サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (曲)

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サージェント・ペパーズ・
ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
ビートルズ楽曲
収録アルバムサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
リリース1967年6月1日
録音アビー・ロード・スタジオ
1967年2月1日、2日、3月3日、6日
ジャンルロック
時間2分2秒
レーベルパーロフォンキャピトルEMI
作詞者レノン=マッカートニー
プロデュースジョージ・マーティン
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド 収録曲
A面
  1. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
  2. ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
  3. ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ
  4. ゲッティング・ベター
  5. フィクシング・ア・ホール
  6. シーズ・リーヴィング・ホーム
  7. ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト
B面
  1. ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー
  2. ホエン・アイム・シックスティー・フォー
  3. ラヴリー・リタ
  4. グッド・モーニング・グッド・モーニング
  5. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (リプライズ)
  6. ア・デイ・イン・ザ・ライフ
  7. サージェント・ペパー・インナー・グルーヴ
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド / ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
"Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"/"With A Little Help From My Friends"
ビートルズシングル
初出アルバム『
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
リリース
規格 7インチ
録音 アビー・ロード・スタジオ
February–March 1967
ジャンル ロック
時間
レーベル パーロフォン R6022
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
ビートルズシングル盤 U.K. 年表
バック・イン・ザ・U.S.S.R.
b/w
ツイスト・アンド・シャウト
(1976年)
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
b/w
ア・デイ・イン・ザ・ライフ
(1978年)
ザ・ビートルズ・ムーヴィー・メドレー
b/w
すてきなダンス
(1982年)
ビートルズシングル盤 U.S. 年表
オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
b/w
ジュリア
(1976年)
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
b/w
ア・デイ・イン・ザ・ライフ
(1978年)
ザ・ビートルズ・ムーヴィー・メドレー
b/w
すてきなダンス
(1982年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
ヘルター・スケルター
b/w
ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ
(1976年)
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
b/w
ア・デイ・イン・ザ・ライフ
(1978年)
レット・イット・ビー
b/w
ゲット・バック
(1981年)
ポール・マッカートニー 年表
Tropic Island Hum / We All Stand Together
(2004年)
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (with U2) "Fine Line"
(2005年)
U2 年表
City of Blinding Lights
(2005年)
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (with ポール・マッカートニー) All Because of You
(2005年)
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サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)はビートルズの楽曲である。

解説

本作は作者クレジットがレノン=マッカートニー名義の曲であり、最初に録音され発表されたのは1967年のことであり、イギリス盤公式オリジナル・アルバムサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録された。実質的な作者はポール・マッカートニー。この曲はアルバムの中で2回登場する。オープニングナンバーとして(「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」とつながっている)と最後から2番目の「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (リプライズ) 」(「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」とつながっている)としてである。歌詞の中でアルバム内で演奏している架空のバンドを紹介している。

この曲はアルバムで最初に発表され、その後シングル、およびコンピレーションアルバムの構成曲としても発表された。また、他のアーティストによる演奏も何回か行われている(ジミ・ヘンドリックスポール・マッカートニー、マッカートニーとU2など)。

作品ができるまでと録音

1966年12月、休暇を終えてイングランドへ帰るフライトの途上、マッカートニーにアルバム全体でロールプレイを行うというアイディアが浮かんだ。各メンバーを「ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の一員という別人格に置き換えて、観客の前でコンサートを行うのである。伝えられるところによればマッカートニーがそれを思いついたのは、ローディーのマル・エヴァンズが何気なく機内食の容器に書かれた「S」と「P」の意味をたずねたときだった。マッカートニーはそれは塩(Salt)と胡椒(Pepper)であると答えた。(そのマッカートニーの答えを、エヴァンスが、「サージェント・ペパー」と聞き違えたとも言われている。)このやりとりがサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのコンセプトと曲につながった[1][2]。プロデューサーのジョージ・マーティンによれば、曲はアルバム制作に先立って録音されたが、そのときすでにサージェント・ペパーのキャラクターに基づいたコンセプト・アルバムのアイディアが生まれていたという[3]

