つボイノリオ

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つボイノリオ
出生名 坪井令夫(つぼい のりお)
別名 坪井のりお(旧芸名)
坪井金太(テレビリポートの際に使用)
生誕 (1949-04-18) 1949年4月18日(67歳)
出身地 日本の旗 日本 愛知県中島郡今伊勢町目久井(むくい)(現・一宮市)
学歴 愛知大学法経学部経営学科卒業
ジャンル コミックソング
職業 シンガーソングライターラジオパーソナリティタレント司会者俳優声優ナレーター
担当楽器 ギターハーモニカカオシレーター
活動期間 1970年 -
レーベル テイチクレコードエレックレコードユピテルレコードCBSソニーキングレコード東芝EMIポニーキャニオンワーナーミュージック・ジャパン
事務所 小沢音楽事務所、六本木オフィス、ヤングジャパン、アップフロントプロモーション、坪井令夫商店
つボイ ノリオ
本名 坪井 令夫(読み同じ)
別名義 坪井 のりお(旧芸名)
坪井 金太(テレビリポートの際に使用)
生年月日 (1949-04-18) 1949年4月18日(67歳)
出生地 日本の旗 日本
愛知県中島郡奥町生まれ、同郡今伊勢町目久井(むくい)育ち(共に現在の一宮市)
国籍 日本の旗 日本
民族 大和民族
血液型 O型
職業 シンガーソングライター、ラジオパーソナリティ、タレント、司会者、俳優、声優、ナレーター
ジャンル コミックソング
活動期間 1970年 -
配偶者 有り(1980年1月結婚)
著名な家族 妹、長男(1980年12月14日 - )、次男
主な作品
ラジオ番組
ミッドナイト東海
ヤングスタジオ1430
ハイヤングKYOTO
つボイノリオの聞けば聞くほど

テレビ番組
おはよう!こどもショー
3時のつボッ!
そこが知りたい 特捜!板東リサーチ(ナレーター)

人形劇
プリンプリン物語(声の出演)

シンガーとしての代表曲
金太の大冒険
名古屋はええよ!やっとかめ
インカ帝国の成立

つボイ ノリオ(本名:坪井 令夫(読み同じ)、1949年4月18日 - )は、ラジオパーソナリティシンガーソングライター。有限会社坪井令夫商店代表取締役愛知県中島郡奥町生まれ、同郡今伊勢町目久井(むくい)育ち(共に現在の一宮市)、名古屋市昭和区八事在住。中日ドラゴンズファン。

略歴[編集]

一宮市立今伊勢南保育園一宮市立今伊勢小学校一宮市立今伊勢中学校愛知県立一宮高等学校、愛知大学法経学部経営学科卒。大学卒業後の就職先として、父親が社員であった名古屋鉄道の入社試験を受けるも、当時では異例のコネでの不採用となった[1]。卒業後、就職先もなくぶらぶらすることになる。その後、かつて大学在学中にCBCラジオの深夜番組『CBCヤングリクエスト』への出演したことをきっかけにして芸能界入りする。この出演時に歌った自作の曲「本願寺ぶるーす」で、1970年4月25日テイチクレコードよりレコードデビュー(スリー・ステップ・トゥ・ヘブン名義)を果たす。

1972年5月に始まった『ミッドナイト東海』(東海ラジオ)のメインDJになってから本格的に名古屋でDJとして活躍開始するが、鈴蘭高原での野外イベント告知における、いわゆる「ウッドストック舌禍事件」の引責で森本レオに引き続いてわずか5ヶ月で降板する。また、同時に元スリー・ステップ・トゥ・ヘブン、元チェリッシュ奥山敬造桑原宏司と「欲求不満フォークソング・ボーイズ」を結成して音楽活動も本格的にはじめる。ビクターレコードでデビューするものの、2年後に脱退。それにより、バンドも解散する。その後は、名古屋を中心にラジオパーソナリティとして活動。1973年よりCBCラジオの番組に出演するようになり、『土曜天国』や『ばつぐんジョッキー』などのCBCラジオの看板番組を数多く担当。天野鎮雄兵藤ゆき、CBCアナウンサーの多田しげお小堀勝啓(現・フリーアナウンサー)らと並ぶ名古屋のラジオスターとしての地位を確立する。また、放送禁止指定を受けた曲を多数発表。

