盗作

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盗作(とうさく)は、他人の著作物にある表現、その他独自性・独創性のあるアイディア・企画等を盗用し、それを独自に考え出したものとして公衆に提示する反倫理的な行為全般を指す。「剽窃(ひょうせつ)」とも呼ばれる。オマージュパロディとは区別される。

盗作は学業不正及び報道倫理の侵犯と見做され、それに対しては罰金、停職、追放などの処分が行われる。盗作は必ずしも犯罪とはならないが、学業や産業の分野においては深刻な倫理、道義違反とされる。

学業の分野においては、学生、研究者、調査者によって行われた剽窃は学業不正及び学問に対する欺瞞と見做され、譴責の対象となり、その後追放を含めた処分が行われる。

盗作の例[編集]

有城達二(ありき たつじ)
講談倶楽部』が主催する第12回講談倶楽部賞を受賞した「殉教秘聞」(じゅんきょうひもん)が、寺内大吉が『小説春秋1956年8月号に発表した「女蔵」の丸写しであると、寺内のもとに読者から指摘が寄せられ盗作が発覚した。寺内は『講談倶楽部』編集部へクレームをつけ、編集部は受賞剥奪を決定した。全篇を完全盗作したものであり、どこが似ているとか盗まれていると言い様のないものであったという。違いは本筋と無関係な人名などわずか3カ所であった。また、作品本編のみならず、「受賞のことば」も盗作であった。これは、盗作被害に遭った寺内が「受賞の言葉がうますぎる」と不審を抱き、試みに『オール讀物』を探してみたところ、第4回オール新人杯を受賞した松浦幸男が同誌1954年6月号に掲載した受賞の言葉とそっくりであることが発覚した。[1]
山崎豊子
『花宴』
婦人公論』1967年5月号から1968年4月号まで連載され、連載中に同誌の第6回読者賞を受賞した。
完結目前の1968年2月19日、『朝日新聞』夕刊が、読者からの投稿を受け、ドイツの作家エーリヒ・レマルクの『凱旋門』から盗用があると報道した。資料集めを秘書任せにしたと、自分の落ち度があったことを認め、『婦人公論』1968年4月号にお詫びのコメントを掲載した。これにより一件落着したかに思われたが、再び『朝日新聞』に、芹沢光治良の『巴里夫人』からの盗用と思しき部分があると匿名の投書が寄せられ、文芸評論家・奥野健夫の検証の結果、部分盗用では済まされない「作品全体の発想にかかわる盗作」と糾弾された。
検証後更に、最終回の原稿にも中河与一の『天の夕顔』にそっくりな部分があるという報道が、3月16日に共同通信からなされた。
中央公論社は、『婦人公論』1968年5月号に再度山崎の「お詫び」を掲載した。山崎は「花宴」で得た婦人公論読者賞を返上し、単行本として出版しないことで事態の収束を図った。この件を受け、『婦人公論』の編集長・宮脇俊三は責任を取り辞任した。追いつめられた山崎は3月25日、日本文芸家協会へ退会願いを送り、受理された。
石川達三はのちに、退会を勧める匿名の手紙を送ったことを明かしているが、山崎がその手紙を見て退会を決めたかどうかは定かではないとしている(『流れゆく日々4』1973年10月21日付)
  • 丹羽文雄「今度の事件は山崎氏が著作権ということを十分知らなかったから起ったと思う。協会としては、山崎氏が今後筆を断つことが望ましい(後略)、文壇的生命は一応終った」『朝日新聞』1968年3月28日朝刊
  • 荒正人「協会を脱会したのは当然のこと。執筆中の連載小説をただちにやめ、すでに出版されている単行本は絶版にし、小説で得た財産は、すべて放棄しなさい」『週刊現代』1968年4月11日号
  • 木山捷平「文芸家協会をしりぞくことでもって、盗作の責任をまぬがれたことにはならない。ほんとうに反省しているのなら、しばらく筆を折るべきです。」『週刊現代』1968年4月11日号
わずか1年半後の1969年9月29日、山崎は日本文芸家協会に復帰し執筆を再開した。
不毛地帯
『花宴』事件から5年後の1973年10月21日、『朝日新聞』が「不毛地帯」で無名作家の今井源治が自費出版した『シベリヤの歌』から盗用があるとして第2の盗作を報じた。この事件はタレコミからスクープされたもので、朝日新聞社の他にも文藝春秋読売新聞社にもリークがあった。この情報提供者は正体不明である。朝日新聞社を訪れた時は「今井と知り合いの元シベリア抑留者」と説明したそうであるが、実際には面識はなかったという 。
山崎は「盗用」と断定的に報道されたことによる名誉毀損と生活権侵害に対して、大手新聞各紙への謝罪広告の掲載を求める訴訟を起こした。裁判は1978年3月30日に和解するが、朝日新聞側は記事についての非は認めず、「遺憾」の意を表明するに止まり、謝罪広告の掲載も拒否した。
なお、『不毛地帯』の盗用報道から和解に至る前後の時期に、堀田善衛『19階日本横丁』、綱淵謙錠「怯」、有吉佐和子複合汚染』の3件の盗作疑惑が持ち上がった。『朝日新聞』は、「怯」に関しては『不毛地帯』同様の報道姿勢を貫いたが、同紙に連載されていた『19階日本横丁』『複合汚染』については全く報道しなかった。
大地の子
1997年1月、第3の盗作疑惑が持ち上がった。『朝日新聞』、『読売新聞』が報じたが 、朝日新聞社は『週刊朝日』『AERA』の週刊誌も動員して立て続けに報道した。
当時、筑波大学留学生センター教授だった遠藤誉1984年に出版したノンフィクション『チャーズ』からの盗用と思われる部分があり、遠藤本人が提訴に踏み切り、同時に『チャーズの検証』という告発本を明石書店から出版した。
実際には、『文藝春秋』での連載中、単行本が出版された1991年にも、盗用が指摘されたが表面化はしなかった。しかし、1995年にNHKでドラマ化されてから再び話題に上り始め、『噂の真相』が1996年にこの盗作疑惑を報じた。裁判は「複製権叉は翻案権侵害はない」「創作性はない」として、2001年3月26日に被告・山崎豊子の全面勝訴で決着した。また原告が訴えていた人格権侵害についても棄却された 。[2]

パクリ[編集]

盗作の類義語として用いられる用語に「パクリ」がある。「パクリ」とは、盗んだもの、盗んだことを意味する名詞である。また、盗作よりも広義であるため、著作権侵害とは関係のない場面においても使われる。→ぱくりを参照

学術界[編集]

学術界や高等教育界で発表・提出された文書(学術出版、論文、書籍、レポート、申請書など)での盗作については、「盗用」を参照のこと。

関連項目[編集]

関連書籍[編集]

出典[編集]

  1. ^ 栗原裕一郎 『〈盗作〉の文学史』p.125 - p.131 第二章 新人賞と盗作事件
  2. ^ 全体の出典:栗原裕一郎『〈盗作〉の文学史』第三章 オリジナルという“データ” p.188 - p.231