グループのロード・マネージャー、ニール・アスピノールはペパー軍曹を進行役にするというアイディア、つまりはアルバムの最後にリプライズを行うことを提案した[4]。彼の日記では、エヴァンズが曲に貢献しただろうとも書いてある。ジョン・レノンはサージェント・ペパーのアイディアはマッカートニーが作ったものだと考えている[5]。曲はアビー・ロードの2番スタジオで録音され、マーティンがプロデュースし、ジェフ・エメリックのエンジニアリングのもと行われた。録音は1967年2月1日に始まり、3回のさらなるセッションのあと、3月6日に終わった[6]

曲構成

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のアルバムにおいて、曲は観客の賑やかなおしゃべりとオーケストラのチューニング音(2月10日の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のオーケストラ・セッションから取られている[7])で幕を開ける。群衆の音は1960年にマーティンが録音したザ・グーン・ショー向けのライヴ録音から取られている。曲自体が始まると、バンドがメンバーを紹介する[8]。曲構成は、

  1. 導入(インストゥルメンタル)
  2. ヴァース
  3. ブリッジ(インストゥルメンタル)
  4. リフレイン
  5. ブリッジ
  6. ヴァース
  7. 楽器によるブリッジ及び「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」へのつなぎ[6]

曲はG majorの音階にあり、4分の4拍子である。フレンチ・ホルンカルテットは音に厚みを出すために使用されている[6]

オルガンはジョン、独立したトラックに入っている(一番目立っている)リードギターはポールによるもの。

リプライズ

発表

この曲は最初イギリスにおいては1967年6月1日に、アメリカにおいては1967年6月2日にサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのLPで発表された[6]

ビートルズのEMIとの録音契約が1976年に切れてから、EMIはビートルズのカタログから自由に再発売できるようになり、1978年(オリジナルアルバムの発表から11年後)に「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド/ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」がシングルA面として発売された。B面は「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」であった。シングルはキャピトル・レコードによってアメリカで8月14日に発売され(映画「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の発表に近い)、パーロフォンによってイギリスで9月に発売された[9][10]

チャート 順位
イギリス Music Week 63[11]
アメリカ Billboard Hot 100 71[12]
アメリカ Cash Box 92[13]
アメリカ Record World 103[14]

オリジナル録音の曲は以下のビートルズのコンピレーション・アルバム内に収録されている。ザ・ビートルズ1967年〜1970年(1973年)、イエロー・サブマリン 〜ソングトラック〜(1998年)である。リプライズのリハーサルはアウトテイクを集めたアルバム、ザ・ビートルズ・アンソロジー2(1996年)に収録されている。マッカートニーが使っていた「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」や他の曲の歌詞を含むノートが1998年に競売に出された[15]

未発表となったマッカートニーのアルバム(通称ザ・ロスト・ペパーランド・アルバム)では、この曲のリメイク版が収録される予定だった。

ライヴ演奏

「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」はビートルズの手では一度もライヴで演奏されなかった。3人のビートル(ポール・ジョージとリンゴ)にエリック・クラプトンを加えて1979年5月19日、クラプトンの結婚式で演奏された。ジョン・レノンは後にもし招待を受けていれば式に出席していただろうと述べていた。ポール・マッカートニーは1989年9月に始まったワールド・ツアーやその後のツアーで演奏している[16]。マッカートニーとU2はこの曲をロンドンハイド・パーク2005年6月2日に行われたLIVE 8の最初に演奏した[17]。「20年前」という歌詞で始まるこの曲は、LIVE 8はライヴエイドからちょうど20年経って開催されたということを祝う意味で選ばれた[18]。シングルはiTunesへチャリティのために翌日に発売され、今までで最も早く売れたオンラインの曲としてワールドレコードに輝いた[19]

1967年、ジミ・ヘンドリックスシャフツベリー・アベニューにあるサヴィル・シアターにてこの曲をライヴで演奏した。シアターはブライアン・エプスタインから貸し出された。レコードが発売されてからわずか3日後のことであり、マッカートニーが聴衆の中にいた[20][21]ワイト島音楽祭でのヘンドリックスの別バージョンのライヴ演奏が彼の死後発売されたアルバム、『Blue Wild Angel: Live at the Isle of Wight』に収録された。2006年、リプライズがシルク・ドゥ・ソレイユがリミックスしたアルバム『ラヴ (ビートルズのアルバム)|』にて再発表された。このバージョンは他のビートルズの曲からサンプリングされた音を含むリミックスである。

