名古屋はええよ!やっとかめ

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名古屋はええよ!やっとかめ
つボイノリオシングル
初出アルバム『あっ超ー
B面 エビふりゃーでゃースキ
リリース
規格 シングルレコード
ジャンル コミック歌謡曲
レーベル 東芝レコード/東芝EMI
作詞・作曲 山本正之
つボイノリオ シングル 年表
一宮の夜
(1978年)

つボイノリオ、藤吉佐登
祭りだワッショイチンカッカ
(1984年)
名古屋はええよ!やっとかめ
(1985年)
金太の大冒険
(シングルCD)
(1996年)
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名古屋はええよ!やっとかめ」(なごやはええよやっとかめ)は、つボイノリオが歌唱する楽曲である。プロデュースおよび作詞作曲編曲山本正之[1]

1985年6月21日東芝EMI(現:ユニバーサル ミュージック/EMI Records Japan)からシングルとして発売された。B面は「エビふりゃーでゃースキ」 。規格品番:TP-17729。

つボイ自身のシングルとしては、1978年11月に発売された『一宮の夜』以来、6年半ぶりとなった。1996年発売のアルバム『あっ超~!×つボイノリオ』(規格品番:TOCT9490)の11曲目にも収録されている。

解説[編集]

この曲は、つボイが山本に依頼して制作されたものである。タイトルは当初「大名古屋行進曲」とする予定だったが、つボイが「タイトルに名古屋弁を入れたい」と要望したことから、名古屋弁で「久しぶり」を意味する「やっとかめ(八十日目)」を加え、このタイトルとなった。

つボイがこの曲を制作した理由は、1980年代前半の名古屋の状況にあった。当時は「エビフリャー」などタレントのタモリの名古屋いじりネタなどによって名古屋が揶揄の対象にされたり、名古屋オリンピック誘致の失敗、1985年の円高ショックによる自動車や繊維関連産業といった名古屋圏の経済への打撃など、名古屋人が地元に対して自信喪失している傾向があり、もう名古屋は高望みするな、派手な話も控えようと言う空気が名古屋市役所にも広がっていた。しかしつボイはそうした状況で「名古屋人に自信を失うなと言いたかった」のだという。

1番・2番の歌い出しでそれぞれ東京大阪を「まああかん(もうだめだ)」と挑発し、これからのパフォーマー、イニシアチブ、そして未来首都名古屋だと宣言し、名古屋にまつわる様々な事物・現象を織り込んだ歌詞が特徴である。名古屋の市花ではなく愛知県県花カキツバタや、岡崎市郷土菓子である淡雪も入れられている。B面収録の「エビふりゃーでゃースキ」にも、名古屋の名所・名物が数多く登場する。

曲のイントロは、山本が作詞・作曲したことで有名な中日ドラゴンズの応援歌「燃えよドラゴンズ!」のサビに酷似しているが、意図的かどうかは不明である。

1996年まで中日ドラゴンズ山崎武司応援歌の原曲として使用されていた。山崎が東北楽天ゴールデンイーグルスを退団し、2012年に中日に再入団した際に再び応援歌として使用されている。

2000年代まで、発表後15年ほどは歌詞の内容とつボイ・山本の知名度とは裏腹に、愛知県民の間でも認知度が低くご当地ソングとしては定着しなかったが、インターネットの普及と発展と共にFlashアニメが有志により制作され、各種ウェブサイト動画投稿サイトなどで見られるようになったことで、ネット上での知名度が高まり注目されるようになった。

2003年には『ブラックワイドショー』(日テレ)で、2004年10月10日には『中井正広のブラックバラエティ』(日テレ)でも紹介された。また山下達郎が本人司会のラジオ番組『サンデーソングブック』(TFMJFN系)の珍盤・奇盤特集で流したこともある(例:2006年11月19日)。全国ネットのテレビ番組などでも名古屋の話題が出る際にバックにこの曲が流されるなどして、全国的にも名古屋の代表的なご当地ソングとして認知されるようになった。

名古屋出身の作家清水義範は、2003年の著書『やっとかめ大名古屋語辞典』の中で、この曲を「名古屋国の国歌ともいえる」と評している[2]

「名古屋はええよ!やっとかめ」は通信カラオケJOYSOUNDDAMにも収録されており、さらにJOYSOUNDには「エビふりゃーでゃースキ」も収録されている。なお、JOYSOUNDは名古屋市に本社を置くエクシングの製品である。また、株式会社高尾(本社:名古屋市)のパチンコ機『CRくるくるポン萌2』では、特定回数連荘すると大当たり中にこの曲が流れた。

2010年に名古屋開府400年を記念して、名古屋市の協力によりキングレコードから発売されたコンピレーション・アルバム名古屋の歌だがね 名古屋開府400年記念CD』(規格品番:KICS-1511、ASIN:B002TK1VOS)にも、名古屋を代表するご当地ソングとして11曲目に収録され、市当局からもご当地ソングとして「お墨付き」を得るに至った。

山本のセルフカバー[編集]

山本本人のセルフカバーバージョンもある。タイトルは「名古屋はええよやっとかめ」。山本のアルバム『十三の魔王』(ベラ・ボーエンタテインメント、2000年7月、規格品番:BXCA-1013)[3]所収[4]。つボイバージョンとの相違点は、タイトルに「」が付かないほか、一部歌詞やキーが異なる。

曲に登場する項目[編集]

歌詞への登場順。★印の項目はつボイ版のみ、☆印の項目は山本版のみに登場。

「エビふりゃーでゃースキ」に登場する項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 楽曲が発表された1985年には、厚生省(現:厚生労働省)が日本初のHIV感染者の存在を公表し「AIDSパニック」が発生した。
  2. ^ 曲中では「つるまいこうえん」と歌われる。
  3. ^ 名古屋駅の待ち合わせ場所とされたコンコースの柱の装飾のこととされるが、発表以前の1980年に改修工事で撤去されている。
  4. ^ この歌の発表当時、地下鉄名城線は環状線化していなかったばかりか、名古屋高速都心環状線が同年5月7日に東新町 - 東別院間で部分開通してからまだ間もない頃だった。
  5. ^ この項のみ「あった」と歌われている。

出典[編集]

  1. ^ 山本正之オフィシャルホームページ 少年の夢は生きている
  2. ^ やっとかめ大名古屋語辞典』133-134頁「名古屋はええよ!やっとかめ」の項目、学習研究社、2003年。ISBN 4054019846
  3. ^ ベラ・ボーエンタテインメント
  4. ^ Discography 山本正之オフィシャルホームページ 少年の夢は生きている
  5. ^ 名古屋はええよ!やっとかめ 山本正之オフィシャルホームページ 少年の夢は生きている

関連項目[編集]