060 .129 .180
2006年 14 20 23 296 .047 .115 .193
2007年 22 20 25 382 .058 .110 .175
2008年 20 22 10 346 .058 .121 .150
2009年 11 9 14 242 .045 .083 .140
2010年 7 3 5 163 .043 .061 .092
2011年 6 7 5 159 .038 .082 .113
2012年 1 4 4 123 .008 .041 .073
中央 630 632 602 8327 .076 .152 .224
地方 16 11 14 114 .140 .237 .360

脚注[編集]

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  1. ^ 坪憲章橋口弘次郎鶴留明雄坂口正則など
  2. ^ 鹿戸が他厩舎に対し「芹沢を2ヶ月乗せないでくれ」と頼んだほか、自身も芹沢への騎乗馬を減らしている。
  3. ^ 競馬ニホン・芹沢騎手、カブトヤマで6連続2着
  4. ^ 今村 康成・小林 慎一郎・芹沢 純一・野元 昭嘉・渡辺 薫彦・鈴来 直人騎手が引退 - 日本中央競馬会オフィシャルウェブサイト

参考文献・出典[編集]

関連項目[編集]