石川ひとみ

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石川 ひとみ
出生名 石川ひとみ
別名 ひっちゃん
生誕 (1959-09-20) 1959年9月20日(58歳)
出身地 日本の旗 日本 愛知県海部郡美和町(現:あま市
学歴 名古屋短期大学付属高等学校(現:桜花学園高等学校)卒業
ジャンル アイドル歌謡曲J-POP
職業 歌手
担当楽器 ボーカル
一五一会
活動期間 1978年 - 1987年1988年 -
レーベル キャニオンレコード
ビクターエンタテインメント
テイチクエンタテインメント
事務所 ファーイーストカンパニー
共同作業者 山田直毅
公式サイト Hitomi Ishikawa Official Site:ただいま

石川 ひとみ(いしかわ ひとみ、1959年9月20日 - )は、日本歌手女優。70年代アイドル。本名、山田ひとみ(旧姓石川)。愛称はひっちゃん血液型B型

来歴・人物[編集]

生い立ち[編集]

愛知県海部郡美和町(現:あま市)出身。子どもの頃はおてんばな女の子だった。幼稚園(七宝幼稚園)時代には近所の男の子と田んぼの中で大喧嘩し、泥だらけになって帰宅したこともあった。小学6年(正則小学校)時にはソフトボールに熱中し、エースで4番を務めた。スポーツ以外では幼稚園の頃からピアノを始め、小学6年時にはCBCテレビののど自慢番組『どんぐり音楽会』に出場している。中学生(美和中学校)時代は軟式テニス部に所属。南沙織の「潮風のメロディ」を歌い優勝した[いつなにで?][1]

名古屋短期大学付属高等学校(現:桜花学園高等学校)卒業。高校2年時、フジテレビ系で放送されていたオーディション番組『君こそスターだ!』でチャンピオンとなる。同番組のオーディション1週目では岩崎宏美の「ドリーム」を歌ったが、歌詞を間違えたため思わず「ごめんなさい」と叫んでしまい、収録のVTRを止めたことがある。

駅にあった東京音楽学院名古屋校の広告を見て同校に見学へ行ったが、その日は偶然入試の日だった。同校職員に「もしよければ受けていただいてもいい」と言われたため受験したところ、合格する[2]

デビュー〜ブレイク[編集]

1978年5月25日キャニオンレコードNAVレーベルより「右向け右」で歌手デビュー。 同年、全国58大学で構成される全国ビューティ・オール学生協会から「'78マスコット・ガール」に選ばれるなど、デビュー当時からルックスと歌唱力が高く評価され、大学生を中心に絶大な支持を得る。そのためか男性誌を中心に水着姿でのグラビア撮影が多かったが、石川は水恐怖症だったので芸能界入りするまでは水着を1着も持っていなかった。なお石川は、自らの水恐怖症の原因として、生まれて6日後に襲来した伊勢湾台風の影響を示唆している[3]

1981年には「まちぶせ」(三木聖子のカバー)がヒットする。「まちぶせ」は10枚目のシングルだったが、同曲がヒットしてもしなくても、石川自身は同曲の発売を最後に芸能界を引退するつもりだったという[4]。「まちぶせ」がロングヒットを記録したため、次のシングル曲として予定されていた「にわか雨」の発売見通しが立たず、にわか雨の時期を過ぎてしまったということもあって発売見送りとなった。代わりに「まちぶせ」と同じく三木聖子のカバー曲である「三枚の写真」が発売された。この年、念願だった『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。なお、「にわか雨」は2年後の1983年6月21日に16枚目のシングルとして発売された。

1979年から1982年までNHK人形劇プリンプリン物語』で声優として主役のプリンセス・プリンプリンの声を担当し、同局の歌番組『レッツゴーヤング』では太川陽介と司会を務めるなど、歌手活動以外でも活躍した。また1978年から、『レッツゴーヤング』サンデーズのメンバーも務め、翌1979年に歌手デビューした倉田まり子と、顔がよく似ているという事でも当時話題となっていた。

ブレイク以降~発病まで[編集]

1982年2月、NSPの天野滋による「ひとりじめ」を発売。5月にやはり同じく天野滋による「君は輝いて天使にみえた」を発売した。この2曲はファンの間では評判が高かったものの、ヒットにはつながらなかった。1982年、NHKのあなたのメロディで、高校生の川越進氏の作詞作曲による、石川自身が歌唱した「パープル ミステリー」が同年の年間優秀曲に選ばれ、一部歌詞を改編し1983年2月にシングル「パープル ミステリー」として発売された。 その後6月、「 にわか雨」が発売された。この時は、新曲キャンペーンとして、ミニFMステーションを模した「にわか放送局」を日本各地で開局し、その場で集めたリクエスト曲やアンケートを元にしたDJを織り交ぜた、新曲発表会、サイン会を行った。