1970年代後半には東京にも進出し、『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)、『おはよう!こどもショー』(日本テレビ)、『プリンプリン物語』(NHK総合)、『つボイノリオのつっぱり30分』(ラジオ関東)などに出演するが、後に体調を崩し、東京での仕事を切り上げて名古屋へ戻る。1981年4月放送開始のKBS京都の深夜番組『ハイヤングKYOTO』の出演を契機に京都にも活動の場を広げる。『ハイヤン』終了後の1987年からは、朝のワイド番組『つボイノリオのおはようアドベンチャー』を担当。同番組担当時には、放送前日にパソコン持参でKBS京都が用意した京都ホテルの一室に泊まり込んでいた時期もある。

1985年、坪井令夫商店を設立。パーソナルコンピュータが8ビットが主流の時代、フォント(ていねい君、まるみちゃん、乱筆君)などを発売する。また、任天堂ファミリーコンピュータ用ソフトの製作下請けをしていたこともある。また、レコード会社を東芝EMIに移籍(1996年まで)。

インターネットラジオにも進出し、『つボイ@ラジオ』(アスキー)、『つボイ楽耳王』(ハラショー)を担当。後者は2005年5月に一旦終了したが、同年8月に生放送番組として復活。2010年9月3日をもって再度配信を終了した。

1993年10月〜現在、CBCラジオで朝9:00〜11:55に放送している『つボイノリオの聞けば聞くほど』のパーソナリティを務め、名古屋の朝のラジオの顔として活動中。また2006年よりiTunes Storeを中心に新曲を発表(CBCも絡んでいる)、ミュージシャンとしての活動も再開している。

2009年4月18日には、生まれ故郷の一宮市尾西市民会館で還暦記念クラシックコンサートを行なった。同年5月27日に体の不調を訴え、自ら病院へ向かって検査を受けた結果、軽い心筋梗塞であることが判明。約1か月間『つボイノリオの聞けば聞くほど』の出演を休養することが5月28日の番組冒頭でCBCアナウンサーの小高直子から発表された。休養中、番組パーソナリティは同じくCBCアナウンサーの塩見啓一が務めた。同年6月22日に復帰。

人物[編集]

  • 家族は現在、妹(年齢不明)、妻[2](1980年1月結婚、年齢不明)、息子2人。なお、岐阜県出身の父親は2006年7月(没年齢不明)に、保育士だった母親は2001年12月(満73歳没)にそれぞれ他界している。
  • 子供の頃住んでいたところは念仏が盛んで、祖母も池田勇諦追っかけだった。小さい頃から祖母に付いて色々な寺の説教を聞いて回り、これがつボイの話芸の原点になっている。
  • 講道館柔道初段、飲食店営業許可、はり師きゅう師、自動車運転免許、自動二輪運転免許を所持。一時期、先述のように京都で番組を持っていた頃、バイクで京都まで通っていた時期もあったと語る。
  • デビュー当時は「坪井のりお」の芸名で活動していたが、四柱推命マニアのリスナーから「その名前では大成功を収めるが、真っ逆さまに転落してしまう」とのハガキが届く。そのリスナーが提案した芸名が「つボイノリオ」で、「この名前では、絶対に成功しないが、長続きする」と書いてあったという。「太く短く」と「細く長く」のどちらを選ぶか迷ったが、CBCの中島公司アナウンサーから「人気は逃げるけど、実力は逃げないよ」と言われ、自身も一過性の人気よりも長年DJとしてやっていく実力をつけたいと考えて「つボイノリオ」を選択したという。また『プリンプリン物語』では本名の「坪井令夫」名義で活動した(物語後半あたりからは「つボイノリオ」名義になっている)。ただし四柱推命は生年月日と出生時刻を基に命式を作成して運命を占うというものであり、本人の姓名を考慮することはまずないので、四柱推命で姓名判断をしたわけではないと思われる。
  • 現在でこそ東海地方限定のような形で芸能活動を展開しているが、1970年代後半 - 1990年代初頭にかけては、パーソナリティとしての高い才能が買われ、東海地方のみならず関東(ニッポン放送など)、関西(KBS京都など)でもレギュラー番組を獲得し、それら担当番組も軒並み高い聴取率を得ていた。そのため、少なくとも現在30代以降の年代には全国的にもつボイの名は広く知れ渡っており、東海地区のみならず全国規模においてもラジオ界の大御所として位置づけられる人物である。ラジオの月刊誌などでは、頻繁に永六輔吉田照美大沢悠里ら東京キー局で人気ラジオ番組を長年受け持っている大御所と並んでつボイの紹介記事が掲載されていることからもそのことを窺い知ることができる。
  • 『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)でDJとしての能力が高く評価された大槻ケンヂ西川貴教らも、つボイが担当していた『オールナイト』や『ハイヤングKYOTO』(KBS京都)を学生時代に欠かさず聞いており、彼らのラジオ番組での話術の特徴ともいえるサブカルチャーに対する造詣の深さや下ネタを巧みに織り込んだ話し口は、少年期に聞いたつボイの話術が大きく影響してのものであるといわれている。そのため、彼らは「ラジオ界における師匠のような存在」としてつボイに敬意を払っており、名古屋に仕事で来る時には真っ先にCBCに赴き、つボイのところまで挨拶をしに来るというのが慣例となっているという。
  • ラジオパーソナリティとしては、自らの芸風からFM局に対する対抗意識が強く、「FMなんてお洒落さを看板にして気取っているだけ」と発言している。ただ、FMでラジオ番組を受け持っているスタッフやパーソナリティ自体とは親交があり、特にZIP-FMの看板DJであるジェイムス・ヘイブンスとは毎年年賀状のやり取りをしたりするなどの深い親交を持っていることが、『聞けば』の放送内でのコメントでもよく紹介されている。また自らもFM愛知で「つボイノリオのバックステージパス」と言う音楽番組を持っていたこともある。
  • ラジオ番組内で骨髄バンクを取り上げることが多く、闘病中の患者やドナーからの投稿も多い。「NPO法人・全国骨髄バンク推進連絡協議会」会長の大谷貴子(大阪市出身・名古屋で闘病)とも親交があり、CBCが毎年開催する「ラジオまつり」(現在は「ラジオッスまつり」に改称)に担当番組『聞けば聞くほど』が出店するブース「つボイノリオの駄菓子屋さん」で得た収益は全額、同法人に寄附している。

