タイミングベルト

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タイミングベルト

タイミングベルトは、自動車オートバイなどのエンジン部品の呼び名で、カムシャフトを駆動するコグドベルトを指す。一時はタイミングチェーンに取って代わる存在となっていたがチェーンの改良により、新型のエンジンでタイミングベルトを使用する例は少なくなっている。

DOHCでの使用例
コスワースBDR
タイミングベルトとタイミングプーリー

タイミングベルトの歴史

レシプロエンジンの主流がSVOHVであった時代は、カムシャフトクランクシャフトの側にあり、クランクシャフトからギアを介して直接駆動する方式が一般的であった。その後、バルブ追従性を改善する目的で、カムシャフトの位置をシリンダーヘッドに近づけ、プッシュロッドを短くした、ハイマウントカムシャフトが実用化された。その際、カムシャフトの駆動に、それまで一部のレーシングカースポーツカーDOHCに使用が限られていたローラーチェーンが用いられるようになる。これにより、クランクシャフトから離れた場所に動弁系を配置することが容易となった。しかしこの頃のチェーンは、ピッチが粗く騒音が大きく、正確な制御に不向きな面もあり、また、伸び、調整を怠ると、タイミングがずれる欠点もあった。

自動車向けコグドベルト(タイミングベルト)は、米国ユニロイヤル (現ゲイツラバー)のリチャード・ケースが、1945年に開発した。しかし、1950年代までの、OHVエンジンが主流の市場では普及する機会はなかった。量産車に導入されたのは遙かに下り、1962年にドイツのグラース社が発売した小型乗用車、「グラース1004S」の直列4気筒1000cc・SOHCエンジンであった。

以後、時を同じくして一般車用エンジンにSOHC方式が広まり始めたことから、コスト、騒音、潤滑、精度の問題を一気に解決できるベルト駆動方式が普及し、多数のエンジンに採用された。タイミングベルトは1970年代から1990年代後半までの期間にわたり、OHC、DOHCのカムシャフト駆動の中心的役割を担っていた。

その後、ベルトの寿命や耐久性を理由とした信頼性の低さと、エンジンの小型化、スリム化に対応できないベルトの幅の広さから、ベルトに見切りをつけるメーカーが現れた。ローラーチェーンの改良による「コマ」の小型化、低騒音化の実現により、1990年代末期以降からは再びローラーチェーン(タイミングチェーン)を採用するエンジンが主流となりつつある。

自動車用エンジンにおけるタイミングベルトの特徴

タイミングベルトの長所は以下の通りである。

  • 部品として安価
  • 潤滑が不要
  • 旧来のローラーチェーンと比較すると、ピッチ設定の自由度が高い。
  • 旧来のローラーチェーンよりも軽量である。
  • 旧来のローラーチェーンよりも静粛である。

一方、タイミングベルトには以下の欠点がある。

  • 指定距離毎の定期交換が必要となる。一般的な日本製乗用車では10年または10万km前後が目安とされている。チューニングが施されて出力やトルクが増大されたエンジン、およびスポーツ走行のような過酷な環境で使われたベルトはそれよりも早く交換が必要である。
  • 予兆なく切れることがあり、この時に停止したバルブとピストンが干渉する恐れがある。これはバルブクラッシュと呼ばれ、致命的な損傷と言える。機種によっては、バルブが全開でも干渉しないものもある。
  • 幅が広く、エンジンのスリム化には向かない。
  • タイミングチェーンのようにチェーンケースをオイル戻しやブローバイ通路に使うことができないため、しっかりとしたオイルラインを設計する必要がある。
  • エンジンのトルク変動、経年劣化により「伸縮」する為、厳密にはバルブタイミングが刻々と変化している。

これらのメリット/デメリットがあるが、最近ではピッチが小さく静粛性の高いチェーンが開発され、既に広く実用化されているために、絶対的な耐久性に不安のあるタイミングベルトを用いることは少なくなってきている。