1983年9月、「」発売、その後、雑誌GOROの衝撃館を初めとした露出度の高いグラビア写真を発表した。この頃から、脱アイドル路線を模索し、その後も露出度の高いグラビアが、写楽、プレイボーイeye'sなどにも立て続けに公開され、1984年11月、ヌード写真集「心変わり」が発売された。この間は脱アイドルとしての方向性を模索するために、TVドラマに出演するなど、様々な分野への挑戦を行った時期といえる。1984年12月23日、立川WILLで行われたクリスマスライブで、石川自身が「今まで、色々なことに挑戦してきたが、来年からは歌に全精力を傾けてゆく」という決意を表明した。1985年5月、「夢回帰線」発売、この楽曲は化粧品会社のコマーシャルソングに使用された。そして、1986年4月「秘密の森」発売、これがpony canyonから発売されたラストシングルとなった。

1987年、はじめてのミュージカル「はだかの王様」の主演が決定し、リハーサルに忙殺される中、7月B型肝炎が憎悪、発病し、入院に到った。闘病中にそれまでスタッフとして石川を支え続けていた山田直毅は、石川に対し発病前と何ら変わらずに接し、精神的に支え続けた。[5]

休業〜復帰後[編集]

1987年B型肝炎を発症し、退院後に渡辺プロダクションから契約を破棄されたため、しばらく芸能界を退いていたが、翌1988年に復帰する。1993年ミュージシャンでデビュー以来バックバンドを勤めていた、作・編曲家の山田直毅と結婚した。その後、NHK『母と子のテレビタイム(日曜版)』に出演(ぬいぐるみのニャンちゅうと共演)するなど、ファミリー向け活動を展開している。

映画『男はつらいよ』の寅さんの大ファンであり、友人である斉藤ゆう子と「柴又ツアー」と称して映画ロケ地の柴又界隈を廻ったことがある。1990年3月、新聞の取材を受けるために訪れていたホテルのラウンジで、寅さん役の渥美清と遭遇。色紙の持ち合わせがなかったため無地のレポート用紙にサインを書いてもらい、現在も額縁に入れて大切に保存しているという[6]。この時、渥美からサイン入り写真との交換をリクエストされたため、偶然持っていた自身の写真をお返しとして渥美に渡した。