エピソード[編集]

  • 愛知大学在学中は日本拳法部に在籍し、練習という名の相当なしごきを受けていた。しごきに耐え切れず合宿中に夜逃げしたこともある。
  • 1977年秋から1979年春までの1年半、『オールナイトニッポン』の金曜日を担当していたが、丁度同時期にCBCラジオで『土曜天国』も担当。何れの番組も生放送であった関係上、『オールナイト-』が終るとすぐにニッポン放送のある東京・有楽町からCBCのある名古屋・新栄までバイクで直行し、そのまま『土曜天国』の打ち合わせ・本編放送を行うという強行スケジュールを約9ヶ月程続けていた。しかし、あまりの過酷さから体調を崩してしまい、1978年6月で一時『土曜天国』を降板、『オールナイト-』も同年9月を以て2部の担当からも降りることとなってしまった。このことが東京での活動を切り上げ名古屋での活動に本腰を入れようと考えた遠因となっているとされている。日刊スポーツなどの取材でつボイ自身も東京からの撤退の理由につき同旨の話をしばしば行っており、「(東京進出を決心したのは)僕の勘違いだった」と回顧している。また、この時の体調を崩したことをきっかけに、東京からの撤退後に鍼灸師専門学校に通い、資格を取得した。
  • 代表作ともいうべき「金太の大冒険」は、多くのタレント・俳優・スポーツ選手たちが愛唱歌としてカラオケなどでも歌っていると伝えられている(稲本潤一天海祐希森谷威夫ほか)。また、山下達郎もこの曲を含めつボイの音楽作品を評価している人物であり、自身のラジオ番組で「変歌特集」なる特集を組む際には必ずつボイの歌を番組の「トリ」として流すのが慣例化している。山下曰く「つボイさんは実際に会うと、とてつもなく腰が低くいい人だが、いざ歌となると狂気の世界に突入する」とのこと。因みに山下の妻・竹内まりやも、学生時代、彼の担当する「オールナイトニッポン」等のリスナーの一人であったらしく、つボイ担当最終回の際にはゲストパートナーとしてつボイの相手役を務めたこともある[3]など、つボイと山下夫妻は約30年近くにわたる深い親交がある。
  • かつて『ミッドナイト東海』で舌禍事件を起こして僅か5ヶ月でDJを降板させられたり、1990年代前半のKBS京都の倒産危機の影響をもろに受け、他のパーソナリティと同じく朝ワイドのレギュラーを降ろされたりするなど、『つボイノリオの聞けば聞くほど』以前の彼のパーソナリティ歴は波乱の一言につきるものであった。そのこともあり、自らの担当している番組や放送局、聴取者に対して人一倍強い敬意と愛情の念を持っていることが以下のエピソードからも窺い知ることができる。
    • タレントの中では数少ない、『2ちゃんねる』擁護派を自認する人物としても知られる。『つボイノリオの聞けば聞くほど』の中で「『2ちゃんねる』はスレッドによっては有益性もある」といった趣旨の発言を行っていることからもそれを窺い知ることができる。同掲示板の「ラジオ板」には常時同番組単独スレッドが立っており、その中において、熱心に番組に投稿を続けているリスナーなどの手厳しい批評(ベテランリスナー寄りの投稿採用になっているのではないか、など)を積極的に番組内に取り入れることも多い。また、「アキバ系」アニメファンからの投稿と思われるものであっても普通に番組内で読み上げられることもしばしばある。
    • 『つボイノリオの聞けば聞くほど』において1日に送られてくるFAX・ハガキ・メールの数は通算して600通は軽く越える。それら膨大な投稿FAXなどを番組開始のときから、自身の所有するパソコンにスキャンして全て保管し、番組資料として時に使用していることも有名な話である。つボイ曰く「これらのFAXは僕にとっては札束のように見える」とのこと。また、番組が終ったあとも局に居残り、取り上げられなかったものも含めてその日に送られてきた全ての投稿コメントに目を通し、内容によって細かく分類する作業を行うという[4]アナウンサーでさえもこれらの作業を怠る姿勢が蔓延っている中で、つボイのこのような姿勢は「パーソナリティの鑑」として他の局のパーソナリティからも一目置かれた評価がなされていると同時に、『つボイノリオの聞けば聞くほど』の長きにわたる安定的人気を支える原動力となっている[独自研究?]
    • リスナー集会などでつボイと対面した人からの評価は概して「とにかく腰が低い」というものが多い。実際にサインなどを求められてもほとんど断ったこともなく気さくに応じたり、話をすると熱中するあまり、時間も忘れてある一つの事柄(大抵は彼のライフワークとなっている歴史研究に関するものが多いようである)について素人のリスナーを相手に話を交わすことも多い[誰によって?]これも「リスナーがラジオ番組においては主役である」という彼の考えを反映しているものといえ、地方のローカル番組のパーソナリティであるにも関わらず、全国的規模で彼の人柄に敬意を表するリスナーが多いことの一番の要因となっている[独自研究?]。ただ、逆に小高直子や伊藤秀志、兵藤ゆきなど親しいDJ仲間からは(半ば冗談であるが)「芸能人らしいオーラが全くない」「貧乏臭い」と突っ込まれることがしばしばある。
    • 親交のあるばんばひろふみ(お茶の先生が同じ)との縁でばんばが参加する茶会のサークルに参加し、その集まりがあったのだが、開催時間が現在担当中の『聞けば聞くほど』の生放送とかぶってしまい、「自分の趣味で番組に穴を明けることはリスナーたちに失礼に当たる」と丁重にばんばやその茶会のほかのメンバーからの誘いを断ったという(ちなみに自分だったら間違いなくラジオを休んで茶会に出るほうを選択していた、とばんばは述べている)。ばんばはそのエピソードを現在担当する『ツー快!お昼ドキッ』の中で紹介し、「ラジオパーソナリティの鑑」として彼の人柄を賞賛している。
  • 2000年3月26日付の米紙ニューヨーク・タイムズGovernor Butts Heads With Sumo Ban on Women なる記事に登場し、太田房江大阪府知事大相撲春場所で知事賞を土俵上で直接授与できない問題について、"a popular television announcer"として「天井からロープで吊るしてみては」とコミカルな解決策を語っている(文末)。
  • 京阪神を拠点として活躍するブルースシンガーの小林万里子はつボイと会ったことはないのだが、時折、ラジオで彼女の曲を30数年に渡り、ラジオで話したり、かけ続けてお気に入りにしているらしく『つボイノリオに捧げる歌』をライブで唄っている。
  • 信頼できる占い師の言うことを聞いて、商売は全部うまくいっている。
  • CBCテレビ中日ドラゴンズ戦中継でつボイと副音声で共演することになった野球解説者の小松辰雄(元中日投手)は、スタッフから渡されたつボイのプロフィールを見て、「名前を見ると『つ』だけが平仮名で後が片仮名だったから、スタッフが名前を間違えたのかと思った」と語っている。また、同様な理由から時々「ボイノリオ」と誤植されてしまうことがある。その他、「つぼイノリオ」と誤植されることもある。

音楽作品[編集]

シングル[編集]

