天野鎮雄

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あまの しずお
天野 鎮雄
生年月日 (1936-02-13) 1936年2月13日(82歳)
出生地 日本の旗 日本愛知県名古屋市港区
職業 俳優タレント
ジャンル テレビドラマ映画舞台
活動期間 1957年 -
配偶者 山田昌[1]

天野 鎮雄(あまの しずお、1936年(昭和11年)2月13日 - )は、日本俳優タレント[1]。劇団「劇座」代表。妻は、女優山田昌[1]

略歴[編集]

愛知県名古屋市港区出身。知多市新舞子在住。名古屋市立菊里高等学校を経て、愛知学芸大学に入学。

大学時代にNHK名古屋放送劇団に入団。同大学学芸学部英語科卒業。文学座研究生、大島渚主宰の「創造社」、「山本安英の会」などを経て、1985年(昭和60年)に妻の山田昌と「劇座」を結成[2]。あわせて付属俳優養成所の「名古屋劇塾」も設立した。

1968年(昭和43年)から3年間、東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』の初代パーソナリティを務め、森本レオらと共に人気を博した。「アマチン」の愛称でも親しまれ、今もラジオパーソナリティとして活躍、本業の俳優としても舞台やテレビドラマに出演している。また、「あいち九条の会」の代表世話人の一人として護憲活動にも力を入れている。名古屋市中村区の稲葉地公園にある名古屋市演劇練習館は、天野が西尾武喜名古屋市長に演劇練習場所不足を訴えたことで開設された施設である。

なお、『孫子呉子』など中国の古代思想家についての著述がある天野鎮雄は、同姓同名の別人である。

受賞歴[編集]

  • 1984年度(昭和59年度):愛知県芸術文化選奨賞[1]
  • 1985年度(昭和60年度):第1回パチンコ大衆文化賞
  • 1991年度(平成3年度):東海テレビ芸能選奨
  • 1998年度(平成10年度):名古屋市芸術特賞
  • 1996年度(平成8年度):若手演劇人養成の功績に対し、社団法人日本演劇興行協会より表彰される。

ニックネーム[編集]

ニックネームの「アマチン」(「天ちん」とも表記)は、名前の天野鎮雄を縮めた「天鎮」から。高校時代に学校の演劇部と青年劇団(中部学生放送同好会)の活動について、教師から「お前は良くやっている。名前(「鎮雄」)も音で読むとチンユウだ。皆に珍しがられる珍優になれ。」と言われたことがルーツだと、本人は回顧して述べている。

出演[編集]

現在の出演番組[編集]

  • 俊介・アマチンの大碗茶坊あったかトーク(東海ラジオ)

テレビドラマ[編集]

ラジオドラマ[編集]

その他のテレビ番組[編集]

その他のラジオ番組[編集]

舞台[編集]

  • フィガロの結婚(劇座公演・作=ボォマルシェ/演出=木村光一)
  • 飢餓海峡(名古屋市民芸術祭2000主催事業公演・作=水上勉/演出=木村光一)
  • 機嫌の好い海(天野鎮雄『名古屋市芸術特賞』受賞記念公演・原作=岸宏子/脚色=麻創けい子/演出=海野鬼次郎)
  • やっとかめ探偵団その1 - その6(劇座公演・作=清水義範/演出=岩川均)

CM[編集]

  • 日建ホームズ

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』 日外アソシエーツ、2004年6月、50頁。ISBN 978-4-8169-1852-0
  2. ^ “俳優 天野鎮雄さんと父”. 読売新聞. (2012年4月22日). http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/aichi/feature/nagoya1337148217614_02/news/20120516-OYT8T00698.htm 2013年12月26日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]