その後は一五一会によるCDアルバムをリリースしているほか、エイズ肝炎に関する講演活動も取り組んでおり、闘病記には『いっしょに泳ごうよ』(集英社)がある。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 右向け右(1978年5月25日)
  2. くるみ割り人形(1978年9月5日)
  3. あざやかな微笑(1979年1月21日)
    • あざやかな微笑 - 作詞:森雪之丞、作曲:西島三重子、編曲:大村雅朗
    • らぶ・とりーとめんと - 作詞:森雪之丞、作曲・編曲:大村雅朗
  4. ひとりぼっちのサーカス(1979年4月21日)
    • ひとりぼっちのサーカス - 作詞・作曲:谷山浩子、編曲:大村雅朗
    • ムーンライト・ドリーム - 作詞:森雪之丞、作曲:馬飼野康二、編曲:大村雅朗
  5. プリンプリン物語(1979年6月21日)
    • プリンプリン物語 - 作詞:石山透、作曲・編曲:馬飼野康二
    • ハッピー・アドベンチャー - 作詞:石山透、作曲・編曲:馬飼野康二
    ※A面の「プリンプリン物語」は、NHK人形劇『プリンプリン物語』のOP主題歌、B面の「ハッピー・アドベンチャー」も同じくプリンプリン物語のED主題歌として使用された。
  6. ハート通信(1979年8月21日)
  7. ミス・ファイン(1979年12月21日)
    • ミス・ファイン - 作詞:康珍化、作曲:伊藤薫、編曲:井上鑑
    • サンシャイン・モーニング - 作詞:谷川夕里、作曲:西島三重子、編曲:大村雅朗
  8. オリーブの栞(1980年4月21日)
    • オリーブの栞 - 作詞:三浦徳子、作曲・編曲:馬飼野康二
    • 空色のフォトグラフ - 作詞:三浦徳子、作曲・編曲:馬飼野康二
  9. 秋が燃える(1980年9月5日)
  10. 夢番地一丁目(1981年1月21日)
    • 夢番地一丁目 - 作詞:山上路夫、作曲:芳野藤丸、編曲:渡辺茂樹
    • 人形が見てる - 作詞:山上路夫、作曲:佐瀬寿一、編曲:渡辺茂樹
  11. まちぶせ(1981年4月21日)
  12. 三枚の写真(1981年10月5日)
  13. ひとりじめ(1982年2月21日)
    • ひとりじめ - 作詞・作曲:天野滋、編曲:大谷和夫
    • 彼をかえして - 作詞:康珍化、作曲:佐瀬寿一、編曲:松任谷正隆
  14. 君は輝いて天使にみえた(1982年5月21日)
    • 君は輝いて天使にみえた - 作詞・作曲:天野滋、編曲:若草恵
    • マリンブルーに溶けないで - 作詞:門谷憲二、作曲:亀井登志夫、編曲:大谷和夫
  15. 冬のかもめ(1982年9月21日)
    • 冬のかもめ - 作詞:康珍化、作曲:西島三重子、編曲:鷺巣詩郎
    • いつわり - 作詞:石川ひとみ、作曲:山田直毅、編曲:松任谷正隆
  16. パープル ミステリー(1983年2月21日)
    • パープル ミステリー - 作詞・作曲:川越進、編曲:松任谷正隆
    • ガラスの恋人 - 作詞:竜真知子、作曲:服部清、編曲:戸塚修
  17. にわか雨(1983年6月21日)
    • にわか雨 - 作詞:岡田冨美子、作曲:西島三重子、編曲:松任谷正隆
    • Follow You〜空港まで〜 - 作詞:竜真知子、作曲・編曲:林哲司
  18. (1983年9月21日)
    ※A面の「」は1986年に当時の所属事務所の先輩だった小柳ルミ子が「乱」というタイトルでリメイクした(歌詞は異なるが、原曲と同じく岡田冨美子が「FUMIKO」名義で作詞した)。
  19. メモリー(1984年1月21日)
  20. アモーレ(1984年7月5日)
  21. 裸足でダンス(1984年12月5日)
  22. 夢回帰線(1985年5月5日)
  23. 秘密の森(1986年4月5日)
    • 秘密の森 - 作詞:岩室先子、作曲・編曲:山田直毅
    • KA・KU・RE・N・BO - 作詞:岩室先子、作曲:編曲:山田直毅
  24. みなしごハッチ(1989年7月21日)
    ※「みなしごハッチ」は日本テレビ系アニメ『昆虫物語 みなしごハッチ』の主題歌として使用された。
  25. 元気あげるね(1991年2月1日)
    ※A面の「元気あげるね」はフジテレビ特撮ドラマ不思議少女ナイルなトトメス』のOP主題歌、B面の「ターミナル」も同じく不思議少女ナイルなトトメスの挿入歌として使用された。
  26. 世界中が宝物(1999年11月20日)
    ※A面の「世界中が宝物」はテレビ東京系アニメ『ぐるぐるタウンはなまるくん』のOP主題歌として使用された。
  27. キミらしいまま(2003年3月1日)
    • キミらしいまま - 作詞:及川眠子、作曲:前田克樹、編曲:亀山耕一郎
    • キミらしいまま(オリジナル・カラオケ) - 作曲:前田克樹、編曲:亀山耕一郎
    ※「キミらしいまま」はアニメ映画Pa-Pa-Pa ザ★ムービー パーマン』のED主題歌として使用された。
  28. だいすき!ラスカル(2006年5月25日)
    • だいすき!ラスカル - 作詞:JINCO、作曲:金田一郎、編曲:京田誠一
    • だいすき!ラスカル(カラオケ) - 作曲:金田一郎、編曲:京田誠一
    ※「だいすき!ラスカル」はUHFアニメぽかぽか森のラスカル』のOP主題歌として使用された。

オリジナルアルバム[編集]

  1. くるみ割り人形(1978年12月21日)
  2. ひとりぼっちのサーカス(1979年6月21日)
  3. ひとみ…(1980年2月21日)
  4. Inside/Outside(1980年10月21日)
  5. まちぶせ(1981年7月21日)
  6. 夢模様(1981年11月21日)
  7. ジュ・テーム(1982年6月21日)
  8. プライベート(1983年8月21日)
子供向け音楽
※1999年4月21日、ビクターエンタテインメントから発売。夫妻で制作したオリジナル曲で構成。
一五一会シリーズ