本願寺ぶるーす(1970年)
学生時代にCBCラジオの公開録音へ出演して歌った曲。シングルは「スリー・ステップス・トゥ・ヘブン」名義でのリリース。
ちなみに、この曲はつボイが初めて民放連から「要注意歌謡曲」に指定された曲である。歌詞・タイトルが浄土真宗(真宗)系各教団を小ばかにしたものと受け取られかねない(歌詞の中に再三出てくる経文は親鸞が著した基本教典の一つ、正信念仏偈の冒頭部分である)ことが理由かどうかは定かでない。
クレイジーケンバンド横山剣は、自ら作詞・作曲した「まっぴらロック」のサビはこの曲からヒントを得たと語っている。
断絶の壁(1970年)
シングル「本願寺ぶるーす」B面曲。歴然と存在する「壁」に対しての、男の怒りと嘆きを唄ったプロテストソング(もちろん自称)。歌詞自体は非常にシリアスな内容なのだが、最後の最後でちょっとしたオチがある。
金太の大冒険(1975年)
つボイの代表曲ともいえるコミックソングぎなた読みによるある特定の言葉を明確に発音することが特徴である。
詳細は金太の大冒険を参照。
一宮の夜(1975年)
シングル「金太の大冒険」B面曲。出身地の一宮市を舞台にした歌謡曲。ちなみにCBS・ソニー(現・ソニー・ミュージックレコーズ)版(A面曲扱い)も存在し、歌詞がオリジナル(エレック)版と一部異なる。
極付け!お万の方1976年
「金太の大冒険」と同様にぎなた読みによるある特定の言葉を明確に発音することが特徴である。
つボイが「EXテレビ」に出演した際に「『金太の大冒険」は20日で放送禁止となったが、この歌は6日で放送禁止になった」と語っている。
なお本曲は後述する配信限定シングル「KINTA Ma-xim MIX」(キンタ・マ キシム・ミックス)の中でメドレーの内の一曲として採用されている。
吉田松陰物語(1976年)
「金太の大冒険」と同様にぎなた読みによるある特定の言葉を明確に発音することが特徴である。
怪傑黒頭巾(1976年)
ここでいう「黒頭巾」とはコンドームのことであり、歌詞には避妊に関連したキーワードが登場する。高垣眸の小説『快傑黒頭巾』とは無関係)
上記の「金太〜」「極付け!〜」「吉田〜」「怪傑〜」の4曲は言語の融合によって笑いを取るコミックソング。各楽曲の主人公である「金太」「お万」「松陰」「近藤」(「怪傑黒頭巾」内で登場する)は通常の人名であるし、筋書きも普通であるのに、その直後にそれぞれ「」「」「しん」「」で始まる単語を繋げることによって文章のダブルミーニングが生み出される。その下ネタが笑いの種であり、また放送禁止となった原因でもある。「要注意歌謡曲」の制度が消滅した現在では「金太の大冒険」はたまにテレビやラジオから流れることがある。
「金太の大冒険」などの歌詞は、つボイがパーソナリティを務めた岐阜放送ラジオ岐阜新聞系)の伝説的深夜番組ヤングスタジオ1430」の「小噺コーナー」の投稿が元になっている。
ワッパ人生(1976年)
タクシー運転手を主人公にした曲。「一宮の夜」と同様にエレック版(「怪傑黒頭巾」B面曲扱い)とCBS・ソニー版(A面曲扱い)とが存在。ただしCBS・ソニー版では、エレック版での歌詞の一部をカットして収録、その分だけ曲が短縮されている。数少ない放送禁止指定を免れた曲だったこともあってか、自身がパーソナリティを務めた「土曜天国」では、この曲のレコードが頻繁にかけられた(同番組でよくかかったのは、CBS・ソニー版だったと思われる)。
女学生(1976年)
CBS・ソニー版では「ワッパ人生」B面曲として収録。つボイの作詞・作曲で、安達明の「女学生」とは同名異曲。
恋のいちゃいちゃ(1978年)