2007年、ブライアン・アダムスステレオフォニックスはアルバム内の2つのバージョンの曲を「It Was 40 Years Ago Today」というテレビ向けに録音した。このテレビでは現代のアーティストがアルバムの曲をオリジナルと同じスタジオ、録音技術を使って録音するというものである[22]。2007年5月23日、アメリカン・アイドルのシーズン6のフィナーレにてケリー・クラークソンエアロスミスのギタリスト、ジョー・ペリーがこの曲をビートルズメドレー中に演奏した[23]

脚注

  1. ^ Miles (1997), pp303-304.
  2. ^ ”The Beatles Anthology” DVD 2003 (Episode 6 - 0:41:54) Harrison talking about McCartney's idea for Sergeant Pepper's.
  3. ^ ”The Beatles Anthology” DVD 2003 (Episode 6 - 0:43:13) Martin talking about the song becoming the concept for the album.
  4. ^ ”The Beatles Anthology” DVD 2003 (Episode 6 - 0:43:21) Aspinall talking about Sergeant Pepper being the compère.
  5. ^ Beatles Songwriting & Recording Database” (2007年9月27日). 2008年1月13日閲覧。
  6. ^ a b c d Pollack, Alan W. “Notes on "Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band”. Soundscape. 2007年12月2日閲覧。
  7. ^ Lewisohn (1988), p101.
  8. ^ Dubbed applause and music-hall overtones”. Scotsman.com (2007年5月25日). 2007年12月2日閲覧。
  9. ^ Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (1978)”. IMDb. 2007年3月5日閲覧。
  10. ^ The Beatles Singles and EP Discography”. Beatle Tracks. 2007年3月5日閲覧。
  11. ^ Harry (2000), p261.
  12. ^ Wallgren (1982), p123.
  13. ^ Harry (2000), p271.
  14. ^ Harry (2000), p273.
  15. ^ Notebook of lyrics for sale”. BBC News (1998年8月7日). 2007年12月2日閲覧。
  16. ^ Epstein, Dan. “Review of Tripping the Live Fantastic”. Amazon.com. 2007年12月12日閲覧。
  17. ^ London Live 8 performances rated”. BBC News (2005年7月3日). 2007年12月2日閲覧。
  18. ^ Ansaldo, Michael (2005年7月3日). “McCartney, U2 Rock Live 8”. Rolling Stone. 2008年2月11日閲覧。 “the opening line "It was twenty years ago today" -- a celebratory reference to the original Live Aid”
  19. ^ Paul McCartney In The 'Guinness Book of Records'”. Softpedia. 2007年3月3日閲覧。
  20. ^ The night Jimi Hendrix played tribute to The Beatles”. NME News. 2007年12月5日閲覧。
  21. ^ ”The Beatles Anthology” DVD 2003 (Episode 6 - 0:59:39) McCartney talking about Hendrix’s performance at The Saville Theatre.
  22. ^ Sergeant Pepper's 40th Anniversary”. BBC News. 2007年12月2日閲覧。
  23. ^ "American Idol" Season 6 Finale - Show”. WireImage (2007年5月23日). 2007年12月4日閲覧。

参考文献

  • Davies, Hunter (2004). The Beatles. W. W. Norton & Company. ISBN 978-0393315714 
  • Harry, Bill (2000). The Beatles Encyclopedia. Virgin Publishing. ISBN 0-7535-0481-2 
  • Lewisohn, Mark (1988). The Beatles Recording Sessions. New York: Harmony Books. ISBN 0-517-57066-1 
  • Martin, George; Hornsby, Jeremy (1994). All You Need Is Ears. New York: St. Martin's Griffen. ISBN 0-312-11482-6 
  • Miles, Barry (1997). Paul McCartney: Many Years From Now. New York: Henry Holt & Company. ISBN 0-8050-5249-6 
  • Spitz, Bob (2005). The Beatles: The Biography. New York: Little, Brown and Company. ISBN 1-84513-160-6 
  • The Beatles (2003). The Beatles Anthology (DVD). Apple records. ASIN: B00008GKEG (Bar Code: 24349 29699) 
  • Wallgren, Mark (1982). The Beatles on Record. New York: Simon & Schuster. ISBN 0-671-45682-2 

外部リンク