なまはげ

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男鹿地方各地のなまはげ(なまはげ館、2010年7月)
男鹿地方各地のなまはげ(なまはげ館、2010年7月)
なはまげは地域により様々な形をしている(なまはげ館、2017年3月)
(なまはげ館、2017年3月)

なまはげは、日本国内では秋田県記号として用いられるほどの知名度を持つが、そもそもは男鹿半島周辺で行われてきた年中行事、あるいは、その行事において、お面をつけの衣装をまとった神の使いを指す。

概要[編集]

秋田県男鹿半島男鹿市)、および、その基部(山本郡三種町潟上市)の一部においてみられる伝統的な民俗行事またはその行事を執り行う者の様相を指す。「男鹿(おが)のナマハゲ」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。異形のお面をつけ、藁などで作った衣装をまとった「なまはげ」が、家々を巡って厄払いをしたり、怠け者を諭したりする。

開催時期の前倒し[編集]

江戸時代には小正月旧暦)に開催されていたが、明治改暦で約1ヶ月前倒しの新暦開催も見られるようになった。戦後は更に2週間ほど前倒しされた大晦日に行われている[1]

「観光」化[編集]

男鹿半島には観光用に年中なまはげを体験できる施設がある。また、男鹿地区に限らず秋田県の観光・物産PR活動において歴史的な習わしを超えて用いられており、各地に常設/仮設を問わず立像も設置されるなど、秋田県を象徴する記号にもなっている。特になまはげをモチーフ昭和期に創作された「なまはげ太鼓」や「なまはげ踊り」は季節性や地域性の枠を超え、秋田竿灯まつりや様々な物産展などへの参加に留まらず、単独公演も行っている。

「鬼」化[編集]

なまはげのとは無縁の来訪神であったが[2][3]、近代化の過程で鬼文化の一角に組み込まれ、変容してしまったという説もある[3]

「鬼」化された立像(秋田デスティネーションキャンペーン中の秋田駅、2013年11月)
Red Namahage at Akita station.jpg Blue Namahage at Akita station.jpg
ジジナマハゲ ババナマハゲ

名称[編集]

冬に囲炉裏(いろり)にあたっていると手足に「ナモミ」 「アマ」と呼ばれる低温火傷(温熱性紅斑)ができることがある。“それを剥いで”怠け者を懲らしめ、災いをはらい祝福を与えるという意味での「ナモミ剥ぎ」から「なまはげ」 「アマハゲ」 「アマメハギ」 「ナモミハギ」などと呼ばれるようになった。したがってナマに「生」の字を当て「生剥[注 1]」とするのは誤り。

なまはげのお面の形は地域によって様々異なるが、赤面と青面の1対に定型化もされており、この場合は赤面がジジナマハゲ、青面がババナマハゲと呼ばれる。

風習[編集]

なまはげ[編集]

「なまはげ」は怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる使者(妖怪の類い)である。年の終わりに、大きな出刃包丁(あるいは)を持ち、鬼の面、ケラミノ、ハバキをまとって、なまはげに扮した村人が家々を訪れ、「悪い子はいねがー」「泣ぐコはいねがー」と奇声を発しながら練り歩き、家に入って怠け者、子供や初嫁を探して暴れる。家人は正装をして丁重にこれを出迎え、主人が今年1年の家族のしでかした日常の悪事を釈明するなどした後になどをふるまって、送り返すとされている。

教育的機能[編集]

なまはげは伝統的民俗行事であるが、東北地方においては幼児に対する教育の手段として理解されている。親は幼児に対し予めなまはげによる強い恐怖体験を記憶させ、そのあと幼児に対し望ましくないとみなされる行為を行った場合、その恐怖体験が再現される可能性を言語的手段によって理解させる[4]

同様の行事[編集]

同じ秋田県秋田市のやまはげ、秋田県能代市のナゴメハギ、山形県遊佐町アマハゲなど、主に本州北部の日本海沿岸部各地に存在し、新潟県村上市石川県能登地方にはあまめはぎが伝えられ、福井県には語源は異なるがあっぽっしゃなどの呼び名でも分布する。太平洋側でも北東北地方の岩手県大船渡市三陸町は吉浜のスネカがある。江戸時代東北から藩主が入った愛媛県宇和島地方では、前述の低温火傷を「あまぶら」といって、あまぶらができるような怠け者が便所に入ると、「あまぶらこさぎ」という者があまぶらを取り去るという[5]

歴史[編集]

発祥[編集]