藤岡孝章作詞/作曲・野村豊編曲。タイトルの通り、カップルが戯れる様子を歌った曲。デュエット曲なのだが、女性パートもつボイが裏声を駆使して歌っており、ジャケットでもつボイが女装をして、一人二役を演じている。
花のDJ稼業(1978年)
シングル「恋のいちゃいちゃ」B面曲。ディスクジョッキーの裏事情を綴った曲。氏が音楽作品中で自身の心境を語ることは非常に珍しい。なお2006年には57歳の視点で歌詞を書き改めた「花のしゃべり屋稼業」が発表された(CBCラジオによる期間限定コンピレーションアルバムおよび、『つボイノリオ ゴールデン☆ベスト』に収録)。
祭りだワッショイ チンカッカ1984年
京都に進出した時期の作品。藤 吉佐登牧冬吉の妻)とのデュエット曲で、中村敦夫作詞・小川寛興作曲。ジャケット撮影時のメイクは元ザ・スターリン遠藤ミチロウが手掛けた。
名古屋はええよ!やっとかめ(1985年)
同じ愛知県出身の山本正之に依頼した作品。[5] インターネット上でフラッシュ版が多数流布している。
飛んでスクランブール1996年
同年発売のベストアルバム『あっ超ー』で初公開された楽曲。「アナログレコード風の音飛び」を意図的に創り出すことにより、単語の順序に左右されない発展的手法を編み出している。つボイ自らパソコンのサウンドレコーダーを使いデモテープを制作した。音飛びのないバージョンも音源としては存在するが、当然この曲の意図する面白さとは無縁。庄野真代の「飛んでイスタンブール」とは、曲名が似ているだけで関連はない。なお、この曲のエンディングは曲の構造上、誰も聞いたことがないはずである。
オレオレ詐欺のドナタ2004年
宮地佑紀生伊藤秀志とトリオを結成して オレオレ詐欺を揶揄しつつ防止啓蒙する作品。
KINTA Ma-xim MIX2006年
21世紀初のソロ作品で、リリースは「iTunes Store」限定。ダンスチャートでは20日間首位を独占し続けた上、総合ランキングでもトップ20以内(最高17位)という快挙を成し遂げた。この成功により、同年6月9日中部日本放送通販サイトからCDも発売され、発売日前に完売となる。「金太の大冒険」「本願寺ぶるーす」「怪傑黒頭巾」「花のDJ稼業」「極付け!お万の方」のメドレーで、タイトルに「ミックス」とはあるが厳密な意味でのリミックスではなく、ヴォーカルが再録音されている。
インカ帝国の成立(2006年)
同年9月「iTunes Store」のワールドジャンルからリリースされた、「飛んでスクランブール」以来10年ぶりの完全新曲。インカ帝国の初代国王となるマンコ・カパックが幾多の試練に苦悩しつつ、心を開かれた土地クスコで国を興すまでを描く超歴史スペクタクル。もともとは80年代初頭にガロの元メンバーの依頼で提出→即日ボツとなった曲で(当初「インカ帝国の滅亡」というタイトル)、1996年発売の『あっ超〜』では、新曲のひとつとして提出されながらレコード会社の判断で2度目の不採用となった過去を持つ。
雪の中の二人(2007年
インカ帝国の成立同様、後述するベスト・アルバム『あっ超〜』で新曲として提出されながら不採用。同年3月「iTunes Store」の歌謡曲ジャンルからリリースされ、翌日にはCBCラジオと関係の深い夏川りみの「涙そうそう」から首位を奪取した。タイトルから連想されたと思しき流麗なイントロは、このiTunes版から追加されている。
世界の国からあそこから2008年
作詞・作曲・歌唱はもちろんのこと、「カオシレーター」を操り自身で演奏を披露している。世界各国の地名をちりばめた歌詞は地理の勉強になるが、なぜか「R指定」楽曲のごとく扱われている。同年11月3日、「着うた」で配信開始。同年12月1日には「iTunes Store」で配信が開始された。ただし、三波春夫の「世界の国からこんにちは」とは、曲名がやや似ているだけで関連はない。

