たくろうオン・ステージ第二集

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
たくろう オン・ステージ第二集
よしだたくろうライブ・アルバム
リリース
録音 1971年8月9日 - 8月11日
日本の旗 日本東京
渋谷ジァン・ジァン
ジャンル フォークソング
レーベル エレックレコード
チャート最高順位
よしだたくろう 年表
元気です。
1972年
たくろう オン・ステージ第二集
(1972年)
伽草子
1973年
テンプレートを表示

たくろう オン・ステージ第二集』(たくろうオン・ステージだいにしゅう)は、1972年12月25日に発表された、吉田拓郎(当時はよしだたくろう)のライブ・アルバムである。

解説[編集]

  • 1971年8月9日から8月11日東京渋谷にあるジャン・ジャンで3日間連続で行われたリサイタルを収録したライブ・アルバム。3日間の内容は、初日が拓郎の弾き語り、二日目がミニバンドを迎えてのバンド演奏、そして三日目が六文銭を迎えて「人間なんて」のみが演奏されたという。
  • LP2枚で発売されたが、このアルバムは拓郎本人に無許可でのリリースだったため、発売後まもなく生産中止になったと言われている。しかし実際にはエレックが倒産するまで販売されていた。その間ジャケットや歌詞カードなど複数のバリエーションが存在する。なおこのアルバムは現在に至るまで一度もCD化されていない。
  • 1972年9月21日パックインミュージックで数曲放送された。アルバムが発売される前であり、その際「日本人になりたい」は「混血娘のバラード」、「ポーの歌」は「おいらはポー」というタイトルで紹介された。

収録曲[編集]

  • 特記がないものは、全作詞・作曲:吉田拓郎

Side-A[編集]

  1. 準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響
    作曲:ボブ・ディラン
    メロディはディランの「ハッティ・キャロルの寂しい死」。
    当アルバムにも収録されたMCでは、タイトルを「準ちゃんの与えた今日の吉田拓郎への多大なる影響」と言っている。
  2. なんとかならないか女の娘
  3. プロポーズ
  4. 「花酔曲」と同一の曲
  5. 私が生まれた時
    作詞:伊庭啓子

Side-B[編集]

  1. トランプ
  2. 大きな夜
  3. 僕一人
  4. 七万五千円の右手
  5. 来てみた

Side-C[編集]

  1. 腹へった
  2. ゆうべの夢
    「祭りのあと」と同じメロディ
  3. 日本人になりたい
  4. ポーの歌
    作詞:花岡としみ、作曲:浜口庫之助
    オリジナルは飯田久彦の「おいらはポーッ」。
    1979年浜口庫之助の曲の盗作と報じられるが、拓郎自身は初めからオリジナル曲とは言っていなかったが、当アルバムを無許可でリリースしたエレックレコードが吉田拓郎作詞・作曲とクレジットしてしまったというのが真相である[1]
  5. 恋の歌
  6. もうお帰り
  7. かくれましょう
    作詞:岡本おさみ

Side-D[編集]

  1. 人間なんて
    10分を超える演奏が収録されている

演奏者[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ 封印歌謡大全、2007年、石橋春海、太田出版、150-151
    別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評44 拓郎&陽水と「フォーク黄金時代」、宝島社、p34

関連項目[編集]