妖怪などと同様に民間伝承であるため、正確な発祥などはわかっていない。秋田には、「武帝が男鹿を訪れ、5匹のを毎日のように使役していたが、正月15日だけは鬼たちが解き放たれて里を荒らし回った」という伝説があり、これをなまはげの起源とする説がある[6][7]

年表[編集]

画像外部リンク
菅江真澄「牡鹿乃寒かぜ」に描かれた「ナモミハギ」
「なまはげ太鼓」の演奏風景(秋田駅、2010年1月1日)
  • 1988年(昭和63年)、「なまはげ太鼓」が創作された[13]
  • 1995年平成7年)、曲り家の目黒家住宅(1907年完成)を移転させ、現在地にて民俗資料を展示する「男鹿真山伝承館」として公開[14][15]。ナマハゲ習俗を体験できる場としても利用している[16]
  • 1997年(平成9年)、男鹿中央広域農道(通称:なまはげライン、google マップ[17][18]になまはげ大橋が架橋[19]
  • 1999年(平成11年)7月23日、男鹿真山伝承館の隣接地に「なまはげ館」(地図)がオープン[20]
  • 2004年(平成16年)
  • 2007年(平成19年)
    • 5月、秋田県男鹿市の国道101号沿いに、体長15mと12mで顔が赤と青のなまはげ立像計2体が同市により設置された[22]。 強化プラスチック製で製作費は約4000万円であり、同市は「世界最大のなまはげ像」としている[22]
    • 6月1日、1対のなまはげ立像(体長15mと12m)の隣接地に男鹿総合観光案内所がオープン[23]
    • 12月31日、なまはげに扮した男が飲酒した事で酩酊し、温泉旅館の女性浴場に乱入する騒動が発生した[24]。これを受けて翌2008年1月に、男鹿市ではなまはげの暴れ方に関する指針、いわゆる行動指針の策定のため、同市副市長伊藤正孝ら行政側と地区代表らが協議したが、マニュアル作成は見送られ、「伝統の原点へ回帰する」ことで決着、その後行政による指導はないと報じられた[25]
  • 2013年(平成25年)3月30日、なまはげ館がリニューアルオープンした[26]

観光[編集]

なまはげ館の入口(2014年8月)

現在、年中行事としてのなまはげは大晦日に男鹿地区の家々を巡るだけのため、部外者がその習俗に出会うことは困難である。そのため、一般の観光客がなまはげを体験できる施設や立像が設置され、なまはげの姿で行う芸能やイベントが創作され、土産物やキャラクターが作成されるなど、様々な観光開発がなされている。

なまはげ柴灯まつり[編集]

なまはげはかつて小正月旧暦1月14日/1月15日または新暦1月14日/1月15日)におこなわれていた。旧暦の小正月を新暦に当てはめると、毎年日にちは異なるが2月初旬から3月初旬のいずれかの日にあたる。「なまはげ柴灯(せど)まつり」は旧暦の小正月の時期に近く、新暦の月遅れ付近にあたる毎年2月の第2・第2・第2に行われている。1964年(昭和39年)の初回は男鹿温泉郷星辻神社で開催されたが、後年、真山神社に会場が移った。

主に観光向け行事として親しまれている。こちらは、なまはげの着ているケラから落ちたを頭などに巻きつけると無病息災の御利益があるといわれている[27][28][29]

立像[編集]

体長15mと12mの2体の立像(2007年11月)
男鹿駅前の2体の立像(2012年10月)

秋田県では、藁で体をつくり、木彫りの面をつけた人形道祖神鹿島様」を集落の入り口に設置する風習があり、高いものでは4mにも及ぶ[30][31]。鹿島様となまはげは風貌は似ているが、なまはげ立像の設置に鹿島様のような宗教性があるとの言及は見られず、設置場所も集落の入り口とは限らない。

近年の立像では、赤と青の1対のなまはげが設置される傾向があるが、伝統を受け継いできた数十の集落でこのような赤と青の1対が定番なのかは不明である。

屋外に設置された主な立像[32][33][34]
所在地 位置 体長/全高 設置年
男鹿総合観光案内所 地図 15 m
12 m
2体 2007年
門前地区 地図 09.99 m 1体
男鹿温泉郷 地図 1体
JR男鹿駅 地図 2体 2012年
なまはげ大橋 地図 2体 1997年

関連する文物[編集]

なまはげをモチーフにしたもの[編集]

ナミーとハギーの絵(2013年9月)
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  • Unicode文字
    2010年10月11日のUnicode 6.0.0 に追加された追加文字の中に、👹"JAPANESE OGRE"(U+1F479)として、なまはげの絵文字が登録された。

