贋作

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贋作(がんさく)とは、オリジナルとは別の作者によって模写・模作され、作者の名を騙って流通する絵画彫刻などの芸術品や工芸[1]。またはその作成行為のこと。偽作(ぎさく)とも言う。これに対して本物の作品のことを「真作」(しんさく)と称する。

概説[編集]

一般的に美術品や工芸品に使用され、書物の場合は偽書とも言う。また、偽造紙幣や偽造貨幣などは、贋作とは呼ばれない。

贋作の歴史は古く、ストックホルム博物館にはエジプト時代のパピルスにガラスから宝石を作り出す方法が書かれたものがある。また古代ローマの詩人ホラティウスなども『風刺詩』で贋作について言及したことがある。

贋作の作成の目的には金銭的目的・宗教的目的・権威付け目的・名誉目的・愉快犯などが挙げられる。また広義では、名声を貶めるためのものも贋作に含められる。ただし、模造品を作ること自体は違法ではない。例えば絵画では、先人の画風を見て、それを真似て描くことは、学校の美術の授業などで、ごく普通に行われている行為である。また、偽る意図のない模写・複製・レプリカなども、一般には問題視されない。模造品を真作と偽ると違法となる。

贋作を作成する人物は贋作家と呼ばれるが、これらの人物は裁判などでは「模写をしただけ」などの主張をする事が多く、単純な模写と専門技術を使った贋作との差が裁判の際には問題となることもある。

贋作師が贋作を作られるというケースもある。幕末から明治にかけての日本刀の天才的贋作師、三重県桑名市三品広房は、末備前を中心に「桑名打ち」という古刀の贋作の数打物を作っていた時期もあったが[2]、数打物にも関わらず、斬れ味はむしろオリジナルの名刀を超えていたこともあるという達人だった[3]。 贋作ではなく、広房と本名を名乗り模写として村正写しを製作した場合には、真の村正にも決して劣らぬ出色の出来だったという[4]。 広房は贋作や写しではなく自分の銘でも秀作を多く打ったが、幕末の一般的な刀工のレベルを逸脱した優れた鍛冶師だったので、自身が贋作の対象とされ、現代刀に広房の偽銘を切った贋作も出回っている[4]。 広房は明治初期に贋作の製作をやめ[2]、その後の広房派は桑名を代表する名工の一派に数えられていて、子孫もまた優秀な刃物を作り[4]、2017年現在も六代広房が桑名市で包丁などの製作を続けている[5]

贋作鑑定[編集]

鑑定方法も多岐に及ぶ。基本的なものとして

  • 関連文書による鑑定
  • 作者別鑑定(同一作者の他物品と比較する方法)
  • 拡大鏡による視覚鑑定(絵画の場合なら筆のタッチなど)
  • 様式鑑定(ルネサンス時代ならルネサンス様式を守っているかどうか、など)
  • 用途鑑定(例えば、古代の本に手による汚れが付いていない事はありえない)
  • 技術鑑定(その時代にはない道具を使われた痕がないかなど)
  • 科学鑑定

などが上げられるほか、物品によっては味見・嗅覚による鑑定などもある。ただし、科学鑑定は時間と予算がかかるため、収集家には好まれていない。アメリカで行われた複数の科学鑑定の結果、鑑定だけにかかった金額が7,500ドルに達した例がある。

また、メトロポリタン美術館の絵画修復主任を務めたヒューバート・ヴォン・ゾンネンバーグは、科学的検査はかなり欠陥のある鑑定方法だとしている[6]

有名な贋作家[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 贋作 - artscape,大日本印刷、2018年6月26日閲覧。
  2. ^ a b 田畑 1989, pp. 430–431.
  3. ^ 大村 1936.
  4. ^ a b c 田畑 1989, pp. 362–369.
  5. ^ AKI (2017年9月13日). “まるで野菜を斬っている感覚!!切れ味バツグンな包丁を探ってきました!”. 桑名市商店連合会青年部. 2018年9月23日閲覧。
  6. ^ 『にせもの美術史』トマス・ホーヴィング著、雨沢泰訳(ISBN 4-02-257361-9

参考文献[編集]

関連項目[編集]