苫小牧卓也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
苫小牧卓也
プロフィール
リングネーム T-hawk
Mr.ピーピー・苫小牧ペンギン
トマホークT.T
苫小牧卓也
谷崎なおき
本名 小野寺卓也
ニックネーム パワーマスター
身長 174cm
体重 88kg
誕生日 1990年4月30日(24歳)
出身地 北海道苫小牧市
所属 DRAGON GATE
デビュー 2010年
テンプレートを表示

苫小牧 卓也(とまこまい たくや、男性、1990年4月30日 - )は、日本プロレスラーDRAGON GATE所属。本名は小野寺 卓也(おのでら たくや)。北海道苫小牧市出身。血液型O型。

略歴[編集]

駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業。高校時代は野球部に所属しており、当時はブルペン捕手として田中将大らの球を受けていた[1]

2009年に高校を卒業してDRAGON GATEに入門、翌2010年3月にデビュー。

2011年5月15日、リングネームを「トマホークT.T」と改めることを発表。同時にDRAGON GATE内の最大派閥であるBlood WARRIORS入りすることを明らかにし[1]、ユニット改名後もMAD BLANKEYに所属している。

2012年、谷嵜なおきの怪我に伴い、試合を代わりにタイトルマッチで行う。リングネームも『谷なおき』(本物は「嵜」)とし髪型、背中のタトゥー、FHやカサノヴァなどの技はもちろんのこと、ムーブ(フォールに入る際の表情、肩の動きなど)も含め完全にコピー。

しばらくして本物の「谷嵜なおき」が復帰(ジミーズに加入)すると抗争が勃発、バックステージやコメント中などに構わず乱入・乱闘などを繰り返す。最終的には保有しているトライアングルゲート王座のベルトと名前を掛け、9月23日「トライアングルゲート・コントラ・タニザキナオキ」マッチを行い、勝利。谷嵜のリングネームを「Mr.キューキュー・豊中ドルフィン」に改名させた。乱入や介入はあるが、ツインゲート王座やトライアングルゲートを獲得。ドン・フジイやCIMA等からフォールを奪うなど急成長。

しかし、2013年1月27日に再び谷嵜(Mr.キューキュー・豊中ドルフィン)と「ノンブレ(名前)・コントラ・デスティエロ(追放)」マッチを行い敗れ、『谷なおき』の名前は奪われ今度は「Mr.ピーピー・苫小牧ペンギン」に改名させられてしまう。

2013年2月11日和歌山大会、ジミーズとの全面対抗戦として敗者DRAGON GATE追放マッチが組まれ敗れたが、谷嵜なおきがタッグ結成を持ちかけた事によりDRAGON GATEからの追放はなくなったがMAD BLANKEYからは追放となった。

2月15日神戸大会、谷嵜なおき改めMr.キューキュー・谷嵜なおき・豊中ドルフィンと動物タッグを組み、B×Bハルク&戸澤陽と対戦したがハルクのファーストフラッシュで敗れた。 その後はメキシコに渡りTomahawkというリングネームでEitaと共に試合中。 8月23日後楽園ホール大会でEita U-Tとともに来場。

得意技[編集]

ナイトライド
谷崎のオリジナルフィニッシュホールド。正面からボディスラムの要領で持ち上げ肩に担ぎあげ相手の両腕を持ち一度リフトアップし前方にみちのくドライバーIIの要領で落とす。この技でYAMATOや望月、さらにはCIMAからも3カウントを奪った。相手の体を持ち上げたとき、アウトサイダーズ・エッジでは背中合わせだが、この技では相手が自分と同じほうを向いている。
ナイトライドEND
ナイトライドの派生技で垂直落下式のナイトライド。形としてはリバース・パイルドライバーに近い。最高級のフィニッシュホールド。
ベラクルス
T-Hawkとして帰国直後から使い始めた。技としては鈴木鼓太郎のレクイエムと同型の技。フィニッシュとして使っていたが、ナイトライドに戻してからは大一番のみで多用する。
逆水平チョップ
T-Hawkの代名詞の技。これで、第4回KING OF CHOPで優勝。
ランニング逆水平
カウンター式でも放つ。
 ベルデ
 変型のアルゼンチン・バックブリーカー
アウトサイダーズ・エッジ
谷崎の場合おもに繋ぎ技である。
変形BTボム
相手を持ち上げたあと、相手の両腕を持ちそのまま背中から叩きつける。実況で「アウトサイダーズ・エッジ」と呼ばれていた事もあるが、これは投げっぱなし式のものに使われる名称であり、苫小牧自身はシットダウン式を用いるので厳密には正しくない。
ツームストーンパイルドライバー
ウラジゴク
いわゆるリバースのみちのくドライバーII。試合後のコメントで「裏みちのく」と言おうとしたところ間違えて「ウラジゴク」と言ってしまい、それがそのまま定着。
4の字式フィッシャーマンズ・バスター
インプラント
DH
もとは谷嵜なおきの得意技であり、「谷崎なおき」時代の名残で使用。本家に対して使用し、勝利を収めた事もある。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 東京スポーツ・2011年5月17日 6面