なまはげと命名されたがなまはげではないもの[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 生剥は「いきはぎ」と読み別の意味になる。

出典[編集]

  1. ^ 小正月から節分の風習と神仏(Sai-Jiki 彩時記)
  2. ^ 大湯卓二・嶋田忠一 「秋田の鬼」『東北の鬼』 岩手出版、1989年NCID BN04047704
  3. ^ a b 小松和彦 『妖怪文化入門』 角川書店2012年、150-152頁。ISBN 978-4-04-408303-8
  4. ^ 内藤俊史1987「こどもの内在的正義の観念としつけ態度との関係---農村地域におけるケーススタディ」『社会心理学研究』3(1):29-38
  5. ^ 水木しげる水木しげるの続・妖怪事典東京堂出版1984年、136頁。ISBN 978-4-490-10179-9
  6. ^ 万造寺竜旅の伝説玩具旅行界発行所1936年、75-77頁。
  7. ^ 野添憲治・野口達二 『秋田の伝説』 角川書店〈日本の伝説〉、1976年、23-24頁。NCID BN03653538
  8. ^ 菅江真澄遊覧記秋田県立図書館
  9. ^ a b 男鹿のナマハゲ 重要無形民俗文化財男鹿市教育委員会)
  10. ^ なまはげ柴灯まつり男鹿市教育委員会「男鹿のナマハゲ 重要無形民俗文化財」)
  11. ^ a b なまはげ紫灯祭 NAMAHAGE FIRE FESTIVAL in OGA(秋田県「美しき水の郷あきた」)
  12. ^ 男鹿のナマハゲ(男鹿市)
  13. ^ 地域芸能としての創作太鼓 ―《みやぎ龍神太鼓》を事例として― (PDF)宮城学院女子大学 研究論文集120号 2015年6月)
  14. ^ 男鹿真山伝承館(男鹿市)
  15. ^ 男鹿真山伝承館文化庁「文化遺産オンライン」)
  16. ^ 男鹿真山伝承館(おが地域振興公社)
  17. ^ これぞ秋田観光! 雄大な自然となまはげに会う! 男鹿半島ドライブ日産自動車
  18. ^ 男鹿中央(秋田県「秋田県の農道 ☆広域農道Map」)
  19. ^ 平成27年度(第2回)秋田県道路メンテナンス会議 (PDF)国土交通省東北地方整備局 2015年8月27日)
  20. ^ 議事日程第1号 平成24年8月8日(水) (PDF) (男鹿市)
  21. ^ なまはげPR任せて 初の「伝導士」認定試験 男鹿(河北新報 2004年11月4日)
  22. ^ a b 「わりぃ子はいねぇがー」巨大なまはげ現る(朝日新聞 2007年5月24日)
  23. ^ 巨大なまはげ出迎え 観光案内所がオープン(秋田魁新報 2007年6月2日)
  24. ^ “男鹿温泉エロなまはげ、女湯に乱入お触り”. 日刊スポーツ新聞 (日刊スポーツ新聞社). (2008年1月13日). オリジナル2008年1月14日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2008-0114-2133-37/www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20080113-306478.html 2010年2月16日閲覧。 
  25. ^ “なまはげ「原点回帰を」 秋田・男鹿市、セクハラで協議”. MSN産経ニュース (産経新聞). (2008年1月30日). オリジナル2010年2月16日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2010-0216-1854-42/sankei.jp.msn.com/politics/local/080130/lcl0801300833000-n1.htm 2010年2月16日閲覧。 
  26. ^ 百十体百十色。なまはげ館リニューアルオープンしました!(男鹿市観光協会 2013年3月31日)
  27. ^ 「男鹿のなまはげ」秋田県公式サイト内
  28. ^ なまはげに関する基礎知識
  29. ^ 「美と畏怖の追求~ナマハゲ面彫刻~」秋田の物産総合情報サイトNEMARE内
  30. ^ 鹿島まつり(秋田県「美しき水の郷あきた」)
  31. ^ 若畑の鹿島様(秋田県「秋田県のがんばる農山漁村応援サイト」 2011年4月)
  32. ^ なまはげ立像(【男鹿市公認】秋田県男鹿の観光サイト「男鹿なび」)
  33. ^ おススメ観光コース (PDF) (男鹿市観光協会 2013年3月)
  34. ^ 男鹿駅前に男鹿のシンボル「なまはげ」の像を設置いたします (PDF) (東日本旅客鉄道 2012年10月9日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]