フル・アルバム[編集]

ジョーズ・ヘタ』(1976年)
エレックレコードから発売されたファーストアルバム。前年に発売されたシングル「金太の大冒険」を筆頭に「怪傑黒頭巾」「極付け!お万の方」「吉田松陰物語」など代表的な放送禁止歌が並ぶ。同レコード会社倒産後、収録曲順とジャケットを変更し『つボイノリオの大冒険』として1980年にユピテル音楽工業がリリース。2006年にエレックレコード復活に伴いオリジナル装丁でバップからCD復刻され、2008年にはポニーキャニオンからHQCDとして再リリースされた。2013年6月にはワーナーミュージック・ジャパンから3度目のCD化(帯背面とレーベル面で名前が「つぼイノリオ」と誤植されている)。ジャケットには「ジョーズ」と赤い特大文字で書かれ、その下に小さく「-ヘタ-」と書かれている。泳ぐホホジロザメの下につボイの顔の写真が載るジャケットとなっており、一見、映画『ジョーズ』のサウンドトラックと見間違う構図となっている。現在、「iTunes Store」、および「レコチョク」などで配信がされている。

ベスト・アルバム[編集]

あっ超ー』(1996年)
東芝EMI(現・ユニバーサル ミュージック・EMI Records Japan)から発売されたベストアルバム。
『つボイノリオ ゴールデン☆ベスト』(2011年、2014年)
2枚組ベストアルバム。2011年リリース版はポニーキャニオンから発売(現在廃盤)。2014年リリース版はワーナーミュージック・ジャパンから発売。収録曲は同一だがジャケットデザインのみ2011年リリース版、2014年リリース版でそれぞれ異なっている。

現在の担当番組[編集]

過去の担当番組[編集]

ラジオ[編集]

テレビ[編集]

その他の出演[編集]

声優[編集]

映画[編集]

ビデオドラマ[編集]

テレビ(その他)[編集]

関連人物[編集]

  • 永六輔 - 『つボイノリオの聞けば聞くほど』内で放送されている『永六輔の誰かとどこかで』(TBSラジオ)のパーソナリティ。『つボイノリオの聞けば聞くほど』の隠れたファンで、名古屋に訪れた際にはこの番組に長時間にわたりゲスト出演する。基本的にノーギャラで出演し、局や番組のグッズや昼食(局のお偉いさん帯同の時は高級天麩羅、つボイ自腹の時はラーメン)が出演料代わりで出演してもらっている。11時前に放送される「誰かとどこかで」が永の意向で放送せず、CBC社内で問題になったこともあった。
    また、2002年5月と2014年4月には、つボイ本人が永の番組『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』(TBSラジオ)にゲスト出演したことがある。
  • 立川談志 - 「金太の大冒険」を歌謡史に残る名作として最初に絶賛した人物[要出典]。「金太の大冒険」やつボイノリオのもつ世界観を熱く語ったインタビューもいくつか存在する。
  • 笑福亭鶴光 - 1970年代のラジオ深夜放送を共に牽引。『オールナイトニッポン』を共に担当していた時代(1977〜1979)から共に「下ネタ」、「ナンセンス」ネタを得意とするなど共通項が多かったせいか親交が深い。2006年春よりCBCラジオ昼のワイド番組『ツー快!お昼ドキッ』で水曜日のメインパーソナリティを担当した。
  • 小高直子(CBCアナウンサー) - 『つボイノリオの聞けば聞くほど』スタート時からのアシスタント。途中2度の産休をはさみ、現在に至るまで10年以上にわたりつボイのよき番組内の女房役として番組に欠くことのできない存在となった。
  • 兵藤ゆき - 『土曜天国』時代のアシスタントを1976年から2年担当。近年のつボイの著書にも彼女がコメントを寄せるなど長い親交がある。
  • 伊藤秀志 - 『つボイノリオの聞けば聞くほど』の金曜パートナー。彼が駆け出しのディスクジョッキーだった頃から親交があり、つボイを「師匠」「先生」などと呼び慕っている。