テイチクエンタテインメントインペリアルレコードレーベルから発売。

  1. みんなの一五一会〜唱歌・童謡編(2004年5月21日)
  2. With みんなの一五一会〜フォークソング編(2005年9月21日)
  3. With みんなの一五一会〜RADIO DAYS(2006年6月21日)
  4. With 〜the best of 一五一会(2007年12月19日)
    ※セルフカバー集と、シリーズ3枚からのセレクションの2枚組。
  5. ゴールデン☆ベスト(2011年4月6日)
    ※4作品からのセレクションに未発売バージョン2曲を加えた2枚組。

ライブ・アルバム[編集]

  1. キャンパス ライブ(1983年1月21日)
    早稲田大学での学園祭ライブ(1982年11月7日)を収録。

カバー・アルバム[編集]

  1. THE REBORN SONGS~すずらん~(2013年5月29日)

タイアップ曲(未商品化曲)[編集]

  • ともだち みつけた
1995年みんなのうたで放送、日本コロムビアの『みんなのうた』の一部アルバムおよびオリジナルアルバム『―ただいま』、『ゴールデン☆ベスト』に収録
  • ぼくたちトレン太くん
1999年JR東日本トレン太くんラジオCMソングとして制作。懸賞用の非売品シングルのみ存在する。
  • ちっちゃなフォトグラファー
2002年みんなのうたで放送、日本コロムビアの『みんなのうた』の一部アルバムに収録。

カセット[編集]

  • わたしはひ・と・み(1978年9月10日)
  • HITOMI SONGS(1979年9月10日)
  • 石川ひとみ・全曲集(1985年12月05日)
  • 石川ひとみベストアルバム(1989年12月5日)
  • 不思議少女・ナイルなトトメス(1991年2月1日)
  1. 元気あげるね(作詞:売野雅勇、作曲:本間勇輔、編曲:岩田雅之
  2. ターミナル(作詞:木原麻希子、作曲:本間勇輔、編曲:岩田雅之)

ベストアルバム[編集]

  • 石川ひとみ / プロフィール(1983年10月21日)
  • 石川ひとみ / best Memories(1984年3月3日)
  • 石川ひとみ / スーパーベスト(1986年11月21日)
  • 石川ひとみ★BEST MYこれ!クション(2001年11月17日)
  • 石川ひとみベストセレクション(2002年4月25日)
  • 石川ひとみ SINGLES コンプリート(2007年8月17日)
  • Myこれ!Liteシリーズ 石川ひとみ(2010年4月21日)
  • ザ・プレミアムベスト 石川ひとみ(2012年11月21日)
  • ゴールデン☆アイドル 石川ひとみ(2014年7月30日)

CD-BOX[編集]

  • 78-86 ぼくらのベスト 石川ひとみCD-BOX(2002年9月19日)
  • 78-86 ぼくらのベスト2 石川ひとみCD-BOX(2004年1月7日)

ビデオ[編集]

  • Tenderly(1983年)
  • Romancing Mystery 石川ひとみ -瞳の中の女たち-(1984年) ※ヌードを披露している。

参加作品[編集]

※M-6「恋の稲刈り」
  • トリビュートアルバム『ザ・ピーナッツ トリビュート・ソングス』(2016年9月7日)[7]
ウナ・セラ・ディ東京」(岩崎宏美とデュエット)

出演作品[編集]

テレビ番組[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1981年(昭和56年)/第32回 まちぶせ 02/22 田原俊彦
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

ラジオ[編集]

テレビCM[編集]

書籍[編集]

著書[編集]

写真集[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 映画ファン(1979年3月号)
  2. ^ 宮根誠司の青春ソング(関西テレビ、2012年1月2日放送)
  3. ^ 女性自身(1981年7月2日号)
  4. ^ 宮根誠司の青春ソング(関西テレビ、2012年1月2日放送)
  5. ^ いっしょに泳ごうよ
  6. ^ 宮根誠司の青春ソング(関西テレビ、2012年1月2日放送)にて。なお、石川の著書『いっしょに泳ごうよ』の記述によれば、渥美は石川の闘病についても知っており、励ましの言葉をかけてくれたという。
  7. ^ “相田翔子&森高千里 ピーナッツを歌う 女性歌手12組がデュエット”. ORICON STYLE. (2016年8月11日). http://www.oricon.co.jp/news/2076648/full/ 2016年8月12日閲覧。 
  8. ^ 顔出しで出演し、エンディング「ハッピー・アドベンチャー」を歌唱した回もあり。

外部リンク[編集]