自動車用タイミングベルトの発達

自動車用に使用することを考えると、歯が飛んでしまってバルブピストンが衝突することは避けたい。この要求をかなえるためには、ピストンとバルブが接触しないようにピストン側にバルブリセスと呼ばれる逃げを作る事で解決している車もあるが、燃焼室形状が複雑になって(表面積も増え)燃焼効率が落ちるという欠点がある。最近になって再びローラーチェーンの採用が広がっている理由の一つには、このバルブリセスを不要にできる点が挙げられる。

ベルト側の耐久性向上は常に図られ続けている。ベルトの歯型形状は時代が進むにつれ応力が集中しないように解析して改良が進められている。また、ベルト自体の材質・構造も進化し、切れにくいように工夫されている。日本車の場合、1990年代には15万キロ程度までは交換不要であるベルトも生まれていた。

タイミングベルトのメンテナンス

タイミングベルトは一般にはエンジン側面のカバーに覆われており、目視による日常点検ができない。エンジンに高度なチューニングを施した場合、高い負荷の掛かるタイミングベルトの管理には非常な厳格さが要求されるため、エンジンカバーを取り外して剥き出しにしているケースも見受けられる。

しかし、一般的な自動車の場合、そこまで厳格にメンテナンスする必要は全くない。日本車の場合、メーカー指定の交換時期は10年・10万kmという場合が多く、それを守っていればまず問題ない。ただし、ベルト以外の部分のメンテナンスを怠るとベルトにかかる張力が大きくなるため、結果的にベルトの劣化が早まることも十分にあり得る。そこでタイミングベルトを長持ちさせるためには、エンジンオイルロングライフクーラントなどのフルード類をこまめに交換することが求められる。さもないとエンジン内部の回転抵抗が増大し、タイミングベルトに余分な負担をかける。エンジンのメンテナンスを怠り続けた車の場合、10万kmを待たずしてタイミングベルトが切れてしまう事例は日常的に確認されているので注意を要する。当然、メーカー側がある程度の安全率を勘案した10年・10万kmという指定である。 油脂類のメンテナンスを日常的に行っている車両でも、静止状態からいきなりアクセルを踏み込む動作(急発進)を行うと、急激なトルク変動によりベルトが引っ張られストレスが掛かり、その寿命を縮めてしまう。低回転からの急激な回転数の上昇は特にタイミングベルトのテンショナーベアリングにも負担を掛ける事となり、異音の原因となる事もある(ファンベルト類も同様)。

タイミングベルト交換作業

タイミングベルトの交換作業は、整備技術レベルとしては中級に属する。このため、一般ユーザーはディーラーや修理工場に作業を依頼することが多い。

作業は、タイミングベルト交換を行うための作業スペースの確保のために、その他の補機類(インテークダクト、オルタネータなど)を取り外す。そしてエンジンカバーを外し、テンショナーを取り外した後、タイミングベルトを交換する。この時、冷却水を循環させるウォーターポンプを同時に交換することが多い。ポンプはタイミングベルト交換作業工程の途中で交換できるため、整備者側は同時交換を薦めることが多いためである。

高級スポーツカーの代名詞とも云える、フェラーリでは、指定交換サイクルが2年2万キロ(4年3万キロ)と短い。縦置きミッドシップのモデルでは、タイミングベルトプーリがキャビン側に配置されており、ベルト交換のためにエンジンを下ろす必要があることから作業工賃も高額である。この他スバルなど水平対向エンジンを搭載する車も構造上タイミングベルト交換にかかる工賃は他のエンジンに比べても高額になる。 横置きミッドシップ車のホンダ・NSXトヨタ・MR2はエンジン搭載状態で交換可能である。

関連項目

  • 歯付ベルト (コグドベルト)
  • タイミングチェーン
  • カムギアトレーン・・・バルブの駆動力伝達方式でギアによるもの。
  • インターフェアレンスエンジン(en:Interference Engines)・・・タイミングベルトが断裂すると、ピストンヘッドとバルブ傘部が衝突(バルブクラッシュ)する設計のエンジン。逆に、バルブリセスを深く取る事で圧縮比の上昇に制約が生じたり、バルブタイミングの可動範囲が制限されるリスクを取ってでも、干渉を避けた設計のエンジンはノンインターフェアレンスと呼ばれる。