  • 宮地佑紀生 - つボイに並ぶ、現在の東海地方のラジオ界を代表するパーソナリティ。現在では宮地がCBCのライバル局である東海ラジオでパーソナリティを務めていることから、番組競演は少ないものの30年に及ぶ親交を持つ。因みにつボイと同じ1949年生まれであるが、学年では宮地のほうが1年上である。但し、パーソナリティ歴で言えばつボイの方が先輩である。2013年、東海テレビの特撮ドラマ「黄金鯱伝説グランスピアー」で共演を果たす。
  • 小堀勝啓(CBCアナウンサー) - テレビ番組への担当変更の際、つボイが「ラジオ界にとり大きな損失」として、その才能を高く評価しているアナウンサー。つボイは小堀担当番組にはテレビ・ラジオを含め友情出演することが多い。
  • チェリッシュ - 同グループが結成される前、旧メンバーの奥山敬造とフォークグループを結成し短期間だが活動を共にしていた。以来、チェリッシュが現在のデュオ編成に変わってからも親交を続けている。一時期、『ばつぐんジョッキー』(CBCラジオ)で共に曜日別のパーソナリティを担当していた時代もある(1984年 - 1986年、月曜日がつボイ、金曜日がチェリッシュの担当日であった)。
  • みうらじゅん - 旧友。サブカルチャーに対する造詣の深さで意気投合。ほかに竹内義和などもこの部類に入る。
  • 大槻ケンヂ - つボイを「喋りの師匠」として敬意を表する歌手の一人。少年時代よりつボイが担当してきた『オールナイトニッポン』などを欠かさず聞き続け、将来、ラジオで自分の冠番組を持つことが芸能界入りを志望した理由であるといわれる。大槻に限らず、西川貴教など、つボイのトークを聞いてパーソナリティになることを決意した全国区で活躍するタレントは数多く存在する。
  • 角田信朗 - 学生時代からのつボイファン。名古屋で格闘技のイベント等がある際にはつボイの番組に立ち寄ることが多い。
  • 大橋照子 - つボイノリオが尊敬しているというDJ。
  • 芦辺拓 - つボイがKBS京都のパーソナリティを務めていた時代からの熱烈なリスナーで、今も親交が深い大阪出身の推理作家。『和時計の館の殺人』など愛知県を舞台とした作品には、愛知県警の「坪井令夫警部」が登場する。
  • 井伊英理 - シンセサイザーの父ロバート・モーグ博士から優れた演奏力でリコメンドされた世界屈指のテルミンプレーヤー。エアテルミンが得意なつボイとは同郷であり、「一宮の夜」を演奏レパートリーとするつボイノリオ・チルドレンである。
  • 山下達郎 - ソロ・デビュー前に結成していたバンド、シュガー・ベイブで、つボイと同じエレック・レコードから唯一のアルバムをリリース。自身のラジオ番組の「変歌特集」時に必ずつボイの作品を「トリ」で流すほどの隠れつボイノリオフリーク。妻・竹内まりや共々つボイとは長年の親交を持つ。
  • 塩見啓一 (CBCアナウンサー) - CBCテレビのプロ野球ローカル中継にて行われる副音声番組「ドラゴンズ見れば見るほど」の進行役。つボイが「整理休暇」と題して1週間ほど休暇を取る際、月曜日〜木曜日までの「聞けば聞くほど」の代理パーソナリティも務めている。
  • 山田貴敏 (漫画家) - 学生時代、『ヤングスタジオ1430』のリスナーだった事を『つボイノリオの聞けば聞くほど』ゲスト出演時に告白。番組にもハガキ投稿していた。
  • 三波豊和(俳優) - つボイと親交があり、名古屋で舞台がある時は遊びに来る。
  • 安藤隆春(元警察庁長官) - 同郷、一宮高校の同級生でつボイと親交がある。
  • 神谷明 - 若い頃から交友関係を持っており、自身のブログにもつボイと一緒に写った写真を掲載している。
  • 金子デメリン(漫画家)-つボイの熱烈ファンで自身の作品の中につボイをモデルにした登場人物を登場させたり金太の大冒険を弾き語りするほどのファン。
  • ろくでなし子 - 彼女の作品「まんこちゃん」を気に入っている。また、ろくでなし子自身もつボイを「大好き」と尊敬している。[6]

関連書籍[編集]

  • のりのりだあPart5(有文社 1977年)
    CBCラジオ「のりのりだあ歌謡曲」の放送時間直前にネットされていた「欽ちゃんのドンといってみよう!!」の本が当時既にPart1 - 4まで発行されており、勝手にライバル心を燃やして突然Part5として出版。放送内容を反映した、下ネタ寄りのコンテンツが含まれる。
  • つボイノリオの聞けば聞くほど本(テレビライフ編集部・編/2004年2月) 学習研究社 ISBN 4054023509
  • 『つボイノリオの聞けば聞くほど』15周年記念 CD BOOK(扶桑社・2008年11月)ISBN 4594058329
    3枚組のCDと小冊子のセット。商品としては書籍扱い。
  • つボイ正伝 - 「金太の大冒険」の大冒険(扶桑社・2008年12月)ISBN 4594058418
    半生を語る、初の自叙伝。『つボイノリオのオールナイトニッポン』最終回を採録。つボイのこれまでの芸能活動にまつわる裏話に重点が置かれている為か、妻子については一切触れられておらず、両親についても名前等の詳細は記載されていない。

注釈[編集]

  1. ^ 軍司貞則『ラジオパーソナリティ〜22人のカリスマ〜』による[要ページ番号]
  2. ^ スクールメイツ名古屋校(1970年開校)出身と言われているが、「つボイ正伝」は妻の事が一切書かれていないため、真偽は不明である。
  3. ^ 録音テープで確認すると[出典無効]実際にはまりやが最終回のお祝いにマグカップを贈っただけのようである。
  4. ^ 『つボイノリオの聞けば聞くほど』のブログの中でもその様子が相方の小高直子撮影・編集の写真・記事の中で取り上げられている[どこ?]
  5. ^ 後に山本が出したセルフカバー版(【名古屋はええよやっとかめ】「!」が入らない。)とは若干歌詞が異なる。
  6. ^ [1]

外部リンク[編集]